「……あ」
日向は目を開いた。そこには見知らぬ天井があり、意識が徐々に覚醒していくと、ほんのりと甘い匂いを感じた。確か姉が使っていたアロマキャンドルがこんな匂いをさせていたな。などとぼんやりと思考する。
「――おや、目覚めたか」
「~~~~ッ!?」
不意に声が聞こえ、日向の頭が一気に覚醒する。そしてすぐさま身を起こして声の主を確認すれば、そこには一人の少女がいた。
長い銀髪。赤い瞳。雪のように白い肌。眼鏡の奥にある切れ長の瞳や、高い鼻、小ぶりな唇などがバランス良く小顔に納まっている。
しかし銀髪は手入れが行き渡っておらず、何故かダボついた白衣を着ており、しかもそれは薄汚れていた。全体的にズボラな雰囲気があった。
彼女はパソコンデスクの前で椅子に腰かけ、楽しげな表情で日向を見てつめていた。日向は思わず身構える。
「くくっ……酷いな、そんなに怯えないでくれたまえ。あんな状況では女性不信になるのは仕方のないことだとは思うがね」
少女はくつくつと笑う。
「あんな状況……? そ、そうだった!」
はっとする日向。すぐに自分の体を確認する。
ワイシャツ一枚。穿いていたはずのトランクスも消え、モロだし状態。普通なら周知を感じて隠したりするものだが、そんな事は今の日向にとって重要な事ではなかった。
「お、男だ! ちゃんと男のまんまだ!」
貧相な体。うっすらと生えるすね毛。そして――ちんちん。
皮っ被りで短小で早漏の情けない奴ではあるが、苦楽をともにしてきた相棒がしっかりと存在していたのだ。
「よかった……ッ!」
喜びが湧き上がる。女になる。自分自身が変わってしまう。その恐ろしい現象を回避できた日向は、思わず涙をこぼした。
「ふむ。感動しているところ悪いんだが、そろそろ下着を身に着けたいとは思わないかい? 一応、今のところ激しい欲求はないのだが、それでも少々……その姿は目に毒なんだ」
少女に言われ、日向はドキっとしてすぐに股間を隠した。すると白衣の女性からトランクスが飛んでくる。日向のものである。嫌な臭いはしない。むしろ洗剤のいい香りがした。洗濯済みのようである。
「あ、ありがとう……」
日向は白衣の少女に背を向けてすぐにトランクスを穿いた。そしてもじもじしながらベッドに腰掛け、ワイシャツの裾を引っ張って下着を隠しながら少女に向き直る。
「さて、落ち着いたかな?」
「あ、う、うん」
「よし、それでは自己紹介といこうか。私は如月花音(きさらぎかのん)。如月は二月の『如月』。花音は草花の『花』に音楽の『音』と書く。職業は――まあ、科学者、みたいなものをやってるよ」
「科学者……もしかして年上なの……なんですか?」
少女――花音は自分と同い年、もしくは年下にしか見なかったが、科学者という立場を考えれば、大学は卒業しているだろうし、もしかしたら年上かもと考え、言葉遣いを改める日向。
「ふふ、言葉遣いはそのままでいいよ。きっと君と同い年ぐらいさ。まあ、大学は既に卒業しているけれどね」
「飛び級、ってこと? すごい、頭いいんだね……って、俺の紹介がまだだった。えっと、俺は遊馬日向。あすまっていうのは遊ぶ馬って書いて、日向は日向ぼっこの日向と書いて日向。高校二年生だよ」
「おお、なら同い年だね。なら、フレンドリーにいこうじゃないか、遊馬くん」
にっこりと笑う花音。日向は照れくさそうに頭を掻きながら頷くと『うん、仲良くしてね、如月さん』と言った。
「……さて、それじゃあ遊馬くん。君は今、どんな状況になっているか理解しているかい?」
「えっと、よくわからないけど……変な霧が出てて、学校の女の子がみんなおかしくなってた」
「そうだね。おかしくなっている。そしてそれはここに限った事じゃなくて、日本全土がおかしくなっているんだ」
日本全土逆レイプ事変。
女性が狂暴になり男を性的に襲ってくる。そんな事が日本全域で起こっている。しかも襲われた結果、性転換してしまうおまけつき。そんな事変。
「地獄じゃないか……」
「地獄さ。そしてその原因は例の霧さ。日向くん。あの霧が一体なんなのか、君は知っているか?」
「いや、全然わからないよ」
「だろうね。あれを知っているのは限られた人間だけさ。あれはね……魔界の植物がばら撒いた花粉なんだ」
「魔界」
唐突に出てくるファンタジーな単語に目を丸くする日向。
しかし花音が冗談を言っているようには見えなかったし、何より例の女体化現象をその目で見た事もあり、下手に疑うよりもまずは信じる事にして、日向は話の続きを促した。
