※一部センシティブな描写があります。
⚜ ⚜ ⚜ ⚜
ライカ、男、13歳。
太陽色の髪をなびかせ修道服を纏う、聖堂に従事する一人のシスターである。
雪解けの進む温度、季節はもうすぐ春を迎えようとしている。
とっぷりと日の暮れた聖堂は、いつもなら夕飯の支度で騒がしいはずだが、近頃はしんみりと静まり返ったようになっていた。
この修道院内で最年少シスターであるライカが、いつからか表情に笑みが消え、引きこもりがちになっていたためであった。彼は今日も部屋に閉じこもり、一切の会話をしなかった。
ある日の深夜、暗く静かな廊下を渡り、燭台を片手にライカの部屋もとへ向かったのは最年長のシスターアルパであった。彼女はライカが1歳の頃から、いたずら好きでわがままな彼を誰よりも厳しく、そして優しく、真っ直ぐな子に育つよう懸命に世話を焼いてきた。12年前、雪降る聖夜の教会の門前に、薄汚れた空き箱に詰められ捨てられ、泣き叫ぶ彼を見つけたのもまた彼女であった。
シスターアルパはさながら我が子のように、12年間ライカの面倒をみてきた。そんな彼女だからこそ、突然起こったこの事態に酷くショックを受けていた。
年頃で反抗期を迎えたならば仕方ないと自分に言い聞かせていたものの、流石に3週間も続くとすっかりアルパの心も折れ、厳しくしすぎたのかと自分を責めるようなった。それなら、せめてそれを全て詫びをしようと決心した。それが、今日のその夜であった。
ライカが、ゆっくりと自分の方へ向かってくる物音に気づくと、彼は顔をベッドに突っ伏した。こないで、こないでと小さく呻いた。シーツを掴む彼の手は細く、弱々しかった。間もなくコンコンとドアのノックが始まるとゆっくりとドアの前へ移動し、その古びた木材の隙間から『やめて』と言った。しかし、シスターアルパはそれに応じなかった。
重い口がゆっくりと開く。
「あなたを強く叱りすぎたことを、今日は謝りに来たのです。」
「なんでアルパが謝るの」
「そのように、祈りの最中に導きを感じたからです。」
「………」
少し経って、ライカはふっと小さく溜息をついた。
「誤解だよ、シスターアルパ…僕なんだ、全部僕が原因なんだよ。アルパは何も悪くないし、聖堂の皆にもなんの非もない。」
言い終わって、ライカはそのドアノブに手を掛けた。
3週間近く閉ざされていた重い扉が、ほんの少し開く。
「ライカ……あんた、やつれたねぇ……」
「…………話聞いてよ。
座って。虫、嫌いだし。毎日掃除だけはしてたから。」
窓から射し込む静かな月の光が、部屋を青色に染める。
質素なベッドに椅子、勉強机、腰ほどの高さの小型の棚、騒ぎたい13歳の男の子にはやや窮屈な、修道士の部屋。
アルパは燭台を机に起き、椅子に腰を掛ける。それはギシ……と音を立てる。
ロウソクの明かりに浮かび上がったライカの顔は、愚図って泣き虫だった子供の頃とそっくりだと、そのときアルパは思ったのであった。
✵ ✵ ✵
簡潔に纏めると、その夜の話し合いはほぼ無意味なものであった。というとのも、結局ライカは心の内をアルパに何も言い出せず、「とりあえずお祈りは毎日してるし、ご飯は皆で食べるようにするから、もう少しだけひきこもらせて」しか伝えられなかったのである。
否、これだけ伝えられれば十分なのかもしれないが、ライカを心配するあまりシスターアルパは他の修道士や司祭たちと相談し、街からお医者様を呼んでしまった。
これがまた、街ではヤブ医者で悪名高き者であった。名を『ケラレ』という。
修道院の者たちには、街の噂など判らなかったのであった。
* * *
あれから数日後、ある日の温かな午後。
「では、ケラレ様。ライカをよろしくお願いします。」
「ふーん、なるほどねぇ、ま、やるだけやってみるよ!がっはっはっは」
アルパを含むシスター数人は、そのヤブ医者を丁寧に出迎えまでした。前金として渡した治療費は、決して安くはないものであった。
ケラレ医師は自慢の顎髭を触りながら修道院の廊下をライカの部屋のもとへ足音を立てずんずんと進み、他のシスターたちの顰蹙を買う。コンソールテーブルに置かれた花瓶が微かに揺れる。
聞きなれない足音を聞いたライカがドアの隙間から、迫ってくるケラレ医師を見つける。
(この聖堂の人間じゃない。誰だろう。)
怪訝な顔で、その人物を記憶から探り当てる。
(近々、隣町のレフ神父が来る筈だが。レフ神父はこんな顎髭ぽっちゃりで偉そうな人じゃない。本当に知らない人だ。では一体この人は………?)
