第1話
「夢?」
「ああ、それもここんとこ毎日、同じヤツ」
朝食の席、オレは対面に座る純夏とそんなやくたいも無い会話を交わしていた。
卒業式が終わって大学入学までの春休み中、純夏は毎日オレの家に来ては朝昼晩と三食を用意してくれている。以前は
以来、オレの食事を用意する役目は半ば自動的に、というか本人の強い希望もあって純夏が受け持つことになったってワケだ。
「ちょっと前にもなんか似たようなこと言ってたね、ソレ」
「まあな。――おかわり」
「ハイハイ」
オレの差し出した茶碗に純夏がペタペタとご飯をよそい、こちらへ寄越す。それを受け取ってオレはほかほかの白米へ味付け海苔を載せた。
今朝のメニューは目玉焼きにご飯とみそ汁、他に漬け物などおかず数点――とまあ、いたってオーソドックスな和朝食。特別なものは何も無い。でも、そういうものを素直にありがたいと思える気持ちが今のオレにはある。
「前はもっとボンヤリした感じだったんだけどな。最近のはやけにクッキリしてて」
「へええ」
「しかも起きた後も、夢の内容をやたら具体的に覚えてんだよ。まあ、毎日見てるせいかもだけど」
「それってどんな内容?」
みそ汁のお椀に口を付けながら純夏がそう尋ねた。どんな内容……か。あんまメシの席でするような話じゃないかも知れないが、まあどうせ夢なんだし、さして気にすることでもないか。
「えっとな、まずオレがいつも通り朝起きるところからなんだが――」
かいつまんで話をすると、こんな感じだ。
ある朝目覚めたオレは、自分の家以外の全てがボロボロになった現実そっくりな異世界へと飛ばされていた。そこは現実と違い宇宙人の侵略を受けていて、人類は滅亡の危機に瀕していた。
宇宙人、っていうのも正確じゃない気がする。とにかく意味不明なバケモンだらけの世界。そこに純夏は居なかった。別の場所に居たとかじゃなくて、存在自体が無かったんだ。
当の純夏にしてみりゃ仲間外れにされた気分なんだろうけど、オレとしてはあんな世界に純夏が居なくて良かったと思っていた……んだけどな、途中までは。
ともあれ、そんな世界にいきなり立たされたオレは当初、それこそ夢心地ですっかり浮かれちまってた。非日常への憧れってヤツなのだろう。
辺り一面廃墟だらけで人っ子一人居やしない。そんな街並みをウキウキしながらあちこち探検して、ふと思いついて学校に行ってみたら、そこも学校じゃなく軍隊の基地と変わり果てていた。
そこで兵隊どもに捕まって、牢屋にぶち込まれて。でもそのお陰でようやく知り合いに巡り合えたオレは、とにかく必死で生き残ることだけを考えた。
宇宙人と戦うための軍隊に入り、厳しくも温かい仲間に支えられ、苦しい試練をいくつも乗り越えて。
そうやって少しずつ『その世界』に慣れ始めたその時、大きな絶望がオレを襲った。それが何だったのかとかその後どうなったとか、細かいことは良く分からない。
とにかくオレたちにとって、人類にとって、どうしようも無いほど絶望的な状況だったのは確かだ。
次に気付いたとき、オレはまたも同じ世界にいて、しかも前回と全く同じ時間と場所で目を覚ました。どうしてそうなってんのかは相変わらずサッパリだったが、今回は浮かれたりはしなかった。
あんな絶望感を味わわされるのはもうたくさんだ。今度こそ絶対に人類を救ってやる。
そんな気持ちでオレは再び巡り合った仲間たちと力を合わせ、前回同様に数々の試練を乗り越えていった。順調で、楽しかった。
けどそんなオレの鼻っ柱をへし折るようなことが何度も立て続けに起こって、あまつさえ尊敬していた人を喪うような事態まで起きて。
――その果てに何もかも投げ出して、オレはそこから逃げた。あまりにも絶望的であまりにも狂いまくった世界に、オレの方が狂っちまいそうになったんだ。
逃げ込んだ先には『元の世界』と同じような安息の日々があった。
