「あれ、神父じゃない?」
「こんな時間に珍しいよね〜集金にでも来たんかな?」
光で溢れ賑わう街、ライフランチェス。
雪の日も歓楽街を行き交う人は絶えず。軒の飲食店は眩しく彩られ、人々は談笑し、耳障りなほどあちこちで音楽が流てくる。私の住む街と違う世界のよう。
ライカ君はこの街のどこかにいる。
きっとどこかで、泣いて、苦しんで、私を待っている。
道行く通行人からの視線が冷たいが、この様子だとキリスト教無信仰者が多いという噂は本当のようだ。神父である私にさえ遠慮なく肩をぶつけてくる。否、神父だから、私はこの街から毛嫌いされているのか。
「お兄ちゃん、あんたシケたツラしてんな。酒でも浴びてくかい?」
「ありがとう。しかし生憎人探し中なんだ。私の考えが間違いでなければこの街に来たはずなんだが……。」
「はぁ、人探しねェ……。」
酒屋の店主は呆れ顔だ。
「あんた神父だろ?信者も少ねぇこの街で人探しはつらいぜ。どうせここらの通行人なんて口割らねぇしよぉ。
ところでどんな人探してたんだい?生き別れた恋人か?」
「まだ13そこらの子供です。太陽みたいな髪色の、ウェーブがかったふわふわした巻き毛の可愛い男の子で…」
─────その瞬間だけ。
街のどよめきが一瞬凍った……気がした。
「……あの、皆様何かご存知で?」
問いかけに、化粧の濃い娘が唇を震わせながら
「あたし見たよ、昼間、ヤブの医者に連れて行かれてたの……」
「こらルミ!神父なんか相手にするんじゃない!」
「お連れの彼氏さん、すみません。お嬢さん、それはどこで?」
「あ…中央広場の……噴水……」
ルミ、という娘は青い顔をして俯いてしまう。
そこへ人々が口々に
「ケラレだ!また子供がケラレにやられたんだ!」
「あいつまたやりやがったな!何度子供を誘拐したら気が済むんだ!」
「今頃また写真ばかり撮って…ああ恐ろしい…!!」
怒り、悲しみ、混乱が広がった。
「すみません、皆様、私に話を聞かせてくれませんでしょうか。
私の命より大事な子が連れ去られてしまったのです。ほんの僅かな情報でもかまいません。宜しくお願いします。」
私が深く頭を下げると人々は、歓楽街とは少し離れた開けた場所に私を誘う。
❁ ❁ ❁
「ケラレさんね、どこからか男の子を攫ってきては自分の家で住まわせてるの。あまりに惨いことをしてるって噂で、この街では口外禁止、公然の秘密となっていたのよ。」
初めに口を開いたのは物腰柔らかそうな貴婦人。
「そいつは心の病気を治すとかで医者名乗ってんだけどよ、トンチンカンな術掛けられて悪化して返されるってことで行く人なんざ滅多にいねぇ。頼るのは他所もんか、なんも知らねぇあんた方みたいな世間知らずだけだねぇ。」
煙草屋の客。
「何されてるかなんて恐ろしくて、具体的には言えませんわ!ただ分かるのは、連れ去られた子はみんな10代前半だって事だけよ!お隣の家の子があいつに連れ去られたとかで2ヶ月帰ってこなくて、毎日泣き狂って我が家も大変だったんですもの!」
賭け場にいたマダム。
「1回や2回の話では無いようですが、自警団には話してないのですか?」
私が問う。
「これがよー、ケラレのやつどこに住んでるか誰も分からねぇし、自警団もお手上げなのさ。あいつやべえぜ。マーケットに来るときは礼術使って姿変えてるって噂があるくらいだ。」
