俺が恋人とラブホテルに行っても、何も問題はないはずだ。上
「あのさ⋯⋯。今度ヒッキーとデートしてきてもいい?」
それは駅に向かって歩いている最中での事だった。
昨日から雪乃の家に転がり込んで三人まあまあそれなりに乱れ、起きてからは彼女の作ってくれた朝食か昼食か分からないご飯を食べてから、ぶらりと千葉をそぞろ歩けばもう夕方だ。
この時間から東京に戻るの電車混むから嫌だなぁ⋯⋯などと考えていたら、結衣のこの一言である。
「それは構わないけれど⋯⋯」
雪乃はそこで言葉を区切ると、真意を確かめるように結衣を見る。
結衣はその提案をする前から、少し緊張しているように見えた。こういう関係性になったからと言っても、親友の前でその彼氏をデートに誘うのは中々勇気の要る事だろう。
しかしなんで俺に話すより先に雪乃に許可を取るんでしょうかね? ひょっとして俺の意思は尊重されないのか。まあされないよね。知ってた。
「あなたはもう八幡の恋人なんだから、別に断りをいれなくてもいいのよ?」
「そうかもだけど⋯⋯一応ね。だって──」
結衣はそう言って俺をちらりと見ると、雪乃の耳に手のひらを当てて何やら耳打ちをし出す。睦言めいたそのやり取りは見ていて大変百合百合しくて麗しいのだが、わざわざ目の前で内緒話というのも落ち着かない。
ぽしょぽしょと呟かれた言葉を聞き届けた雪乃は俺を見ると、ふっと微笑む。
「それも含めて、好きにするといいわ。元々大学帰りに出掛けるのなんてよくあった事なのだから、気にする事はないのよ」
「うん、ありがと⋯⋯」
一体どんな会話が交わされたのか。微笑みが深過ぎて感情の裏側が読み取れない。
前を歩いていた結衣はくるっと振り返ると、満面の笑みで言う。
「って事でヒッキー、明後日デートしよ! 取ってる授業、昼まででしょ?」
「そうだけど⋯⋯」
なんでこの子、俺の大学の予定まで把握してるんだろう。同じ学部で履修も同じというのはあるが、ちらりと見せただけのスケジュールを記憶するその能力を是非とも勉学に活かして欲しいものである。
「じゃ、決まりね。昼ご飯食べる場所は考えとくから!」
「あ、はい⋯⋯」
やはり俺の意思はあまり問題ではないらしく、意思確認もそぞろに明後日の午後の予定が決まってしまった。
明後日はプリティーでダービーな娘たちを育成する予定で一杯であったのだが⋯⋯斜陽に照らされた結衣の笑顔はやたらに眩しく感じられ、断るなんて選択肢が浮かんできやしない。浮かんで来ても沈めてやる所存だ。
そのままてくてく歩いて目的地である駅に着くと、やはり夕方だけあって人が多い。改札に近付くと、俺と結衣は揃って振り返った。
「じゃあな」
「それじゃね、ゆきのん」
「ええ、また」
手を振る結衣に、雪乃は胸の前で小さく手を振り返した。
そして綺麗な微笑みを浮かべたまま、雪乃は何事かをその唇の動きだけで伝えてくる。聞き取れないほど小さな呟きに結衣はそっと頷き、彼女もまた唇を動かすだけで何事かを言い送る。
『ありがとう』
なんとなく、だが。
結衣はきっと言ったのだと、そう思った。
* * *
結衣とのデートの日は、あっという間にやってきた。
「んー、美味しかったね。さっきのお店。キャロットラペ? だっけ。あの上にかかってた黒いの、なんだったんだろうね」
「カカオニブだって説明してくれてただろ⋯⋯」
予定通りに授業を受け終えると、結衣が行ってみたかったというカフェを訪れた。そこでやたらに洒落乙なランチプレートを頂き、今現在はいよいよその強さを増してきた夏の日差しの下、繁華街を歩いている。
