1
「見せたいものがあるから付いてきなさい。」
夢の話をした後、真剣な顔をしたパパにそう言われ大人しく屋敷の廊下を付いていく。
小さい頃、使用人の紗夏(さやか)とここで鬼ごっこをして走り回ったり、床掃除を手伝ったりしたなあ…懐かしい。
私の住んでいる屋敷は広い。産まれた時から今まで過ごしてきた勝手知ったる我が家ではあるけど、未だに知らない部屋が数多く存在する。使用人も覚えているだけで10人以上居たと思う。
…今ではたった3人になってしまったが。
2
私が小学4年生だったある日の金曜日。授業が終わり友達と校門前まで歩いていくと何時ものお迎えの車が来ていた。
私は今まで自分の足で登下校をした記憶がない。更に言うなら買い物、友達と遊ぶ時でさえ、全ての移動に必ず使用人が付いて車を運転し、友達と公園で遊ぶ時は邪魔にならない程度の距離を保ちつつ様子を伺い、遊園地に遊びに行くときは車に友達全員を乗せて保護者代わりに付いてきた。
後で聞いた話だけど、私と付き合う友達の親は「安心して子供を預けられる」と言っていたそうだ。
そうだよね、普通に子供達だけで出掛けるよりボディーガードが居るほうが安心だもん。しかも移動は友達も車に乗せて一緒に送迎するわけだし。まあ家から徒歩数分の公園でも付いてくるから、さすがにちょっとやり過ぎじゃない?と思ったことは何度もあったが。
でも、その日はいつもと違った。
いつもなら学校前で友達も拾ってそれぞれの家まで送ってから最後に私の屋敷に帰るのだが、
「申し訳ありません、本日はお嬢様お1人だけでお乗りください。」そう言われた。
えー、なんで?って不満顔で私が使用人に問いかけても、申し訳ありませんの一点張り。何度も押し問答をしてる内に、その様子を見ていた友達は苦笑いで「いいよいいよ、家近いから気にしないで!またね!」と手を振り帰ってしまった。私はその背中に手を振り見送りながら、もっとおしゃべりしたかったのにーとか、今度の休みの予定とか話したかったのになあとかブーブー文句を言った。まあ休み明けに話せばいっか。
仕方なく車の後部座席に乗り込んで窓の外を眺めながら不満気にぼーっとしてると、動き出した車がいつもとは逆方向の道を走行していることに気付いた。
「ねえ山下、こっちの道違うよ?買い物して帰るの?そしたらさ、本屋にも寄ってってよ!欲しい漫画があったんだ!」
使用人の山下に、すっかり機嫌が良くなった私はそう話しかけお願いした。我ながら現金なもんだ。
山下は優しい声で
「そうですね、そうしましたら本屋もお寄り致しましょう。」
「やった!行こう行こう!」
テンションの上がった私は運転席のシートを掴んで揺らしながら話しかけた。
使用人の男の人、山下は優しい。
他の使用人達も優しいけど、それとはまた違う優しさというか甘さというか、いつも大抵のワガママは許してくれる。前に話した時に聞いたのだが、私と同じ年頃の娘が居るそうだ。
山下は先に本屋に寄ってくれた。新刊コーナー目掛けて歩いて行くと半歩後ろを山下が付いてくる。目当ての少女漫画を手にしてウキウキの私。そんな様子を山下は微笑ましく見ている。
漫画を購入して車に乗り込む。
「本日は少し遠いところに向かいますので、お嬢様はその間漫画をお読みになられるか、眠くなりましたらお眠りください。お腹の方は空いておられますか?」
「ううん、まだお腹空いてないから平気だよ。あ!でも、途中でどっか寄って何か買って二人で食べようよ!」
「ふふ、その時はお声がけください。そういたしましょう。」