そこには純夏も居た。これで何もかも元通りの筈だった。けどオレの心が安らぐことは無かった。オレ自身、もうとっくに『あの世界』に染まっちまってたんだ。
平和ボケした連中の言葉や態度がいちいち癇に障った。逃げ出したことを咎められてるような心地でさえあった。周りの連中にも散々「様子がおかしい」なんて言われてさ。オレの居場所なんてもうどこにも無いのか、とさえ思った。
でも色んな人たちの優しさに触れるうちに、ボロボロだったオレの心は少しずつ癒されていって。
ここでゆっくりやり直していこう。
ようやくそう思えるようになったその矢先、『あの世界』で起こったのとそっくり同じ、いや、それ以上の悲劇がオレを襲った。それは今まで味わったどんな事よりも堪え難くて、何よりも辛いものだった。
完全に打ちのめされドン底まで絶望を味わわされたオレは、いっそ死のうとまで考えた。
けどオレは――いやオレたちはその先に、全てを是正できるかも知れない「一縷の望み」を見出した。これもハッキリとは憶えてないが、それはオレにしか出来ないことだった。
だからオレは、どんなに辛くてしんどい事が待っているのだとしても、今まで以上の悲劇を繰り返すことになるかも知れなくても……それでも『そこ』へ戻ることを決意したんだ。
「――そこからはどうなるの?」
朝食もとっくに済ませたオレたちは、純夏の淹れてくれたお茶をすすりながら話の続きをしていた。
「驚くなよ? 戻ってきたオレは何と、そこで純夏と再会することが出来たんだ」
「ふぇ? だって私『その世界』には居なかったって、タケルちゃんさっき言ってたよ?」
「まあ聞けって。居ないと思ってたのはオレの勘違いっつうか、そう思い込んでただけでな。『実は居た』ってことが、その時やっと判明したんだよ」
「ふぅん。でもそれなら私、それまで何処にいたんだろ」
「それは――まあ、思いがけないところに居たって感じだ」
オレが言葉を濁したのをどう思ったか、純夏は少し怪訝そうな顔をした。
そう、オレが気付いていなかっただけで、実は『あの世界』でも純夏とは何度も会っていたんだ。基地の一角、薄暗い部屋に置かれたシリンダー内にぷかぷかと浮かぶ人間の脳髄。それが『あの世界』の純夏だった――なーんて、我ながら悪趣味な夢だよな。もちろんそんなグロい話、純夏にするつもりはさらさら無い。
「それでそれで?」
「その時の純夏は色々あってちょっとした錯乱状態でさ。どうにかしねえとって思って、あの手この手を使って純夏を元に戻そうと、オレと
「霞って、あの霞ちゃん?」
「そうそう、一時期お前ん家に居候してた
「タケルちゃんの夢の話なんか、私に分かるわけないよ」
とその時、純夏がはたと何かに気付くようなそぶりを見せたと思ったら「う~~~」と唇を尖らせオレを睨みつけてきた。
「何だよ」
「……ひょっとしてタケルちゃん、ホントは霞ちゃんのことが気になってるとか」
気になってる、という純夏の言い回しにはほんの僅か、嫉妬に似た感情が混じっていた。
「無えよ」
「だって夢に出てくるぐらいじゃん。意識してなかったらそういうコトって無いんじゃないの?」
こういう時の純夏はやけにしつこくて、誤解を解くのには毎回苦労させられるんだよな。
それにしても霞、か。アイツもちょっと不思議な奴だ。転校初日にいきなりオレの目の前で泣き出したり、寡黙で物静かなのに意外なところで積極的だったり。それにオレもオレで霞とは初対面だったハズなのに、以前にもどこかで会ったことがあるような……そんな気持ちを抱いたりもしたっけ。
っと、話が逸れちまった。今はそんなことどうでも良い。
「急に黙り込んじゃって、怪し~~。もしかして図星ぃ?」
「バカ言うな。大体、夢に出てくるのは霞だけじゃない。他の連中もだ」
「他の連中? それってクラスのみんなってこと?」
「ああ」
そうなんだ。不思議なことに、夢に出てくるのは皆オレや純夏の知ってるヤツらばかり。まあ所詮はオレの夢なんだし、見ず知らずの他人が出てくることの方が珍しいんだろうけど。
