書き溜めなし。
屋上から帰ってきた少年――遊馬日向は、目の前の光景が信じられなかった。
見慣れた校舎。歩きなれた廊下。いつもの教室前。スライド式のドア。その隙間。そこから見える情景。異常な空間。
「誰か! 誰か助けてくれ!」
「警察! 警察!」
「ああああイグゥウウウ!」
「もういぎだぐなあああああいッ!」
「いやだああああ!」
「あああああッ」
阿鼻叫喚。情けなく泣き叫ぶ男子生徒たち。
今、教室では一心不乱の大乱交が行われているのである。
ただしそれは互いの合意があるラブラブえっちではなく、一方的に女子生徒達が少数の男子生徒達に襲いかかるようなもので、男子生徒は快楽の声よりも恐怖と射精限界による悲鳴を上げている始末。
「!?」
たじろぐ日和。なんだ、何が起こっている。意味がわからない。どうなってるんだ。そんな言葉が彼の脳みその中で何度も何度もリフレインしながら、思考は徐々に現実逃避をはじめていた。
ああ、思えばこの学校生活はろくなものではなかった。
退屈な日常。無味無臭彩りのないモノクロな毎日。
名前とは正反対で日陰者な自分。
いじめは無かったが、特に誰かと仲良くなるわけでも無かった。
少々オタク趣味があったが、それを表に出す機会はとうの昔に失われ、今さら濃ゆいオタ話で盛り上がるクラスメイトに話しかける勇気も湧かなかった。
成績不良というわけではなかった。しかしとくに秀でたものもなかった。
故に、日向は燻っていた。
ただただ流されてゆくだけ。無為に青春を消費しているという喪失感を抱えながらも、それを取り戻せるだけの勇気が湧かなくて自己嫌悪に陥る。だがそれでも成長できない。前に進めないというジレンマ抱え続ける。そしてまた自己嫌悪を繰り返すというデススパイラル。
そんな日常に、日向は辟易していた。
だからほんの少し、ほんの少しだけ普段はしないようなことをしてみようと思った。
内向的で日陰者な自分の小さな反抗。わずかな抵抗。授業をボイコットして屋上で昼寝する。日向にとっては一世一代の大イベント。何かが変わるかもしれない。そんな淡い期待を込めたもの。
「ああ、もう、もう無理、出ない……出ないッ!」
「ちんこも、乳首も、ケツも、もう、もう痺れて、何にも、何にもわからねえ……」
「ぜひゅー……ぜひゅー……」
その結果がこれ。これなのか。日向は頭を抱えた。
天罰か。天罰なのか。自分のような者が、サボタージュなどという大それた事をしたから、こうなってしまったのか。そうなのか。どうなのだ。違うに決まっている。しかし、だったら、何なのだこれは。どうすればいいのだ。というか、誰かあの男子生徒たちを助けてやってくれ。
「!」
いや、むしろ自分が助けに行くべきではないのか。普段は目立たぬ自分が、ピンチになって颯爽と現れみんなを救う。昔は良くそんな空想に浸ったではないか。……待て、思い出すのはよそう。痛々しい思い出だ――日向は再び現実逃避を始めた。
「――あっ! ああああっ! 熱いっ! 熱い熱い熱いっ!」
叫び声にハッと我に返る日向。否、叫び声なら先ほどから何度も聞いていた。しかし今回の叫びは少々声音が違う。快楽とも、激痛ともつかぬ、異質なものだったのだ。
「があっ! あ、あ、ちくしょう! ちくしょおおおッ!」
見れば男子生徒の一人――日和の記憶に寄れば、たしか山田くんとクラスメイト達から呼ばれていた少年である。彼は今、激しく暴れ回っていた。
周囲には女子生徒がいない。いるのは精も根も尽きてだらしなく横たわる別の男子生徒達だけ。まるで屍の山。山田もそのうちの一人だったのだ。
「女に! 女になっちまう! 俺の体! からだああああッ!」
