光に踏み込んだ途端、景色が変わる。
夢で見たものと同じ建物の一室。
しかし夢の時よりもハッキリと中の様子が分かった。
あの時、夢の中の“誰か”は目の前の老夫婦と娘しか視界に捉えてなく、周りの様子は朧気にしか見ていなかった。
改めて周りを見回してみると、ここは民家ではなく神社だということが解った。
後ろを振り返ると少し離れたところに鳥居が見える。
辺りは鬱蒼とした木々に囲まれ、空は雲一つなく鳥の囀りも聞こえない。
陽の光が神社に差し込み俺達を照らしている。時間的には朝方なのだろうか。
視線を神社の中に戻すと、こちらに背を向けて泣いている老夫婦達の奥には祭壇があった。
祀られているのは…
両手で剣を掲げ、険しい顔で仁王立ちをした御神体。
見たこともない…というより俺はこういう御神体等や神様に疎いせいでよく分からなかった。
そして、興味深くキョロキョロと辺りを見回していてあることに気付いた。
俺は土足で神社の床の上に立っているじゃないか。
『うわ!最悪だ!』
慌てて靴を脱ぎ神社の外へ投げた。
突然場所が変わったにしても土足は罰当たり過ぎる。
信心深くはないが何となく神様に申し訳ない気持ちになった。
何度も心の中でどこぞの神様に謝り、気を取り直して神社の奥へ入った。
アシナヅチさん、テナヅチさん、クシナダヒメさんだったか。
夢の中で何度も聞いた名前を頭に思い浮かべる。
そして、その三人に近寄って声をかけようとして立ち止まった。
これからどうするべきだ?
夢の内容に従って動いた方が良いのだろうか。
少しの間思考を巡らせる。
そして話の先に進むには、やはり夢の再現だろうと判断して、なるべく優しく声をかけた。
「あの、は、初めまして。あ、あなた達は何故こんなところで泣いているんですか?」
緊張してドモってしまった上になんか夢の中と声の掛け方が大分違う気がする。
名前も夢で知ってしまってるせいか結構内容を端折ってしまった。
これでいいのか?内心ちょっと焦る。
そうこうしてる内に、アシナヅチさんテナヅチさんの二人がゆっくりとこちらに振り向いた。
改めて二人の顔を見る。
今は涙に濡れた悲しい顔をしているが、本来は温厚で優しい人柄なのだろう。そんな雰囲気が滲み出ている。
突然話しかけられたにも関わらず、俺のことを警戒するでもなく穏やかにアシナヅチさんが話し始めた。
話の内容はやはり、これまでに起きた惨劇とヤマタノオロチについての話。
本題はここからだ。
あの時、夢の中では怯えて恐怖に支配されていた俺だったが、何故か今は違う。
この人達を助けてあげたいという強い想い、ヤマタノオロチに対しての怒りが湧き上がるたび、身体中の血が沸騰してるのではないかと思うほど滾ってくる。
光の中に足を踏み入れる前の、全身に漲る万能感が更に増した気がした。
そしてその熱に浮かされたまま
「俺が何とかします!必ずヤマタノオロチを倒して娘さん達の仇を討ちます。だから…だから、そんなに悲しい顔をしないで下さい。」
そう力強く宣言した。
宣言した瞬間、蹲って泣いていたクシナダヒメさんが俺の言葉に反応するように、ピクリと肩を震わせて泣き止んだ。
そしてゆっくりと立ち上がり、着物の袖で涙を拭き顔を上げて俺の方に振り向いた。
目が合った瞬間俺は固まってしまった。
綺麗だ、凄く。
本当に美しい人だ。
俺と同年代ぐらいだろうか?
少し幼さを残した愛らしい整った顔立ち、肌は透き通るように白い。
髪は濡羽色の光沢のあるストレートで、前髪は眉毛の少し上で切り揃えられている。
泣いていたせいで目元は赤くなっているが、その儚げで怯えた瞳は庇護欲をそそってくる。
俺は暫く見惚れていた。
そして、
ハッ!と我に返り気付いた。
肌の色、髪の色は違うが、顔の造りと瞳が知り合いに良く似ている。
香澄さんに瓜二つなのだ。
あの人の高校生ぐらいの時がまさしくこんな感じだったのではないのかと、容易く想像できてしまうぐらいに。
「どこのどなたかは存じませんが、あなたほどの勇敢な方は今までおりませんでした。なにせ、ヤマタノオロチほどではありませんが恐ろしい化け物が数多くこの国には蔓延っており、この辺りに住む一族の者たちも逃げるように土地を去るか、なすすべもなく命を奪われる一方で…。」
アシナヅチさんの震える声で再び我に返る。
そしてひと呼吸置いて改まり、
「私はアシナヅチ、こちらは妻のテナヅチ、娘はクシナダヒメと申します。」
そこでもうひと呼吸置いたあと、
「あなたの名前をお聞かせください。」
そう言ってきた。
名前?
俺の名前で良いのか?
そういえば、まだ夢の中の“誰か”の名前が解っていない。
どうすればいい?
俺が名前を伝えることに躊躇っていると、
ズキッ!
痛みと共に頭の中に声が響いてきた。
不意の頭痛に思わずがくりと膝をついて頭を抱えた。
目の前の三人は突然苦しみだした俺を見てオロオロしている。
最初は酷い痛みで何を語りかけているのか理解出来なかったが、徐々に痛みが薄れるにつれ声がハッキリと聞こえてきた。
『教えてやろう。お前には名乗る資格がある』
頭の中に響く声はそう言ってきた。
そして、その声は
『その名を名乗れ』
と、急かしてくる。
そうか、それがあなたの名前だったんだな。
心配そうに見守るアシナヅチさん達に立ち上がって向き直り、その名を口にした。
「俺の名前はスサノオノミコトです。」
と。
名前を伝えた瞬間、辺りが眩しい光に包まれて思わず目を瞑る。
そして、光が収まったあと目を開くと俺は自分の部屋に立っていた。