『アオのハコ』
太陽が眩しくて、背を向けるように。
自分がいたたまれないから、諦めるように。
大切な人に、堕ちて欲しいと願うように。
脆く。
弱く。

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#21の後辺りです。
……いまさっき読んだ所なので、絶対繋がってこないですけど。


眩しくアオい輝きを背に

「蝶野さんを見て。――羨ましいな、って」

 それは、偽りのない、私の本心で。何処まで行っても、私はああなれない。

 あんな風に、笑えない。あんな風に、話せない。

 あんな風に、近付けない。

 ああ、羨ましい。誰がいても、何処ででも、ああやって素直になれて。

 私がもし、あんな風になれたなら。

 きっと。

 後悔する事なんて、無いんだろう。

 

 大喜くんは、私の背中を押してくれた人。日本に、英明に残らせてくれた人。あの日の悔しさを、思い出させてくれた人。

 だからそう。大切な人なんだ。

 同じ家に住むことになって、平生を装うのは大変だった。気を抜くと、大喜くんを傷付けてしまいそうで。

 大喜くんには、仲の良い幼馴染みがいる。蝶野雛さん。新体操部の一年生、中学時代全国4位だっていう有名人。明るくて、可愛くて、そして――大喜くんを大好きな子だ。大喜くんはオトコノコだから、その辺には鈍いみたいだけど。大喜くんが少しでも「友達」から踏み出そうとすれば、そこで二人は結ばれるだろう。だから、私は何もしてはいけない。自分の都合を、気持ちを、押し付けてはいけない。大喜くんに、幸せになって欲しいから。

 それでも、抑え込める気持ちには限りがあって。

 大喜くんと近付きすぎたり、ふと大喜くんの匂いを何処かに感じたり、そうすると――身体が、抑えきれなくなる。借り物の部屋を汚してはいけない、迷惑をかけてはいけない、と思うのに、疼いて止まらなくなる。何枚も厚く敷いたバスタオルの上で声を殺し、なるべく音を立てないようにしながら、自分を慰めなければ治まらない。

 思い浮かべるのは、大喜くんの姿。私だけを見つめ、一途に愛してくれる、――都合の良いマボロシ。大喜くんが私を求め、貪り、奪い尽くそうとする姿を思うと、それだけで頭の奥が焼けていく。

 そして身体が壊れそうなほどに震え、意識が僅かに遠くなる。でもその心地良い脱力感の後に来るのは、虚しさと罪悪感だけだ。ドロドロになったバスタオルを洗っていると、自分が浅ましい人間だとさえ思う。私は、何をしているのだろう。

 こんな弱くて、脆くて、愚かな私を、先輩として立ててくれる大喜くん。彼の思いに、報いたい。憧れられる、完璧な私でいたい。

 少なくとも、この家を去るその日までは。

 

 大喜くんと蝶野さんは、お似合いだ。私なんかが入り込む隙はないくらいに。

 だからこそ、胸が苦しい。大喜くんにとっての幸せは、蝶野さんと結ばれること。それは分かりきっている。居候として先輩として、二人を見守らなければならない。でも、それが辛い。私は大喜くんと結ばれ無い、例え結ばれても幸せになんかなれない。私も、大喜くんも、ただ苦しむだけだ。今まで過ごしてきた全てをかなぐり棄てて、それでも愛を貫けば幸せだなんて、そんなのは安いメロドラマの中にしかない御都合主義だ。

 それでも。ただ、苦しい。――愛されたい。愛したい。私の奥で、澱んでいく思い。胸の中で、濁流が渦を巻いていく。何もかも押し流し、打ち砕く、凶暴な感情が、私を塗り潰していく。

 ああ――嫌だ。私は、私が大嫌いだ。好きになって欲しい、なんて言えるものか。

 

 寝苦しい。寝苦しい。肌が、焼け付くように熱い。どんなに振り払おうとしても、身体の熱が引かない。幽鬼のように蠢く、何かの影が見えた気がする。身体の全てが、狂っていく。