答えたのは靴屋の若旦那。
「礼術使えるってこたぁー、あのヤブあんたと知り合いなんじゃねえのか?礼術は聖職者にしか使えねって田舎のばっちゃんが言ってたしよー。
まあなんだ、申し訳ねぇが程度の情報しか話してあげらんねぇよ。あとは自分の脚で居場所を見つけるんだな。あんたが捕まえてくれれば俺達みたいな街の連中だって、キリスト教徒に寝返るよ。」
頷く数人。
私に視線が集まる。
「もし!もしですわ!あのヤブ医者をとっ捕まえてくれたら、街代表としてあなたに報酬を差し上げます。うちの息子もあと少しで10歳になりますの。安心してお留守番させられませんわ。どうか。どうか。」
マダムの必死の懇願。
私は少し考え、
「では報酬は、ケラレが教会から騙し取った診療代と同額で。
──あとは自力で探し出します。皆様、どうもありがとうございました。」
あえて御加護とかお祈りとか、信仰に関わる部分を省いて挨拶する。
民衆は散り散りになっていく。
街は賑わいを取り戻す。みな心のうちに、言い表せぬ不安を抱えて。
頬が冷たい。少し風が出てきた。
私の大切な、可愛いライカ君はライフランチェスの何処か。
寒空に放置されて風邪などひいていないだろうか。
立ち尽くし、考え、少し歩いては立ち止まり、
「聖職者とは、本当に無力なものだ」と呟く。
そのうち雪が降りだし、風の勢いも増してライフランチェスの賑わいは静寂に包まれた。
長い三つ編みに雪が絡んだ。払った手が、悴んで痛む。
日付変更を告げる鐘の音が、寂しく街を駆けてゆく。
私には悲鳴に聞こえた。
あの子の哀しい悲鳴に。
耳を塞いで俯き、しばらくして目を開ける。
ここは真っ白な夜になる。
泣きたいのは私の方だ、と、不意に涙が零れた。しかし、それは
すぐに凍って、1つの輝く欠片になった。
探してみせるさ。
─────夜明けまでには、絶対。
帰って、ホットミルク飲んで、一緒に眠ろう。
❁ ❁ ❁
「いやだ。絶対いやだかんね。絶対教会に帰るもん。」
「駄目だよ、ライカちゃん。外寒いよ?おじさんと一緒に寝よう?それとも良い子になるお薬パワーアップバージョン欲しいかい?」
「いやったら嫌!変態医者!礼術でなんとかカメラ壊せたけど、僕の裸撮ったのは事実でしょ!最低!変態!」
……という具合で。
僕とケラレは部屋の中で追いかけっこをして……いや、されていた。
どーしても、どーしても認めたくないんだけど。
ケラレが僕に薬飲ませて、意識がない状態でアレコレやってたらしくて。
お尻なんか痛いし……体中ベトベトで気持ち悪いし……
前髪がカピカピに固まって……なんだこれ?ワックス?謎のヘアセットされた?
ケラレも非常にご満悦な表情で、もう考えたくないけどおそらく「やられた」。
無理、気持ち悪い、帰りたい。
いつものお布団に行きたい。
ていうか先お風呂行きたい。こんな姿で教会に帰りたくない。
逃げ出す術を考えているけど、正直ケラレに勝てる気がしない。
ケラレが放った凍らせる礼術でドアと窓が開かなくなってしまった。
無理だって。ごめん正直詰んでる。
だからってまた『良い子になるお薬』を飲まされたところで襲われるだけだし、どういうわけかケラレはトイレにも行かないから隙も無い。
もしかして寝てる僕に飲ませてたりする?
