※この作品はR-18です。

視えている   作:アルビノ鮫

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視えている彼は動じない

 

 朝だ。

 

 きっと今日一日は素晴らしい日になる筈。

包丁を振り下ろそうとしてきていたすすけた女性を蹴り飛ばしを起きる。涙が流れる。

 

 

 

 

 

 ** 視えている悲鳴嶼は動じない **

 

 

 

 

 

 今日は昨晩約束をした、まい子と会う日。長らく互いに都合がつかずに会えなく遠ざかっていたが。嗚呼、南無阿弥陀仏……なんと素晴らしき事なのだろう。

 機嫌良く涙をこぼす私を部屋のあちこちにいる者達は何もして来ず何だか怯えたような目で見ていた。失礼だが懸命でもある、いつものように邪魔してくるそれは推奨しない。

 

 起床してからしなければならない全ての準備を済ませ、いつでも出掛けれる状態になる。

 その間に忠告しようとも本能なのか邪魔をしてきた者達全員、返り討ちにする。その際に汚れた部屋の片付けは罰だ、姿形が跡形も無くなるよりは充分だろうと伝え家を後にする。

 

 

 時間通り、待ち合わせ場所の喫茶店に到着する。敷地面積があまり広くのない店内には心地よい音楽が鳴り、寒風に晒されていた私の体を暖かく包んでくる。店内にいる客は二人、カウンターに座り店主と談笑していた。

 いつも目立つ体躯の為に生者死者問わず絶え間ない視線を感じるが、この場所は私に慣れている。余計な干渉も口出しもしてこない。店主は目の前の客との会話を一時的に止め、入り口に立っている私を手慣れたように窓際の隅の席へと口だけで案内してくれる。

 その言葉の通りに中に入った瞬間から気付いていた者の元へと脚を進める。

 

 「あっ…」

 

 目当ての小さな煉瓦色がそこに座っていた。儚げに俯き机の上の飲み物をマドラーでかき混ぜていたそれが、私に気付き淡い光を放つかのように微笑む。嗚呼、笑う姿というものはどうしてこう魅力的なのだろう。

 机を挟み向かいの椅子に腰掛ける。机の中に納めきれないは脚を通路の邪魔にならない程度に放り出す。

 

 

 「お久し振りです、行冥様」

 「うむ本当に久しいな。待たせたか?」

 「いえ、私が勝手に早く着いただけですので。それより忙しいでしょうに突然すみません」

 

 もちもちと柔らかそうな頬を嬉しそうに桃色に染め上げるまい子。その頬にある傷跡は化粧の奥に隠され近い場所でよくよく見なければわからないだろう。

 別にそれを暴きたい訳ではない。私とて額に傷跡はあるし、あるからどうという事もない。

 痛い思いも悲しい思いもさせたくない、私の何より大事で大切な……友人、になるだろうか。

 

 「行冥様に逢いたくて、家を早く出てしまいました」

 「そう、か……。南無…南無阿弥陀仏…」

 「ふふ…」

 

 藁谷まい子。赤茶よりも深い色である煉瓦色の毛色を持つ、小さなそよ風にすら煽られてしまいそうな弱き儚げな女性。

 時折私には思いもつかないような発想力を持ち、共に暮らす小さな愛らしい猫を大層可愛がっている……すぐにふらふらとどこか遠くに消えてしまったり、悪意のある第三者に騙されてしまいそうな彼女。

 

 そんな尊い彼女を傷つけられないように守りたい。そう思えども人様に彼女の何かであると堂々と名乗れる立場でない私ではそれは叶わない。彼女の、まい子の家族やそれに等しい者であれば名乗れただろうに。だからといって、どうにも狂おしい程に……嗚呼。それは、なんとも厄介なるものだ。

 自覚し思う事は罪ではない。突拍子もなく穏和だからこそ懇(ねんご)ろに自己破壊を繰り返す者は、どうしても包み込むように大事に守ってしまいたくなってしまう。

 私がいなければ、私が守らねば……そうでなければ遠くに姿を消すよういなくなってしまいそうだ。まるで死期を悟った猫の逸話のように。

 

 「あ、行冥様も何か飲みますか?」

 「そうだな…では。アイスコーヒーを」

 「え?珍しいですね、アイスコーヒーなんて飲みましたっけ?」

 「いや今まで飲んだ事がないのを順に飲んでみようかと…」

 「なるほど、新たな挑戦的なのですね」

 