山田の体が変質していく。髪が伸び、胸が膨らみ、体が全体的に丸みを帯び、徐々に声が高くなり、最後には完全な美少女へと姿を変えていた。その様子に日向の顔がみるみるうちに青くなってゆく。
「わあ! おめでとう!」
「いいよーいいよー! すっごく可愛いよ!」
「どう? 自分の思い描く、理想の女になった感想は?」
そんな山田の周りに女子生徒が群がり、その中の一人が手鏡を持って楽しげに笑った。
「お、俺……お、あ、わ、わたし……私、こんな……」
手鏡に映る自身の姿を見た山田は、震えながらか自身の顔や髪を触り、徐々に口調まで女っぽくなっていった。
「お、女の子……私……くふっ……くふふふっ!」
山田は笑う。
「あはっ! あはは! いい! 凄く可愛い!」
何かが吹っ切れたかのように山田は自身を抱きしめた。歓喜の声音。山田は自分が女になった事を完全に受け入れたようだった。
「可愛いだけじゃないよ! 女の子の体ってすっごく気持ちいいんだから!」
「うんうん! ね、あなたも混ざろうよ!」
「きっと楽しいよ!」
「最高に気持ちいいよ!」
多数の女子生徒が山田のまわりに集まり、その体に手を回して乳首や股間を撫でまわす。
「あ、う、き、気持ちいい、かも……」
顔を真っ赤にしながら山田は体をくねらせた。
「ねーねー、早速処女……誰かにあげちゃお?」
「凄いよー、女の喜びっていうのを感じるよー」
くちゅくちゅとまたぐらをいじられる山田。頬を染めて、未だ犯されている別の男子生徒を見渡した。
「あ、あんっ……くぅん……で、でも、処女は、大事なものなんじゃ……あ、ああんっ」
「そんな事言ってたらずっと気持ちよくなれないよ? あ、もしかして……怖いのかな?」
「怖くなんてないよ! 痛いのは一瞬!」
「でも、処女を特別なシュチュエーションで捨てたいって気持ちはわかるかも」
「あ、じゃあ! まだ誰ともエッチしてない男の子とさせてあげるのは?」
「それいいかも!」
「そう、例えば――そこで覗いてる遊馬とか!」
バレた! そんな思いで日向の頭の中がいっぱいになる。
「う、あ……」
後ずさる日向。しかし背中に何かがぶつかり足が止まってしまった。
「んふっ! つーかまえたっ」
「うわあっ!?」
不意に背後から抱きしめられた。背中にあたる柔らかな感触。振り返ると女子生徒。日向の記憶では、確か隣のクラスの女子生徒である。
「男の子ゲットー!」
「やったあ! これでまた楽しめるね!」
「うんうん!」
日向の背後の女子生徒が声を上げると、ゾロゾロと隣のクラスから女子生徒が出てくる。
「いやあ、よかったよかった」
「ほんとだよねー。うちのクラスの男子みんな女の子になっちゃったもんねー」
日向はビクりと体を硬直させた。
「みんな、女の子……?」
恐る恐る口を開く。
「そう! みーんな!」
あっけらかんと笑う女子生徒たち。そんな中、遅ればせながら裸の女子生徒が出てくる。日向の見覚えのない女子生徒達――つまり元男子生徒達だった。
「あうう……腰が抜けて……うまく歩けない……」
「まだアソコがジンジンする……」
「でも、気持ちよかったよね……」
「気持ちよかった……」
「また、したいよね?」
「したい……」
ぞろぞろ。わらわら。
「さて、そんなわけでえーっと……君、なんて名前? お、し、え、て?」
日向に後ろから抱きついている女子生徒が、日向の耳元で囁いた。
「う、俺は、あ、遊馬、遊馬日向……」
「そっか! じゃあ遊馬くん! 私達とキモチイイ事しよっか!」
「大丈夫! 君には無理させたりしないから!」