ドンドンドン。
「あー、ライカくん。ひきこもりのライカくん。医者のケラレだが。」
ドンドンドン。
ドアを乱暴に叩く音が廊下いっぱいに響き渡る。
「ドアを開けてくれんかね、話を聞こうじゃないか。」
「知りません。誰ですか。」
「おたくの先輩シスターに派遣されましてねぇ、心の病気になったどうこうとかで。ライカくん、診療の時間だ。こういった病気は早く診ないと悪くなる。」
病気なんかじゃないのに、とライカは思ったが、このひどく、けたたましい耳障りな音を止めるにはケラレと会って話をするしかないらしい。
ガチャリ。
「あの……開けるんで叩くのやめてくれませんか。」
ドアがゆっくりと開く。ケラレはライカを見るなりにんまり笑って、
「そうそう、そうやって大人しくしてればいいんだよ。子供なんだから。」
そう言うと、室内にやや強引に入り込んでバタン!!と勢い良くドアを閉じた。
少しするとケラレの大きな声が扉越しに聞こえるので、シスターたちは心配そうにその部屋を見つめていた。
さて、このケラレ医師はライカの話をほとんど聞かずに『暴れることないように』と大きな手で彼の両手首を掴み、修道士部屋とは少し離れた場所にある医務室に連れて行った。
普段はシスターたちが交代で掃除しているので、シーツは白くきれいで、日当たりも良く、環境は決して悪いものではなかった。
ライカは専用の硬いベッドに寝かされると、外に映る景色を見つめていた。どうして空はこんなに青いんだろう。どうして鳥は飛べるのだろう。どうして今僕は、良くわからないお医者様に衣服を脱がされているんだろう。
これもあなたが僕に選んだ『さだめ』でしょうか。
ああ、神様。
全ての衣服を払われた裸のライカは、やはり痩せていた。
もともと歳不相応な細い体だったが、いまは顔色も悪く更に具合の悪そうな少年のちいさな裸であった。
ケラレはライカの身体をベタベタと触る。
頬、首、肩から腰、大腿から足首にかけて時々親指で強く押すのでライカはひゃ、と声を上げ、痛がる。
「触診中だぞ。嫌がらないでくれ。」
「だから病気じゃないんですってば。」
「その身体、その顔色、生気のない目つき、どこからどう見ても病人じゃないか。そんなに裸を見られるのが気に食わんのか?まあこんな“小さい”なら無理もないがな!はっはっは!!」
なんだこの失礼な人は。
ライカはこのあと『取り敢えず、痩せ過ぎなのでご飯をよく食べるように。』とだけ言われ、ケラレは部屋から一旦出ていった。
……まあ、それはごもとっともであるけれど。
はぁ、食欲が沸かない。
というか、精神が衰弱しきって礼術も使えない。あんな医者、ホントは僕の礼術でコテンパンにできるのに。
嫌だなぁ、暇だなぁ、早くレフ神父が遊びに来ないかな。
あの人は僕のこと可愛がってくれるのに、悩みだってなんでも打ち明けられるのに………
ライカの様々な思いが、宙を過ぎていった。
✴ ✴ ✴
お祈りや天使祝詞の復習を終え、聖書を読みながらベッドでゴロゴロしていたライカ。
日暮れ頃になると、ケラレが「夕食だ」と突然入って来た。
それはもう、すばらしく嫌な笑顔で。
「さぁてひきこもりのライカちゃん、ごはんたべましょおねぇ。」
廊下から引っ張ってきたサービングカートから太めの瓶を取り出す。何かと思えば哺乳瓶だ。ご丁寧にミルクまで入っている。
「いきなり……訳が判らない……。」
「今日からおまんまはミルクと離乳食でしゅよお。ほらほら、“小さい”ライカちゃん。」
もちろんライカは拒否をする。否、拒絶をする。
何が悲しくて13歳になって離乳食を用意されなきゃいけないのか。修道士の皆、司祭様も止める人はいなかったのか。
この雑な人参の切り方はシスターローライだろうか。