 近付いて来た店員に適当に目に入ったものを注文する。店員はどうにも愛想の薄い反応で受け付け、店内の奥へと消えていく。

 その姿を目で追いかけていたのを止め、未だに追っている彼女を見る。私の視線に気付いた事で、目が合う。 

 

 「それでまい子、私に何か相談したい事があると言っていなかったか?」

 「……はい、そうですね。あの…ちょっと…少々滑稽な事を言うかもしれませんがどうか笑わないで、聞いてください」

 「うむ。大丈夫だ、そのような事など有り得ない」

 

 反射的に涙は流れるかもしれないがそれは許して欲しい。そう言えばまい子は軽く吹くように「了解しました」と笑った。そして何かを言おうと開きかけた唇は軽く震え、閉じた。

 

 「実は……そ、の。ああなんて言えば良いのでしょうか」

 

 先程仄かに赤らんでいた頬が薄橙色よりも白く染まっていく。

 しかし、そのまま意を決したように数回瞬きをした後、話を続ける。目線は机の上のグラスを眺めるように固定した伏し目がちのまま。

 

 「えっと、近頃誰かに…付きまとわれ……いや違う、ジッと見られてるのです」

 「それは……変質者…ストーカーという奴か?」

 「ぇ?……ぁ、そうですよね。そう思うのが……いえでもそうではなくてですね」

 「……?」

 

 相談事、それは誰かに見られているというものだった。当人であるまい子がその行為に気が付き、嫌がり疲弊する程に。

 

 こうして相談してきている時点でそれが彼女の認めた合意ではなく反意である事はわかる。そしてその不本意な現状を解決したいから私に話しているのだと知る。

 事実私の姿を見れば並大抵な人物は逃げ出すだろう。暴力沙汰を起こしたい訳ではないが、姿を見せて脅かす、そのくらいならば可能だ。私とて誰かを苦しめ、脅かせたい訳ではない……出来る限り、優しい対応で解決をしたい。

 

 その為呼ばれたのかと思ったのだが。しかし、まい子はそうではないという。伏せた深い赤茶の瞳を数回瞬かせ、瞳を深く閉じた後に机の上に置いた掌を握り締めた。

 なんとも可哀想に震える手を覆うように握り締めれば素早くまっすぐに私を見上げてきた。瞳が戸惑っているかのよう見え……落ち着かせようと手を握ったのは嫌だったのだろうか。

 

 

 「ぅ、ッ……ど、う言えば良いのでしょう……えっと、ハッキリ言えばですね……それは。まるで…幽霊、みたいな…感じなのです」

 「……は…」

 

 しかしそれについては言及せず、そのまま発せられた相談に関する言葉に何も返せずポカンと、なんとも言えずに口を開けたまま止まってしまう。

 

 

 最初は付きまとっている人間、ストーカーとやらの相談かと思っていた。被害にあうのは誰でも可能性はある。誰しもを惹き付ける容姿の者や、困っている相手に少しの優しさの言葉をかけた相手が狙われるのは良くある事なのだから。

 だから彼女が知りうる中で最も遠目ですらわかる大きさを持つ私でその相手に威圧感を与え、対峙する事となれば対処出来そうな私に相談をしてきたのかと。

 

 

 そう思っていればまさかの斜め下。まさかまい子の口から「幽霊」……一般的に一蹴される事が多いそれを彼女から聞けるとは、ましてやそれを私に向けて大真面目に言われるとは思ってもみなかった。

 私の反応が気に食わなかったのか、まい子は戸惑い傷付いたかのように、唇を軽く噛んで下を向いた後私の手を振り払った。

 

 

 「ぅ……相談する事、本当に悩んだのです……行冥様でしたら馬鹿にはしなくとも、有り得ないと思い私を見る目を変えるでしょう?」

 「いやそのような事は…」

 「しかし"幽霊"など…何を言っている、そう思ったでしょう」

 「そのような事ある筈がない、思ってなどいない」

 

 振り払われた手を咄嗟に掴んで、小さく冷たい指先を絡めるように押さえ込む。力付く…とやらは好きではないが私の力ならば全く苦労せず、抵抗を無くせる。

 私の体から発せられる力はどう足掻こうとも彼女の弱き体では絶対に敵う事はない。どれほど嫌がられ抵抗されようとも振り払われる事はないだろう。

 それでもまい子は抑え込まれている意味がわからないのだろう、顔を耳を、頬を赤らめながら手のひらを震わせていた。

 

