最終話
これは大学の入学式が終わった後の話である。
「――御剣家の当主を、説得ゥ!?」
その報に驚いたのはオレや純夏だけではない。入学式の場に居合わせたかつての級友一同、つまりは委員長や彩峰、たまや美琴もだった。
「タケルが純夏を選んだ後、我らは御剣の掟により本家へ戻ったのだが……いざ心を決めたつもりが、やはりどうしても迷いを拭い切れなくてな」
「それはわたくしもでありました。本来であればお館様、すなわち御剣財閥の現当主であられるお祖父さまの執り成す縁談に従って、わたくしたち姉妹はそれぞれ定められた方と婚儀を結ぶ筈でした。しかしながら斯様な迷いを抱えたまま嫁ぐわけにはいきませぬ故、お館様と先方へ申し入れを行いしばし熟考のお時間を頂いておりました」
そして二人は何日も掛け、じっくり話し合ったそうだ。
本当にこれで良いのかと。
己の身一つ幸せに出来ぬ者が御剣に連なる全ての人々を、ひいてはこの国を、本当の意味で安んじることなど出来るものかと。
「その末に、わたくしたちは一つの結論に至りました。それが……」
「我らが真に焦がれ愛する者、すなわちタケルと共に往く道を己が手で拓く、というものだった。我らの幸せはタケルと共にあり。ゆえにタケル無き人生など、半身をもがれるに等しいことだからな」
二人の放ったトンデモ宣言には誰もが絶句するより他に無い。そんな中、で、でもでもだって、と真っ先に異を唱えたのは純夏だ。
「タケルちゃんは私を選んでくれたんだよ!? それなのに、」
「無論、それは最大限に尊重する。タケルに選ばれたのが純夏であったことは揺るぎようの無い事実だ。私も姉上も、何もそなたからタケルを略奪しようなどとは思っておらぬ」
「だったらどういうことなの?」
「答えはこれに――」
恭しく告げ、悠陽は手に持っていた一枚の紙切れをぺらりと提示する。皆を代表して委員長が、その紙にしたためられた文面を声に出して読み上げてくれた。
「重婚、許可証……?」
あっ、このパターンは。
何かを悟ったオレと純夏は二人同時に天を仰ぐ。
「白銀武、殿。本許可証の発行をもって、以後いかなる場合においても、規約にて指定された人物の一切の婚姻、並びに複数妻帯を許可する。……な、何これ!?」
「これ、ここに書いてある『須賀由秀』って――首相だよねッ!? 内閣総理大臣のハンコまで押してあるし!!」
これにはさすがの美琴も度肝を抜かされたらしい。その傍ら、オレと純夏はどこか既視感のあるその書面にそこまでの驚きは抱かなかった。っていうか、驚きを通り越して呆れてた、ってのが正解かな。
……そう。御剣家ってのはな、こういうことまでやらかす奴らなんだよ。それも平然と。
「これならば純夏からタケルを奪うこともなく、かと言って我らがタケルを諦める必要も無い、というわけだ。お館様の説得にはずいぶんと骨が折れたが、最後にはご理解いただけたぞ」
「はい。お館様も『それが御剣を守ることになるならば』とお認め下さいまして。――武様はご心配なく。武様に無用な負担をお掛けせぬよう、御剣の家督はわたくしと冥夜とで分担して継ぐ所存にございます。これで八方良しでございましょう?」
悠陽はにっこりと微笑んだ。何やら良く分からんが、ひとまずオレとの結婚……いや重婚という手段を得たことで、冥夜たちは御剣の掟からほんの少しだけ自由になれたってことなのか? いやしかし……。
「良いワケないでしょ! 自分たちのためだけにこんな許可証まででっち上げるなんてっ。御剣さんたちはホントもう、そういうところが……!」
「何ゆえそう目くじらを立てるのだ榊。でっち上げも何も、この許可証は昨日緊急で開かれた国会において、全会一致で可決された特例法に基づくものだぞ?」