 気が付くと、横たわっていた身体が立ち上がっていく。意識と手足が切り離されて、止まらない。ゆっくりと部屋を出た私は、すぐ隣の、……大喜くんの部屋の前で立ち止まった。

 この扉を開けてしまえば、そこで――私は。私は。

 頭の隅で警鐘が鳴るのが分かった。これ以上は、もうこれ以上は、ダメだ。戻らなければ、いけない。そう私が思うのを嘲笑うように、指先はいとも容易くそこを開けてしまう。

 灯りの消えた大喜くんの部屋には、ただ月明かりだけが薄く光を落としていた。片付けられた部屋、ベッドに横たわる大喜くん。昼間の部活で余程疲れたんだろう、すやすやと安らかな寝息を立てている。可愛い、と素直に思った。……少なくとも、私は。私の意識は、ただそれだけを思った。

 でも私の身体は、その先を求めて掛け布団を捲り上げ、大喜くんの脚を露にしていた。……私があげたミサンガも、ちゃんとそこにあって。約束は、ちゃんと結ばれたままで。――それを踏みにじろうとしている自分を止められないのが、私は苦しくて仕方がない。

 布地に手をかけ、ゆっくりと引き摺り下ろしていく。蒸れたような、汗とは違う――オトコノコの匂いが鼻に届き、そして、……大喜くんの……。

「――っ」

 息が、止まりそうになる。とてもじゃないが、触れたいとは思えない。私だって、知識はあった。でも、こうして目の当たりにすると、顔を背けたくなる。オトコノコは、みんなこうなんだろうか。

 でも、でも。私の手は、まるで躊躇おうともしない。いつも自分でする時のように、そっと指を這わし、撫で上げ、摘まみ、愛していく。指先につたわる熱と、硬く膨れていく肉の感触。私はまるで透明な壁の向こうからそれを見ているような、異質な感覚に包まれていく。

 と。大喜くんの身体が、僅かに揺れた。いや、そんな小さなものじゃない。

「先、輩……?」

 大喜くんは、目を覚ましたのだ。でも瞳の焦点が合い、大喜くんが状況を理解する刹那に、私の身体は飛び出していた。

 一瞬、だ。大喜くんがなにか言おうとする寸前に、その唇は私の唇が塞いでいた。初めての、キス。甘くも切なくもない、ただ口封じの為に、私の身体は唇を捧げてしまって。

 離れようとする大喜くんを、それでも私の身体は逃がさない。押し倒すように体重をかけてキスし続けながら、大喜くんのそれを愛撫する手も緩めない。逃がさない。逃がさない。逃がさない。

 大喜くんの口を舌で犯し、息さえ忘れるほど濃厚に唇を奪い続ける中で、大喜くんの顔が僅かに歪んだ。――手の中で感じる、激しい脈動。熱く粘付く感触が、肌の上へと広がっていく。心地良い熱を、私に刻みながら。

 ゆっくりと唇を離すと、大喜くんは、――何も言わなかった。ただ粗い息を吐き、困惑した目で私を見詰めるだけで。……それは、そうだろう。こんなの間違っている。大喜くんにキスをするのは、蝶野さんだ。大喜くんを愛撫するのは、蝶野さんだ。大喜くんと愛し合うのは、――。

「いや…だ」

 手の上に残された大喜くんの精液を、舌で舐めとり、呑み下す。青臭く苦い、吐き気を催すような味。

 何で、私じゃないんだろう。私がもし、先に出会っていれば。蝶野さんなんか、知らなければ。二人の関係に、気付かなければ。大喜くんは、私のものだったのに。私たちは、こんな風にならなかったのに。

 ああ、そうか。

 これは、私が願っている事だ。身体が言うことを聞かないなんて、そんなの嘘だ。我儘で浅ましくて情けない澱みきった、見下げ果てた先輩。許されない事を平気で求める、愛される資格の無い女。それが私なんだ。だから、だから――

