DVにあっていた子を幸せにする話 作:匿名
「美春」
とりあえず、どうすればいいのかわからないままに声をかける。
「お父さん?」
彼女の怯え方は異常だった。
「違う。僕はお父さんじゃない」
否定して、近づいていく。
「あ……来ないでっ!」
彼女がそばに置いてあった時計を投げつけてくる。
「痛っ!」
そこそこの重量がある時計は、腕で受け止めたが、なかなかに痛かった。
「僕だ、美春!」
「なんで、いるの?私、だって、逃げたのに……っ」
彼女は自分がお父さんに見えているのか。
青ざめた顔、震える体。とても放っておいていいものではない。
「いやだ、いやだ、いやだ……!」
やがて彼女は気を失ってしまう。
「美春!ここにお父さんはいない1」
「こないで!」
彼女の蹴りが足に引っかかる。
「うあっ」
僕はあっさりとバランスを崩して、後ろに倒れる。
ゴンッ。
頭に衝撃が。
「み、はる……」
……めん……い……ご…んな……
誰か、いや、彼女しかいない。体を揺さぶってくれているのが分かる。
できれば、慰めてあげたい。美春のせいじゃないって言わないと。
美春のことを大切にするって言ったのに……このざまかよ。
…かっこわるいな。
やばい、意識が…
***
あの日も、こんな感じだった。
目の前に倒れた人影がぶれる。
お兄さん、お父さん。お兄さん、お父さん、…
「なんで逃げた」
二人の声が混ざったような声。
私は、お兄さんを見なきゃいけない。
せめて、頭ぐらいは冷やしておかないと。
「痛いなぁ……」
声が聞こえたと思ってお兄さんを見たら、
引きずっていたはずのそれはお父さんの体だった。
「ひっ!」
どこからか責める声が聞こえる。
「また、やったのか」
「お前は、傷つけた」
「お仕置きしてやる」
あっ!
あそこに指を無理やり入れられた記憶が脳裏に浮かぶ。
まるで、今やられているように、痛みがズキズキと存在を主張する。
やめて。やめて。
私は、お兄さんを。
お父さんの体と重なって見えるものをとにかく引きずる。
とりあえず、ソファーの上なら。
それで、頭、冷やさなきゃ…!
氷を袋に入れて、タオルで包んで、頭の下に…
ガンガンと、傷跡が痛む。全身が熱い。
「ごめんなさい!」
お父さん。
ごめんなさい。
お母さん。
ダメな子でごめんなさい。
お父さん。
お母さん。
私、どうすればいいの……?
「また、逃げればいいんじゃないか?」
いやだ、だって、お兄さんが。
「お父さんの時みたいに」
二度とやりたくない。
「ほら、言うことをきかなかったからだ」
…………本当に。
「最初から聞いておけばこの人も不幸にならなかったのにな」
…………………私はバカだ。
全身の痛み。頭を包丁で貫かれるような鋭い記憶のかけら。
やめて。やめて。なんでもするから。
ごめんなさい。ごめんなさい。…………
そうして、お父さんと、お母さんと、お兄さんと、
私が会った全部の人に謝り続けて、謝り続けて。
「全く、何に謝ってるんだ」
……お兄、さん。
***
目が覚めると、ソファーに寝かされていた。
「めんな……ごめ……」
そして、小声でぶつぶつとつぶやいている美春。
それは、多分僕を傷つけたことだけではない……
というのは、彼女の様子からもわかる。
なんというべきか。
考えて、考えて。口を開く。
……全く、何に謝ってるんだ
美春は、ゆっくりと頭を上げる。
涙を相当流していて、目が腫れぼったくなっている。
「お兄、さん」
「お父さんじゃないぞ」
「……そう、ですね……はい。」
「休め、今日はもう寝るんだ」
「出ていきます」
彼女は立ち上がるが、すぐに手をつかんだため、逃げられない。
「振りほどかないんだな」
「……今は、そんなこと」
「僕のこと、少しは信頼してる?」
「………………それは、もちろんです」
「美春がいなくなっちゃうと困るんだ」
「お兄さん……………」
やがて、力なく座りこむ。
「私、悪い子です」
「たくさん謝って、僕は許したんだから。僕に対しては悪い子じゃないでしょ?」
「……優しいですね」
彼女は乾いた笑いを見せる。
「私は」
***
悪い子です。
商社で働いている自慢のお父さん。
介護で人を助ける自慢のお母さん。
それで、猫の、マル。
幸せだった。私が塾に行っている時でした。
少しずつ、少しずつ、下がっていった成績。
お母さんは、いい人生を送って欲しいから成績を取りなさい。
そんな風に言っていた。それをお父さんがたしなめて。
少しピリピリしていて、でも、お父さんとお母さんと仲良く過ごすのが幸せで。
だから、ごめんなさい。
申し訳なかった。いっぱいお金がかかってるのよって。
私は、お金をどぶに捨てているんだって。
期待に応えたかった。応えたくて。
ある時、大喧嘩が起きて。お母さんがマルを連れて出ていった。
それからお母さんとは会っていない。
それで、お父さんがお酒を飲むようになって。
人を、死なせました。車が勝手に動いたって。
サイドブレーキがなんたかって言ってました。
よくわからないけど、お父さんは仕事に行かなくなって。
それから、……。
お父さんは何かに怯えて私に手をあげるのです。
だから、「大丈夫」って言うといつも怒って。
でも、大好きなお父さんだったから。
何度も大丈夫って言って。痛くても。
自慢のお父さんになって欲しくて、なんでもした。
お母さんの代わりに、家事もしたし、一緒に寝たりした。
痛いことを、嫌なことを、たくさんされても、やっぱり嫌いになれなくて。
それで、
「ごめん、もういいよ」
お兄さんが抱きしめてくる。
目の所が温かく湿った。
それで、初めて私は泣いているんだ、って気付いた。
***
彼女の言う事。
聞いていたけど。
「頑張ったんだね」
胸が温かく濡れていく。
目を閉じる。彼女の拙い言葉でも、
容易に想像させるだけの彼女の悲しい表情。
「ねぇ、お兄さん」
しばらく抱きしめていた。
彼女が僕から離れて、立ち上がる。
「ねぇ、私、悪い子だから、ね」
下着をするりと降ろす。
「お兄さんのお仕置き、いっぱいして」
片手でスカートをたくし上げて、
「お父さんのこと、お母さんのこと」
もう片方の手で僕の腕を取る。
「全部、お兄さんで忘れさせて?」
腕をゆっくりと彼女自身の大事な所へと導く。
「美春…………」
「お願い、お兄さん」
「私のお願い、……かなえて?」