知らない医者に赤ちゃん扱いされ、先輩が作った離乳食をこれから口に運ばれるのかと思えば、もう地獄さながらの心情である。
ライカはあまりの恐ろしさに身震いした。
プレート横にはスタイ(赤ちゃんの首掛け)まで用意されている。
見たところ赤ちゃん向けのサイズではないようだが……。裁縫好きのアルパ様が繕ったものだろうか。
「ライカちゃん、おくちアーン。」
哺乳瓶の先端を口元に近づけられる。それを手で押し退け、赤ちゃんじゃない、いらない、と抵抗する。
「そうか、そうでちゅか、ライカちゃんはごりっぱでちゅね〜〜」
言い終わるとケラレは突然哺乳瓶を乱暴に放り捨て、ライカのローブの裾を捲り上げる。
「やっ!なに………!?」
「態度だけはいっちょまえに大人だけど、身体は成長できなかったようでちゅね〜〜かわいそうに、ライカちゃんは。ワタクシが心も身体もちょっとだけ大人にしてあげまちゅからねぇ〜〜」
ケラレの右手はライカの下着へと伸び、幼さの残る小さな性器を布の上から軽く指でなぞる。
「……ひっ…!?……………ぁ………。」
突然身体に疾走った小さな快感に、腰がぴくりと跳ねる。
「知らない大人に触られて感じちゃうなんてライカちゃんはドスケべでちゅねぇ。……じゃあこれは?」
ケラレが、下着越しにライカの陰茎を弄び始める。
軽くつまんだり指ではじいたり、わざと強く握ったり。
「〜〜〜〜〜〜っ………!!!!」
声を押しころし、屈辱に耐えるライカ。
(礼術さえ使えれば、こんなひと………!)
霞んだ視界でケラレの顔をじっと見つめ、右手に力を込める。
うっすらと赤く輝く小さな右手の拳(こぶし)の中。
本で勉強したばかりの、まだ使ったことのない軽い火傷をさせる礼術。
長らく続いた食欲不振でチカラが湧かないが、これは賭けだ。
「んあっ………ひんっ………地よ、大地よ、神々の……あぁ!!ひっ!!………、だめ、はぁあっあっ、せ、聖なる、我らの身の上に、ぁ、ぁあああっ!!!!!」
ケラレが礼術の詠唱を、右手につまんだモノの強い性刺激によって阻害する。
「はあ、はあ、あっ……ん……………」
「ライカちゃーん、ミルク拒否した罰はどうでちゅか?恥ずかしい?気持ちいいでちゅか?ワタクシ心が病気の子供をよく診てるんだけどぉ、みーんなこれで大人しくなるんでちゅよねぇ〜〜。
医者の言うことを聞かないおこちゃまは身体でわからせるしかないんでちゅよ〜?」
「なっ、医者が何を言って………!」
ケラレの太い指が激しく陰茎を刺激し、空いた片腕はローブの間に伸び、
「今からうるさいライカちゃんを黙らせてあげまちゅねぇ。」
ライカの小さくて柔らかい、敏感な乳頭を弄ぶ。
「あっ、んあっ、やめて、やめて……ああっ……!」
「反抗的な態度さえとらなければ、こ〜んなにえっちで可愛いのに……ワタクシ可愛い男の子が大好きなんでちゅよぉ。」
強い快感と浴びせられる猥雑な言葉に、腰が震える。
「みるみる大きくなってきまちたねぇ。ほんとえっちな子。でも13歳でまだこのサイズじゃあとちょっと先が思いやられるねぇ!」
下着を剥ぎ取り、射精を促すよう、ライカの『先』を前後に動かすケラレ。
手が性感帯を擦るたびに、クチュクチュといやらしい音を立てる。ライカは最早廊下に声が漏れることも気にならなくなり、快感に嬌声を上げ続ける。
自慰以外で初めて他人に性器を遊ばれ触られる羞恥心に、身体に熱いものが込み上がる。
頬は紅潮し涙が溢れ、ますます息が荒くなり、
「やだ!やだぁ、あぁっ、シスターなのに、僕はシスターなのにぃ!はぁ、はぁ……かみさまに、ずっと純潔でいるって、約束したのに…いっ、………ひぃいんっ……!!」
ケラレの目は、笑っていた。
