※この作品はR-18です。

DANCE WITH UNDERDOGS   作:R.Higher

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西住みほ

西住みほは孤独だった。

西住流の子として生まれ、母に鍛えられ、姉の背中を追って生きてきた。

黒森峰女学園の初等部に上がる前には、姉と共にⅡ号戦車に乗り、操縦、戦術、戦略の基礎を作っていた。

多数の門下生や家政婦に囲まれ、西住の子として甲斐甲斐しく面倒を見てくれた。

友人と呼べるものはいなかった。

中等部になると本格的に戦車道を進み、幾多の戦場を乗り越えていった。

西住の血によって、味方からは嫉妬の、相手からは敵意の視線を向けられ続ける日々。

天才は楽でいいよね、と聞こえるように陰口を言われた。

私は天才なんかじゃない。

その人生のすべてを戦車道に捧げるように運命づけられ、それに逆らう事もできないだけ。

戦車道のために起き、戦車道のために栄養を摂取し、戦車道のために学び、戦車道のためにトレーニングをし、戦車道のために睡眠をとる。

そういう風にしか生きられない、無様ななり損ない。

同じように生き、かつ非凡な才能をも持ち合わせる姉の劣化コピー、そしてスペア。

それが私の人生なのだ、と自嘲していた。

そしてその頃、思春期の訪れと共に、自分が持って生まれたもう一つの宿業を知ってしまった。

自分には女性しか愛せない。

気づけば、同じクラスの女子生徒に恋をしていた。

そんなことを言い出せば、母に叱責されるかもしれない。

姉に見捨てられるかもしれない。

クラスでいじめられるかもしれない。

結局、その生徒とは一度の会話さえなく高等部に進学し、別の高校を受験した彼女の行方は知る術もなかった。

まだ、友人と呼べるものはいなかった。

高等部になると、2年生の姉が隊長に、1年生のみほは副隊長になった。

そして、あの瞬間が訪れた。

濁流に飲み込まれるⅢ号戦車を見た瞬間、みほは車外に飛び出していた。

沈む、沈んじゃう。

雨で濡れた砂利の斜面を滑り降りる。

戦車道は大切だよ。

そして川に向かって走り、大きく地面を蹴った。

でも戦車道に、命まで捧げちゃだめだよ。

沈みゆく車体の上に飛び乗り、キューポラを開ける。

私みたいに、『捧げさせられ』るのは、絶対に。

中の選手が、信じられないという表情でこちらを見上げる。

そしてみほは手を伸ばす。

失ってはいけない命に。

生きられなかったあの日の私に。

その後ろで、最後の砲撃が空を裂いた。

叩きつけるような大粒の雨が降り、腕の中でチームメイトがごめんなさい、ごめんなさい、と泣いている。

いいんだよ、私は誇れる選択をしたの。

私は、私を守ったんだよ。

だから泣かないで。

そんな選択に、世界は非情だった。

母には聞き入れてもらえず、チームメイトには遠巻きにされた。

周りはみほを腫物のように扱い、強く非難されることもなく、肯定されることもなく、ただ彼女の心だけがくすんでいった。

もう、知らない。

私は別に戦車道なんかやらなくてもいいのに、戦車道が勝手に私を見捨てたんだ。

そしてみほは、黒森峰を去った。

あの日の自分を置き去りにして。

西住みほは孤独だった。

 

転校してすぐ、体育の授業があった。

初日は準備体操をして、野球のキャッチボールをするらしい。

ちゃんと投げられるかな、と不安になっていると、野球部だという子が声をかけてくれた。

2、3度ボールを投げ合うと、野球部の子が駆け寄ってきて、こういう風にするともっと良くなる、と教えてくれた。

純粋な厚意が嬉しくて、言われたとおりに投げた。

すると今度はその子が何人かの名前を呼び、集まった生徒に何か言い始めた。

そのうちの1人がみほの横につき、もう1人が大きなミットと防具を着けて座った。

横についた子が色々教えてくれて、言われたとおりに投げる。

周囲がどよめき始め、キャッチボールをしていたはずの他の生徒も何事かとこちらを見ている。

「西住さん、野球やろう!」

興奮した様子で両手を握られたその時、体育教師のホイッスルが鳴った。

「はい、しゅーりょー!整列しろー!」

初日だというのに気だるそうな教師の声に、生徒はあとでね、と背中を叩くと駆け足で列に並んだ。

その整列に加わりながら、みほは内心でため息を吐いた。

 

「んー、残念!でもさ!」

「郡山、いい加減に諦めろよ。西住さん困ってんじゃん。」

昼休み、教室から食堂に案内してもらいながら、みほは再び野球部からの勧誘を受けていた。

特に熱心なのは最初に声をかけてくれた生徒で、郡山というらしい。

「ごめんね。今のところ一人暮らしするだけで精一杯で。」

半分以上、嘘だ。

確かに慣れない生活ではあるが、本音は別にある。

もう、勝負事は嫌だ。

誰かが負けて。

誰かが勝って。

誰かが泣いて。

誰かが笑って。

そういう繰り返しに、虚無を感じてしまった。

西住みほはもう、戦えない。

 

確信したのは、郡山たちとの食事を終えて食堂を出た時だった。

昔から他人の視線に敏感だったみほは、教室から同じ視線が尾けてくるのを感じていた。

もっと前、例えば登校時や始業式にもあったかも知れないが、あの場は転校生に対する好奇の目が度々あったのでわからない。

今のところ確かなのは、教室の前から今現在まで、同じ視線がみほに向いているということだった。

ただ、その視線が今まで感じたことのない種類なので困惑している。

少なくとも害意はなさそうなので、しばらく様子を見ることにした。

 