「今だけ。今だけは……わたしをみて。蝶野さんを好きなままで良いから、わたしをうけいれて」

 一方的な、本当に都合の良い願い。最低だ。私は、本当に最低だ。答えを聞く気さえ、無いのだから。もう役割を果たせなくなったショーツで大喜くんの口を塞ぎながら、そんなことを考えた。

 そのまま大喜くんを仰向けに倒し、腰を跨いで。大喜くんの上で……私も、……私のいちばん穢れた場所を、指で割り拡げる。汚ならしい粘液を垂れ流し、もの欲しげに震える浅ましい肉の裂け目。視界に入れる事さえ躊躇われる、穢れきった場所。オトコノコも、オンナノコも、等しく醜悪だ。そこに愛があるなら、それは美しく神聖な行為にもなるだろう。でも愛も何も無く、ただ醜悪なもの同士をぶつけあう野蛮な行為に、何の価値があるだろうか。

 だからそう、私はこれから――大喜くんを、使うだけだ。愛する訳じゃない、愛される訳じゃない。私に、そんな資格はないから。

 グチュリ、と気持ちの悪い粘液質の水音がして。ほんの僅かな抵抗と、小さな痛みを感じながら。――私は、大喜くんを、……犯した。呆然と目を見開いたまま、大喜くんは私と繋がっているところを見つめ、身動ぎもしない。私だけが、一方的に身体を揺すり、跳ねさせ、叩き付ける。私のなかを、大喜くんで満たすために。ただ、自分の為だけに。

 やがて――その時はやって来た。お腹の奥で大喜くんがドクドクと震えて、私のいちばん奥まで染み透っていく。全て、犯し尽くした。大喜くんの全てを、踏みにじった。そう、確信できた。最低の満足感に包まれた私の下で大喜くんは、泣いていた。声を出せないまま、泣いていた。きっと蝶野さんを裏切らされた哀しみで、そして私に犯された哀しみで、泣いている。

 私は、私は。本当に、本当に――最低だ。これが私の望んだことか。自分が最低なのだと、確認したかったのか。その為に、大切な人を蹂躙したのか。自己満足の露悪に浸って、全てをメチャクチャにしたかったのか。

「ごめんね、大喜くん……。ごめん、ねぇ…」

 堰を切ったように、涙が溢れる。ベッドの上で、繋がったままで、私たちは泣き続けた。まるで、恋人同士のように。加害者と被害者は、抱き合って泣き続けた。

 

 あのあと、大喜くんは言った。それでも俺は、先輩を愛します、と。……でもそれは、余りにも苛酷過ぎる愛で。

 蝶野さんに全てを話して別れ、私だけを愛すると言ってくれた大喜くん。私には、眩しすぎて。余りにも、眩しすぎて。

 ……罪深い私には、その愛を受ける資格なんか無い。だから、私は大喜くんを拒絶した。私の弱さを、醜さを、全てさらけ出して。それでも受け止めてもらえるのではないか、と僅かに期待しながら。

 

 結局私は、今も猪股家にいる。でも大喜くんは、もう私を見なくなった。大喜くんの視線は私をすり抜けていく。もう、言葉を交わす事さえ無い。大喜くんが慕ってくれた、憧れさえ抱いてくれた「私」は、どこにもいないから。

 ――それで、良い。もう、それで良い。これ以上、大喜くんを傷付けずに済むなら。私は、大喜くんを傷つけるだけなんだ。

 砂を噛むような日々だけが、私に残った。この先には、きっと何もない。私以外誰も傷つかない平坦な地獄を、どこまでも。過ちの果てまで、真っ直ぐに進むだけ。

 それが、私に相応しい。




#21は針生×大喜から始まって、雛ちゃんにつまみ食いされたり先輩に「ごちそうさま」されたり大喜くんのヒロイン力が発揮された回でしたね。
そんなもん読んで何故こうなるんですかね……。

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