サイバーパンクな忍者世界で不死身の剣士してます 作:ニゴリエース
ヨミハラの裏町にある探偵事務―――そこでは井河カムイの快気祝いのパーティーが行われていた。机には色とりどりの肉が所かしこに置かれており、真ん中には大きめのホットプレートが置かれている。
「はい。熱は十分みたいだし、そろそろお肉を焼きましょうか」
「うおーーー!!焼き肉なんて久しぶりーーー!!」
「凄い量の肉だな。今回も随分と奮発したのじゃないのか?」
「えぇ。といってもほとんどお金を出したのはカムイ君なんだけど」
「パーティーの主役に金払わせるとか、ほんとここの連中は神経が図太いですよね」
「まあまあ!固いことは言わない約束っしょカムイ!ほら、それよりお酒注いであげる!」
「色んなお肉がいっぱい。焼き肉初めて。ナーサラ、楽しみ……!」
「ふふっ、今日も賑やかですね」
机を全員で囲み、肉が焼ける音を聞きながらフランシスの音頭に合わせて乾杯をする。そしてそれぞれが焼き上がった肉やグラスに注がれた酒にがっついていく。
「もぐもぐもぐ……ごくごくっ!くぅ~!焼き上がった肉をお酒で流すの最高!やっぱ焼き肉と言ったらこれでしょ!」
「もう。フランシス、行儀が悪いわよ」
「もぐもぐもぐ……お肉、ちょうど良い焼き加減。ご飯と一緒に食べる、美味しい」
「慌てなくてもお肉はまだまだありますよナーサラちゃん」
「くぅ~!肉も美味しいけど、初めての焼き肉を楽しむナーサラちゃんを眺めながら飲むお酒も最高だなぁ!」
「お前、本当にそればっかりだな」
それぞれが焼き肉を楽しむ中、カムイはグラスを片手で揺らしながらぼーっとプレートを眺めている。他と比べ、あまり食は進んでおらずどこか上の空である。そんなカムイの様子を見かねてか、不知火がそっと声を掛ける。
「……カムイ君、どうかしたの?もしかしてどこか調子が悪いの?」
「……ん?あっ、いや、そんなことはないですよ」
「なんだか上の空みたいだし、なにかあったの?」
「いや、ちょっと考え事をしただけですよ」
不知火の言葉をはぐらかし、ちびちびとグラスを傾けて酒を飲むカムイ。しかし彼の心情はとても楽しめているとはいえない状態だった。
(……俺の中にいる存在……あいつはいったい……それに、人間じゃなくなるなんて、考えもしなかったな。もしそうなったら、俺はどうなっちまうんだろうな)
美琴の言葉と唐突に表れたもう一人の自分の言葉が彼の頭でずっと反芻し、ついそのことを考えてしまうカムイ。そしてそんな思考に囚われた彼はもはや食事に手が付いていないような状態である。
そんな彼の心情を察してか、カムイの手にそっと不知火は自分の手を重ねる。
「っ!不知火さん?」
「難しい顔してるわよ?せっかくのあなたのお祝いパーティーなんだから、そんな顔したら駄目よ。ただ、もし悩みがあるなら遠慮なく相談して。私たちはいつだって、あなたの力になるわ」
小さく呟かれた不知火の言葉を聞き、カムイは先ほどまで張り詰めていた意識がふっと緩むのを感じる。そしてカムイは小さく笑い不知火を心配させまいと言葉を紡ぐ。
「大丈夫ですよ。別にたいしたことじゃないですから……」
「本当に?」
「はい。それに、いざとなったら頼りにしてますから」
「ふふ、それならいいわ。はい、それじゃあ考え事はおしまい。カムイ君の分も取っておいたわよ」
「ありがとうございます……肉が固いっすね」
「それはそうよ。焼き上がってから大分経ってるし冷めてしまったんだもの。速くしないと、皆に全部食べられちゃうわよ?」
「うし、なら俺も気合いいれて食べるとしますか」
不知火の言葉に救われたような気持ちになり、カムイはひとまず抱えていた悩みを頭の隅に追いやると箸を手に取り肉を頬張っていくのだった。
井河カムイの身体が縮み、ノマドの大幹部と魔界九貴族による襲撃を受けるという事件から数日が経過した。ヨミハラに襲来した“死霊卿テウタテス”との激闘は路地裏での出来事と言うこともあり、ヨミハラでも大きな騒ぎになることもなく終息を迎えた。
しかしその出来事を当事者達以外は知らないというわけでもなく、死霊卿テウタテスが人間と戦い引き分けたという話が一部の者達へと伝わっていたのだった。
