不思議な夢を見た。
いや、見ている。と言ったほうが正しいか。
毎日毎晩繰り返し同じ夢を見ている。
まるでテレビドラマの再放送のように。
もうこの夢を見始めて一週間ほど経つだろうかー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
薄暗い暗闇のぼやけた視界の中、俺は一人で当てもなく歩いている。自分の体が薄っすらと光っているが足元がやっと見える程度だ。
覚束ない足取りでしばらく進むと暖かさを感じる光が遠くに見え、吸い寄せられるように近づいていく。
どんどん光が大きくなり光に触れるぐらい近づくと、一人の娘を囲んで泣いている老父と老婆が居た。
更に近付いて光に触れた瞬間、今度は辺りの暗闇が消え、周りの景色が古民家の一室の様な景色に切り替わる。
その人達に近づいて夢の中の俺は尋ねる。
「あなたたちは誰だ?」と。
二人はゆっくりとこちらに振り向き、
老父が「私の名はアシナヅチと申します」
老婆が「私の名はテナヅチ、そこにおるのは私たちの娘で名をクシナダヒメと申します」
と、答えた。
「なぜ泣いている?」と尋ねた。
老父アシナヅチは、
「私たちには八人の娘がいたのですが、ヤマタノオロチがやってきては、毎年娘たちを一人ずつ食べていったのです。そして今年もまたヤマタノオロチがやってくる時期がきたので、最後の娘であるクシナダヒメをも食い殺されてしまうかと思うと悲しくて、涙が止まらないのです。」
と、涙ながらに答えた。
クシナダヒメと呼ばれる娘はしゃがんで縮こまり、顔を両手で覆い泣き声を押し殺しながら震えている。
艶のある綺麗な黒髪は腰の辺りまであり、顔は手で覆われて見えないが、何故だか美しい女性なのだと感じた。
そして、自分の愛する娘たちが毎年一人ずつ食い殺されるなど、親にとっても今まで残された娘にとってもこれ以上ない生き地獄であっただろう。
もし自分が実際にこの人達どちらかの立場だったら正気を保てないかもしれない。
話を聞いた俺はヤマタノオロチという存在に強い憤りと、この家族に対して深い憐れみを感じた。
出来る事なら俺の手で助けてやりたい…。
そんなことを思った。
しかし、その次に聞いたのはとても恐ろしい内容だった。
俺がそのヤマタノオロチについて尋ねると、2人は続けてこう答えた。
「一つの胴体に八つの頭、八つの尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤であり、体にはコケやヒノキ、スギが生え、八つの谷と八つの丘にまたがるほど巨大で、その腹は、いつも血でただれている」と。
八つの谷?八つの丘にまたがるほど巨大?
その恐ろしい姿を想像しただけで俺は震え上がった。
体が恐怖に染まる。
その瞬間、"俺の手で助けてやりたい"という強い気持ちも呆気なく霧散してしまう。
『とっ…遠く、遠くまで一緒に逃げましょう!』
恐怖で頭の中が支配され、半ば混乱してそう言おうとした瞬間。
俺自身の口から、俺とは思えない自信に満ち溢れた言葉が勝手に飛び出す。
「あなたたちの娘、クシナダヒメを"わし"にくれるならヤマタノオロチを退治してやろう。お前たちは今から"わし"の言う通りにするのだ。そうすれば、化け物は必ず退治できる」
と。
なんだ?俺は何を言っているんだ?
無理だ!そんな化け物を倒すなんて無理に決まっている!