しかしこの東京というのは、何故こうもみんな速足なのだろう。二人で隣り合って歩いているとどうしても歩みは遅くなって、カツカツと高いヒールの音や疲れ切った革靴がアスファルトを引き摺る音に追い抜かれる事数回。必然的に道路の隅の方を歩く事になる訳だが、今日はその距離が一等近い。
それもこれも車道側を歩く俺が結衣の方に寄ると、彼女の方もこちらに詰めて来たからだ。歩きながら袖が触れ合うどころか、さっきから腕やら手やら触れまくりである。
ちらりと結衣の顔を窺っても、特にいつもと変わった様子はない。ベージュのサスペンダースカートにモノトーンの七分袖シャツを合わせたコーディネートは初めて見るが、その格好ひとつ取ってみても落ち着き払っているように見える。
「ん?」
しかしちらり、と窺っているつもりだったのが、どうも見過ぎてしまったようだ。ばっちり目が合うと、小首を傾げて視線で「なに?」と問いかけてくる。
そんな仕草だって別に初めてでもないのに、何故だろうか。いざ結衣への気持ちを認めてしまうと、何気ない所作の一つひとつがやたらと可愛く見えてしまう。高校の時から変わらないそのお団子頭を撫でてみたいとか、一瞬考えてしまった。
「⋯⋯別に」
「ふーん⋯⋯」
結衣は視線を前に戻したが、納得のいっているような表情では決して無い。問い質してみても適当な答えしか返ってこない事を、長い付き合いで知っているのだ。
しかし付き合いだしたからと言って急に可愛いだのなんだのと言い出すのは、当然ながら俺のキャラじゃない。もしも直裁に言おうものならすげぇチャラい奴感が出て、想像するだけで都合の良くて気持ち悪い奴だ。
だからまあ、いつも通り。
今のところ恋人らしい事と言えば性的な事しかしていないのはなんともアレなのだが、何もかもを急に変える必要なんてない。
しかしそう思っていたのは、どうやら俺だけらしい。
「えへへ⋯⋯」
不意に触れ合った手が重なり、指が絡まる。はにかみながらこちらに笑顔を向けてくる結衣の顔に、視線が釘付けになる。
本当、マジかよこいつ。その表情は反則だろ⋯⋯。
手を繋ぐという行為自体は、勿論初めての事ではない。しかし結衣とこうやって恋人繋ぎをして歩くのは当然ながら初めてで、まるで雪乃と付き合い出した頃に戻ったかのように、俺の心臓は過剰に反応する。
きっと世の恋人たちは別れたり付き合ったりしながら、新しい人と手を繋いではこんな気持ちになるのだろう。そう考えると誰かを手放すわけでもなく恋人が二人もいるというのは、果報者とかそんな言葉でも足りない事なのだと思う。
「もう彼女なんだから、いいでしょ?」
「⋯⋯いいけどよ」
嬉しそうな笑顔が、はしゃぐ子どもの如く揺らされる繋いだ手が可愛らし過ぎて、思わず頬も口元もだらしなく緩んできそうだった。あぶねぇ、俺レベルの精神防御障壁を持っていなければ、とっくに陥落されるところだったぜ。
「よかった。ヒッキーもなんか嬉しそうで」
と思ってたけど、全然ダメだった。っていうか可愛過ぎて無理。恋人ガハマさんとか強過ぎて全く勝てる気がしない。
そもそも俺は、何故未だに彼女の魅力に抵抗しようとしてしまうのだろう。長年染み付いた癖のようなものだろうが、恋人同士となった今それはただの邪魔物でしかない。それに何より、ずっと真摯に俺に向き合い続けてくれた彼女に対して、失礼というものだろう。
結衣が歩み寄ってくれた分、俺も歩みよるべきなのだ。きっと。
「⋯⋯お前と手を繋いで、嬉しくないわけないだろ」
「んー⋯⋯。相変わらず素直じゃないなぁ」