魔界の一角に存在する、灼熱のマグマが流れる大地の中心部。そこは辺りの風景とはあまりにも不釣り合いなほど豪勢な館がそびえ立っている。その館は魔界九貴族の一人“獄炎のアスタロト”が住まう場所である。
館の主であるアスタロトはその豊満な身体を惜しげもなく晒しながら鼻歌を歌い、バスタブに貯められた熱々の湯に浸かっていた。そして湯浴みを楽しむ彼女の傍らには、百年以上前からアスタロトに拾われ彼女の忠臣として仕えているダークエルフのウェスタが控えている。
「~~~♪」
「最近は機嫌がよろしいですね、アスタロト様」
「あら、分かっちゃうウェスタ?」
「はい、つい先日人間界から戻ってきてからというもの……アスタロト様の様子はひどく楽しげに見えます。人間界で何かありましたのでしょうか?」
鼻歌を歌い湯に浸かる主の様子を見てつい言葉を掛けてしまうウェスタ。人間界から帰ってきてからというもの、ここ最近のアスタロトはどうも機嫌がすこぶる良い。ついこの間まで強い男に巡り会えず退屈を顕わにしていた彼女が嘘のようである。
普段だったらアスタロトと彼女の領地を狙って時折訪れる恐れ知らずな者達を片手間で焼き殺し、自分に見合う強さを持つ男が現れないことに退屈と不満を顕わにしていたというのに、今のアスタロトはどういうわけかまるで熱に浮かされたかのように頬を赤く染め、どこかウキウキとした様子を見せている。
まるで恋をした乙女のような様子のアスタロトの姿がつい気になり、人間界で何かあったのかも知れないと考えたウェスタは彼女の真意を確かめるために意を決して声をかけたのである。そして彼女の問いに、アスタロトは変わらずご機嫌な様子で返答をする。
「ふふっ♪実は向こうで面白い男を見つけたの♪無銘剣虚無を持った人間の男がいたのよ」
「っ!?あの無銘剣虚無を人間の男が、ですか」
アスタロトの言葉にウェスタは驚きを隠せなかった。無銘剣虚無といえば『世界を滅ぼすほどの力を秘めた聖剣』などとにわかに信じがたい伝承のみが伝わる代物であり、その剣を実際に見た者は魔界において誰一人として存在しておらず、実際に存在しているのかすら疑われているものである。
そんな眉唾な聖剣を、人間の男が所有しているなどウェスタは思わず耳を疑ってしまう。しかし彼女の主であるアスタロトが嘘をつくはずがなく、ウェスタは否が応でも信じざるを得なかった。
「向こうで優吾の店でお酒を飲もうとした時に見掛けてね。つい気になってちょっかいを掛けてみたの」
「は、はぁ……?」
「そしたら人間にしては予想以上に強くてね。私とも気が合いそうだし、退屈を紛らわせるためにちょっとした細工を施したの」
「細工ですか?」
「えぇ、その人間の様子が分かるよう私の魔力でちょっとしたマーキングをね」
以前アスタロトがカムイとヨミハラで戦い、淫魔族の手勢による襲撃によってお開きに鳴った際にカムイの身体に刻まれたアスタロトと同じ形をした痣。それはいつでもカムイがどこにいるのか、また彼の様子を見るためにアスタロトがマーキングの意味も込めて施した所謂GPSであった。アスタロトは自身の領地に帰った後、これを使って人間界にいるカムイの様子を時折のぞき見ていたのである。
「それでこの間ちょっと退屈がてらその子の様子を見てたの。そしたらね、ふふっ♪彼ったらあのテウタテスと互角に戦ってたのよ?」
「テウタテスって、あの死霊卿とですかっ!?」
もはや驚きの連続であった。無銘剣虚無を所有しているというだけで十分衝撃的であったというのに、まさか人間が自らの主と同じく魔界九貴族であり高位魔族レイスの親玉であるテウタテスと人間如きが互角に戦っていたなど誰に話したところで信じないだろう。
「しかもどういうわけか私がつけたマーキングも外れてるし、かといってあの人間との繋がりが消えたわけじゃないわ。むしろより深い所で繋がっているような感じがするのよ♪」
「深い所、ですか」
「えぇ、まるで彼と私の一部が混じり合ったかのような感覚ね。フフフッ、こんな気持ちになるのはいつ以来かしら♪あぁ、なんだかまた人間界に行くのが楽しみで仕方がないわ♪」