 「ぅ…でも、でもです。明らかに動揺したような顔したじゃないですか…」

 「そうだな、少々想定外な事を言われ咄嗟の反応が出てしまったかもしれない。付きまとっているという変質者への対処を考えていただけで」

 「あ……それは、確かに……普通はそう、なりますよねすみません…」

 

 私の言葉に少々落ち込むようにしょんぼりとした唇を差し出すような表情を浮かべるまい子。振り払えていない手のひらが震えている。嗚呼……その姿はなんとまぁ…謝らせたい訳でも困らせたい訳でもないというのに、なんて、愛らしいのか。

 

 

 それに、私は視えてる。その存在を。

 道行くあちこちにいる奴らも。私の家に勝手に寄ってくる奴らも。先程から話しているまい子の周りにくっつこうとせんばかりの浮遊をしている妙な者達も。全部視えているのだから。

 

 だから"幽霊"の存在で驚く事は有り得ない。

 

 ただまい子が考えてる事と私との思考には少々差がある。

 なにせ……私にとって、まい子の周りに霊がいる事は当たり前だったからだ。

 

 

 「…情けないと、軽蔑されるかとも思いました」

 「まさか、それこそ有り得ない」

 「はい。行冥様は優しいですからね」

 「南無……そうだろうか…?」

 

 私に言わせてもらえば、まい子もとても優しい人間だ。だからこそ霊に好かれる人間だ。優しく…恐らく弱き体は絶好に狙い時な人間だと見られているのだろう。

 か弱き小動物に手を伸ばし抱え込み、人々の悪手に心を傷め震える霞のような体を持つ彼女は……きっと、霊にとって弱らせ苦しめる絶好の獲物だ。

  

 

 だからこそ私が傍にいる時に何気ない仕草で除霊(物理)を行ったのも両手じゃ数えきれない。現にほら今も。

 

 ふらふらと遥か上空の空中を漂っていた作業着姿の男性が花の香りに吸い寄せられた虫のように窓向こうからまい子に近寄ってきている。

 私が一瞥しただけで怯え逃げて行くような弱き霊体だが。大体の奴はそう、私が傍にいる手を出せない存在だと解ればすぐに逃げ出す程度の霊しか…

 

 

 ……そんな段階では無いのが、取り憑いてしまったのか。

 

 再度思う。まい子は私にとって、言葉にする存在としては弱い。大事に思えども……そう、戸籍で繋がり無条件で守れるような…存在ではない。

 妙な磁場が噛み合い可笑しくなっている今現在住居の部屋の者はともかく、浮遊するだけものは私に手を出さない。そして私に関わるに強きモノには。そう、私が守れるのは……小さな手が届く範囲だけ。

 

 

 まい子に会ったのは、随分と久しぶりだ。

 

 ………。

 

 

 「あの…行冥様?」

 

 彼女が急に黙り込んでしまった私に問い掛けてくる。先程包み込んだ手を反対の手、爪先ではなく指の腹で軽く叩いて。言葉にせず、そろそろ手を離してほしいと表現してくる。確かにいつまでも……嗚呼、うむ、そうだな。

 その優しさに頷いて……反省も自己嫌悪も今すべき事ではない。大人しく名残惜しく離す。

 

 

 「…うむ、ではまい子。まずその霊の事を詳しく聞いて良いだろうか」

 「…えっ?……このような滑稽な事を、信じてくれるのですか」

 「勿論。当たり前だ」

 

 私が対処出来ない者はそうそういない。生者も死者も私にどのような事を行って来たとしてもそれは……私にとってほぼ害のない、もしくは細やかな悪戯を行われているようなものだ。

 だが他の者は違う。対処の出来ない、得体の知れないモノに怯えるしかないのだろう。

 

 まい子も日々怯えながら霊に見られているかもしれないと……常に見える訳ではないそれを辺りを見渡して探し、見付ければ逃げ惑うしかないのだろう。

 今現在それらしき奴はいない。喫茶店内も、窓の外も、遠くの道路も道路沿いの植木越しにも……何にも見えない。だが彼女はそれを確認出来ない。

 

 だとするならまい子に魅かれ見ている者は彼女に惹かれ、常に見ようと付きまとっているにも関わらず……私の存在を確定し隠れる程の知能を持つ奴なのかもしれぬ。ああ、なんと面倒で面妖な……

 

 南無阿弥陀仏。そんな厄介で面倒なモノ、素早くどうにかした方が良いに決まっている。

 

 

 私の返事に予想外だとばかりに目を見開き、ぽかんとした顔で私を見てくるまい子。何かを言おうとして、止める。それを何度か繰り返した後にやっと言葉を紡いだ。

 