しかしそう思った瞬間、突然俺は理解した。
この夢は"誰か"の体験を、その"誰か"の中から俺は見ているだけなのだと。
その"誰か"の急な提案にアシナヅチ、テナヅチは戸惑っていたが、
「娘の命が助かるなら」と頷いた。
そして、
「あなたの名前をお聞かせ下さい」と続けた。
「わしか?わしの名は…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夢から醒めた。
いつも夢はここで途切れてしまう。
薄っすら目を開け手探りでスマホを手に取り、控え目な音を出し時刻を教えてくる目覚ましのアラームを止める。
季節はもう冬に差し掛かっていて朝は肌寒い筈なのに、最近この夢を見た後はいつも汗をびっしょりとかいていて凄く不快だった。
汗で濡れた寝間着を脱ぎ、そのままトレーニングウェアを着込む。
時刻は朝5時、ワンルームの自宅を出て軽く体を解し、まだ人の姿が見えない中ロードワークを開始する。
2時間ほど走り帰宅した後、息を整えないまま直ぐに筋トレを始める。限界まで体を追い込むのがとても心地よい。強くなっている実感が湧く。
ーもう2年になるだろうか。
何かに突き動かされるようにこのルーティンを繰り返し、自分の体を鍛えていた。
始めた当初は肺と心臓が悲鳴を上げ、全身が筋肉痛という状態だったが、今はそのルーティンワークをやらないと一日が始まらないと感じるほどになっている。
特にこの不思議な夢を見始めた一週間は、以前より筋トレの量を増やし、身体を虐め抜いていた。
疲労が残らないようストレッチをし、シャワーを浴び汗を流す。
浴室でシャワーを出しっぱなしにし、壁に手を付き、立ったまま下を向き、後頭部に浴びながら夢の内容を反芻する。
なぜ同じ夢を繰り返すのか。
なぜいつもあの場面で続きが見れないのか。
そもそも夢の中の自分は何者なのか。
この一週間はいつもこんな調子だ。同じことばかりを考えている。
と、このまま物思いに耽けていても答えは出るはずもなく、うだうだ考えていたら学校に遅刻してしまう。
浴室を出て手早く身体と髪を拭いてタオルとトレーニングウェア、寝間着等を洗濯機に放り込み、洗剤を入れて回す。
洗濯をしている間に髪を乾かし身支度を整え朝食を摂る。
これもいつものルーティン。孤児院を離れ、中学三年の後半から始めた一人暮らしにもすっかり慣れ…
ガチャガチャ!バタン!
その時突然玄関のドアが勢い良く開き、勢い良く閉まる。
朝から近所迷惑もいいとこだ。
「おはよぅぅぅ〜、つよしぃ」
…これも週に3日ぐらいはあるルーティン。
「朝から酒臭いんですけど、また酔ってるんですかカスミさん…」
俺は半ば呆れて、ジト目でそう言いながら冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しコップに注いで手渡す。
「くぅ~!この1杯が無いと一日が始まらないわぁ」
手渡した水を一気に飲み干すと、空のコップを持ったままベッドに倒れ込む。
「あぶなっ!ったく。どっちかっていうとカスミさん的には一日の終わりですよねこれ」
「ツヨシの匂いだぁ…」
そう言うなりベッドに突っ伏したままスヤスヤと寝てしまった。
毎度のことながら全然話聞いてないなこの人。
亜麻色の肩まで伸びた綺麗な髪。
幼く可愛い少女にも大人びた綺麗な女性にも見える整った顔立ち。
酒のニオイに混じって微かに香る甘い香水の匂い。
上下黒のタイトなスーツ、スタイルの良い体にミニスカート。
朝っぱらから目と鼻の毒だ。
手からコップを取り上げ一度身体を持ち上げて寝かせ直し、なんとかジャケットを脱がしてハンガーに掛け、布団を掛けてあげてからエアコンを点けた。
彼女の名前は中山香澄(なかやまかすみ)24歳。
3年前に俺を孤児院から引き取り、ワンルームを借りてくれて高校の学費まで世話してくれている。年齢的にはあり得ないが親のような存在である。
まあ、世間的には二人の関係的にも姉と言った方がしっくりくるかもしれない。
俺は推定生後3ヶ月ぐらいの時に、孤児院の入り口の前にタオルに包まれて捨てられていたそうだ。
「剛志」と名前の書かれたメモと一緒に。
10歳になった時、施設で母親代わりに良く面倒を見てくれていた職員さんがそう教えてくれた。
あの人元気にしてるかなと職員さんに想いを巡らせていると洗濯が終わったことを知らせる音が聞こえてきた。
今日も良い天気だ。
ベランダに洗濯物を干し終え小声で香澄さんに行ってきますと声をかけ、鍵を閉めて俺は自宅を後にした。
日本の神話等を参考に独自の解釈路線で進んでいきます。
生温かい目で見守って下さると幸いです笑。