呆れながらも口元は綻ばせたまま、結衣は俺の隣をてくてくと歩く。俺はせめて言葉にできない分の想いを伝えようと、絡ませた指にそっと力を入れる。
「あたしはすっごい嬉しいよ。なんでか分かる?」
その問いはクイズにも謎かけにもなりはせず、遠回しな告白めいていた。そんな彼女の純粋な想いにずっと応えられなかった自分が、不甲斐なく思えてくる。
「さあ、何でだろうな」
また口を
そんな俺に付き合ってくれる彼女たちの忍耐強さと言うか器の大きさに、救われっぱなしだ。ここまで愛情表現も受け取り方も下手くそな彼氏なんて、自分に対して興味も愛情もないと思って即行で捨てられるのが普通だろう。
「それはね、ヒッキーのこと、大好き、だから⋯⋯」
言いながら恥ずかしくなってきたのか、結衣の言葉は尻すぼみになっていく。いや自分で言い出し時ながら顔真っ赤にして恥ずかしがってんじゃねぇよ可愛いなこっちまで顔赤くなるだろ可愛いな。
俺も「お、おう⋯⋯」とへどもどした答えを返すが、どうすりゃいいのこの空気。雪乃と付き合いだした時もこんな事あったなと思い出したけど、結局のところ特効薬的なものは無い。時間をかけて歩み続けて、もっともっと近くなって、その距離感に慣れるしかないのだ。
「ヒッキーも、その⋯⋯。同じだから、嬉しいってことでいい?」
「ああ、うん⋯⋯。それでいい⋯⋯。というか、それ以外ないな」
大学生にもなって、彼女ができるのだって初めてでもないのに、一体何をしているんだか。
それっきり二人とも黙りこくって、ただしっかりと手だけ握り合って歩き続ける。まあこんな甘酸っぱい空気も、ある意味俺たちらしいと言えるのかも知れない。いつだって不器用で、上手くやれたなんて言い切れる方が稀なのだから。
「あ、ねぇ。ここ寄っていっていい?」
ふとアミューズメントセンターの横を通りがかった時、結衣はぐっと手に力を込めて俺を引き止めた。
今日は結衣が行きたかったというカフェ以外、どこに行こうというのは決めていない。だから結衣が行きたいと言うなら、俺はそれに応えるまでだ。
俺が頷きとともに返事を返すと、手を繋いだまま建物の中に入った。結衣の中でしたい事がはっきりしているのか、クレーンゲームや音ゲーといった筐体には目も向けず、すたすたと奥の方へと歩いていく。
やがて煌びやかで華やかなとある一画に入ると、結衣はとてもいい笑顔で言う。
「ヒッキー、プリクラ撮ろ」
「えぇ⋯⋯」
彼女に応えたい、なんぞ考えながらも、思わず条件反射で嫌そうな声が出てしまう。プリクラコーナーにいると聖水ぶっかけられたゾンビの気分になるというか、およそ俺に似つかわしくない雰囲気が大変居心地が悪い。ちなみに聖水かけられたいとかそんな性癖はない(但し、雪乃と結衣のなら一考の余地有り)。
「なんで嫌そうだし⋯⋯」
「嫌っていうか、この間も雪乃と三人で撮っただろ」
「その時は三人でしょ? あたしもゆきのんみたいに、携帯ケースの裏にヒッキーと二人で撮ったプリクラ貼りたいの」
そう言われてしまうと、断る事なんてできやしない。というか雪乃のその情報は初耳なんですが。俺の彼女が二人とも可愛すぎる⋯⋯。
「まあ、いいけど」
「ん。じゃああれにしよ」
ちょうど空いていたプリクラ機のブースの中に入ると、結衣は慣れた様子でレイアウトやら背景やらを選択していく。この手の事はいつも彼女たちにお任せだ。
手際良く撮影設定を終えると、やがて聞こえてくる元気のいい撮影アナウンスの声とカウントダウン。機種によってなんだかんだポーズを変えてだの変顔やらキメ顔を煽ってくるのが鬱陶しいのだが、結衣の希望とあらばやぶさかではない。
