DANCE WITH UNDERDOGS 作:R.Higher
西住みほは孤独だった。
西住流の子として生まれ、母に鍛えられ、姉の背中を追って生きてきた。
黒森峰女学園の初等部に上がる前には、姉と共にⅡ号戦車に乗り、操縦、戦術、戦略の基礎を作っていた。
多数の門下生や家政婦に囲まれ、西住の子として甲斐甲斐しく面倒を見てくれた。
友人と呼べるものはいなかった。
中等部になると本格的に戦車道を進み、幾多の戦場を乗り越えていった。
西住の血によって、味方からは嫉妬の、相手からは敵意の視線を向けられ続ける日々。
天才は楽でいいよね、と聞こえるように陰口を言われた。
私は天才なんかじゃない。
その人生のすべてを戦車道に捧げるように運命づけられ、それに逆らう事もできないだけ。
戦車道のために起き、戦車道のために栄養を摂取し、戦車道のために学び、戦車道のためにトレーニングをし、戦車道のために睡眠をとる。
そういう風にしか生きられない、無様ななり損ない。
同じように生き、かつ非凡な才能をも持ち合わせる姉の劣化コピー、そしてスペア。
それが私の人生なのだ、と自嘲していた。
そしてその頃、思春期の訪れと共に、自分が持って生まれたもう一つの宿業を知ってしまった。
自分には女性しか愛せない。
気づけば、同じクラスの女子生徒に恋をしていた。
そんなことを言い出せば、母に叱責されるかもしれない。
姉に見捨てられるかもしれない。
クラスでいじめられるかもしれない。
結局、その生徒とは一度の会話さえなく高等部に進学し、別の高校を受験した彼女の行方は知る術もなかった。
まだ、友人と呼べるものはいなかった。
高等部になると、2年生の姉が隊長に、1年生のみほは副隊長になった。
そして、あの瞬間が訪れた。
濁流に飲み込まれるⅢ号戦車を見た瞬間、みほは車外に飛び出していた。
沈む、沈んじゃう。
雨で濡れた砂利の斜面を滑り降りる。
戦車道は大切だよ。
そして川に向かって走り、大きく地面を蹴った。
でも戦車道に、命まで捧げちゃだめだよ。
沈みゆく車体の上に飛び乗り、キューポラを開ける。
私みたいに、『捧げさせられ』るのは、絶対に。
中の選手が、信じられないという表情でこちらを見上げる。
そしてみほは手を伸ばす。
失ってはいけない命に。
生きられなかったあの日の私に。
その後ろで、最後の砲撃が空を裂いた。
叩きつけるような大粒の雨が降り、腕の中でチームメイトがごめんなさい、ごめんなさい、と泣いている。
いいんだよ、私は誇れる選択をしたの。
私は、私を守ったんだよ。
だから泣かないで。
そんな選択に、世界は非情だった。
母には聞き入れてもらえず、チームメイトには遠巻きにされた。
周りはみほを腫物のように扱い、強く非難されることもなく、肯定されることもなく、ただ彼女の心だけがくすんでいった。
もう、知らない。
私は別に戦車道なんかやらなくてもいいのに、戦車道が勝手に私を見捨てたんだ。
そしてみほは、黒森峰を去った。
あの日の自分を置き去りにして。
西住みほは孤独だった。
転校してすぐ、体育の授業があった。
初日は準備体操をして、野球のキャッチボールをするらしい。
ちゃんと投げられるかな、と不安になっていると、野球部だという子が声をかけてくれた。
2、3度ボールを投げ合うと、野球部の子が駆け寄ってきて、こういう風にするともっと良くなる、と教えてくれた。
純粋な厚意が嬉しくて、言われたとおりに投げた。
すると今度はその子が何人かの名前を呼び、集まった生徒に何か言い始めた。
そのうちの1人がみほの横につき、もう1人が大きなミットと防具を着けて座った。
横についた子が色々教えてくれて、言われたとおりに投げる。
周囲がどよめき始め、キャッチボールをしていたはずの他の生徒も何事かとこちらを見ている。
「西住さん、野球やろう!」
興奮した様子で両手を握られたその時、体育教師のホイッスルが鳴った。
「はい、しゅーりょー!整列しろー!」
初日だというのに気だるそうな教師の声に、生徒はあとでね、と背中を叩くと駆け足で列に並んだ。
その整列に加わりながら、みほは内心でため息を吐いた。
「んー、残念!でもさ!」
「郡山、いい加減に諦めろよ。西住さん困ってんじゃん。」
昼休み、教室から食堂に案内してもらいながら、みほは再び野球部からの勧誘を受けていた。
特に熱心なのは最初に声をかけてくれた生徒で、郡山というらしい。
「ごめんね。今のところ一人暮らしするだけで精一杯で。」
半分以上、嘘だ。
確かに慣れない生活ではあるが、本音は別にある。
もう、勝負事は嫌だ。
誰かが負けて。
誰かが勝って。
誰かが泣いて。
誰かが笑って。
そういう繰り返しに、虚無を感じてしまった。
西住みほはもう、戦えない。
確信したのは、郡山たちとの食事を終えて食堂を出た時だった。
昔から他人の視線に敏感だったみほは、教室から同じ視線が尾けてくるのを感じていた。
もっと前、例えば登校時や始業式にもあったかも知れないが、あの場は転校生に対する好奇の目が度々あったのでわからない。
今のところ確かなのは、教室の前から今現在まで、同じ視線がみほに向いているということだった。
ただ、その視線が今まで感じたことのない種類なので困惑している。
少なくとも害意はなさそうなので、しばらく様子を見ることにした。
一ヵ月、毎日だ。
転校初日から毎日、それも学校がある日だけ。
校門付近から、教室まで。
そして教室から出ると、かなりの確率で再び視線が刺さってくる。
刺さるといっても、不快感はない。
むしろ心地良いような感じさえする。
しかし、姿は見えない。
幼い頃から鍛えられた自分に姿を見せないとは、よっぽどの手練れか。
「手練れって…。」
授業の道具をカバンにしまいながら、みほは自分の思考に笑ってしまった。
ハッとして周囲を見回す。
よかった、誰もいない。
突然独り言を言う変な人だと思われたくはない。
みほは「よし」と気合を入れると、教室のドアを開いて外に出た。
直後、視線が来る。
相変わらず不快感はないが、そろそろ気になってむずむずしていた。
みほが歩き出すと、視線は尾けてくる。
この一ヵ月で、この視線に対しては一層敏感になっていた。
距離にしておよそ20〜30メートル。
その距離をつかず離れずで維持し、何度か振り返ったが姿を確認することはできなかった。
しかし、今日は練った策がある。
通学路にある商店街、その一角に店の定休日が重なっている地点がある。
視線の主がそこに入った時に振り返れば、遮蔽物はなくなり確実に姿を見ることができる。
スカスカ作戦、開始。
商店街に入ると、お肉屋さんがハムカツを揚げていた。
いいな、ハムカツ。
じゃなかった、今日は作戦なんだ。
あ、赤ちゃん。
可愛いね、何歳かな?
