その神様は退屈していました。
彼は死者を異世界転生させるように導く神様。人生の途中で不運にも死んでしまった人に、新しい世界へ望んだ力と共に送り出し、新しい人生を謳歌するのを見て楽しむ神様です。
だがそんな神様も何度も同じようなことをしていれば、楽しさを感じられずマンネリ化してしまいます。そして少し何か別のことをしようと思いつき自分の力を込めた一冊のノートを作りました。
神様はこれを選んだ世界の住人に与えて、手に入れた者がどう動くのかを楽しむことにしました。最後に少しノートに細工をすると、狙いを定めていた一つの世界に向けて送り込んだのでした……。
「あれ? こんなノート持ってたっけ?」
そしてそのノートを、一人の青年が手に入れた。
彼の名前は黒山神也。駒王学園の2年生。つまりハイスクールD×Dの世界の住人であり、その世界の中で彼が持ち主として選ばれた。
「……本当になんだこれ?」
教科書の中に混ざっていた見覚えのないページどころか表紙まで真っ白なノートを買った記憶はなく、誰かのイタズラなのかと訝しむが何故かノートを手放す気が起きずそのままカバンの中に入れた。
時間は経ち帰宅後、持ち帰ったノートを改めて開き確認していると学校では気づかなかった説明のような文章を最後のページで見つけた。
「このノートは世界の改編を引き起こすノートである。このノートに望む内容を書けばその通りに世界が作り替えられる。内容はどんな不可能なことでも可能。また改編した内容は書き込んでから三日以内なら取り消すことができる。改変したという事実はノートの使用者にしか分からない。
……うっへー……嘘くせー……でもこれイタズラにしては手が込んでるなぁ」
あまりにも嘘くさい内容に本気で誰かのイタズラだと神也は思ってしまう。だがそれにしてはノートといい内容といい手の込んでいる物なので、心のどこかではイタズラだと思えないでいた。
しばらくノートにらめっこしていたが神也だったが、ふとあることを思いつく。
「面白そうだしなんか書いてみるか。いやでも何書こうかな……」
なんだかんだ書いてみたいことはたくさん思い浮かんだのだが、いざ書くとなると神也は躊躇してしまう。このノートを完全に信用できていないので、無闇にじぶんについてのことを書くことができなかった。
そのため何か別のこと、自分に直接関わっていないことで何か願い事を書くことにして頭をひねっていたが、ふと今日のあることを思いだした。
「そういや……また兵藤のやつが覗きしやがったんだよな…あいつは何度やっても懲りないし、いつも教室で堂々とAVの話するし……この前俺が注意したら逆ギレして俺を話に巻き込もうとしてきやがったし……あークソ! 思い出したら腹立ってきた!」
兵藤一誠のことを思い出すたびに神也の内側から怒りがふつふつと湧いてきてしまう。いつもなら少しイラッとする程度だが、何故か今回はまるで焚き付けられているかのように、いつもよりイライラする気がしていた。
そして気づけば、神也はノートにこう書いてしまっていた。
『兵藤一誠、この世界からいなくなる』と。
「……ん? あ!? やっべ……思わず書いちゃったよ。……まあ良いか、どうせ書いても何にもならないしな。あー、なんかスッキリした! さてと続き続きっと」
イライラしていたことをノートに書いてスッキリしたのか、晴れ晴れとした表情になればノートを閉じて明日の用意を再開。その時彼自身も無意識にだったが、鞄の中にあのノートを入れてしまったのだった。
そして次の日、教室にて。神也は怪訝な様子で自分の席の斜め前を見ていた。
そこには件の男子生徒である兵藤一誠が座っていたのだが、今日は誰も座っていなかった。それだけなら病気で休みや遅刻だと考えられるのだが、それよりも奇妙なことに担任教師すら一誠の席に誰もいないことを気にしていなかった。そうまるで、最初から彼が存在していなかったかのように、誰も兵頭一誠がいないことに反応していなかった。
ふと昨夜のことを思い出す。『兵頭一誠、この世界からいなくなる』の一文。もしかして、いやあり得ない。神也に不安と疑念が生まれる。
昼休みになると急いで友人たちや仲がそれなりに良い女子、さらにはいつも兵藤一誠とつるんでいた松田と元浜にも一誠について聞いてみたが、誰もが「兵藤一誠なんて知らないし会ったこともない」と答えた。昨晩ノートに書いた通りになってしまっていた。