一枚目は腕を絡ませて、二枚目は繋いだ手を二人の顔の間に持ってきて、三枚目はお互いの頬を寄せて。
段々と距離が近くなるその度に、思わず心臓を高鳴らせる。もっと濃密な接触だってあったのに、不思議なものだ。結衣とこうやって恋人らしい事をしていると、まだ少しだけ緊張する。
「ヒッキー、前向いてて」
「え? おう⋯⋯」
そして最後の、四枚目。このまま近くなっていったらどんな事になるのかしらん? と頭が沸いてきていたところにその指示は、少し以外だった。
俺は結衣に言われた通りに、カメラの前で真っ直ぐに立つ。キラキラで活気に満ちた声が、カウントダウンを進めていく。
「ん⋯⋯」
そしてゼロになる、その一瞬前。
結衣は俺の右肩に両手をかけると、左の頬に唇をくっつけた。
撮影された写真が、モニターに映し出されている。
現代技術によって死んだ目が多少は救われ、しかしその顔に浮かんだ驚きの表情までは隠せるものではない。
落書きに使える時間は刻一刻と減っていっているというのに、結衣は少しだけ頬を赤くして手は止まったままだ。撮られた写真を見て、今更恥ずかしがっているのだろうか。だったらやるなよって話なのだが、これまた全然嫌じゃなかったのでそんなぶっきらぼうな事も言えやしない。
「何も書かなくていいのか?」
「んー。これ後から携帯でダウンロードできるから、あんまり色々書きたくないんだよね。インスタとかに使えなくなるし」
言われてみれば最近は何か書いても一言ぐらいで、昔ほどあれこれと書きこんでいる覚えはない。⋯⋯っていうか今、インスタとか言ったか?
「でも、これだけは書こうかな」
そう言って結衣は、最後の一枚を選択した。ピンクのペンを画面の中で走らせると、書き終わると同時にカウントダウンが終了する。
僅かな待ち時間の後、吐き出されたプリントシール。画面で見た時よりずっと小さくなった写真の中で『ヒッキー大好き♡』の文字が踊っている。
「えへへ⋯⋯」
両手で持ったそれを、結衣は胸の前で俺に見せてくれる。その仕草もデレまくった表情も可愛過ぎて、脳が蕩かされるのには充分過ぎた。ガハマさん可愛いよ本当可愛い。俺、このまま結衣の魅力を呟き続けるボットになってしまうかも知れない⋯⋯。
「⋯⋯インスタとかに上げるなよ」
「上げないよ⋯⋯」
失いかけていた思考能力が戻ってくると、それぞれにシールをしまう。そして今度は俺の方から結衣の手を取り、指を互い違いに絡ませた。ゆっくりと歩き出すと、ガヤガヤとうるさい中では聞き漏らしてしまいそうな結衣の声が耳朶に届く。
「でもゆきのんには見せるかも」
「へ? いや、それはマジで勘弁してくれ⋯⋯」
「どうして?」
「随分仲良しね、って冷たい目に晒されちゃうだろ。俺が」
「うーん、今でもそうなのかなぁ」
結衣の疑問はもっともで、その答えは俺も持っていない。今までは俺に釘を刺す意味でそんな視線や言葉が向けられていたのだと思うが、結衣とも付き合っている今はどうなのだろうか。
「ふふっ。一度見せて反応見てみよっか?」
「おいやめろ。興味本位でやる事じゃねぇ」
「んー、どうしよっかなぁ」
結衣はそう言ってあどけなく笑うと、じゃれつくように腕を絡ませてくる。形のいいたわわが二の腕に押しつけられる感覚に、思わず心臓が跳ねる。
しかしまあ、どっちだっていいのだ。本当は。
そんな些細な事で、俺たちの何かが変わるわけでもない。変わる訳がない。