あ、猫ちゃんだ。
可愛いな、どこに行くのかな?
通り過ぎていく猫を見送った先、大洗の制服を着た生徒と目が合った。
あ。
この視線、そうだ。
スカスカ作戦は完全に不発だが、状況は常に変化している。
皮肉にも西住流の教えが、みほを動かした。
「あ、あのっ!」
声、ちょっと裏返っちゃった。
「ずっとついてきてますよね…?」
理由を聞きたいだけなのに、なんだか尋問みたいになってしまった。
相手の生徒は、なんだか言い淀んでいる。
ちょっと言い方がキツかったかもしれない。
わかる。
私もそうなっちゃう時あるもん。
そう思った矢先、
「とっ…友達に…なりたくて…!」
「友達…。」
思いもよらぬ言葉に、ついオウム返しをしてしまった。
友達。
私と。
友達。
戦力とか、部員とかじゃなく、私と友達に。
西住流の妹の方でもなく、西住みほと。
「嬉しい…!」
自分でも無意識のうちに、声が溢れていた。
まだ名前も知らないけど、きっと素敵な友達になれる、そう思った。
改めて、彼女の姿を見る。
ふわふわの癖毛、自信なさげな猫背、それでいてしっかり鍛えられた身体。
良い選手に…じゃない、良い人そう。
「大洗の制服…だけど、同じクラスじゃないですよね?」
「はい!普通Ⅱ科2年C組、秋山優花里です!」
いきなりテンションが高くなった。
「秋山さんだね!私は…」
「存じております!西住みほ殿ですよね!」
そうだった。
私、この人にたっぷり一ヵ月尾行されてたんだ。
「わあ、嬉しい!」
それでも、それだけ思われるのは悪い気がしない。
なんだか安心したような秋山優花里と、友達になった。
その後の町内案内も、昼休みのおしゃべりも、時々送り合う無意味なメッセージも、全部楽しかった。
楽しすぎて楽しすぎて、このまま全部忘れてしまいそうだった。
でも、だめだった。
自分の業の深さを思い知らされてしまった。
秋山優花里が好き。
友人として好き、大好き。
しかしそれとは別に、恋愛の対象として意識してしまっている自分がいる。
そしてそれは見る間に大きくなり、秋山優花里を友人として見ている自分は、もう理性の中にしかいなかった。
西住みほは、秋山優花里が好きです。
そう考える自分を押し殺すには、理性というのは恋愛においてはとことん非力なのだ。
帰港の日、自分なりのおしゃれをして待ち合わせ場所の校門に着くと、秋山優花里はそこにいた。
ファッションに疎いみほでもわかるような、雑誌のモデルみたいな格好をして、なんだか憂いを帯びた顔で立っている。
こっそり携帯電話を取り出して、遠くから写真を撮った。
私の気持ちも、保存してどこかに置いておければいいのに。
そうすれば、友達と呼んでくれる人に恋慕の情を向ける、こんな汚い自分を見なくていいのに。
ごめんなさい、秋山さん。
私は今日も、あなたに嘘を吐きます。
友情という嘘を。
秋山優花里が服を褒めてくれた。
知らない町を案内してくれた。
一緒にごはんを食べてくれた。
ウインドウショッピングに付き合ってくれた。
好きなキャラクターを知っていてくれた。
欲しくなったぬいぐるみをプレゼントしてくれた。
まるで恋人みたいに。
ありがとう秋山さん。
私は今日の思い出で、ずっと生きていけます。
この恋は諦めて、友情を生きていきます。
そう思ったのに。
思っていたのに。
その決意表明のつもりで振り返った時、あなたの顔を見たら、我慢できなくなりました。
だって秋山さん、まるで私みたいな顔してる。
女の子に恋をしちゃった女の子、みたいな顔。
だから私、ちょっとだけズルをしました。
立ち止まるあなたに駆け寄って、ぬいぐるみ越しのハグ。
大切な友達だよって。
素敵なぬいぐるみをありがとうって。
そんなフリをして、あなたを試しました。
私を、好きになってくれますか。