「魔界なんて創作物にしか登場しないファンタジーなものだと思っているだろう? 実はね、本当に存在しているんだよ。秘匿されているけどね。私はそんな魔界を調べる科学者だったんだ。いや、錬金術師と言った方がいいのかな」
花音は眼鏡をくいっと上げる。その様子に日向は『そ、そうですか』と言うのが精いっぱいであった。あまりにも突飛な話が続くもので、日向は受け止め切ることができなかったのだ。
「ま、それでね、あれはそんな魔界、その中でも淫魔界と呼ばれるエリアにのみ存在する植物が放つ花粉なんだ。そしてその植物の花粉は哺乳類全般に受粉し、その体を夢魔に作り変えてしまう」
「夢魔……って、サキュバスとかインキュバスとかの?」
「そうだよ。よく知っているね」
「ゲームとかに出てくるから」
「なるほどね。……それでまあ、女性が性的に狂暴になったのはそのせいだ。あの花粉は哺乳類全般の雌をデミサキュバスという固体に変質させるんだ」
「デミサキュバス」
「ああ。そしてデミサキュバス化する際、人間の女性であればその面影を残したまま美しくなり、動物はその特徴をいくつか残したまま人化し、男好きする容姿になるんだ」
「そうなのか……ん? 特徴が残るって事は、まさか野良猫からデミサキュバスになったら、ネコミミ少女とかになるのかな」
「なるよ。もう増えに増えてそこらへんを徘徊しているね」
「なんかファンタジーですね、もう」
「魔界がある時点でファンタジーだよ」
「確かに」
「うむ」
日向は頷き、少女も頷く。
「……それにしても美人になれる、か。自分の容姿で悩んでいる人には夢のような話なんだろうね」
「そうかもしれない。だけど良い事ばかりじゃないよ。デミサキュバスとなってしまった個体は、その瞬間から定期的に精液を摂取しなければならないと本能的に悟り、すぐさま搾精行動を開始するんだ。そうしなければ……」
言葉が途切れ神妙な面持ちになる花音。
日向はその様子にごくりと喉をならし、恐る恐る唇を開いた。
「まさか、死んじゃうとか……」
「え? あはは、死ぬほどではなよ」
日向の質問が予想外で面白かったのか、少し表情が和らぐ花音。
「ただね、とんでもなく苦しいんだ。いや、苦しいというより、体がむずむずするというか……痒いところがずっと掻けないような、尿意をずっと我慢しているような……まあ、色々な不快感がミックスされたような、そんな感覚がずっと続くんだ」
「それは……辛そうだね」
「辛い。なりたての時はそうでもないが、そこから数分、数時間と経てたば体が、脳が『男を求めろ、セックスをしろ、精液を取り込め』と、絶えず信号を送ってくるんだ。それは時間経過で徐々に強くなり、少しずつ理性が希薄になってくるんだ」
「その結果、日本全土が……」
「そう、こうなったわけだ」
理性を失った女性による逆レイプ。野生動物のデミサキュバス化による逆レイプ。女体化した元男性による逆レイプ。逆レイプの連鎖により拡大する被害。それはあっという間に広がり日本全土を埋め尽くした。
「でも、必要とは言え、その、精液なんて飲むの、辛くないのかな……?」
「辛くないよ。デミサキュバス化すると、味覚の一部が変化するんだ」
「変化?」
「ああ。精液をどんな食べ物よりも美味しく感じるようになるんだ」
「そんなバカな……」
「バカバカしいが本当なんだよ。しかも味覚だけじゃなく、快感も増幅されるんだ」
「快感」
「ああ。中でも性的な快楽を受けると、まるで上質なコカインをキメたかのような多幸感を得られるらしい。また、膣内射精による精液の摂取は、もはや人間の体では処理しきれないほどの快楽信号が全身をかけめぐるそうだ。……元々はただの人間や哺乳類だった存在が、これを我慢する事など不可能に等しい。一度味わってしまったらもう歯止めなど効かないだろう。やみつきセックス&ザーメンさ」
コカインをキメた事のない日向では、それがどんな気分なのかというのがいまいち理解できなかったが、とてつもなく精液やセックスに依存してしまことは想像に難しくはなかった。
「まあ、とりあえずはこんなところか。他に聞きたいことはあるかい?」
「えっと……あ、そうだ! なんで男もデミサキュバスするのかな? その花粉って哺乳類全般の雌に受粉するって言ってなかったっけ?」