それだけは、胸を張って言い切っていいと思うのだ。
* * *
アミューズメントセンターを出てから俺たちは、気になる店に入っては特に欲しいものがある訳でもなく、何も買わずに出て来るのを繰り返していた。歩きっぱなしだったという事もあって道すがらに見つけたレトロな喫茶店に入り、休憩していたらもう夕方だ。
「この後、行きたいところがあるんだけど⋯⋯」
「ほう」
マリトッツォの甘さをブラックコーヒーの苦味で押し流すと、俺は鷹揚に頷いた。それにしてもマリトッツォってパンの生地に生クリーム挟んだだけなのに何故何百円もするのだろう。仕送り生活の大学生の財布に、もうちょっと優しくしてくれませんかね。
しかし行きたい所があったなら、一番に向かったのに。そう思ってしまうが些末な事だ。こうして目的を決めずに行動する事は、元来嫌いじゃない。勿論それは一人の時に限る⋯⋯というのは、恋人ができる前までの話だ。
いつの間にか俺は、結衣とこうしているのが一人でいるよりずっと心地良いと感じていた。それは今まで一緒に過ごした時間の成したものであり、結衣だから作り出せた関係でもあると思う。
「どこに行きたいか、分かる?」
結衣の答えを待っていると、何故か質問になって返ってきた。
これはあれか、ガハマさん。実際付き合い出すとちょっと面倒臭い系の彼女になったりするのか? 面倒臭さに定評のある俺に言われたくないですかそうですか。
「エスパーじゃねぇんだから⋯⋯。ノーヒントじゃ分かんねぇよ」
「まあ、そうだよね。うーん⋯⋯」
答えに近過ぎないヒントを考えているのか、結衣は腕を組み組み考える。難しい事を考える時、ちょっと困ったような表情になるのが可愛らしい。⋯⋯なんか今日は、十分毎ぐらいに頭の中で可愛いと言っている気がする。結衣が可愛いから、今日は『ゆいかわ記念日』。それある。
「えっと、ヒントはね」
結衣はそう言って手を伸ばして、テーブルの上に置かれていた俺の手に重ねた。
「⋯⋯休憩。これで分かる?」
休憩──言葉通りの事ならば、今しているところだ。だからそれは答えではない。
不意に訪れたスキンシップ。道すがらに目に入っては見なかった事にしていた看板。鈍感系主人公でも、ここまで状況が揃ってしまえば答えの外しようがない。
「⋯⋯マジで?」
「マジです」
そっと顔を伏せ、しかし前髪の間から見上げてくる目に射止められて、俺の心臓がとくんと跳ねた。可愛い。やばい俺可愛いしか考えてねぇなべーわべー。結衣の可愛さべーわー⋯⋯。
「その⋯⋯いや?」
「⋯⋯そんな訳ねぇだろ」
結衣が隠微に行きたいと伝えてきた場所──ラブホテル自体、数える程だけだが行った事はある。勿論そこに男女で行くという事はどういう事なのか、知らないはずもない。
お財布へのダメージはこの際は置いておくとして、俺が驚いているのは結衣からその提案があった事だ。
ひょっとしてガハマさん、性欲強い方なのかしら。それはそれで捗るけど、俺が搾り取られる未来しか見えない。
「その、なんだ⋯⋯。結衣から言われるのが、ちょっと意外だったけど」
「だって、付き合ってからは二人でっていうの、なかったから⋯⋯。っていうかその反応やめて。めっちゃ恥ずかしい⋯⋯」
重ねられた手に力がこもって、結衣は完全に顔を伏せてしまう。もうちょっと恥ずかしがる顔を見ていたかった気もするが、俺も顔が赤くなっている自信があるから、ちょうど良かったのかも知れない。
「じゃあ、ここ出たら。だな」
「⋯⋯うん」
そう言って俺は、三分の一ほど残っていたマリトッツォを口の中に押し込んだ。