「え……ええ?」
それを聞いた委員長の目が、文字通り点になる。
「何もわたくし共は法にもとる行いをしている訳ではございませぬ。むしろ遵法精神に則り、『然るべき手順で立法府に特例法を制定いただき』『その法に従って手続きを踏まえ』『正式に発行された許可証を取得した』までのこと」
「悪法も法、と申すではないか。この法治国家において一度正しく制定された法である以上、それに沿って得たものであれば何処にも問題などあるまい。榊もそうは思わぬか?」
「あ……。うう、そ、それは……」
理路整然とした御剣姉妹の主張を前に、ルール至上主義の委員長はすっかりタジタジになっちまってる。ホントコイツら相も変わらずやること成すこと無茶苦茶だ。
大体その法改正にしたって、おおかた御剣財閥が裏で手を回して政治家どもを無理くり動かした結果だろうに。ほとんど反則だぜそんなモン。
「ほ、法的にはそうかもだけど……けどモラルとか倫理観とか、そういうのがあるでしょ! いろいろと!!」
「モラル? 倫理? そのようなもの、我らの恋路には存在せぬ」
「右に同じく。それが障害となるならば、馬に蹴らせもしましょう」
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐぬぬぬ……!!」
まさに取り付く島もなし、といった具合だなこりゃ。激怒に震える委員長のメガネが光ってるところを久々に見たぞ。
「で、でも~。冥夜ちゃんたちはそれで良くても、当のたけるさんはそれで良いんですかー?」
「そうだよ。大体オレはもう、純夏以外の女なんて考えられないって言うのに……」
そう。オレは純夏を世界で一番愛している。それにはウソ偽りは無い。
でも本音で言えば冥夜も悠陽も委員長も、彩峰もたまも美琴もみんな、純夏に負けず劣らず魅力的な女だとは思っている。一つ間違えば、その中の誰を選んでたって不思議は無かったぐらいに。
そういう想いが例の『夢』を見始めた辺りから、オレの中には生まれつつある。そこにこの重婚話。正直ぴくりとも心が揺らがなかったわけじゃない。
だがそれとこれとは話が別だ。
「案ずるなタケル。無論そなたの選択も尊重している。重婚許可を得たとは言っても、そなたにそうあることを無理強いするつもりなど無い」
「だったらさあ……」
「だが考えてもみるがよい。この許可証がある限り、そなたが純夏以外の女子と縁を結んだとて、それを咎めることなどもはや誰にも出来ぬのだぞ」
「いや、だから――」
「それはひとえに純夏や我々姉妹のみならず、他の者とて同じなのだ。言わばタケルを好いている
「白銀くんを、好いている子であれば……?」
「誰でも……?」
冥夜のその言葉に、委員長や彩峰の耳たぶがピクンと動いた……ような気がした。なにゆえ?
「そ、それってホントに、誰とでもなの~?」
「タケルさえ望めば例えばの話、ボクとでも?」
待て待てたま、美琴。何でお前らまでそこに食いつく?!
「当然だ。タケルが望んで受け容れる限り、人数に制限など存在せぬ。だが誰しも独占欲や嫉み妬みといった類の感情は持っておろう。この私とて今朝方、全裸でまぐわうタケルと純夏の寝姿を目の当たりにした折には少なからず精神的衝撃を受けたでな。特にタケルなど、純夏の乳房をねぶったままで……」
「わーッわ~~ッッ! み、みんなの前で言わないでよそういうコトッ!! 恥ずかしぃぃ~」
純夏は顔を真っ赤にして冥夜の発言を堰き止めようとする。他の連中も顔を赤らめ顔を背け、特にオレとは目も合わせないとばかり急激によそよそしくなった。……コレ、何の刑?
