一色いろは、決意する。
断続的な乾いた音の中に、くぐもった低い声が混じっていた。
「はぁ、はぁっ、いろは⋯⋯」
腐っている、と称されたその目は、わたしの知る限り一番の生気を宿していた。覆い被さってきた先輩の熱い息がうなじにかかる度に、心臓を縛り上げられているんじゃないかと錯覚する。
わたしの中に収められた先輩の硬いものは信じられないぐらい大きくて、そしてその中をいっぱいにしていた。それだけでも一大事なのに、往復するそれは情け容赦もなくわたしを快楽の海へと沈めていく。
「あ、あぁ、ん⋯⋯っ」
堪らずに溢れた喘ぎに、先輩が口端を引き上げた気がした。わたしの奥に入って来ようとする腰の動きが大きく深くなって、激しく求められている事を実感する。
「いろはも、気持ちいいか?」
「あぁ、んっ♡ はい⋯⋯♡」
頷きながら答えると先輩は満足そうに、今度こそはっきりと笑みを浮かべた。わたしの脇に腕を差し込んで抱き締めてくると、またズンと深いところまで入ってきて、その耳に喘ぎ声を吹き込むようなかたちになってしまう。
「いろは⋯⋯」
「ひぁぁっ⋯⋯♡」
先輩は耳元で囁くと、そのまま耳の中に舌を入れてくる。全身で反応してしまったわたしの中で、先輩のそれがまたびくんと大きくなった気がした。
「どうして欲しいんだ?」
「ふ、あぁぁ⋯⋯。もっと、して下さい⋯⋯」
「いろははエッチの時になると、素直なるんだな」
そう言うと先輩はもう片方の耳も舌で舐めると、そのまま頬や唇にキスを浴びせてくる。その度にきゅんきゅんと反応してしまって、先輩の息も荒くなってくるのが分かった。
「はぁ、ぁあ⋯⋯。さっきからすっげぇ締まってるけど、イキそうなのか?」
「ん、ぁぁあ⋯⋯っ♡ はいぃ⋯⋯♡」
事実、先輩の執拗な責めと倒錯的な甘さに頭はかなりやられてしまってる。今だって今日一番の大きさになったそれをわたしの奥に押し付けながら、
「好きなタイミングでイッていいんだぞ」
「あぁ⋯⋯ ♡ ん、はい⋯⋯っ」
一体先輩は、いつまにこんなに女の子の扱いが上手くなったのだろう。わたしの前髪をかき上げると、先輩は額にキスを降らせてくる。思わずびくっと身体を反応させたわたしに腰をぐっと押し付けて来たかと思うと、急に引いてまたずぶんと挿入される。
「ひんっ♡ あっ、あぁぁっ♡」
「は、あぁ⋯⋯。敏感過ぎだろ」
どこか愉悦の混じった表情でわたしを見ながら、先輩は腰使いを激しくさせていく。嬌声を漏らすのを我慢できないわたしの口を塞ぐように唇を重ねてくると、舌先を尖らせて口内に侵入してくる。
先輩からのキスは頭の中まで入ってくるようで、思考を溶かしてしまうほどに熱い。さっきからキス魔なんじゃないかってぐらい執拗に舌を蹂躙され、意識が朦朧としてくる。溢す事を許されない喘ぎが快感に変わって、わたしの中に
「はぁ⋯⋯。俺もそろそろイクな」
「ん、はぁ⋯⋯っ♡ はいっ♡」
そう言って頷くと、先輩はわたしを見詰めながらさっきよりも速く腰を振り始めた。ずんずんと奥まで硬いものを届けられて、その度にまともな思考ができなくなっていく。
「はぁっ、はぁっ⋯⋯このまま中に出してもいいか?」
まるでそれを切望するような目でわたしを見ながら、先輩はそう訊ねてくる。そう言えば今日は先輩、ゴムを着けていたっけ。頭がふわふわして、そんな大事な事すら思い出せない。
「あぁぁ⋯⋯♡ ん、はい⋯⋯♡ くださいっ、先輩、のっ⋯⋯ ♡ 」
ああ、でも。
どっちだってもう、いい様な気がして来た。ダメと言って我慢してくれた事なんてあったっけ。次の予定日すら思い出せないけれど、きっと大丈夫な日だ。そうじゃなかったら、責任とって貰えるチャンス。そんな考えでいっぱいになって、わたしは先輩の首に腕を回すと思いっきり引き寄せた。
「あ♡ わたしも、あっ♡ イッちゃい、ますぅ⋯⋯っ♡ せんぱい、一緒にぃ⋯⋯っ♡」
「は、うぁ⋯⋯。ああ。全部いろはの中に出すからな⋯⋯っ」
「あぁぁ♡ はい♡ せんぱいのいっぱい、わたしの中にくださいっ♡」
