「――久々に登ると、この坂、けっこう堪えるな」
「なにジジくさいこと言ってんのっ。ほらほら早く!」
口では人のことをけなしながら、それでもどこか嬉々として、純夏が急勾配の坂をどんどん登っていく。それを後追いするオレの額にはじんわりと汗が滲んでいた。
本日はお日柄も良く、雲の少ない晴天には季節を一足飛びにしてカンカンに照る太陽が、これまた遠慮無しに地上目掛けて強烈な日射しを注いでやがる。実に忌々しいぜ。カレンダー上ではまだ三月だし……なんて考えてTシャツの上にパーカーを羽織ってきたのが完全に仇となった。脱げば寒く、着れば暑い。お陰でシャツはもう汗でびっちょりだ。
事を済ませて家に帰ったら速攻でシャワーを浴びたい。うん、是非ともそうしよう。そんな風に心でぼやきつつも歩みを進めると、やがて坂の向こうに見慣れた白い建物が顔を覗かせる。
つい三週間ばかし前までオレはあそこの生徒であり、そこで過ごす変わり映えのない毎日がオレたちの日常だった。それも今は過ぎ去りし日々。明日からは完全にオレたちの居場所ではなくなってしまう、ってワケだ。感傷とは呼べないかも知れないが、何となく物思いに耽ってしまうのも、あの日々がそれなりに色濃く楽しいものだったからなんだろうな。
「うわ~、全然人いないね」
「だな」
正門前の前庭やグラウンドに人影はまばらだった。それも無理はない。春休みど真ん中の本日、こうして学校に来るのはオレたちみたいな物好きか、部活のために登校してる後輩共ぐらいのもんだ。
とりわけオレや純夏みたいに部活に所属してなかった人間からしてみれば、休み中の学校なんて光景はそうそう拝む機会も無かったしな。そんなオレらがこういう反応を示すのもある意味仕方の無いことだろう。
「もうみんな来てるかな」
「約束の一時間前だぞ? そんな早く来てるヤツ、居るわけないって」
「分かんないよ。
「あー、まあ委員長ならあり得なくも無いな」
純夏の意見にオレも得心する。
榊
「ほらっ、早く行こ行こタケルちゃん!」
「いでででっ。だから腕を引っ張るな腕を! もげたらどうすんだよ」
「もげるわけないでしょ、タケルちゃんなんだから」
ぎゅぅ、と純夏がオレの腕を胸元へと抱き寄せ、その体勢のままズリズリと引っ張ろうとする。それにオレは大いに抵抗した。もちろん本気で痛いわけじゃない。だがその、胸の感触がダイレクトに腕へ伝わるこの体勢は、主観的にも客観的にも大変よろしくない。
「いいから、とにかく離せって」
「だーめ! 離したらタケルちゃん、すぐどっか行っちゃうんだもん」
「行かねーって。とにかくこんなとこ、誰かに見られでもしたらマズいだろ」
「マズいって何がだよぅ」
「だから、お前がオレにその、胸を押し付けてるのがっ」
「え? ……あ、あっ――!」
やむを得ずそう告げたことで純夏もようやく気付いたらしい。急に頬を赤らめ、オレの腕をパッと解放してくれた。
「ご、ごめん。その、つい、いつものノリで」
「いや、まあ何だ。別にオレだって、イヤとかそういうんじゃ無いし」
どことなくぎこちない感じになってしまい、あはは、と純夏が恥じらい交じりの苦笑を浮かべた。どうにもこうにもこういう雰囲気はまだまだ慣れねえな、お互い。
そう。オレと純夏は現在付き合っている。もちろん幼馴染みとしてじゃなく、男女の関係として。そのことは周囲にも公然の事実だ。それに純夏が朝から晩までオレと一緒に過ごしているのも、今はもう家が隣同士だからってだけで面倒を見てくれてるワケじゃない。『まだ学生なんだし』ってことで互いに遠慮してる部分もあるが、それでもこの春休み中だけですら、オレと純夏は何度も一緒のベッドで朝を迎えてもいた。
「ほ、ホラッ。とにかく行くぞ。誰も来てなかったらそれはそれで、まりもちゃんトコ行って茶でも飲ましてもらおうぜ」
「……うん」
先を行くオレに一歩分離れて純夏が後をついて来る。と、パーカーの袖がちょんちょんと、純夏の指についばまれた。
「あ、あのね、タケルちゃん」
「どうした?」
「その、学校入るまでで良いから、」
こっちに目を合わせぬままでもじもじと、純夏が何かを言い淀む。
「……手、繋いじゃダメ?」
何だ、そんなことか。オレは返事をする代わりに無言で純夏の手を取る。
「あ、」
「行くぞ」
……うん。純夏は小さく頷き、その指をオレの手に絡めた。
細く小さくすべすべな純夏の手。それをこんなにも愛しいと思うようになったのは、想いを伝え合ったあの日よりもずっと前のような、そんな気がする。
来客用玄関から校舎に上がり、「白陵柊学園」とプリントされたスリッパに履き替える。何しろ今のオレたちは卒業生の身。上履きを含めた私物の類も卒業式までのうちに一切合切持ち帰っちまった。厳密に言えば今日一杯はまだここの生徒なワケだが、まあ一日ぐらい誤差だろ誤差。