「恥ずかしがらずとも良いのですよ鑑様。寝ぼけていらしたのか、今朝の武様はわたくしの胸を乳飲み子のように――」
「はァ?」
「いや待て純夏、落ち着け。落ち着いて下さい。それと悠陽、その件については後で話そう。な?」
これも後で聞かされた話だが、今朝の御剣姉妹はこの機に乗じて既成事実を作るつもりでいたらしい。胸襟を開いて差し出された二人の乳房に、朦朧としていたオレは迷わずしゃぶりついたとか何とか。
そんなの全く記憶に無えぞ。脳裏に焼き付いた悠陽の裸の胸を思い浮かべつつ、それでもオレは事を荒立てぬよう必死に取り繕う。
「それはさて置き、妻同士の無益な争いを避ける意味でも斯様な事態がそうそう起こらぬよう考慮せねばならぬ。そこは逐次、相互の相談や譲歩が必要と心得るが……私としては御剣家の敷地内に各々が住まう別邸を用意し、タケルとの逢瀬を気ままに楽しめる環境を設けるべきと考えている」
別邸、だと? 相変わらずの突拍子の無さに、オレたちは全員目を見開く。それがいかなるものであるか。解は程なく示された。
「月詠」
「はっ」
うおっ!! 冥夜の呼び声に応じて月詠さんがどこからともなく姿を現した。……やべえ。これもメチャクチャ懐かしい。
月詠さんは何やら紙筒のようなものを冥夜に手渡し、それから振り返ってにっこりと、あの柔和で優しい笑みをオレに向けてくれた。
「まずはこれを見るがよい」
ばさり、と冥夜がさっきの紙筒を広げる。
中央にデンと構えた巨大な四角。それを取り囲むように並べられた沢山の小さな四角。小さい方はいずれも中央のデカい四角へと、細い経路を繋げられている。
白銀邸概略図。本宅。別邸。連絡通路。紙面に並べられたキーワードの数々はもしかしなくても、それが冥夜の言う『環境』とやらであることを示していた。
「すご~~~いッ!」
たまが目をキラキラと輝かせる。
「これは書いてある通りあくまで概略だが、既に用地の確保や整地等はあらかた済ませてある。本宅の建築もつい先日より着手し、一両日中には竣工の予定だ。そなたらの住まう別邸については各々の要望を聞いた上で取り掛かるつもりなのだが、これも一日もあれば充分であろう」
「別邸同士は中央本宅の共有スペースにて繋がれます故、皆様同士のお食事やご交流、各別邸への往来もセキュリティなど介さずとも自在に行っていただけます。イメージとしましては、武様のお部屋とわたくし共の私室とを繋いでいたあの設計をより大きくしたもの、といったところでしょうか」
アレより大きいってお前、そりゃちょっとしたターミナル駅の規模だぞ。そんなもんこの狭い日本のどこに……とまで考えかけたところで、オレはその思考を放棄した。
だって御剣だもん。
オレん家から半径数キロ圏内の家々を一昼夜で軒並み更地にしちまうんだもん。
それほど巨大で圧倒的な御剣財閥の力をもってすれば、オレらの思い付ける限りにおいて不可能なんか無いに違いない。
「もちろん皆様の勉学や就職に関しましては、御剣の力の及ぶ範囲にて全て抜かりなく配慮いたします。やや子の出産や子育てにおきましても同様に。例えそれが在学中の懐妊であってもです」
「これは平安期の婚姻制度に着想を得て私と姉上とで固めた案だ。タケルと純夏を含めた共通の生活空間を維持する以上、チャンスは平等。加えて他の女子の目を気にせぬのであれば、待つだけでなく自分から仕掛けることも出来るぞ。さて、皆はどう思う?」
待て待て待て待て。どうしてそこでみんなに話を振る? 純夏はともかく他の連中にはこんな話、一切関係無い筈だよな? そうだよな??
「んー、ボクは悪くない発想だと思うな。それって要するに、タケルのことを好きな人全員にずっとチャンスがあるってことでしょ?」
「私も良いと思う。チャンスは大事」
「はぁっ!? 何言ってんだ美琴、それに彩峰も、
「
こっちを見る彩峰の目がギラリと光っている。
な、なんだ? この熱気と威圧感。まさかこんな与太話、本気にしちまってるワケじゃないよな!?
「ちょっと彩峰さん、どういうつもり!? 普通に考えて認められるワケないでしょ、こんなの!」
「そうだそうだ、もっと言ってやれ委員長! お前の常識力でこの破天荒さを打ち破ってくれッ!!」
「大体あなたたち、社会的体裁とかそういうの、もっと良く考えて――」
「……そうやってイイ子ちゃんは、せっかくのチャンスを逃がす」
「ぐッ!?」
鋭く放られた彩峰の一言に、委員長は突然それまでの気勢をピタリと止めてしまった。
「良いの? それで」
「い、良いも何もあるわけっ――」
「このままだと白銀、鑑だけじゃなく御剣たちや他の子にも取られるよ」
「――ッ!!?」
「それが私かも」
ニタア、と彩峰が挑発の笑みを形作る。何故かオレに向けて。
「ここで乗らなかったら一生後悔する……それでも榊は良いの?」
「う、うぐぅぅ……!!」
お、おいおい――何そこで震えてんだよ委員長?