 「……行冥様のご実家の宗派的に疑われるか、呆れられるか……いずれにせよ信じてもらえないと考えていました。ですからまず信じてもらう所から、と」

 「何を言う、疑う事態でないと解っているしまい子自身の事は心から信じている。嘘をつく等と思ってすらいない」

 「……。……あ、ありがとうございます…」

 

 私が極々普通の当たり前の事を言えば、まい子は何を言われたのかわからないとばかりにきょとんとした後、じわじわと熱せられたかのように頬を赤らめていった。

 そして信じられているというその行為に対して羞恥に染まった表情で柔らかな笑みを浮かべ私にお礼を……う、南無三。このような事を考えるのは不謹慎で失礼なのだろうか、なんとも愛らしく見え……

 

 「えっ、と。説明ですよね…どこから言えばいいのか……」

 「ではいつ"幽霊"に気付いたのか聞いていいか」

 「はい……えっと」

 

 私の言葉にまい子は頷き、思い出すように視線を斜め上へと動かした。

 ところで詳しく語った覚えのない私の実家の宗派について、それを調べてくれた感動についてはいつ語って良いのだろうか。この悩みを解決した時だろうか。

 

 

 「最初に気付いたのは……半年くらい…前でしょうか」

 「! そんなに前だと…!」

 

 だが私の横道の思考は彼女の発言によって吹き飛ぶ事となる。半年だと…!?

 半年前なら幾度も逢っていたというのに、全く気が付かなかった。勿論辺りを漂う全ての霊に気を配っている訳ではない為に、気が付けなかった可能性はあるが。だが、それでも……気が付きたかった。彼女を苦しめるそれを前もって排除したかった。

 

 「あっ。いえ、その時にハッキリと気付いた訳ではないのです。今思うとそうかな?…くらいでして」

 「……ではハッキリと、気付いたのはいつの話なのだ」

 「んー?……三ヶ月くらい前ですかね」

 「……三ヶ月…」

 

 ……嗚呼、そうか。丁度何かと忙しく、友人でしかない彼女と会うには中々厳しくなり会えなくなった時期と被る……だからこそなのか、好機とばかりに霊も尻尾出し始めたのか。

 ……だとするなら私の存在を最初から向こうは気付いていたとでもいうのか。大抵の霊であれば祓える私が傍にいれば、厄介なる私がいるならば向こうも邪魔で何も出来なくて、だから……

 ………、ならば。

 

 

 「…見られている言ったな」

 「? ……はい」

 「常にか?」

 「いいえ。どう言いますか……こう、ふとした瞬間誰かに見られてるような気がすることありませんか?電気を付ける前の真っ暗の部屋とか、夕焼けを背中に背負った時とか、お風呂でシャンプーしてる時とか…」

 「……すまない」

 「…ぁっ、そうですか。……いえ、行冥様は悪くないですよ!」

 

 まい子の苦しみに、悩みに頷いてあげたかった。だが……どうしても、それは嘘でしかなく、それは。

 外で私に対し喧嘩を売って来るような愚かな霊はそうそういなく、いたとしても隠れてじわりじわりと心を削るように暗躍される事はない。されていたとして、私には効いていないのだからいないも同じ。

 もしくは私に手を出すような者達は誇り高く真正面から潰そうとして襲って来て…難なく私に返り討ちにされるだけだ。そして自宅では何をされようとも容赦なく潰す。私の家なのだから。

 

 「視線を感じる……"幽霊"は最初視界の端にいて、そちらに目線を向けたらいなくなる……そのような感じでした。なので気のせいと思いました、そういうのって大体気のせいですしね」

 

 そうでもないだろう、と思うが言わずに口を紡ぐ。黙っておく方が心の安定が出来る場合もある。

 

 「しかし、三ヶ月前にハッキリとその姿を見て…それからしばしば見るようになりまして……なんといいますか、これは間違いなく事実だと思いまして……」

 「しばしば?と言う事は今は結構な頻度で見るのか」

 「はい、一ヶ月程前から…ほぼ毎日くらいの頻度で見ています…」

 「……なんと、それは」

 

 考えれる限り彼女は私と違い、漂うこの世に未練のある者を見れる者ではない。なのに付きまとうそれを、ほぼ毎日見ているだと?