まじ無理無理無理………ヘルプミー。神様。
こういうときの神頼みでしょ。
僕は信じてるからね、見捨てないで。
神父様は、僕のこと見捨てたけど。
……迎えに来ないよ
…………なんで……大好きな、レフ神父………。
「君も諦めが悪いねぇ……」
ケラレが、僕の顔を覗き込む。
僕が愛されたいのはこの人じゃない。
目を閉じて下を向いた。
ちょっと涙出た。
────諦めが悪いのは、どっちかな。
風がガラスを叩き、雪が打ちつける。
ガタガタ鳴らす窓が、吹雪であることを教えてくれる。
「ほらぁ、こーんな雪の酷い日に迎えなんて来るわけないよ〜〜?」
「来るから、絶対……」
強がってみたものの、悲しみはあとからあとから溢れて来る。
ピンク色のカーペットにぽつぽつと滲んだ涙。
────泣いちゃだめだ、もうすぐ、もうすぐ奇跡が起きる。
神様は奇跡を起こしてくれる。
状況が一変する、嘘みたいな魔法を……。
「あら〜泣いちゃった。可愛い可愛いライカちゃん、ほっぺにチュウしてあげるからねぇ〜よしよし、寂しいよねぇ〜知らない街に来て。でも教会の皆は君を守りきれなかった無能の掃き溜めだし、ワタシと暮らしたほうが絶対絶〜対君のためになると思うんだけどな〜〜?
それに、ライカちゃんのかわいいお尻が見放題に……
ということは置いといてだ。」
ケラレが真顔に戻る。こわい。こわすぎる。涙も止まる。
「君はあんなところに、本当に戻りたいのか?」
「えっ?」
「教会にいて楽しいのかと聞いているのだ。」
………
「……あんまり。」
「……」
「……」
意外な質問に呆気にとられて、普通に答えてしまった。
「……朝4時に起きて、夜10時まで自由がない生活は普通につらいです。でも、それが僕の生きる全てだから……」
「全て、とは?」
「物心ついたときから教会で過ごしてきて、それ以外を知らないから……外の世界のこと教えても貰えないし……。」
「……可哀想だねぇ、君は。
普通のそこら辺の男の子は礼術掛けないと近所迷惑になるくらい泣き叫んでいる頃だ。
それがどうだ、口をへの字に結んで正座して変に大人びている。
洗脳されて来たんだな。教会から出されたら生きていけない恐怖心で大人のフリをするしかなかった生活だったんだろう。
君は大人に抱っこをおねだりしたことがあるかい?」
「無いです。神父様を除いては。」
「そうか……」
ケラレの両腕が僕を抱きかかえる。赤ちゃんをあやすみたいに。
「おじさんはねぇ、君はあそこに帰るべきじゃないと思うんだよねぇ……。」
❁ ❁ ❁
◆混濁の6日目◆
ぼくは見習い修道士のオート。
地元の教会の皆からは全自動おしゃべり暴走プロンプターと呼ばれているよ!(ひょっとして悪口?)
レフ神父が帰ってこない。
ライカくんも帰ってこない。
完全にお葬式の空気だし、ぼくはこの教会では唯一の部外者だし、居心地が最悪すぎる。
神父様と一旦は解散して帰ってきたは良いものの、こんな有様でゆっくり休んでいられるわけがない。
しかしあまりにも無様。教会(ここ)で誘拐事件が起きるなんてちょっとガバナンスに問題あるんじゃないか……?
なんて余計な事を考えながら紅茶を飲む。
神父様はカッコつけて「夜明けまでには帰ってくる」って言ってたけど、外吹雪いてるし、あの人ちょっと抜けてるので迷子になってるか転んでるかして帰って来れなくなったんじゃ……。
時刻は日付が変わって午前2時。
朝までもう5時間しかない。
神父様、ライカくん、無事だろうか………。
─────ぼくも行こう。
誰かが困ってるなら助けるのが修道士の役目だ。
ここで腐っていてもどうしようもない。
正直体力的にはもう限界だが、もし二人が帰り道で行き倒れてたりなんてしてたら、ぼくはもう死ぬまで聖職者を名乗れる資格がない。
神は見てる。こんな日に限って酷い猛吹雪なのもきっと使命なのだろう。(寒いけど)
さっさとケラレを自警団に押し付けて、みんなで帰ろう。
きっとこれが賢い、最善のシナリオ。
…………
「オート様、どちらへ?」
「神父様とライカくんを迎えに行く。3人で戻ってくるから、絶対。シスター、祈ってください。僕らのために。」
教会の重くて大きな扉を開け、激しい風の中に飛び込む。
凍てつく街はまるでガラス細工。
並ぶ氷の針葉樹。
黒と白と灰の絵の具を混ぜた寂しい色。
遠く遠く、大きな塔が霞んで見える。ライフランチェスはあの方向だ。
ザッ ザッ……
冷えていく。顔も手も。
鋭利な雪の礫が容赦なく、全身を刺し続ける。
遠ざかる教会の光は、雪と共にゆっくりと闇に消えた。
✳ ✳ ✳
ぼくはなんとか、二人のいる街に辿り着いた。
寒いしキツイししんどいです。いやほんと。
夜通し賑やかといわれているライフランチェスもしんと静まり返る。
流石に今日は店じまいして、人々は家で寝ているのだろう。
二人の足取りを知りたいが、通行人もいない。
ぼくが突撃!お宅訪問!しても恐らくガン無視でドアを閉められるだけ。
忘れちゃいけない。ここはぼくたち"宗教人間"には厳しい街であることを。
少しずつ歩みを進めるうち、ある事に気付く。
ぼくを見ている。街のみんなが。
カーテンの隙間から。
風がゴーゴー煩くて足音なんか響かないはずなんだけど。
何だこの緊張感……?