お前ならもっとズバっと言ってやれるだろ、ズバっと!!
「あ、あの~。御剣さんたちに聞きたいんだけどー……」
「どうした珠瀬? 遠慮なく申すがよいぞ」
「ミキ、パパの道場を継がなくちゃだから、家に弓道場があると嬉しいな~って思うんだけど……例えばそういうのも用意して貰えたりするのかなー、って」
たまのその疑問には悠陽が答えた。
「ご心配には及びませぬよ珠瀬様。家督を継ぐ立場は我らとて同じ。ならば珠瀬様のお家に対する気持ちも汲んで然るべし、というものです。道場の建設から用具一式の調達、果ては門下生の募集に至るまで御剣の名にかけ、何なりとご希望に沿いましょう」
「良かったー! それなら安心だね~」
何がどう安心なんだ、たま? オレにゃあサッパリ解らんぞ!
そんなんでお前のパパが許してくれんのか!? あのたまコンひげオヤジが!!
「あ、けどボクは時々旅に出掛けたいかな~。それは別に構わないよね?」
「無論だ。そなたたちの自由や生活に何らの制約を科すものでないということは、この場で確約しよう」
あ、あが~~。なんかオレ不在のまま勝手に話が進んでいってる気がする。ここは一旦どうにかして、この流れを断ち切らねえと!
「まぁったく、みんな冗談キッツいぜぇー。なあ純夏ぁ? お前だってこんな話、バカバカしいって思うだろ?」
「……まあ、冥夜たちが今朝タケルちゃんの部屋に居たときから、何となくこうなるんじゃないかって気はしてたよ」
「ホントだよなあ! ほら純夏、お前がイヤだったらイヤだって言ってくれて良いんだぞ! どっちにしろオレが愛するのは純夏だけだし!!」
純夏は、純夏だけはきっと、オレの味方で居てくれるはずだ!
そう思っていたのに何故かそこで、純夏は深々と溜め息を吐いた。まるで何かを諦めた……いや、納得したかのように。
「――良いんじゃない?」
「へ?」
純夏から返ってきたのは、あまりにも意外過ぎる答えだった。
「ゴメン純夏。何だって?」
「だから、良いんじゃないかな。重婚するかどうかは別にしても、とりあえず希望する人は一度みんな一緒に暮らしてみて、それから考えるってので」
「な、なななんで、おま、そそそんな、」
「しょうがないよ。……だって私たち全員、教え合った仲だし」
そう呟き、純夏は皆と視線を合わせ頷き合う。ナニ、ソレ、ドユコト?