先輩もわたしを抱き返してくると、激しく腰を振ってわたしを求めてくる。先輩の大きなものが何度も私の中を往復して、快楽の彼方へと連れていってくれる。
「はぁ、あぁぁ⋯⋯出るっ。いろはっ、イッ、くっ⋯⋯!」
「あ♡ あぁあぁぁっ♡ はい♡ わたしも、イキます⋯⋯っ♡ あ♡ あぁぁっ♡♡」
強烈な快感の波に飲まれるがまま身体をのけ反らせると、ぐんと大きくなった先輩から熱いものが放たれた。ダイレクトに注ぎ込まれた快感の種が、わたしの中を駆け巡っていくような錯覚に陥る。その感覚もわたしで気持ちよくなったという証も逃さないように、先輩を強く抱き締め続けた。
「は、うぁ⋯⋯。まだ、出るぞ」
「あぁっ♡ せんぱい、もっと⋯⋯♡」
そう懇願すると、先輩はまたわたしの唇を塞いで舌を入れてくる。熱い舌先がわたしの舌を絡め取って、入ったままの先輩自身は脈動を繰り返す。下腹部からくる幸福に酔いしれていると、ようやくわたしの中に入っていた先輩が動きを止めた。
「⋯⋯今日は随分甘えてくるな」
「ん、あぁ⋯⋯♡ 先輩が、意地悪するからです⋯⋯♡」
先輩は自分の頭に回したままのわたしの腕を撫でさすると、ちゅっと音を立ててキスをしてくる。女の子を手込めにする術ばかり妙に達者になった先輩には違和感しかないけれど、気持ちよさからもうどうでもよくなってくる。
「⋯⋯抜くな」
「え、まだ⋯⋯あ♡」
まだ抜かないで、と言い切る前に、先輩のものが引き抜かれてしまう。数秒の間の後、とろりとした感覚が股を落ちていく。
「はぁぁ⋯⋯♡」
溢れるものを堰き止めようと力を入れようとしても、その努力も虚しく熱いものを堰き止める事はできなかった。先輩はその姿を満足そうに眺めた後、わたしの耳元に唇を寄せた。
「愛してるぞ、いろは」
「は、あぁぅ⋯⋯♡」
その言葉に、思わずぞくっと反応してしまう。
背中がのけ反ったその瞬間、わたしの中からまた先輩の残していったものが溢れたのだった。
* * *
目覚める瞬間が、嫌いだった。
見慣れた天井。さっきまで寝ていたとは思えないほどの胸の高鳴り。夢だと分かった途端に感じる絶望感と、下半身の不快感。下着を濡らすのは誰かのものではない、わたし自身のものだ。
「はぁ⋯⋯」
またあんな夢を見るなんて、最近どうかしている。
部屋を出ると着替えるついでに上下の下着も替えて、洗濯機を回した。
東京の大学に通い出すのと同時に一人暮らしを始めて、一年以上が経つ。何がどうしてこうなったかなんて、もう分かっていた。
つい昨日の事だ。久しぶりに学食で会った先輩と結衣先輩と一緒に遅めの昼食を摂っている時の、ほんの些細なやり取り。
「ヒッキー、ご飯粒ついてる」
「あ、おお⋯⋯悪い」
たった、それだけの事だった。それだけなのに、違和感がたくさんある。
まず結衣先輩が先輩の口元に付いたご飯粒を教えるのはいい。けれどこれまでなら、それで終わりのはずだった。決して手を伸ばしたり、あまつさえ取ってあげたご飯粒を自らの口になど入れる事なんて、あり得ないはずだ。
それに先輩の反応だって妙だ。動揺しなかったのは、流石に雪乃先輩と長い付き合いだけあって女性慣れはしているから、ともとれる。けれど相手は結衣先輩で、彼女という訳じゃない。その行動を自然に受け入れているのが、どうにもあやしい。
一連の出来事から推測されるのは、ついに結衣先輩が長年の恋心を成就させた、という事。だけどそれもまた考え難いから、全然自信がない結論だ。
まず先輩と雪乃先輩が別れるなんて、考えられない。付き合い出した当初はわたしも『どうせすぐ別れるでしょ』なんて考えていたけど、後からどうしてそんな思い違いをしていたんだろうと見せつけられる事になった。
まず二人とも、お互いへの気持ちが重い。激重だ。ぶっちゃけ引く⋯⋯けど、羨ましくもあった。
先輩はあの日欲しがった本物を、確かに手に入れたのだ。先輩の言う本物が何かは知らない。けれどわたしが欲しいと思う本物と、そう違わない自信があった。