何気なく振り向くとまた誰かと目が合う。怪訝な表情をしたが、そのうち玄関ドアの隙間から
「誰だか知りませんが、こんな夜中に何をしてるんでしょうか……?」
と白髪のおばさんが出てきた。
「あ!すいません。ぼくはオート、修道士やってます。いやー!起こしちゃってすいませんねー!」
めちゃくちゃに怪しまれていたのでとりあえず自己紹介。この格好だと嫌がられるのも分かるが仕方なし。
「この街にシスター服着た男の子と、ロン毛の神父が来てるはずなんですけど知りませんか?あんまり帰ってこないんで迎えに来たんすよ。行き倒れてたら困るし。」
おばさんは少し考えたあと、ぼくを睨みつけ
「あなた、ケラレではないですか?」
ぼくも少し考えて、
「ケラレはぼくがこれからカチコミに行く相手ですね〜〜」
と答えてみる。
おばさん、ぼくをじっと見て、
「ケラレはね、なんか、術で別人そっくりに変装して街を歩いているという噂だから……見られてたでしょう。怖いのよ。みんな。ケラレが。うちみたいに小さい子が居る家は特にね……
……あなた、あの人探し神父さんの仲間だね?」
「そうです。やっぱこの街だと聖職者は目立ちますね。
「わたし知ってるんですよ、ケラレの居場所……きっとあそこにいるはずです。少し待ってて下さい。」
おばさん、なんて良い人なんだ……
びっくりさせてごめんね。
少しすると、地図の書いたメモを渡された。
「薄汚れた看板に『こどもメンタルクリニック』とだけ書いてあって、たしか、見た目は普通の民家と変わらなかった気がしています。見かけたのは1回だけで、当時は気のせいか、幻かと思っていたのですが……この場所だったはずです。
────わたしは昔、シスターだったんですよ。もう立つのも精一杯だし周りにも頼れる方がいないので、ケラレについては目を瞑っていた部分がありました。
私は罪深い人間です。ですが、こうやって若い方が正しい正義感を持ち、育って行くのを見ると私の人生も間違いでは無かったのですね……」
おばさん!涙ぐんでるとこ悪いけど立ち話長いよ!
寒いよ!
その後ホットココアとかキャラメルとかを馳走され、深くお礼をして、地図の印の場所へと向かった。ケラレがいると思わしきその場所はそんなに遠くないところにあった。
僻地だと逆に目立つので繁華街に近いところに拠点を構えていたのだろう。
また妙な悪知恵を。
知恵といえば。
ケラレが術を使えるという話をしてたな。
それはきっと礼術だろう。
しかし、それならば。
ケラレの前職はきっと────。
白く吐いた息に、真っ白いローブを着たレフ神父の幻覚を見る。
神は見ている。
僕たちの明日を。
この街の未来さえも。
空という、遥か遠く巨大なファインダーから。