なんで今日は遠出するの?とか何時家に帰るの?とか、その時はそんな疑問は浮かばなかった。
楽しみにしていた新刊の漫画を読み耽りながら車に揺られている。
運転中山下は時折車を停め、携帯で誰かと話をしていた。
「紗夏の行方は…他の者たちは…そうですか…その他に…しんぐ…解りました…はい…私が責任を持って…はい…」
紗夏?屋敷で何かあったんだろうか?とか思いつつも、穏やかな車の運転と心地よさに私はいつの間にか眠ってしまった。
それからどのくらい経ったのか分からない。
車が少しずつ揺れ始めた振動で目が覚めた。後ろに引っ張られるようにシートに体が沈む。目をこすりながら窓越しに外を見ると辺りはすでに真っ暗で、ポツンポツンと点在する灯に照らされて生い茂る木々や雑草が目に入った。道路もいつの間にかアスファルトから砂利道に変わっている。おそらく山道を登っているのだろう。
ミラー越しに目が合うと、
「起きられましたか、もう少しで到着いたしますからね」
と、優しく微笑みながら山下はそう言った。
すっかり目が覚めてしまったし、代わり映えしない車窓から見える暗い森の景色にも飽きてきて、そういえばお腹も空いてきたな…と思ったところで平坦な場所に出た。
山道を登り切ったようだ。
フロントガラス越しに灯に浮かび上がる大きな門が見えてきた。
更に近づくと門の両脇には黒いスーツを着た男の人が二人で立っている。山下は一度車を停めて下り、その男の一人に歩み寄ると何かを話し車に戻ってきた。
ほどなくして門が開く。車一台くらい楽々通れるほど大きい。
車に乗ったまま門を潜ると左側に駐車場のような場所があり、他の車も何台かあった。右側には松の木や、整然と並べられた石に囲まれた大きな池がある。
私の屋敷も広いけど、それとは比べ物にならないくらい大きい屋敷だった。
車を停めると、山下が後部座席のドアを開けて手を差し出す。
「長い時間お疲れさまでした。お腹も空いておいででしょう。少し遅くなりましたがご飯にいたしましょうか。」
「え?あ、うん。」
私は山下の大きくて暖かい手を取り、連れられるままに大きな屋敷の玄関に向けて歩きだした。
灯籠が数え切れないほど立ち並ぶ道を、少し遠くに見える屋敷の玄関に向かって山下に手を引かれ進む。たまに等間隔で並んでいる灯籠の明かりと明かりの間に人が立っている。突然現れたように見えて思わず「ひっ…」と声を上げた。山下の手を思い切り強く掴む。
「大丈夫ですよ、ただの見張りです。」
見張りの人と目が合うと、無言で軽くお辞儀をしてくる。少し緊張しながら私もお辞儀を返して進むうちに玄関にたどり着いた。
玄関の戸を開けると、ここの使用人なのだろう。スーツを着た女性が出迎えてくれた。
少し吊り目気味の大きな瞳、髪の毛は染めているのか地毛なのかは分からないけど綺麗な銀髪だった。その光に照らされてキラキラした髪は肩口で切り揃えられている。背はそんなに高くなく、全体的にほっそりとした可愛らしい人だ。
「お嬢様に山下さん、お疲れさまです!食事の用意は出来てますからどうぞどうぞ!」
山下の顔見知りなのだろうか。うちの使用人達よりも親しげに明るい笑顔でそう話しかけてきた。なんか仲良くなれそうな人だ。
「言葉遣い、もうちょっと良くしてくれないかな?」
「はぁ、すみません…どうしても慣れなくて。だって元々私ってこっち側じゃないじゃないですかぁ。あっちは言葉なんか要らないし」
「言い訳はいいから。あとお前、自己紹介もお嬢様にしてないだろ」
「あ…」
そんなやり取りを山下と交わす。山下がこんな言い方するの初めて見た!