あの二人の中に入っていけるのは、わたしの知る限り結衣先輩しかいない。それはあくまで先輩が二人と付き合う、という選択した場合に限るけど。
果たして先輩は、いわゆる二股なんて状態を選ぶだろうか。答えはきっと「ノー」だ。責任感の塊みたいなあの人が、そんな選択をするとは思えない。普段は変なところで道徳感がないのに、倫理観は割としっかりしているから、本当に
そんな先輩に対してわたしは。
わたしだって本物が欲しかったはずなのに、追い掛けるように同じ大学に入っただけ。自分の中途半端さに嫌気が差すけれど、恋をしている自分は嫌いじゃないから困ったものだ。
電子音が鳴って、洗濯機が止まった。
答えもきりもない考え事の時間はもう終わりだ。
どうしたらいいのかなんて、今も分からない。だから取り敢えずは、僅かでも手掛かりを手に入れる。
分からないながらも、動くしかないのだ。
* * *
シナモンの香るミルクティーを飲みながら、窓越しの通りを眺めていた。
待ち合わせの時刻よりも随分早く到着してしまったけど、注文するのに待ったりはしない。そうしていた方が、待ち人の方だって気が楽だと知っているから。
「お待たせしましたー。っていうか待ってないですね」
ほら、こうしていたらそんな軽妙な言葉だって引き出せる。カフェに到着して十分と少し。彼女──お米ちゃんは、『待ち合わせより早いのにお待たせしましたって言うのも変ですよねー』とでも言い出しそうな笑みを浮かべ、向かいの席に腰を下ろした。
「うん、待ってない。久しぶり」
「はい、お久しぶりですね」
お米ちゃんは水を持ってきた店員さんに私と同じものを注文すると、ちらりとこちらを見た。
淡いブルーのブラウスに、膝下丈のプリーツスカート。大学生になりたての女の子にありがちな、どこかフェミニンな雰囲気は、中々どうして彼女に似合っていた。まあ実際大学生だから、当然と言ったらそうなのかも知れないけど。
「それで、今日はどういう風の吹き回しで?」
「言い方⋯⋯。わたしに裏がないと動かないとでも思ってるの? まああるんだけど」
「やっぱりかー」
どこか砕けた、懐かしいやり取り。最後にお米ちゃんに会ったのは彼女が大学に入って少しした後、『それで大学に入ってどうなのよ?』って呼び出して話をしたっきりだった。
「まあ、ちょっと訊きたいことがあって」
「はあ。場合によっては情報料を請求するかも知れませんよ?」
「ここでの会計ぐらいなら、やぶさかではない」
「あ、じゃあこのプレミアムパンケーキ頼んでいいですか?」
「それは情報の質によるかなぁ」
うふふおほほと、牽制し合う。こんな応酬が板についてきたのも、二人で過ごした奉仕部の部室での時間と、生徒会室で過ごした時間があったからだと思う。お米ちゃんが生徒会長になった後、送られる側でのプロムで泣いてしまった事を弄ってくるのだけは、本当止めてとしか言いようがないけど。
「その訊きたいこと、というのは?」
「先輩のことなんだけど⋯⋯」
「ほう⋯⋯兄ですか」
お米ちゃんは神妙な顔を作り、組んだ手の指の上に顎をのせる。そのポーズも表情も有識者然としているのが、ちょっと鬱陶しい。
「最近、何か変わったことはなかった?」
「何か、ってそんな漠然と訊かれましても⋯⋯」
まあそう言うだろうな、というのは想定済みだ。あえて漠然と訊いて、少しの変化でも聞き出したいというのが本音だった。
「そういうのは、いろは先輩の方が詳しいんじゃないですか? 大学も一緒ですし」
「そうでもないから訊いてるの。大学が一緒でも、学部が違うとそんなに会わないから」
「それはまあ、そうかもですね」
わたしの意見にはお米ちゃんも同意するところもあるのだろう。ふむと頷くとそれ以上の詮索はしてこない。
大学選びは、それほど迷いはなかった。先輩たちが通う大学はわたしの成績からみても丁度よかったし、元々東京の大学を考えていたから地元を離れることにも未練はない。ただわたしだって一応将来について考えてない訳ではなかったから、学部だけは別になった。