「冥夜も悠陽さんも、それで良いよね?」
「構わぬ。どのみち皆にはその前提で邸宅や設備を提供するつもりでおったのだ。足りぬものがあれば遠慮なく申し付けてくれて良いし、断るならばそれもまた良し。いかに国の免状を得てあるとは言え実際に籍を入れるかどうか、決めるのは当人同士だからな」
「冥夜の申す通り、一切の気兼ねは不要にございます。まずは皆での同棲生活を送り、それから各々身の振り方を考えていただいても良いのです。尤も、わたくしと冥夜は終生武様と添い遂げる覚悟でおりますが」
「……ふーん。そういうことならその話、私が一番に乗っちゃおうかな」
「おいマジかよっ!? こういうのはもうちょっと良く考えて――、って柏木ィ!!?」
振り返ったその先には学園時代の元同級生、柏木
「聞いてたの柏木さん!?」
「やっほー鑑さん。向こうから御剣さんたちがいるのが見えたもんだから、ちょっと挨拶しようって思って来てみたんだけどねー」
そう言えばコイツもエスカレーター組だっけ。オレはまだちょっとだけ動揺しながら、柏木のことを盗み見る。柏木はそんなオレを見るなり、ニヤリと妖しい笑みを浮かべた。
「何だか面白そうなハナシしてるじゃない。要は白銀くんさえ気が向けば誰とでも結婚できちゃう、ってことでしょ? だったら私、立候補しちゃおうかなーって」
「お、お前意味分かってんのか!? 単に御剣家のゴージャスな暮らしぶりが堪能できるって話じゃねえぞ! オレと柏木がその、け、結婚するってコトなんだぞ!?」
「もちろん分かってるって。そういう白銀くんこそ、私と結婚するの……イヤ?」
「イヤって、んなこと言ってんじゃなくてだな、」
「あー! タケルちゃん今、ちょっぴり柏木さんに心動かされたなー!?」
「まっ待て純夏! それは誤解だッ!!」
「えー。やっぱ白銀くんは私に、女の魅力なんて感じてないんだあ……」
「だ、だからソレとコレとは別の話で……」
「別じゃないよう! タケルちゃんってばほんっと、ユージューフダン!!」
「だあああ! ややこしくなるからお前は黙ってろ!!」
建前として必死に声を荒げては見せたものの、本当は誤解とも言い切れなかった。
スラリとした高身長。意外と美人系の顔立ち。バスケで鍛えられたお陰なのか、均整の取れた肉付きはかなり良好なプロポーションを形成している。そこへ加えて開けっぴろげで親しみやすい性格。なのに時おり見せる女らしさ。こんな女をモノにしてみたいと思わないヤツは男じゃない。世の男子の大半がそう思うであろうだけの魅力を柏木は有していた。
おまけに『夢』にも出てきたせいなのか、柏木を見る時のオレは他の連中に対するそれと同様、どうしても何かを意識してしまう。
「あはは、ウソウソ! 今のはちょっと白銀くんをからかっただけ。あ、でも立候補はするよ。……だって私、白銀くんのこと大好きだし」
「――な、何ぃぃッ!!?」
「おおお~~ッ!!!」
場は一瞬で騒然となった。純夏や委員長たちも、傍でやり取りを聞いていただけの群衆も、吃驚の顔つきでオレと柏木に視線を注ぐ。
あっさりと告白してみせた当の柏木はしかし、言葉の軽さに反して頬をうっすらと紅色に染め、まるで良い返事を期待するかのようにもじもじしながらこっちを見ていた。
今の今まで柏木流のジョークだとばかり思ってたのに、これって、この感じって。柏木、まさか……まさかお前、本気なのか!?
「さーて、私は言っちゃったよ。他のみんなはどうする?」
「さすが柏木。その度胸と積極性、やはりそなたは私の見込んだ通りの女子だ。こうまで見事に機先を制されたからには、他の者も黙ってはおれぬなあ?」
他の連中を焚きつけるように、冥夜がしたり顔を覗かせる。っていうか、純夏たちが柏木の唐突な告白劇に驚きこそすれ、あまり動揺してないように見えるのはオレだけか?