「そうそう! 何だか知らないけど、精子が出なくなるまでやっちゃうとみんな女の子になっちゃうんだよね! 今度は気を付けなきゃ!」
衝撃の事実。女体化の引き金は射精だった。それを知った日向は顔面蒼白になって肩を震わせた。自分もこんな風に淫乱な女になるのだろうか。そんなの嫌だ。恐ろしい。道に恐怖が日向を襲っているのだ。
「あはは、怖がってるー」
「大丈夫大丈夫! 危ない事はしないからさ!」
「そうそう。ちょっとえっちしたら休ませてー」
「いっぱいご飯を食べさせてー」
「鎖につないで、大事に大事に可愛がってー」
「ちゃあんとみんなのペットにしてあげるからねー」
日向の全身から汗がぶわっと噴出した。ペット? そんなのは御免だ。絶対に逃げなければならない。日向の危機感が一気に高まる。
「は、離せえ!」
「あっ」
日向はもがいて抱きつきから抜け出し、人のいない方向へと走る。
「おっと、逃がさないよ」
「あっ!?」
しかしすぐに女子生徒の一人に足を引っかけられてその場に転倒する。
「えいっ!」
「ぐうっ!?」
押しつぶされるような感覚。女子生徒の誰かが、日向へとのしかかってきたのだ。
「ふふふっ! ダメだよー走ったりしたらー……ちゅっ」
背中にのしかかってきた女子生徒が日向の頬にキスをする。
「んふっ。これからいーっぱい……んっ、ぺろっ……えっちするんだからね。体力は残しておかなきゃ……ちろちろ……」
続けて他の女子生徒も日向へとのしかかり、耳や首筋に舌を這わせた。
「あ、私もする!」
「あたしも!」
「もう、ここでやっちゃおっか?」
まるで敵を圧殺する蜂の群れがごとく日向は女子生徒に群がられる。ぺろぺろ。くちゅくちゅ。にちゃにちゃ。無数の舌が日向の顔や首筋、手や指先などを執拗に愛撫してくる。
「あっ、やめっ、やめろっ、やめろおっ!」
叫ぶ日向。激しくなる愛撫。はじめての感触。
キ モ チ イ イ。
「ふわあ、ああ……」
性経験皆無の日向にとって、これは激烈な快楽であった。どんなに口で嫌がっていようと、体はしっかりと反応してしまう。
「うっ……ぐう……」
そしてこの人数差。体が動かない。逃げる事など不可能な状況。そういった事実が、日向の中に諦めを生み出す。
「き、もちいい……」
正直な言葉が漏れる。女になってしまう恐怖よりも、快楽におぼれたいという欲求が高まってゆく。いいじゃないか。自分はよくやった。多勢に無勢。それを免罪符に自分を許してしまおうという甘えが徐々に日向の心を蝕んでゆく。
「――ねえ、ウチのクラスの男子に何してんの?」
そんな時、ぴしゃりと誰かが言い放った声が日向の頭を一気に冷静にさせる。見ればスライドドアが開け放たれており、クラスメイトの女子が仁王立ちしていた。
「え、何って……えっちだよ?」
しれっと答える隣のクラスの女子生徒。そのうちの一人。
「誰の許可を得て?」
不愉快そうなクラスメイトの女子生徒。
「誰の許可って……えっちに許可なんていらないでしょ?」
「いるに決まってるでしょ! うちのクラスの男子なんだから!」
激昂。
「そんなの関係ないよーだ! ねー遊馬くん? んー……ちゅっ!」
ぎゅっ。ちゅっちゅっ。ぺろぺろ。
「こら遊馬! こっちのクラスに帰ってきなさい!」
「えー? 遊馬くんはウチらと一緒にこっちで遊ぶんだもんねー?」
隣のクラスの女子生徒。そしてクラスメイトの女子生徒に迫られる日向。まるで修羅場である。怯える日向。しかし日向はそんな中で拘束が今までよりも緩くなっていることを見逃さなかった。絶好のチャンス到来である。
「お、俺は――どっちともごめんだよ!」
