1
「今まで黙っていて本当にすまなかった。香澄をそういう事から少しの間だけでも遠ざけておきたかったんだ。どんなに遠ざけても結局無駄なことだって解っていたのに」
あれから神具の間でこれまでにあった顛末をパパは語り、最後にそう言った。
最後の言葉はパパ自身を責める独り言のように聞こえた。私は大丈夫だよとパパの手を握り、教えてくれてありがとうと伝えた。
私が長年疑問だったことは、ほぼ全て解消された。
小学四年生から六年の間の出来事。
沢山の真実、神産みや悪神憑きについての情報をパパから聞かされたが結局のところ、ほぼ私が思っていた通りの内容と近かったので理解も早かった。
ただ、一番衝撃を受けたのは紗夏のことだった。
悪神憑きとは、神産みの様に転生先の人間の魂と肉体に寄り添うようなものとは違い、文字通り“取り憑く”。それが由来となっている。
憑かれた人間は意志も思考も全てが乗っ取られてしまい、悪神のなすがままになってしまう。
そしてそうなってしまった人間は、悪神が祓われ、その魂が身体から抜けていったとしても廃人になってしまうか、もしくは悪神に魂ごと連れて行かれてしまう。
今もきっと紗夏は悪神によって苦しんでいる。
自分の望まないことをさせられている。
私には想像もつかない辛い思いを沢山してるかもしれない。
そう思うと涙が滲んでくる。
私が助けてあげたい。
でも、どうやって?
2
私は自室に戻り、机に頰杖をつきながら神具「豊穣の櫛」を眺め物思いに耽っていた。
どこにでもあるような半月の形をした木製の櫛。
ただ、さっき手にしたばかりの筈なのに、産まれてからずっと側にあるような不思議な感覚があった。
「香澄、大丈夫?」
そんな様子の私を見て心配したお姉ちゃんが、肩に手を置いて声をかけてきた。
私の自室は、私の希望で元々二部屋あった場所をぶち抜き、お姉ちゃんと二人で生活する部屋にしてもらった。何かあるとすぐに守ってくれるし、お姉ちゃんも喜んでた。私もお姉ちゃんも基本寂しがり屋だしね。
「うん…、私の…クシナダヒメの力ってどういうのなのかなって考えてた」
助けたい人が居る。
だけど助けるとかそういうこと以前に、自分の能力がどんな物なのか解らないと話にならない。
クシナダヒメの神格は最高位に近いため、先代転生者の死後、約二百年という途方も無い時間をかけてやっと神産みが起きるのだそうだ。
悪神の上位に位置する禍津神もそうらしい。
そのためどういう能力で、どういう力を使うことができるのかは、神話関連の古い文献を漁るか、中山グループが厳重に管理する本社ビルの地下に保管されている、これまでの転生者の伝記…まあ記録されていればの話だが、それを調べないことには分からないらしい。パパも色々と調べてくれると言っていた。
神産みの前触れである夢。そこに何かヒントがあるのかもと思ったが、私には、ただただ恐怖に怯える可哀想な普通の女の子っていう感じで、何か特別な力があるようには思えなかった。
あ、夢といえば結局スサノオノミコトの姿が分かんないままだったなあ…
色々と考え、私がふぅとため息をついていると、
「じゃあ今使ってみればいいじゃん、その力」
あっけらかんとした様子でお姉ちゃんが言ってきた。
は?
いやいやいや!
「何言ってんの?!もし間違ってこの部屋とか吹き飛んだらどーするのよ!」
「だーいじょうぶだって!やってみなよ!私も見てみたいし!」
そう言って今度は全力でワクワクしながら急かしてくる。
「いや、無理無理無理!何が起こるのかわからないし怖すぎるし!」
最高位に近い神の力なんて絶対にヤバいに決まってる。
「香澄」
お姉ちゃんが後ろから優しく抱きしめてきた。
「私達のこの力はね、人を守るためのものなの。そういう力。その力が暴力的な悪い何かなわけないじゃない。そりゃあ悪神憑きと戦うってなった時は違う使い道になるだろうけどさ」
「でも…、やっぱり恐いし。どうやったら力を使えるのかもわかんないんだよ」
よっし。
お姉ちゃんはそう言うと私を後ろから椅子ごとひょいと持ち上げ、自分の正面に向き直させた。華奢に見えるのに相変わらず凄い力だ。
「私の目を見て」
言われた通りにお姉ちゃんの目を真っ直ぐ見つめる。薄く金色がかった綺麗な瞳。ずっと見つめてると目が離せなくなる。
「そのまま、心の中に大切な人を思い浮かべてみて」
私は言われるがままに思い浮かべた。
パパ…
ママ…
お姉ちゃん…
山下…
使用人の皆…
学校の先生、友達…
紗夏…
順番に思い浮かべていくと、体全体がフワフワしたように軽くなり、視線を自分の体に向けると薄っすらとした光の膜が、体全体を包み込んでいく。
「上手よ香澄。そのままもっともっと強く、今度はその心に思い浮かべた大切な人達とどう在りたいのかを願うの」
どう在りたい…?
ずっとずっと…
誰も傷付くことなく、傷付け合うことなく…
笑顔で側に居られるように、皆を守ってあげたい…!
瞬間、
体全体が更に明るい光りに包まれた。
そして全身から小さな光が無数に溢れ出し、その光の粒は、まるでホタルのようにふらふらと辺りを彷徨いながら部屋全体を満たしていく。
「わぁ…、すごい綺麗…」
「すごいね…」
二人でその光景にしばらく見とれていた。
「で?結局?」
「うん、わかんなかったねー。凄く綺麗だったけど!」
その後、私が生み出した光は一時間という結構長めな時間存在し続け、やがて消えた。
特にその光で何かが変わったとか、そういうのも全然わからなかった。
お姉ちゃんがその時教えてくれたのは、
「今ので感覚が大体解ったと思うんだ。あのやり方はそのキッカケみたいなものだから、感覚だけ覚えておいて。普段時間のある時に練習しとくと良いよ」
ということだった。
3
翌朝、朝食の時にパパとママにそのことを話したら素敵な力だね、今度私達にも見せてねと言われた。
見せ物じゃないんだけどなあと思いつつ、減るもんじゃないし別に良いかぁなんて思った。私も大概だけど、私達家族って結構危機感とか、そういうのが抜けてる気がする。
そういえば、朝食を摂る少し前にパパに電話があったらしい。私に神産みが起きたという内容だったそうだ。今回、こんなに巫女の神託が遅れたのは初めてらしい。私のことも含め、色々と初めてづくしだ。
そして、それから私の毎日は変わった。
普段通り高校には通ってはいたが、パパから全てを聞いた後は私も何か役に立ちたいと、強く思うようになったのだ。
学校が終わると屋敷には帰らず、パパが運営する会社に運転手兼ボディーガードのお姉ちゃんが運転する車で向かう。
私の送迎という役割をお姉ちゃんに取られた山下は「僕の娘もちょうどこのくらいから親離れし始めたなあ…」と、ママに愚痴を溢していたらしい。