アスタロトはそう言いながら頬を上気させている。どうやらその人間に強い興味を抱いているのをウェスタは彼女の様子を見て感じ取ってしまう。アスタロトがここまで上機嫌に、それも人間の男に強い興味を抱いているのを見て取れたウェスタは再び彼女に問いを投げかける。
「恐れながらアスタロト様……アスタロト様はその人間を婿とされるのでしょうか?」
「うん?」
アスタロトは遙か以前より自らを熱くさせる男を求め魔界で様々な強者と戦い続けていた。そして自らと釣り合う男と出会えたとき、その者を婿とするためにである。しかしアスタロトほどの強大な力を持つ者と渡り合える者など限られた存在しかいない。そのため婿捜しは難航を示し、彼女の旧友である桐生美琴からは『自分より強い男なんていないのだから手短な男で済ませろ』と呆れられるほどである。
そのため人間界が騒がしいというウェスタの言葉を聞きアスタロトは人間界にも足を運ぶようになっていた。しかし彼女のお眼鏡にかなうような者が現れることはなかったのである。
ウェスタもまた自らが敬愛する主の様子を見て婿捜しは上手くいっていないことは察していた。しかしその人間の話を楽しそうに話すアスタロトを見る限り、彼女が件の人間に強い興味を抱いているのは火を見るよりも明らかである。だからこそウェスタはアスタロトの真意を確かめずにはいられなかったのである。
「そうねぇ……まあしばらくは様子見ね」
「様子見、ですか?」
「えぇ。どうやらあの人間はまだまだ強くなりそうだから、今はちょっかいを掛ける程度に止めておくわ。それでもしあの子がもっと強くなるようなことがあれば……その時はまた戦って確かめることにするわ♪」
「……もし、アスタロト様が負けるようなことがあれば」
「その時はその時よ♪ようやく私を熱くさせるかもしれない男が現れたんだもの。今から楽しみだわ♪」
アスタロトはそう言うと再び湯浴みを楽しみ始める。まるで恋する乙女のようにときめく彼女の心を、傍に控えているウェスタでさえも推し量ることはできないのであった。
一方その頃、ヨミハラのとある一角―――大通りの喧噪から外れ、灯りもなく人通りがない、ゴミが散乱するスラム地区にてデザストは剣を引きずりながら歩いている。彼の身体は傷こそ癒えているものの受けたダメージが大きいためか、フラフラとした足取りである。
「あぁ、くっそ……傷は治ったってのに、まだ身体が痛みやがる……!」
痛みに呻きながらデザストは壁に寄りかかりその場に腰を下ろす。そして手で顔を覆うとくつくつと笑い出し始める。
「フ、フフフッ………フハハハハハハ……!あんな強い奴がまだいたとはなぁ。それに虚無の剣士も、まだまだ強くなってやがる。あぁ、本当にこの世界は退屈せずに済みそうだ……フフフッ……あぁ、楽しみだなぁ」
デザストが思い浮かべているのはつい先日に自身が乱入した戦いのことだった。自分では歯がたたないほどの強さを持った
そんな存在がこの世界にはまだまだいるかもしれないことを考えるとデザストは笑いを堪えられなかった。まだ見ぬ強い者、これからまだまだ強くなる者達との戦いを想像し胸が高鳴り、期待を抑えきれないでいるのだ。
「―――っ!」
だがその時、何かを感じ取ったのかデザストは笑い声を止めすぐさま立ち上がる。
「匂うな……暗くて悍ましい、ひどく鼻につく匂いだ……いるんだろ、出てこいよ?」
デザストはそう言うとグラッジデントを構えて仄暗く先が見えない路地を見つめる。すると彼の言葉に反応したかのように小さく軽い足音が響き始める。そしてその奥から小さな影が伸びてくる。
「フフッ……ひどく鼻がきくようだね。まさか声をかける前に気づかれるとは思わなかったよ」
「っ!ちっ……てめえかよ」
姿を現したのは小さな子供であった。それは以前、突如としてデザストの前に現れた“黒斗”と名乗る少年であった。デザストは彼の姿を見ると構えを解きグラッジデントを肩に担ぐ。その態度は先ほどまでとは打って変わってひどく不機嫌であり、黒斗をあからさまに嫌悪している様子である。
「その様子だと、早速あの剣士との騒動が起こったみたいだね。どうだったかな、この世界の実力者は君のお眼鏡にかなったかな?」
「フンっ……お前に言う必要があるのか?」
「おや、つれないね。君とはあの時で大分親しくなったと思ったのに」