でも、この人の言う“こっち側”とか“あっち”って何なんだろう。
「……申し訳ありません!香澄お嬢様。私は大口真美(オオグチマガミ)と申します!気軽にマガミと呼んでください!」
「言葉遣いがチグハグなんだよなあ…」
マガミさんの自己紹介に苦笑しながら呟く山下。
「あはは!いいよ、全然気にしてないし私もそっちのがいいし!」
私がそういうと、マガミさんは嬉しそうな明るい表情になった。
やれやれと溜息をつく山下とマガミさんに付いて廊下を歩いていくと、ここですとマガミさんが部屋の前で立ち止まった。
「山下です、お嬢様をお連れしました。」
そう言って障子を開くと、
「お、やっと来たね香澄。待っていたよ。」
パパとママが居た。
「あれ?なんでここに居るの?」
「まあ…なんというか、旅行みたいなものかな…」
「そうねえ…、あまり家族で出かけることが無かったから今日は親戚の家に泊まりに来たの。香澄にはサプライズかな?どう?びっくりした?」
二人が笑顔で口々にそう言った。
長いテーブルの上には豪華な料理が並んでいる。
こんなに食べきれないでしょというぐらい。何か腑に落ちないながらも、ママが言っている通り家族で旅行などしたことがなかったし、一緒にご飯を食べることも少なかった私にとってはその喜びの方が勝っていたので、素直に「うん!ほんとにびっくりした!」と答えた。
そして、普段は一緒に食事をしない山下と、さっき知り合ったばかりだが、マガミさんが同席してくれた。
山下はパパとママに、こういう時くらい言葉遣いに気をつけなくても良いよと言われ、そういう訳には!と申し訳無さそうに苦笑いをしている。その会話がなんだか面白くて楽しかった。家族の一員になった気がした。
マガミさんはというと、食事に夢中になっている。
朝から我慢してたのかな?というぐらいの食べっぷりだ。
美味しい美味しいと言いながら気持ちよく食べていく。食べ切らないと思っていた料理も綺麗に片付きそうだ。
山下に「おい、もう少し遠慮を…」と肘で突付かれハッ!とするけど、また勢い良く食べ始めるのを見て溜息をついて諦めていた。
その様子を見て思わず笑ってしまった。楽しい。今日だけでこの二人の色んな一面を見れたからだ。
食事をしながら色んな話をしたけど、明日明後日と土日の間はこの屋敷で過ごす予定らしい。
私の着替えや必要な荷物も全部持ってきてあった。今朝学校に行く時には何も言ってなかったし、そんな雰囲気は微塵も感じなかったけど、まあこの辺はサプライズということで良しとする。
だけど、どうせ家族旅行なら近くに遊園地があるところとか、買い物が出来るような施設があるようなとこでも良かったのに、何でここなの?という疑問はあった。
まあ考えても仕方ないか…。せっかくの家族旅行なんだし。
それからとても広いお風呂に案内され、ママと一緒に体を洗い流し、湯船に浸かりのんびりと過ごした。
その後ママに付いて寝室に行くと、外見が和風の屋敷からは想像もできないオシャレな洋室があった。
テレビや雑誌で見たことのある、昔のヨーロッパの貴族が過ごした部屋のような豪華な内装に、ふかふかの布団に可愛らしいデザインのベッド。まるでお姫様にでもなった気にさせる雰囲気があった。
私がはしゃいでベッドに飛び込んで跳ねていると、
「気に入ってくれたみたいで良かったわ…。本当は家族三人でここに寝ようと思ったのだけれど、パパがこの雰囲気はどうしても落ち着かないと言って聞かなくて。ふふ、香澄は一人でも平気?私も一緒に寝ようか?」
「大丈夫だよ!普段から一人で寝てるしパパが寂しがるだろうから、ママが一緒に寝てあげて!」
「そう…、そうね、パパが寂しがるもんね?わかったわ、それじゃあもう行くけど夜更しはしないようにね」
そう言っておやすみと付け加えてママはドアを閉めて行った。
テンションが上がり、何も考えずに言った言葉だったが、私が普段から一人で寝てるしと言った瞬間、ママは一瞬寂しそうな表情をしていた気がした。
翌朝、早目に朝食を済ませた私はこの屋敷と周辺がどうなっているのか気になってしょうがなかったので、着替えて準備をしたあとマガミさんに付き添いをお願いして探検に繰り出した。パパとママは今日は部屋でのんびり過ごすと言っていた。
山下は昨日の食事の後、やり残していることがありますのでと足早に私達の屋敷に帰っていった。泊まっていけばよかったのになあ。
マガミさんは二人きりの時は私のことを香澄ちゃんと呼んでくれた。私がどうしても名前で呼んでほしいとお願いしたからだ。
少し困った顔をした後、
「どっちかというと、他人行儀が苦手な方だったので、私もそっちが良いかな!」
そう言って笑顔になった。なんだかお姉ちゃんが出来たみたいだ。
それから、広い屋敷の中を散策しながら色んな話をした。
マガミさんは格闘術が得意らしく、色々なところでボディーガードのような仕事をしてきたそうだ。
その後、中山グループの目に留まり声をかけられ、今は専属でここに居ると。
この頃の私は何にでも興味を持っていた。そしてマガミさんの可愛い見た目とは裏腹に格闘技が得意というギャップにカッコいい!という憧れと興味が止められなくなり、屋敷の探検もそこそこにマガミさんに頼み込んだ。
「私に格闘技を教えてよ!」