「おっと大事な説明を忘れていたよ。これは失敬した。……えっと、花粉というのは種子だ。だから種子を持つオスに種子が根付くことがない。これが雄をデミサキュバス化させない理由なんだ」
「なるほど。じゃあ、それがデミサキュバス化するのは、その……セックスと関係があるんだね?」
「そうだ。度重なるセックスと射精。それにより『もうおちんちんから一滴も出ないよー』という状態になると、あの花粉は男としての機能を完璧に殺し、受粉に適した体へと作り変えてしまうんだ」
「こ、怖すぎるだろ……」
「ああ。そしてその後は知っての通りさ。ちなみに人間の男がデミサキュバス化した場合、自分が望む理想の女の姿になり、自分が求める性格へと変わってゆくんだ。動物のオスはまあ、メスとそう変わらないけどね」
「いや自分の望む理想の女になってもあんまり意味がないような……」
「私もそう思うよ」
花音は苦笑いを浮かべた。
「それからね、デミサキュバスは基本的に妊娠しないんだ」
「え?」
「だからこのままいくと、非常にまずい。まず日本は滅びるだろう。そして次は世界だろうね。先程、様々な海外の空港でもデミサキュバス化した個体が確認されたらしい。人類の滅亡は目前さ」
花音はため息を吐いて頭を振った。
「このまま状況が改善しなければ各都市はその主要部分の機能を完全に麻痺させているし、重要施設は安全の為に停止されたから、直に電気やガス、水道が止まるだろう。多くの店は閉店。もしくは完全に放棄され、食べ物を求めて暴徒が群がる事になる。そして食料が少なくなれば殺し合いが始まり、水場や畑では強奪が起こるだろう。まるで終末の日さ」
花音の話を聞いて真っ青な顔になる日向。
「ふふっ、ごめんごめん。ちょっと脅かしすぎちゃったね。大丈夫、後半の話はあくまで最悪の展開を私が予想したってだけの話だよ。実際はそこまで絶望的なものじゃないさ」
「ほ、ほんとに?」
「ああ、本当だよ。実はと言えば、例の魔界の植物は繁殖力が異常に高いだけあって、たった一日しか生きていられないんだ。そして花粉も、生物に宿れなければ半日でデミサキュバス化させる機能を失うよ。ま、催淫効果は残るんだけどね」
ほっとする胸をなで下ろす日向。
「ただ、デミサキュバスの体液には元気な花粉が含まれているから、これと粘膜接触するのは非常にマズい。女性は即デミサキュバス化するし、男性はたっぷり射精してしまったら、やっぱりデミサキュバス化する事になる。だから早急に隔離するなり処分するなりしないと滅亡の危機だって事には変わりないかな」
上げ落とし。日向の心に絶望感がせり上がってくる。
「まあまあ、そんな顔しないでよ。大丈夫、例の魔界の植物が枯れれば、すぐに色々な所が状況を開始するさ。……ただまあ、今回の事は寝耳に水な事件だったからね。既に多くの人間や生物がデミサキュバス化しているし、その中には世界的にも権力を持つ人間がごろごろいるみだから、一筋縄じゃいかないだろうけど」
「偉い人までデミサキュバス化してるとか……じゃあ、うちの家族は……」
家族の事を思い出す日向。両親や姉妹達は無事だろうか。いや、きっと無事ではないだろう。我が家は一般的な家庭。きっとデミサキュバス化しているに違いない。だが、あまり信じたくない。どうか無事でいてくれ。そんな考えがぐるぐると巡る。
「ふむ……残念だけど、十中八九デミサキュバス化しているだろうね。そういうのに詳しい私でさえデミサキュバス化しているわけだし」
一気に希望を叩き折られた日向。気分が沈み、俯いてしまう。
「ああでも、万に一つの可能性として、特殊個体として生まれ変わる可能性もある。いわゆる突然変異というやつだ。ちなみに、これは机上の空論ではないよ。既に存在しているし、私も見ている。そう、君だ」
指を指され、思ってもみなかった事を言われて目を丸くする日向。
「お、俺?」
「そうだ。ふむ、なんと言ったらいいか……君はね、精液が出なくなる程に射精していたんだよ。私が見た時には、君のアナルがキュッキュッと断続的に締まり、おちんちんがひくっひくっと跳ねていて、間違いなく絶頂の状態を繰り返していたが、おちんちんの先からは何も出ていなかった。それはまさしき、『もうおちんちんから一滴も出ないよー』って状態なんだろう?」
「ま、まあ……うん、そうだと思う」
日向は真っ赤になって頷いた。花音が可愛い声で、その小さな唇からいやらしい言葉を発したのが恥ずかしかったというものあるが、そんな痴態を彼女に見せてしまった事が、あまりにも恥ずかしくてしょうがなかったからだ。ちなみに花音の淫語により日向のおちんちんは甘勃ちしていた。