「まず
「ほえぇ~、
「ああ。それも大真面目に、だ」
香月夕呼。我が母校……にもうすぐなる予定の
でも夢の中の夕呼先生は、紛れも無く天才と呼ぶべき人だった。それだけじゃない。凛々しく、老獪で、冷酷。そんな夕呼先生の姿を拝めるのは、ある意味あの夢の中だけかも知れないな。
「それでそれで、
「まりもちゃんはオレたちの教官やってんだけど、現実と違ってメチャクチャ厳しいんだ。生徒思いだったりとか本質的なところは変わらないんだけど、言葉遣いからして『いかにも鬼教官』って感じだし。軍隊だからしょうがないとは言え、オレも最初の頃はスゲー怒られてさ」
「厳しいのはともかく、タケルちゃんが神宮司先生にいっつも怒られてる、ってトコは現実と変わらないよねー」
「――何だとぅ!?」
すかさずオレは『スパーン』と純夏の頭をブッ叩いてやった。「あ痛たーっ!」と純夏が叫ぶ。ざまあみやがれ、オレをバカにした報いってヤツだ。
「ひどいよぉタケルちゃん! そんな強く叩いたらバカになっちゃうだろ!」
「これ以上バカになりようがないから安心しろ」
「なんてコト言うんだよぉ~、もおっ!」
ぶんむくれる純夏をよそに、オレは内心ホッとしていた。これ以上まりもちゃんの事に触れれば話は必ず悲劇的な結末に行き着いてしまう。そんな惨たらしい話、コイツにはするべきじゃない。正直オレも良く覚えてはいないんだが、夢の中でまりもちゃんが『二度も』死んでしまったのだけは何故か、まるで本当にあった事みたいにハッキリと覚えている。
「そうそう、他にも現実とは全然違うって人も何人かいてさ。例えば月詠さん。現実じゃあんな優しくて穏やかだけど、夢ん中じゃすげえキツい感じで。特にオレは嫌われてるっつうか、何かと敵視されてたんだよな」
「ふーん。どうしてだったの?」
「それは良く分かんねえ。まあ夢なんだし、特に気にするところでも無いだろ」
「それもそっか」
ずず、と同時に湯飲みを傾け、純夏とオレは一旦喉を潤す。
ちなみに今言ったことは本当だ。やけに鮮明で時系列がハッキリした夢ではあるんだが、細かい部分は霧が掛かったようにおぼろげになっていて、何がどうしてそうなったとかの筋立ては支離滅裂だったりする。
ただ一つだけ言えるのは、例えば月詠さんがそんな態度をオレに取っていたのも何かしら納得のいく理由があった……ってことだけだ。
「でも一緒に戦うと月詠さん、すげえ頼もしくてさ。あとついでに三バカも。オレら全員、絶体絶命の状況を何度も助けてもらったりするんだよ」
「戦うって、タケルちゃんたちはそんなバケモノとどうやって戦ってたの? こう、剣とか銃とかで?」
バキューン、と指鉄砲を構えた純夏が口で効果音を鳴らす。
「そうだけど生身じゃなくて、でかいロボットに乗って戦うんだ。夢ん中じゃ『戦術機』って呼ばれてんだけどな」
「ロボットぉ?」
「ああそうだ。バルジャーノンみたいなやつ。それに乗って何十メートルもあるようなでかいバケモノ共と戦う、ってワケだ」
「はぁ~。バルジャーノンねえ」
溜め息を漏らした純夏から少し呆れたような気配が漂う。それまでのシリアスな話からいきなりゲームじみたものが出てきたせいで、一気に内容が陳腐になったと感じてるんだろう。バルジャーノンのやり過ぎ、って言われたってしょうがないよな。
まあ別にいいさ。オレだってそのお陰で自分の見ているものが夢だと割り切れているぐらいなんだ。個人的にはバルジャーノンよりも戦術機の方が実用重視、ってデザインでカッコイイと思うんだが。
「……で、夢には他にもいろんな人が出てくる。教職員の交換留学制度で去年
「柏木さんもなの?」
「ああ。みんな強くて頼もしくて、一緒に戦ったりもして。誰も彼も尊敬に値する人たちばかりだった。……でも、戦争が当たり前みたいな世界だから、みんなやられちまって」
「…………」
話の重さを感じてか、純夏が黙って茶をすする。オレも一つ一つの場面を思い返す度、胸に渦巻くものを感じて声の調子が落ちてしまう。