席に戻り、恐る恐る鞄からノートを取り出す神也。取り返しのつかないことをしたと思ったが、それと同時にノートに書かれていた取り消しの手順のことを思い出す。筆箱から消しゴムを取り出し、ノートを開いた瞬間────彼の視界が真っ白に染まった。
「やあやあ! せっかく君のこれからに不必要な奴が消えてくれんだ、なにも取り消す必要はないんじゃないのかい?」
目が痛くなりそうなほどに、どこまでもただただ真っ白な空間。そこに突然若いような老いたような男の声がすると、神也の目の前に赤い髪と白いスーツを着た西洋人の青年が現れる。突然現れた人物はなにも言葉を出すことができない神也へと近づいてきて、笑顔のまましゃべり出す。
「まずはおめでとう! 神様からのプレゼントに当選した君はこの世界の支配者になった♪ 手始めに君は邪魔者を消したんだね。色々この世界に送ってあげた転生者を眺めてたけど、いきなり彼を消すのは滅多にないから面白いよ! 普通なら……あれ? もしかして話について行けてない? ならゆっくり進めようか、外の時間は気にすること必要はないよ。あ、お茶飲む? 紅茶もあるよ。それともコーヒーかい?」
楽しそうにまくし立てていた神と名乗った青年だったが、神也がついて行けてない様子を見てどこからともなく急に出てきた椅子に座り、同じように出てきたテーブルと熱々の紅茶の入ったカップを優雅に飲み神也にリラックスするよう促す。
「……なあ……もしあんたが本物の神様だとして……本当に兵藤はこの世界からいなくなったのか? 俺が消したのか?」
「ん? もちろん♪ でも悪くはない選択だし……なによりそのノートには持ち主が本当にやりたいことや願うことを引き出す力がある。兵藤一誠の消滅、それは君が本当に望んだことなんだよ」
「……確かに兵藤にはムカついた! でもこの世界から消すのはまるで……」
「まあ分かるよ。君がやったのは彼の人生を奪ったのと同じだね。でも問題ないよ! この世界……おっと、君は最初からこの世界の人間だったね。ごめんよ、ついいつもの感覚でしゃべっちゃった。君も少し気になってるだろうし、少し世界の真実について知ってみようか! 痛いようにはしないから……!」
「な、何言って────っ!!?」
青年が指を神也へ向けると、その瞬間に頭の中に記憶、否────歴史が流れ込んできた。フェニックス、聖剣、対決、邪龍、そして美女にハーレム……苦痛も負担も無く流れ込んでくるこれらが何の歴史かは全く分からなかったが、そのすべてに兵藤一誠がいたことはかろうじて理解できた。
そしてその流れが止まり、かなりの量の歴史を知った神也は呆然とした表情で青年へと問いかけた。
「……これ……なんの歴史なんだ? いや! こんなのがありえるのか!? あんな……非現実的な……!?」
「あり得るんだよこれがさ。この世界には悪魔も天使もドラゴンもいる。この世界で……本来の主役は兵藤一誠だったのさ。言わば世界の主人公! それを君が手に入れたんだよ」
「な、なら尚更あいつを……」
「大丈夫だよ! まあこれは君が気にすることじゃないけど……ノートという介入があったから、この世界は派生してパラレルの世界になった。君が見た歴史は別のところでちゃんと進んでいるんだよ。取りあえず君は、君の好きなようにやれば良い!」
「…………だ、代償とか……好き勝手した分の対価とか、そういうのは?」
「ないない! 強いて言うなら君のやったことを観察させてもらうことかな?」
「本当に、何でもできるのか?」
「もちろん! さっき君に歴史を見せたときにこの世界についての知識もオマケしておいたよ。……さて、どうする? 君は支配への片道切符を手放すのかい? 世界を……自分の物にしてみたくないのかい?」
神也の心には兵藤一誠への申し訳なさや、神と名乗る相手への不信感から歯止めが生まれていた。だが見せられた神の権能と甘言のより、心の迷いは取り去られた。
彼はこの世界の支配者になることを決めた。
「なら……俺はこの世界を、全部俺の思い通りにしてやる! これからの未来が全部、俺の都合の良いようにって……!」
「良いね良いねえ……あ、今すぐ書くのならペン貸すよ」
神からペンを受け取り、笑みを浮かべながらノートになにかを書き込んでいく神也。神が横からノートをのぞき込むと少し驚きの表情を浮かべた。
「……なるほど、それが君の欲望か! 面白いね……君の制欲に都合の良い世界ってのも、中々面白そうじゃないか……!!」
非常に楽しそうな声が後ろで響くのに関わらず、神也は一心不乱にノートへと文字を書き込んでいく。