1
「じゃあな!剛志」
「おう、頑張れよ部活。また明日な」
…さて、帰るか。
2
あれから阿久斗と昼休みの時間に飯を食べながら、夢の続きが見れたことを話した。
帰り道に起きた不思議な体験も、全部夢の中の話ということにして。
ちなみに今朝の香澄さんとの微妙な空気の話はしていない。
…実を言うとそれが一番のモヤモヤしている原因だったりするのだが。
「一応俺も気になってたから調べてみたんだけどな」
ほれ。とスマホを渡された。
画面を見るとスサノオノミコトの伝説に関するサイトが表示されていた。阿久斗も興味があったらしい。
「【ヤマタノオロチ】で検索したら全部が全部、そのスサノオって神の伝説が出てくるんだよ」
そのサイトで語られるのはヤマタノオロチというよりは、スサノオについて語られたものだった。他のサイトも同じようなものだったらしい。
ざっくり説明するとこうだ。
スサノオは、イザナギ神とイザナミ神の間に産まれた男神ということ。
そして強大な力を持つ上に、暴れ者で有名だったらしく、それを畏れた姉のアマテラス神に棲家である高天原(タカマガハラ)を追い出された。所謂勘当というやつだ。
宛もなく流れ着いた先でアシナヅチ・テナヅチ、その娘であるクシナダヒメと出会い、クシナダヒメを娶ることを条件にヤマタノオロチを打ち倒し、その後クシナダヒメと結婚。
ちなみにアマテラスとスサノオは、ヤマタノオロチの斬り裂いた腹から出てきた草薙剣(くさなぎのつるぎ)をスサノオが献上したことで和解。しかし、その後またひと悶着ありアマテラスが天岩戸(あまのいわと)に引き篭もって、それを何とかするのに四苦八苦。
そして、その後スサノオ夫妻の間に産まれた神様が大國主命(オオクニヌシノミコト)であり…日本の国造りの礎となり…
と、こんな感じだった。
細かいところまでは読まなかったが、なかなか破天荒な神だなあ。
それでいて、結構憎めない性格というか人間味がある人柄?というか…神柄?をしている。
あらかた内容を見終わってスマホを阿久斗に返した。
「それにしても不思議だよな。だってお前はこのスサノオって神の話、見たことも聞いたことも無かったんだろ?なんで夢に出た?って感じだよな」
「そこなんだよなあ…。まあこればっかりは考えてもしょうがないけど、阿久斗が情報教えてくれて大分スッキリしたよ。サンキュな」
つうかこんなんスマホで調べたら、秒で出てきたんだけどなと阿久斗は笑った。
3
部活に向かう阿久斗を見送り校門を出る。
歩きながら直ぐに香澄さんにメッセージを送った。
{今学校を出ました。今日は寄り道せずに真っ直ぐ帰ります!}
1分も経たない内に
{わかったー。今ご飯の準備してるからね!楽しみにしてて♡}
と返ってきた。
心臓が、どくんと跳ねる。
このメッセージだけで『俺たち同棲してます感』が凄い。
勝手に俺がそう思っているだけだが。
とてもじゃないが阿久斗にはこのやり取りを見せられないな…
浮ついた気持ちでスマホを仕舞い、前を向いたその時。
目の前から歩いてきた人に気付かずぶつかりそうになった。
慌ててぶつかる寸前で避けてすみません。そう言おうとした瞬間。
「歩きながらのスマホは感心しないなあ」
と、すれ違いざまに左腕を掴まれた。
「すみません、気を付けます」
そう言っても掴んだ腕を離してくれない。
見た目はサラリーマン風の若い男だった。オシャレな感じのタイトな濃い目の紺スーツに身を包み、知的な雰囲気がある。
いい加減しつこいので割と強めの声で、手を離してもらえますか?と言おうと目を合わせた時、背筋がゾクリとした。
最初は黒目がちだったその男の瞳の色が、燃えるような赤い色に変わったのだ。
その瞬間、物凄い圧力を感じた。男の全身から炎の様にチリチリとした熱が伝わってくる。
掴まれた腕もギリギリと締め付けられ、熱さと痛みに思わず声を上げそうになる。明らかに普通じゃない。
「はなっ…、せよォ!」
俺は鞄を手放し空いた右手で、掴んでいる腕の手首部分を強く掴み引き剥がそうとする。
本当にすごい力だ。びくともしない。
その時、それまで何も言わず怒りに満ちた眼差しで俺を見つめていた男がゆっくりと口を開いた。
「…スサノオ。ずっとお前がこちらに来るのを待っていた」
4
辺りを見回す。
さっきまで人が行き交っていた歩道。
さっきまで車が行き交っていた車道。
気付くと生活感がまるで感じられない空間になっていた。
人の気配は無くなり静まり返っている。
夕焼けに染まっていたはずの街並みもいつの間にか夜の帳が下りていた。
「場所を変えるぞ」
そう言って強引に腕を引っ張られ、昨日阿久斗と立ち寄った公園に引きずられていった。
公園の入口、自転車進入禁止の柵の手前の場所に着くと
ブォン!