あまりの異常事態の連続にオレもみんなも、冷静な思考力を失ってんじゃねえのか。この時はまだ、そんな風に考えていた。
「わ、私もーっ……たた、たけるさんのことが、すすすすす好きですッ! だから、り、立候補します~~!」
「たまァ!!?」
「ボクだって負けてられないね。冥夜さん、ボクも立候補する! だってタケルのこと、ボクがいっちばん好きだからね」
たま、そして美琴が顔を赤らめながら挙手をする。二人とも完璧に柏木の行動にあてられている。オレにはそう見えた。
「……私も」
「彩峰お前もか!?」
「白銀。あいしてる」
「そーゆーのはせめて、もうちょっと情緒的な場面でそれっぽく言ってくれ! 今のは面白がってるようにしか聞こえねえぞ!!」
ポ。とわざとらしく口にしながら彩峰が体をこっちに寄せてきた。腕に押し付けられる、たっぷり豊満な彩峰のバスト。その見事なまでの感触に、オレの思考は一瞬で沸騰寸前になってしまう。
「私を選んでくれたら、毎晩挟んだげる」
「は、挟むって、何が何をッ!?」
「言わせないで。恥ずい」
「だったら最初っから言うんじゃねえっ!」
「今のはジョーダン。……でも好きに触っていいよ。白銀がお望みなら、ホントに挟んだげる」
「んな――ッ、と、とにかく胸をグイグイ押し付けんな! 頼むから一旦離れてくれぇッ!!」
コイツ、どこまで本気かマジで分かんねえ。腕を挟み込む重厚な肉感に手を伸ばしたくなるのを必死の形相で堪えながら、オレはどうにか彩峰を引き剥がすことに成功した。
「彩峰もなかなかやるな。これで残るは榊だけ、か。そなたは如何するのだ? 迷ってばかりでは彩峰の申す通り、機を逸するぞ」
「後からの申し出も受け付けは致しますが、しかし『時は金なり』とも申します。わたくし共はあくまで武様に選んでいただく立場。先に名乗りを上げた者との差は埋めがたく、時にそれが決定打となることも往々にしてあるものですよ」
「やめなよぉ御剣シスターズ、ガサツな私なんかと違って榊さんは繊細なんだから。そんな簡単に踏ん切りなんて付けらんないって」
「そうですよー、晴子ちゃんの言う通り」
「だけど、そうこうしてるうちにボクがタケルを射止めちゃうかもだけどね」
「ぐぬぬぬぬ……」
みんなして煽るもんだから、委員長の顔はもう真っ赤っかになっている。
本当にもうやめてやれよ。コイツは冗談の通じねえタイプなんだ。ある意味この中で一番ってぐらい、いざキレたら何しでかすか分かんねえぞ。
「どうするの、イイ子ちゃん」
彩峰のその一言は、委員長にとってのトドメ、もしくは最後の起爆剤になったようだ。ブツンと何かがはち切れる音が、その時オレには確かに聞こえた。
「――もういいわよっ! 私も立候補する! 言っとくけどこれは重婚だ何だってふしだらなことばかり言ってるあなたたちを監視するためなんだからねっ!! 私はそんな、ハ、ハ、ハーレムみたいなことしないんだから。くれぐれも勘違いしないこと! いいわね白銀くんッッ!!」
「ちょっと待てよ! これ全部オレのせい!? オレ何にもしてねえって!!」
「まあまあ、いいじゃんタケルちゃん」
だから純夏、何でお前さっきからそんな大らかにしてんだよ!?
これを認めたらお前、オレが他の女どもと重婚しちゃったり、あんなことやこんなことしちゃうかも知れないんだぞ。
お前だけのオレじゃなくなっちゃうかも知れないんだぞ。
お前こそ連中に言ってやるべきだろ、『そんなの絶対認めな~~~いッ!!』って!
「そこはちょっぴり妬けちゃうけどさ。でも私、信じてるもん。タケルちゃんはきちんと私のことを一番に愛してくれる、って」
何故か純夏は笑顔でそんなことを言う。まるでこの事態を、拒絶どころか歓迎すらしてるみたいに。
「でも一応みんなに言っとくよ。最初にタケルちゃんに選んでもらった身として私、ゼ~~ッタイ負けないからね!」
高らかに宣言した純夏の顔つきは、いつになく自信に満ち溢れていた。「おおー、さすが正妻!」という喝采がどこかから漏れ聞こえる。
「その意気です鑑様。わたくしも正々堂々、鑑様と正妻の座を競う所存にございます」
「御剣の者としてこの勝負、是が非でも負けるわけにはゆかぬ。純夏とは生涯を掛けて存分に矛を交えるつもりゆえ、覚悟するが良い」
「そっちこそ覚悟しなよ~、御剣シスターズ。返り討ちにしちゃうんだからねっ」