一ヵ月、毎日だ。

転校初日から毎日、それも学校がある日だけ。

校門付近から、教室まで。

そして教室から出ると、かなりの確率で再び視線が刺さってくる。

刺さるといっても、不快感はない。

むしろ心地良いような感じさえする。

しかし、姿は見えない。

幼い頃から鍛えられた自分に姿を見せないとは、よっぽどの手練れか。

「手練れって…。」

授業の道具をカバンにしまいながら、みほは自分の思考に笑ってしまった。

ハッとして周囲を見回す。

よかった、誰もいない。

突然独り言を言う変な人だと思われたくはない。

みほは「よし」と気合を入れると、教室のドアを開いて外に出た。

直後、視線が来る。

相変わらず不快感はないが、そろそろ気になってむずむずしていた。

みほが歩き出すと、視線は尾けてくる。

この一ヵ月で、この視線に対しては一層敏感になっていた。

距離にしておよそ20〜30メートル。

その距離をつかず離れずで維持し、何度か振り返ったが姿を確認することはできなかった。

しかし、今日は練った策がある。

通学路にある商店街、その一角に店の定休日が重なっている地点がある。

視線の主がそこに入った時に振り返れば、遮蔽物はなくなり確実に姿を見ることができる。

スカスカ作戦、開始。

 

商店街に入ると、お肉屋さんがハムカツを揚げていた。

いいな、ハムカツ。

じゃなかった、今日は作戦なんだ。

あ、赤ちゃん。

可愛いね、何歳かな?

あ、猫ちゃんだ。

可愛いな、どこに行くのかな?

通り過ぎていく猫を見送った先、大洗の制服を着た生徒と目が合った。

あ。

この視線、そうだ。

スカスカ作戦は完全に不発だが、状況は常に変化している。

皮肉にも西住流の教えが、みほを動かした。

「あ、あのっ!」

声、ちょっと裏返っちゃった。

「ずっとついてきてますよね…?」

理由を聞きたいだけなのに、なんだか尋問みたいになってしまった。

相手の生徒は、なんだか言い淀んでいる。

ちょっと言い方がキツかったかもしれない。

わかる。

私もそうなっちゃう時あるもん。

そう思った矢先、

「とっ…友達に…なりたくて…!」

「友達…。」

思いもよらぬ言葉に、ついオウム返しをしてしまった。

友達。

私と。

友達。

戦力とか、部員とかじゃなく、私と友達に。

西住流の妹の方でもなく、西住みほと。

「嬉しい…!」

自分でも無意識のうちに、声が溢れていた。

まだ名前も知らないけど、きっと素敵な友達になれる、そう思った。

改めて、彼女の姿を見る。

ふわふわの癖毛、自信なさげな猫背、それでいてしっかり鍛えられた身体。

良い選手に…じゃない、良い人そう。

「大洗の制服…だけど、同じクラスじゃないですよね?」

「はい!普通Ⅱ科2年C組、秋山優花里です!」

いきなりテンションが高くなった。

「秋山さんだね!私は…」

「存じております!西住みほ殿ですよね!」

そうだった。

私、この人にたっぷり一ヵ月尾行されてたんだ。

「わあ、嬉しい!」

それでも、それだけ思われるのは悪い気がしない。

なんだか安心したような秋山優花里と、友達になった。

 

その後の町内案内も、昼休みのおしゃべりも、時々送り合う無意味なメッセージも、全部楽しかった。

楽しすぎて楽しすぎて、このまま全部忘れてしまいそうだった。

でも、だめだった。

自分の業の深さを思い知らされてしまった。

秋山優花里が好き。

友人として好き、大好き。

しかしそれとは別に、恋愛の対象として意識してしまっている自分がいる。

そしてそれは見る間に大きくなり、秋山優花里を友人として見ている自分は、もう理性の中にしかいなかった。

西住みほは、秋山優花里が好きです。

そう考える自分を押し殺すには、理性というのは恋愛においてはとことん非力なのだ。

 

帰港の日、自分なりのおしゃれをして待ち合わせ場所の校門に着くと、秋山優花里はそこにいた。

ファッションに疎いみほでもわかるような、雑誌のモデルみたいな格好をして、なんだか憂いを帯びた顔で立っている。

こっそり携帯電話を取り出して、遠くから写真を撮った。

私の気持ちも、保存してどこかに置いておければいいのに。

そうすれば、友達と呼んでくれる人に恋慕の情を向ける、こんな汚い自分を見なくていいのに。

ごめんなさい、秋山さん。

私は今日も、あなたに嘘を吐きます。

友情という嘘を。

 

秋山優花里が服を褒めてくれた。

知らない町を案内してくれた。

一緒にごはんを食べてくれた。

ウインドウショッピングに付き合ってくれた。

好きなキャラクターを知っていてくれた。

欲しくなったぬいぐるみをプレゼントしてくれた。

まるで恋人みたいに。

ありがとう秋山さん。

私は今日の思い出で、ずっと生きていけます。

この恋は諦めて、友情を生きていきます。

そう思ったのに。

思っていたのに。

その決意表明のつもりで振り返った時、あなたの顔を見たら、我慢できなくなりました。

だって秋山さん、まるで私みたいな顔してる。

女の子に恋をしちゃった女の子、みたいな顔。

だから私、ちょっとだけズルをしました。

立ち止まるあなたに駆け寄って、ぬいぐるみ越しのハグ。

大切な友達だよって。

素敵なぬいぐるみをありがとうって。

そんなフリをして、あなたを試しました。

私を、好きになってくれますか。

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