軽々と俺の体を公園内に投げ入れた。
「うわぁ!」
突然の浮遊感と衝撃。咄嗟に頭を庇い受け身も取れないまま、地面を転がった。
慌てて起き上がり、じんじんとした痛みを感じ掴まれた左手を見た。
手首周辺の生地が焼け焦げたようにボロボロになり、その隙間から見える皮膚は火傷を負ったように赤く爛れていた。
くっそ、何なんだよ!
混乱した頭で公園の入口に目をやると、男が全身に火を纏いながらゆっくりとこっちに向かってくる。
全身火だるまの筈なのにスーツが全く燃えていない。俺と男の距離は10メートルぐらい離れているというのに、茹だるような熱波が体の表面に届いてくる。
俺は気圧されるように後ずさり、何かにぶつかった。振り返ると公衆トイレの壁があった。
「この空間からは逃げられないぞスサノオォォ!抵抗しないなら、このまま死ぬがいい!」
叫びながらジワジワと距離を詰めてくる。
「訳がわからない!突然なんなんだよ!俺はスサノオじゃない!」
俺が叫び返すと、それに反応したかの様に更に男の体を纏う炎が大きくなり、天を突くような火柱が上がった。
「とぼけるなぁっ!お前の魂がそこにあるのはわかっている!………………オォォ!憎い!同じ神から産まれた子であるはずの私を殺したイザナギが!そして、寵愛を受けたお前達姉弟が!」
もはや目も開いていられないほどの熱波と殺意が嵐のように猛り狂っている。
「我が名は火之迦具土神(ヒノカグツチ)!…スサノオ!兄である貴様を殺す!二度と神産みなど起こせぬ程に魂も焼き尽くしてくれる!」
「このまま目覚めぬつもりか!ならばこのまま塵となり消え去るがいい!」
立て続けに叫び、その言葉を合図に真っ直ぐ突っ込んできた。
目の前に炎を纏った拳が迫る。
死ぬ。
死ぬのか俺は。
嫌だ。嫌だ嫌だ!
香澄さん!
阿久斗!
死にたくない!
咄嗟に阿久斗に教わったガード姿勢を取り、腕を交差して拳を受け止めた。
凄まじい轟音とともに公衆トイレの壁を2枚、3枚と突き破り、更に後方にある茂みまで吹き飛ばされる。
ドォン!
茂みの中にある樹木に叩きつけられた。
庇った腕が焼けるように痛い。もはや上半身の衣服もボロボロになっている。
でも、生きてる。
殴られる瞬間、大事な人のことを思い出した。
香澄さん…
阿久斗…
また生きて二人に逢いたい。
何も分からない、理解できない理不尽な状況の中でそう願ったとき、普通なら即死のはずの俺の体は、薄っすらと青い光の膜に包まれていた。