それがわたしの一番中途半端なところだったのだろう。学部が違うとびっくりするぐらい会わない。最初のうちは色々理由をつけて会う事はできたけど、わたしがゼミに所属してからは中々時間も合わなくなってしまった。
その点、結衣先輩は凄いなと思う。大学選びも学部選びも一切の迷いがない。覚悟の違いを見せつけられたみたいで、こっちがちょっと怖気付いてしまうぐらいだ。だからわたしは、逃げるみたいにゼミに入ってしまったのかも知れない。
「けど小町もそんなに会わないんですよ。前に会ったのは連休で家に帰って来た時なんで、もう二ヶ月ぐらい会ってないですし。最近忙しいのか、メールも来ないんですよね」
「ほう」
どうやらお米ちゃんは先輩との遭遇率で言ったらわたしよりも低いらしい。最近忙しそう、というのが分かっただけでも収穫と考えた方が良さそうだ。
「じゃあ雪乃先輩は?」
「え? ああ、はい。まあ小町と雪乃さんも学部違うんで、たまにお昼を一緒に食べたりするぐらいなんですけどね」
ううむ、と首を捻るお米ちゃんは、どうやらわたしが雪乃先輩の事を訊くのを訝しんでいるらしい。けど仕方ないのだ。雪乃先輩の様子を知るには、同じ大学に通うお米ちゃんに訊くのが最適なんだから。
何が彼女に火をつけたのかは分からない。成績が良いなんてイメージのなかったお米ちゃんは実際その通りだったはずなのに、猛勉強の末に雪乃先輩と同じ国公立の大学に合格したのだ。雪乃先輩が家庭教師をしていたらしいから、それも大きいのだろう。
「雪乃さんはまあ、楽しそうですよ。なんか最近、機嫌のいい日が多いというか」
「ほう。そこを詳しく」
「⋯⋯と言われましても、理由聞いたわけではないので分からないんですよねー。そう言われたそうかも、ってぐらいの変化ですし」
そこまで聞くと、わたしの頭は急速に回転を速めた。
お米ちゃんの情報から考えて、先輩と別れたなんて事はなさそうだ。それに加えての結衣先輩の行動の変化。そこから推測できる答えが、急速に一点へと収束していく。こんなのもう、そうとしか考えられない。
「ところでいろは先輩は、どうして急にそんな話を?」
怪訝そうな瞳の色を隠そうともせず、お米ちゃんはじっとこちらを見てくる。その疑問はごもっとも。けど今は、何も確定的なことはない。
「それはまだ、言えないのだよ」
もしわたしの予想が合っていたら、むしろ言えなくなるかも知れない。先輩は少なくとも、隠していたいようだし。まあこれも、わたしの予想でしかないんだけど。
だからもう、確かめるしかない。
もう今度は、まちがえる訳にはいかないから。
部屋に帰って、干しておいた洗濯物を取り込む。乾いた衣服を気持ちを落ち着かせるように丁寧に畳んで、一杯だけお茶を飲む。
一通りの家事を済ませると、わたしはベッドに腰掛けて携帯電話を睨んだ。通話履歴を見ていても、探している名前はない。電話帳を検索して先輩の名前をタップすると、深く息を吐いてから携帯電話を耳につけた。
コール音が鳴る。
一回、二回⋯⋯。音の間隔がやたらと長く感じて、ひょっとしたら出てくれないんじゃないかと不安になってくる。乙女か。いや乙女なんだけど。
『もしもし?』
十数回のコールの後、いつもより掠れた声が聞こえてくる。どこか戸惑うような、動揺するような響きを持った声音。そんなに警戒しなくてもいいのに、と思うけれど、今から言う事を考えたら先輩の反応は正しい。先輩にそんなものがあるのかどうかは知らないけれど、野生の勘じみている。
だからその不安と期待に、応えたいと思う。
「せーんぱいっ。わたしとデートしましょう!」
わたしはもう、諦めないし、逃さない。
覚悟して下さいね、先輩。
という事で、第二部。いろはす参戦編、スタートです。
一部ほど長くならない予定ですが、今のペースを保ちつつ更新して行きます。
また非R指定の八雪の連載も始めていますので、よければそちらもチェックしてみて下さい。
『さよなら愛しき記憶たち。』→https://syosetu.org/novel/269647/
よろしくお願いします!