ライカはそのうち頭がふわっとしてきて、肩から力が抜け、ただはぁ、ひぃ、やだ、はずかしい、となにか口から言葉と涎れを零しながら、止まらない快感の波に身を委ねていった。
「じゃあライカちゃん、こっちももっと弄ろうか…………」
ケラレが今まで軽くこねていただけのライカの乳頭を、ぎゅっと摘んで指でぐりぐりと摩擦する。
同時に来る抗えぬ強い刺激に、腰がガクガクと激しく動く。
「んぁ〜〜〜ぁ!!やーだ、だーーめっ……あっ、あっ、でちゃう、でちゃう〜〜〜〜〜!!!!」
とうとう理性は崩壊し、ライカの身体は痙攣する。
半透明の欲はトロリと外に排出され、シーツをいやらしく濡らした。
「気持ちよかったねぇ、ライカちゃん。いやぁ、小さすぎて女の子かと思っちゃったね!」
タオルで適当に手を拭きながら、爆笑するケラレ。
「ああ、あ、でちゃった、ご、めん……なさ、い…………」
湿ったベッドの上でぐったりしているライカは、ぽろぽろ涙を零しながらかすかに脳に残っていた意識で愛する神への懺悔を紡いだ。
* * *
「はい、じゃあおまんまの時間にするでちゅよ。これ全部片付けないとシスター達に怒られちゃうでちゅからね〜〜はい、ライカちゃんお口にミルクいれまちゅよぉ〜〜??」
朦朧とした意識のまま、ライカはミルクを飲まされる。
「………ん……んっく………んっく」
抵抗する気力もなく使える礼術もなく、無力のシスターは虚ろな目をしたまま、赤ちゃん扱いを受け続ける。
「可愛いねぇ…君はもったいないよ。反抗さえしなければ今まで診てきた人間の中でイチバン可愛いんだがねぇ。さて、ミルクもここまでにして、離乳食だ。」
「ん〜……………っ」
哺乳瓶を口から外される。
意識が少しずつ戻ってくる。
やや手こずりながら下着を着る。
ぷっくり立った自分の乳頭、シーツに滲んだ自分の体液。
意識が戻れば戻るほど恥ずかしくなる。
いま、ケラレ医師に何をされたかが判ってくる────。
「……いいです、じぶんで食べます。」
「なんだ、折角ワタクシがいるんだぞ?」
「だって赤ちゃんじゃないし………いえ、そんなことはどうでもいいんです。シスターを襲いましたね?駄目って言ったのに!司教様とアルパ様に報告しますよ!」
いつものように、部屋着の真っ白いローブを整えて、彼の犯した過ちを責め立てるライカ。
* * *
すると、突如ケラレの右腕が、ライカの頬を殴りつける。
「っったあぁぁ……!!」
痛みに疼くライカ。突然のことに激しく動揺する。
「このクソガキ、このワタクシがなんのためにわざわざ街からここまで来てキミのようなワガママ引きこもり君の面倒を見ねばならんのだ。
襲っただと?あれだけ腰くねらせて、誘ってきたのは君の方なんじゃないかァ??」
ベッドの上でうずくまったまましばらく頬の痛みに耐えていたが、やがてゆっくりと口を開き、
「…………さっき、部屋に来たアルパ様から聞いたよ……信じられないくらい高額な前金、この教会から出たんだって?」
医者の横暴さに腹を立てたライカは、強い口調で言う。
腫れた右頬に青アザが出来かけていた。
「本当にお医者様なら僕が何の事で悩んでいるか判る筈、それも知らないのに勝手にこんな………。第一、アルパ様もアルパ様だ……病気でもなんでもないってずっと言ってるのに…!」
怒りに震え、か細い声で呟く。
「じゃあなんだね、人に言えない悩みでもあったのかい?まるで女の子みたいなその体形かい?その歳でミッションスクールに通えない馬鹿なアタマのことかい?母親に捨てられた君の粗末な育ちのことかい?」
「関係ないです、スクールは修道院の決まりで行けないだけですし、第一、どうして僕の育ちを知っているんですか!?」
「書庫に入って君のことを探らせて貰ってねぇ〜〜鍵、掛かってたけど壊れてたし。いや、壊しちゃったとも言うんだがね!