言ってることは相当に修羅場案件な筈なのに、純夏たち三人は何でか妙に活き活きとしている。その理由がオレには全く理解できない。
「私は認めないわよ! 白銀くんにはちゃんとその、ひとりの人を選んでもらうんだからっ」
「選んで欲しいのは『ひとり』じゃなくて『自分』なクセに。榊はいつまで経ってもあまのじゃくなお子様ですよ」
「彩峰さんうるさいッ!!」
「私はみんなと一緒でも全然ヘーキ。私が一番に白銀を満足させるから。……特に夜の営みで」
「い、営みって、アナタねえ……ッ」
「まーまー二人とも。これから一緒に暮らすことになるんだし、今からケンカじゃ身が持たないよ? もっとリラックスして行こうって。長丁場の戦いになるんだしさぁ」
「全くだ。そなたらも柏木の姿勢を、少しは見習うがよい」
「あ、あの~たけるさん。もしね、もしミキとの間に子供が出来たら、その子に珠瀬流弓道、継がせてもいいかなー?」
「あはは、気が早いよ壬姫さん! でももしタケルと結婚して女の子が生まれたら、ボクは父さんみたいな逞しい子に育てたいなあ」
「美琴ちゃん、そこは男の子だったら、じゃないのー?」
「細かいことはいいじゃない。ボクはタケルとの子供だったら男でも女でも、どっちでもいいけどね。冥夜さんたちはどんな子がいい?」
「私ならば、そうだな。一度誓った約束を必ず果たす、強き意志と気概を備えた男児を設けたいものだ。まさしくタケルのようにな」
「冥夜らしいですね。わたくしも武様に似て、優しくも強い子を授かりたいと存じます。さて名前は如何いたしましょう?」
話題が結婚から子供の話にシフトし出した。コイツら話が一足飛び過ぎる。そもそも重婚云々の話からして、当のオレがまだ未承認なんだぞ!
「ちょっとあなたたち! 私たちまだ大学生なのよッ!? それなのにその、こ、子供の話なんて、はしたないじゃないっ」
「はしたなくない、みんな榊と違ってオトナだから。夫婦ならそういうコトするのも普通」
「ぬ。……彩峰さんのオトナの定義がおかしいだけなんじゃないの?」
「ちなみに白銀。来週の土日辺り、私アブナイ日」
「生々しい話はやめなさいッッ!!」
「私の希望は白銀みたく、かわいくてイヌっぽい子。榊は?」
「えぅ!!? あ、その……わ、私は、誠実で、しっかりしてるけど融通も利いて、ちゃんと周りの人たちを気遣ってあげられる子……かな」
「榊さん榊さん。それってすごく榊さんとタケルちゃんの子供、って感じするよ?」
「ちょ、鑑さんっ。別に私はそういうつもりで言ったんじゃ、」
「照れなくてもいいってー♪ 夢が実現するように、お互い一緒にガンバろうねっ」
「あ……うん。えと、その。これからもよろしく、鑑さん」
二人が固い握手を交わす。実に美しきかな女同士の友情……なのか、コレは?
「さて、そうと決まれば社にも報せねばな。あの者も我らが同胞、仲間外れになどは出来ぬ」
「さっすが冥夜、わかってるぅ! ――あ、居た居たっ。霞ちゃ~んっ!」
やりやがった。ついにコイツら霞まで巻き込んじまった。
この時点でもう、オレの理性は臨界にまで達しつつあった。
「けど社さんって結婚できる歳なのかな? 飛び級だよね、あの子」
「なに、柏木の心配には及ばぬ。時が来るまでの間は社も我らと共に過ごせば良い。同棲するのに法は関係無いのだし、それにあの者ならば必ずや、それを望むであろうからな」
「何より肝要なのは皆で一つ屋根の下に暮らすこと。全てはそれからにございます」
「だよねだよねっ。なんか私、ワクワクしてきちゃったよ。ね、タケルちゃんもそれで良いよね?」
「お、お前ら………………ッッ、」
「――――もう勝手にしろ~~~~ッ!!!!!」
――……これが……
――……これが、純夏さんの意志によって紡がれた世界なんですね
――……ありがとうございます
――……誰にも分け隔てのない、誰も分け隔てをしない、
――……絆によって結ばれた皆さんと共に生きる、平和な世界……
――……
――……そこに私を居させてくれて、ありがとうございます
――……私のいちばんたいせつな人……純夏さん。
――……そして、私をその中の一人に選んでくれて、
――……『女』としての、『母』としての喜びを私に与えてくれて……
――……ありがとうございます
――……私のいちばんだいすきな人……タケルさん。
――……皆さんが、私のだいすきでたいせつな皆さんが、
――……ずっとずっと
――……いつまでも、幸せでありますように。