身をよじって脱出。素早く身を起こし、そのまま一気に駆け出す日向。今度は誰にも足を引っかけられる事はなかった。
「あ、逃げた!」
「ちょ! まちなさいよ遊馬!」
「遊馬くーん!」
「逃がさないんだからー!」
追われる日向。追う女子生徒達。長い廊下。声が響く。
「もーうるさいよ他のクラス! ……って、まだ男子生徒残ってる!」
「やた! ラッキー!」
廊下に響く声に反応した他のクラスの女子生徒達。スライドをドアを開け放ってわらわら、ぞろぞろと出てくる。
「な、なんだよ! 何なんだよコレェー!?」
あちらこちらから女子生徒達が抱きつこうと突進してくる。伸ばされる手をどうにか交わしながら逃げる日向。階段を下りて下駄箱へと向かう。
「ウッソ! まだ先輩たちのトコに男子いたんだ!」
「やった! せんぱーい! 私たちとえっちしましょー!」
階段の踊り場ですれ違った下級生。肉食獣のような目で日向を見るや否や、両手を広げて大好きタックルを仕掛けてくる。
「いい加減にしてくれェ!」
ギリギリ交わす日向。日向のリミッターは今、完全に壊れていた。火事場の馬鹿力というものであろうか。嫌だ、俺は男だ、女になどなりとうない。その一心で日向は走る。そしてついに下駄箱の前にまでやってきた。
「くそっ!」
しかし靴を履きかえている時間など無かった。元々足が速くない日向。火事場の馬鹿力。人生初のリミットブレイクをもってしても、完全に女子生徒達を引き離す事が出来ない。ゆえに、上履きのまま校庭へと飛び出した。
「なんだ、これ……」
そうして日向が目撃したのは、辺りに漂う濃霧。薄ピンク色の霧だった。今まで外の景色を見る余裕の無かった日向であったが、ここにきてようやく外の異常を知ったのだ。
「ちゃーんす!」
「くっ!?」
困惑した日向はほんの一瞬だけ走るペースが落ちてしまった。その隙を狙って女子生徒が日向に抱きつく。
「ちくしょう! 離せ! はせえー!」
「あんっ!」
もがく日向。そして幸運といってもいいのか、その手が女子生徒の胸を鷲掴みにしたその時、わずかに拘束が緩んだ。
「くっ!」
日向はここぞとばかりに身をよじって抱きつきから逃れ、再び走り出した。目の前に見える薄ピンク色の濃霧は不気味でかなり不安であったが、ためらってる暇など無かった。
ええい、ままよと濃霧の中へと突っ込んでゆく。
「はあ、はあ……な、んだ……? 体が、熱い……」
濃霧の中へと突っ込んだ日向。中をしばらく走り回っていると、段々と体が火照ってきている事に気が付いた。
「ぐ、うう、なんだこれ、なんだこれェ……ッ!」
次いで、まるで全身が性感帯になってしまったかのような感覚が襲ってくる。気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。
「ひい、ひいいいい……」
しまいには息をするだけで、空気が頬にあたるだけで、歩いているだけで気持ち良くなってしまう。今にも射精してしまいたい。この場で激しく全身を触りたい。ペニスを扱きたい。そんな欲求が鎌首をもたげる。
「うあ、ああ……ダメだ、ダメだ、ダメだあああああッ!」
叫ぶ。喉が振動する。気持ちいい。
「あああああッ」
膝をつく日向。激しい快感。股間がじんわりと湿っている。射精。日向はとうとう射精してしまった。
「うわああああッ!」
女になってしまう。自分ではなくなってしまう。その恐怖が日向を襲う。
「ちくしょう……ぢぐじょう……ぐすっ……ううっ……ぐうう……」
涙があふれる。張り詰めた糸が今、プツりと切れたのである。
「もう、疲れた……」
そして日向は疲労と精神的恐怖の限界により――気絶した。