──────ドイツ産まれのライカちゃん……本名は『ライカ•ランドフレア•エルコス•アーノルド』。確か1歳のクリスマスの日に母親に捨てられて………
ほほう、なるほど。孤児だからこんなに気性が荒いのかい?大人しく哺乳瓶でミルク飲んでくれたのかい?可哀想にねぇ、もう帰ってこないでしょぉ??」
「違う!お母さんは僕を捨てたりなんかしない!きっと帰ってくるんだ!」
力いっぱい反論する。段々と目に涙が浮かぶ。
「ふ〜む、随分自信があるようじゃあないか。しかしなぁライカちゃん、君の母親が教会宛に残したメッセージ……読んだことあるのかい?」
ライカが、古い記憶を辿りぽつり、ぽつりと呟く。
「お母さんが……僕を入れた箱に何かを書いていたということだけ、昔アルパ様から聞いたことある………。内容は何年経っても教えてくれないけど……
…………どうして部外者がそんなことまで聞いてくるんですか?まさか書庫に……!」
ケラレは白衣のポケットから、シワの目立つ紙を取り出し、
「メモって来ちゃったからぁ、教えてあげるよ。
ライカちゃん、君が捨て子である証明は全てここにある!」
思わず、ライカの息が止まる。
冷や汗が垂れる。鼓動がいやに早くなる。
きっと嘘だ、きっとこの人が捏造したんだ。
きっと……
「さぁ!心の準備はいいかね?おほん!
『Dear 教会の皆様へ
この子の名は、ライカ•ランドフレア•エルコス•アーノルド といいます
産まれはドイツ、誕生日は11月23日 先日齢1歳になったばかりでございます。
あまりに貧しく、父親のいないこの子のそだちを、やるせなく、可哀想に思い、私は教会の皆様へ我が子を引き取って頂きたくこの度の卑属な行いをしたまでであります。
本来ならば、昼間会ってお話するはずですが、こんな聖夜に申し訳ありません。
可愛いライカを、どうぞ宜しくお願いします。
主よ、私の身勝手でこの子を見捨てることになったことを、どうかお赦し下さい。
どうか、私が手放したこの子を
生の終まで幸せにしてください。
神の子等しく、祝福が与えられますように。
母 ウル•エルネスタ•ライツ•アーノルド』
ずいぶ〜ん年季の入った小さい箱にねぇ、あったんだよ。
きれーなドイツ語で。
ワタクシは父がドイツ語堪能でな、少々なら読めるんだ。
で、ライカちゃんよ、どうだ?いい加減信じる気になったかね。」
「………聞きたくない………そんなの聞きたくない…」
「ライカちゃん?」
「お母さんは……そんな人じゃない………!…ゔ、ゔえ、ん……ゔぇぁッ…………」
襲いかかる吐き気を、口を手で覆ってこらえ、なんとか言葉を探す。
「ほ〜ん?反論はそれだけ?じゃあ認めたも同然だねぇ。
でもライカちゃん、父親に一切言及が無いってことは……」
「うるさい、うるさいっ!!!!もう嫌だ、散々意地悪されて身体触られて、挙げ句の果てに育ちを否定されて、
嫌だ、嫌…………お前なんか!!いつか僕の礼術でこうしてやる!!!!」
勢いそのまま枕をケラレ医師に投げつけたライカは、医務室を飛び出し、修道院外の真横の巨木の根本で嘔吐を繰り返した。
母親は来ない。
知っている。
だが何故それを、身も知らぬ人間に指摘されねばならぬのか。
幼い自分を残して去っていった、顔も知らぬ母親のことを、どうして自分は12年も信じ続けているのだろうか。
なんであんなやつに身体を穢されてしまったのか。