「けどそれを乗り越えて、ちょっとずつ強くなっていって。そのうちに純夏もすっかり元通りんなってさ。お前も一緒に戦うことになって。そうしてオレたちは遂に、宇宙人どもの親玉がいるところへ乗り込むんだ」
「そこでタケルちゃんが親玉をやっつけるんだね。『ウルターメン』みたいに」
「……それが、夢はいっつもそこで終わっちまうんだよ」
「えぇー!! そこまで来てオチなし!?」
「しょうがねえだろ。所詮は夢なんだし」
すっかり呆れ顔の純夏にぼやきを返しつつ、オレは夢の内容を振り返った。
そう。何故かいつも同じところで夢は途切れてしまう。そこには冥夜がいて、オレや霞や純夏がいて。だけどそいつらの姿は見えない。冥夜が何かを叫んで、視界が真っ白になって、どこからか霞の声が聞こえてきて――その後は、何も分からない。
戦いに勝ったのか、負けたのか。
みんながどうなったのか。
純夏が、オレが、生きてあの場所から戻れたのか。
その答えを夢が教えてくれることは無くて……だけど目覚めた時どうしてかいつも、オレは涙を流しているんだ。だから戦いの結末は、あの夢の先にあるものは、きっとハッピーエンドでは無いのだろう。
「とまあ、こんな荒唐無稽な夢なんだ。どうだ純夏、お前はこの夢からオレの心理状態をどう分析する?」
「どうもこうも、タケルちゃんは昔っから危ない子だよ」
「――フザけたこと言ってんのはこの口かぁッ!?」
「あ痛たーーーーっっ!!!」
スパァァァン! とオレの平手がいっそう景気良く純夏の頭を撥ねる。うむ、くり抜いたカボチャを叩いた時のような好感触。やはり純夏はこうでなくちゃ。
「なにすんのさっ!!」
「お前がオレをバカにするからだろッ!」
「バカになんかしてないでしょー。私はありのままを言っただけ!」
「それがバカにしてるって言うんだよバーカ!」
「なんだよぉっ! タケルちゃんこそバカのくせに、バカバカバーカッ!」
「うるせぇッ! オレがバカならお前なんか十の三十七乗バカだっての!」
「ならタケルちゃんはバカ一億万倍のアルティメットバカだよッ!!」
それどっちのケタが上か分かって言ってんのか? ったく、こういうところがバカだってんだよな。
「――って、あっ、もうこんな時間? こんなことしてる場合じゃないよ!」
やにわに席を立ち、そして純夏が「早く早く」と急かし始めた。
「あ? お、おい何だよ突然。ちょ、やめろって純夏、うわっ」
ぐいと腕を引っ張られ、腰の浮いたオレは危うく椅子から落ちそうになってしまう。
「危ねえなー。何だよ、どうしたってんだ急に」
「忘れたの? 今日は学校に行く日って約束してたじゃない、みんなといっしょに」
「あ? ……ああ、」
そこまで言われて思い出した。そう、明日からは四月。オレたちは白陵大の学生となる。つまり学籍上、三年間を過ごした白陵学園の高等部とはこれでお別れってことだ。
とは言えみんな揃って白陵大に進学するので会えなくなるワケでも無いんだが、アイツらとはただのクラスメイト以上に濃密な時間を共有してきた、そういう間柄だった。それに同じ大学であっても学部が違えば日常的につるむ機会は随分減るに違いない。だからその前に一度みんなで会っておこう――その約束の日が今日、というワケだ。
「ほぉら、タケルちゃんも早く支度して~っ」
「いててっ。そんな慌てんなよ、集合の時間には余裕あるだろ?」
「だってもうみんな来てるかもだし。遅刻したらタイヘンだよ」
「あのなぁ。オレたちもう卒業したんだし、遅刻とか無いだろ。何だったら待たしときゃ良いっての」
「そんなのダメ! さあー、とっとと着替えてタケルちゃん。出かける準備するの!」
「やーれやれ……」
朝はもうちょっとゆったり過ごしたい。けどこのモードになった純夏相手に抵抗するのは悪手ってもんだ。重い腰を上げたオレは渋々と、支度のために自室へ向かった。