「それでも君は女体化していなかった。これはかなり稀有な事だ。そこで君をこうして連れて帰ってきて、悪いとは思ったがパンツに付着した精液を調べてみたんだ。いや、勝手に調べてすまないね。いずれ謝礼金を支払うよ」
「ああいや……恥ずかしいけど、普段はゴミ箱行きになるものだし、別に、お金とか……」
「そうかい? まあ、謝礼金の話は一先ず置いとくとして、君の精液を調べた結果、何の変哲もない普通の精液だということがわかった。しかし、その後君はここで高熱を出し、酷くうなされ、やがて静かになった後、また絶頂を始めたんだ。そしてその時の精液を調べた結果……」
「結果……?」
「今の君の精液は、デミサキュバスの体液に限りなく近いものになっていた」
「そ、それって……」
「しかし、君はデミサキュバスじゃあない。君は霧に触れ、花粉を吸いこみ、精液を出し尽くして受粉してしまった。これは間違いない。だが、君は女体化ではなく、特殊な変異を遂げたんだ。……ああいや、正確には克服したんだ。花粉をね」
「克服……ウィルスに対して免疫がつくような?」
「概ねそんな感じだね。そして克服した結果、君は前より多くの精液を出せるようになったし、花粉を吸っても効果を受けず、体内に花粉が潜伏する事も無く、精液を出し尽くしても女体化しない体質になった」
「おお、そりゃすごい! これでもう女体化しないで済むんですね? やったー!」
喜ぶ日向。
「ふふっ、良かったねえ。……ああ、ちなみに君の精液には人に必要な全ての栄養がたっぷりと含まれていた。それに加え、魔界の生物が必要とする栄養素もたっぷりと含まれている。しかも、信じられないくらい美味で、腹持ちが良いく、ほんの一口舐めただけなのに数時間――大体6時間ぐらいは衝動が起きないぐらいに腹持ちが良いんだ。とは言え美味しいからいくらでも飲めるし、飲みたくなってしまう。そんな魅力が君の精液にはある」
「そんなのバレたら監禁されて人間ドリンクバーコースまっしぐらじゃないですかやだー!」
頬に手を当てて真っ青になる日向。
「もう遅い」
「えっ」
「もう私は君を手離すつもりが無い」
「そ、そんな、わ、笑えない冗談はやめ」
本気の目だった。日向は硬直した。
「……ははっ! 冗談だよ。怖がらせちゃったかな?」
「も、もう! 人が悪いよ!」
「ごめんごめん。あ、それで、続きなんだけどね。君はデミサキュバスを妊娠させる事が出来るよ。しかもデミサキュバス化しない子供をつくる事が可能だ。これは男としてかなりのアドバンテージだと思わないかい? まさに新時代のアダムだよ。モテモテだろうね」
「ま、まあ、モテるのは嬉しいけど……どこかに監禁されて、一生種馬奴隷として飼われるとか、そういう可能性の方が高いような。大丈夫かな?」
「……くふっ」
妖しげに笑う花音。答えは帰ってこなかった。日向は身の危険を感じるが、ここから出ていく事は出来なかった。外はどこもかしこも危険である。とにかく今は信じよう。信じるしかない。日向は彼女が牙を剥いてこないように祈りながら、出来るだけ怒らせないようにしようと心に決めた。
「あ、え、えっと……あー……と、ところでさ! 俺の体質が変化したって言ってたけど、この半日の間に調べたの?」
「半日? いいや、ここに君をつれてきてからもう一週間が経ってるよ?」
「ええ!? そ、そんなに!? その、色々と大変だったよね……ありがとうございます」
「いやいや、私は大したことなどしていないよ。その体質になったおかげか、君にあげた栄養液は余すことなく体に吸収されて精液の材料になっているようだったし、排泄も一切ないから、ごはんを上げる以外は、寝ている君をただ見ていたり、ここで研究をしたりするだけだったから大した事はしていないよ」
「それでも、ありがとう。えっと、あんまりお金とかないけど、よければお礼がしたいな」
「いいさ、お礼なんて……っと、思ったんだが、少しだけ頼みたい事があるんだけど、いいかな?」
花音はにっこりと笑う。
「もちろん!」
「そうかい! ならその……私とセックスしてくれないだろうか」
花音は頬を染め、目を潤ませ、上目遣いで日向を見つめる。
日向は予想だにしない言葉に、しばらく硬直してしまう。
もちろん日向のおちんちんも硬直していた。