胸に渦巻いた沢山の苦しみが、今はただ胃酸として
白い部屋着のローブを汚していくばかりだった。
* * *
吐き疲れたライカは、教会の草地に横たわっていた。
こんなに吐いたのは、いつぶりだろう────いや、昼も夜もほとんど食べてないし、大して吐くものもないけれど────。
ケホ、ケホ、と苦しい呼吸をした。
さっきまで吐いていたせいで口の中が嫌な味がするが、もう立つ気力はない。
ただ、虚ろに空を眺めていた。
いつの間にか、こんなに月が高く登っている。
つがいの鴉がカァカァと鳴くと星空の間を抜けていき、時々大きな別の鳥が月と重なり、黒で塗りつぶしたようになる。
小枝が擦れる音だけがライカの身を包んで、春一歩手前の冷たく張り詰めた空気が教会に纏わり付く。
浅く呼吸をして目を閉じたまま、祈るように星空へ手を合わせた。
傷ついた心が、すべて天に還るように。
無になれる時間を、心が欲している。
少しして、鈍い音が近づく気配を感じていた。
司教様も、シスターも、この時間は皆寝ている。
これは、ケラレの足音だ。
ライカが必死に身を起こすと、その足音から遠ざかるようわざと遠回りをしながら、元いた自分の修道士部屋へ向かって静かに走り出した。
キャンドル一つない心細い闇の空間を、自分の勘だけを頼りに修道院を進む。
時々、柱にぶつかりそうになる。
壁をつたい、月の方角から西へ歩みを進めると、宗教画の額縁に手が触れる。
廊下に無数に並んだ、壁に掛かった巨大な絵は、昼間はそれはとても見事な名画であるが、夜にみたそれは妙に不気味に感じた。
鮮やかな花畑の風景画も、今は薄青に染まっている。
「(絵があるということは……違う、ここじゃない………違う廊下に来ちゃったんだ。この廊下は無人だし、ここから先は行き止まり、引き返すとあいつが──────)」
立ちすくんでいると、ケラレの足音が近づいてくる。
怖い、怖い…………
ライカは、微かに月明かりがあたる窓際に、膝を抱えるようにして座り込んだ。
「とうとう見つけたねぇライカちゃん………」
ケラレ医師の太い声が、無人廊下に響き渡る。
その声色は、一見楽しげにも聞こえたが、凄まじい怒りを孕んだ声のようにも聞こえた。
「さぁ、医務室に戻ろうねぇ…………帰ってワタクシと話の続きをしよう…………」
ライカが怖くてうずくまっていると、ケラレは白衣の内側のポケットから銀色の物を取り出した。
月明かりに照らされたそれは、小型の鋭利なナイフであった。
ナイフがライカの白く細い腕に触れると、
「良い子にしてないと………痛い目にあわせるぞ!」
怒鳴ると同時に、銀のそれはライカの左腕へ強く押し込まれた!
「あ''ッ………………い''…………………!?」
腕をつたう生温いモノが、それが何か判った瞬間、ライカは悲鳴をあげた。
「いやぁあああああああーーーー………!!!」
無垢な白いローブは赤く染まり、廊下の絨毯は血濡れ、ライカの意識は遠のいていった。
ケラレは事が大きくなる前に、と、急いで医務室に戻り、適当にライカの傷口に消毒と包帯を巻き、服を剥き、水汲み場でじゃぶじゃぶと洗って干し、証拠の隠滅を図った。
気絶するその手前まで、ライカは痛みと怖さに震えていた。
そしてその後────……… 一度は気を失ったライカだったが、痛みに耐えきれずすぐに身体が起きてしまい、意識が混濁したまま、ライカは絶望の夜明けを迎えた──────。