「お前と仲良くするなんて願い下げだ」
「フフッ、どうやら嫌われてしまったかな」
親しげに声を掛ける黒斗に対しデザストは嫌悪を隠そうともしておらず、言葉の節々には棘が感じられる。しかし黒斗はそんなことはまったく気にしている様子はなく、笑みを絶やすことはない。その態度が初めて会った時とまったく大差がなく、そのことにデザストはますます苛立ちが募っていく。
「それで?どうやらあの剣士絡みでほんの少し騒ぎが会ったみたいだけど、いったい何が起こったのかな。僕に教えてくれないかい?」
「そんなもん、お前のとこの連中に聞けばいいだろ?」
「残念ながら今回の騒動の詳細を知る者はうちの組織にはいなくてね。件の剣士から聞き出そうにも彼は僕を毛嫌いしているし、近づくと最悪殺し合いになりかねない」
「……」
「だから君に教えて貰う必要があるんだ。あの時、君と初めて会った時に僕がこの世界のことを教えてあげたようにね」
「ちっ……!」
「フフッ、そんなに怯えなくても大丈夫。君に危害を加える気はないよ」
黒斗の言葉にデザストは舌打ちをする。この少年は見た目こそ幼いが、全身から感じる邪悪な気配と雰囲気の全てがデザストを苛立たせる。その感覚が、かつて自分を意味のない存在と断じた“創造主”を思い起こさせるためだ。しかし無視したところで黒斗はしつこく追いかけてくるかもしれない。撃退しようにも今は疲労困憊であり、テウタテスと同等以上の実力を持つであろう黒斗相手では戦いにすらならないだろう。だからこそ観念したかのようにデザストは力を失っていた井河カムイがレイスという魔族に襲われていたこと、自身が助けに入ったがテウタテスが割り込んできたこと、より強い力を手に入れたカムイがテウタテスを撃退したことを話した。
デザストから一通り話を聞き終えた黒斗は顎に手を当て思案するような顔つきになる。
「ふむ……死霊卿がヨミハラに、か。なるほど……警備を掻い潜って入ったのか……もしくは、中に手引きしたものがいるのかな。どうやら色々と探らないといけないようだね」
「おい、もう済んだのかよ」
「ん?あぁ、もう十分さ。聞きたいことは終えた。礼を言うよ」
「フンっ、だったら俺はもう行かせてもらうぜ……」
「おや、もう行くのかい?もう少し他愛のない話もしていってもいいじゃないか」
「はぁ……お前と話す義理もねえよ。それにお前から苛つく匂いがすんだ、せっかく楽しい気分だったのにお前といると白けちまう」
「おや残念。僕は君と仲良くしたいのにね」
「はっ!どの口がいいやがる」
黒斗の言葉を吐き捨て踵を返そうとするデザスト。しかしそれよりも速く、デザストが反応できない速度で黒斗は彼の横に並び立った。
「っ!!?」
あまりの唐突なことにデザストは身構えグラッジデントを黒斗目がけて振り上げようとする。しかしそれを黒斗は制止し、グラッジデントが握られていないもう片方のデザストの手に何かを握らせる。
「仲良くしたいというのは本当さ。君の存在は興味深いからね……だから仲を深めるために“これ”をあげるよ、君の戦いに役立てると良い」
「あっ?お前、何言って―――っ!?」
デザストは黒斗の言葉の意味を理解せず自分の手に握られたモノを見た。その瞬間、デザストは驚愕を顕わにした。それは一つの剣であった。それもデザストにとってはとても見覚えのある、しかしこの世界には本来存在しないものだった。
「お前っ!!これをどこで―――!!」
声を荒げて黒斗の方へと振り向くデザスト。しかしそこにはすでに黒斗の姿はなく、ただ薄暗い闇だけが広がっていた。そしてどこからともなく姿を消した黒斗の声が響く。
『―――今回はここで失礼させてもらうよ。また会えるのを楽しみにしているよ』
それだけを言うと今度こそ黒斗の気配が完全に消失したのをデザストは感じる。まるで弄ばれたかのような感覚になったデザストは行き場のない苛立ちを抱えながらも、その手に握られた剣を頭上に掲げる。
「ふん……いいぜ。気に入らねえが、貰ってやるよ……しかし、フフフッ……懐かしいなぁ、おい。しかし不思議だよなぁ……まさかこいつまで、この世界に来てるとはなぁ」
頭上に掲げられた剣を眺め、デザストは懐かしさを感じてしまう。その剣に備えられた