 その理由は何だ。一ヶ月前、まい子が向こうの存在を完全に認識したからなのだろうか?いや、まさか。しかし……

 

 

 考え込んだ私をそのままにまい子は言葉を続けた。もしかしてだが突如黙り込んだ私を見て彼女は言葉を続けるのを悩んだのかも知れない、それでも彼女は続けた。

 それほどまでに、心細く怯え魂を消耗させていたのだろう。

 

 「それの見た目は真っ黒で…なんと言いますか影が立体化したかのようなものなのです。形は完全に人間で手足もあって……でも、顔がなくて…」

 「顔がない?……見られていると言っていなかったか?」

 「はい……顔がある筈の場所の……その場所の真ん中に、縦方向になった目だけがあるのです。瞳だけが二つ、縦に。口も鼻も耳も髪の毛もない、つるんとした形に目だけが」

 

 まい子の語るそれが、脳内にその姿が鮮明に思い浮かぶ。その二つの目を持つ黒い影とやらがぽつねんと暗がりに佇んでいる姿が。

 ただ佇んでいるのならば構わない、好きにすれば良い。だが他でもないまい子に手を出すのは……嗚呼。その暗がりに、私も足を踏み入れねばならないだろうな。

 

 

 「……大丈夫か?そのような存在を感じ、怯え震えているのではないか」

 「…勿論、怖いのは怖いです。でも、なんと言いますかこの間見られてるだけで襲われたりした訳ではないので、ちょっと麻痺してるかもしれません」

 

 手を差し出せども、彼女は首を降り、大丈夫だと拒んだ。

 そうか、襲われたりはしていないと。それはなによりだ。実際襲われ苦しみ悶えていたしたならば、私はもう……どうなっていたのやら、分かりはしない。

 

 

 自身の頬を撫で、そのまま額に上がり傷痕に触れる。何かしらの考え事をする際の癖という程ではないが、指先は動いていた。何せ言われた事が事だけに気になる。

 

 目。

 

 ……瞳、目だけなのか…それはなんとも。……霊である者達にも色んな形がある。目がない者も、逆に沢山の目だけしかない者もいる。

 まい子の言う通り見るしかしてこないのは目しかないからだろうか?……いや手足があるという事は他にも様々な事が出来る。そもそも霊である以上、絶対的に安全とは言い切れない。

 ……なにより長期間まい子の事を喰わんとばかりに食い入るように見て怯えさせている。見るだけで終わらせるなど、有り得るだろうか。

 

 「逆にボディーガードのようなもの、と考えようかと思ったのですが」

 「いやそれは……危険過ぎないか」

 「そうですよね。守ってくれるかどうかわかりませんし、暗がりとかお風呂の時とか急に出て来こられるとビックリしますし」

 「……室内にも、出現しているのか」

 

 単なる浮遊霊であるかも怪しいそれに対し、少しでも前向きに向き合おうとする姿勢は素晴らしい。私には無い部分だし、見習うべき部分でもある。

 だが相手が相手だ。用心棒と呼ぶには……あまりにも。私のように自分から踏み入れた訳でもなく、自分の身を守る領域にそれこそ土足で入っているに等しいものなど信用足るものではない。考えれない。

 

 

 「まい子」

 「はい」

 「"幽霊"に苦しめられているのならば、いつまでも放っておく訳にもいかない。だが理解している通り私の処の寺で御祓い……つまり厄祓いになるだろうが、まい子が望むそのものの祓い事ではない為に、解決出来るものではないだろう」

 「……そうですよね。そういうものは寧ろ、神社とか……そちらになりますかね」

 「うむ…」

 

 普通の人間ならばこの時点で私に出来る事は何もない、精々付き合いがあったり繋がりがある信頼出来る神主を紹介するのが精一杯だろう。

 だがそうではない。私を頼ってくれた彼女の為にそれこそ精一杯答えねば。

 

 

 「だが心配しなくとも平気だ、私に任せなさい。なんとかしよう」

 「…え?しかし、なんとかすると言っても……」

 「まい子がそこまで話してくれたのだから換わりに言おう。私は霊の存在が視えている」

 「……はい?」

 

 呟いた私の言葉に、彼女は煉瓦色の眼を数回瞬かせ……そして少しずつ見開いた瞳を真ん丸に変化させた。

 先ほどの私と同じく、言われた言葉はわかっても理解が遅れているのだろう。真っ直ぐ見つめてくる視線に対して……落ち着くまで待てばやがて、絡むように視線が重なった。

 

 

 

 




作中で書いていますが、悲鳴嶼さんは「南無阿弥陀仏」と唱えている所から浄土宗、浄土真宗のつもりです。
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