「私服だしスリッパだし、何かこうしてると私たち、よその学校来てるみたいだね」
「ああ。まさに部外者、って感じだな」
三年間を過ごした我が学び舎の内観。見慣れてるハズなのに、少しシチュエーションが違うだけでどうにも落ち着かない気分だぜ。それに時おり後輩どもとすれ違う度、そのあどけなさに思わずドキッとさせられちまう。例えるなら今のオレは学校という名の別世界に潜り込んだ異分子。つい先日まではそんな感覚、これっぽっちも抱かなかったんだがな。
「で、集合場所ってどこだっけ?」
「玄関前だけど、もし誰か来てるなら教室か職員室に居るかも」
「よしっ。それじゃまずは教室行ってみるか」
ファイオーファイオー、と活気溢れる運動部の掛け声が方々から響く中、オレと純夏は迷うことなく廊下を進む。三年が使っていた教室棟はまだ下級生の入れ替えも行われてはおらず、在校生が出入りしている様子も見られない。ひっそりとした空気を掻き分けるようにして、オレたちはついこの間まで過ごしていた三年B組の戸口へと辿り着いた。
「どうする、純夏?」
「せっかくだし、中で待ってみようよ。そのうち誰か来るかもだし」
「そうだな」
おじゃましまーす……という気分でそろりと戸を開ける。当たり前ながら、整然と机が並ぶ無人の教室はシンと静まり返っていた。
卒業式での飾り付けや賑わいもバカな同級生どもの笑い声も、ここにはもう何一つとして残っちゃいない。
ホントに卒業しちまったんだな。こうしてると改めて、その事実を痛感させられる。
「黒板も、すっかりきれいになっちゃってるね」
「みんなで一生懸命書いたのにな」
うっすらとチョークの粉が残る黒板を、純夏が少し寂しげに見つめている。担任としてまりもちゃんが送り出す初の卒業生。その自分たち三年B組の全員で、先生を泣かせてやろう……そんな誰かの声で動き出した企みに、案の定まりもちゃんは感極まっていた。
あの日オレたちがここを出るまで確かに残されていた『ありがとうまりもちゃん』の文字。
それを誰が消したのか……なんて考えるのは、ちょっと無粋ってもんか。
「なんかヘンな気分。ついこの間まで私たち、ここで普通に授業受けてたんだよね~」
ひたひたと自分の席へ向かい、感慨深そうに机の表面を指で撫でつけた純夏がゆっくりと椅子へ腰を下ろす。
「いろんなこと、あったよね」
「ああ」
純夏に倣い、オレもオレの席へと向かう。座り慣れた椅子は腰に良く馴染んでいた。こうして机を眺めながら思い出すのは、どれもこれも下らないことばかりだ。
授業中居眠りして教師に怒られたこと。
昼休みにいきなり二人前の弁当を積まれたこと。
純夏が持ち込んだ鍋をみんなで食ったこと。
他にも数え上げればキリがない。返す返すもアホなことばかりやってたもんだ。こんなんで良く無事に卒業出来たよなあと、我ながら感心することしきりだね。
「私はともかくタケルちゃんなんて、いつ落第してもおかしくなかったもんね」
「良く言うぜ。最後の試験でオレに泣きついてきたのは誰だったかな~?」
「わ、私は榊さんとか冥夜に教えてもらったもんっ!」
「んなこと言って、しっかりオレにも聞きに来たくせに」
「んぐぅ……」
純夏が悔しげに顔を歪める。実際純夏の成績はオレとどっこいどっこい、いや贔屓目を抜きにしたらオレより低いぐらいだ。でもそんなコイツでもその気になって努力すれば、ちゃんと結果を出すんだよな……。
「タケルちゃん? どうしたの?」
急に真面目な顔で黙り込んだのを不審がったか、純夏がオレを覗き込んできた。
「や、何でもねえよ」
「ウソ。いま絶対、心の中で私のことバカにしてた」
「してねーって」
「そういう顔してたもん。ホントのこと言わないと、ドリルミルキィパンチだぞッ」
純夏が拳をグーの形に握り締める。頼む、それだけはやめてくれ。そう念じていたところにちょうど運良く、ガラリと戸の開く音がした。
「榊さん!」
純夏はピョコンと椅子から飛び跳ね、戸を開けたその人物――榊千鶴を迎え入れた。
「あら、あなたたち……」
榊、つまり委員長のトレードマークは二つ。膝下まで届くほど長い三つ編みとデカい丸メガネ。前者は珍しく髪を下ろしているので今日は見られないが、後者は今日も委員長の顔の上に鎮座ましている。そのメガネの奥から意外そうな視線をこちらに向ける委員長が、純夏を伴ってオレのところへやって来た。
「どうしたの二人とも? 集合の時間にはまだずいぶん早いけど」
「えへへ……ちょっと気が逸っちゃってさ。タケルちゃんが」
「おい、オレに責任をなすりつけんな」
「相変わらずねえ、あなたたち」
ハア、と委員長は大仰に溜め息をついてみせる。この斜に構えた感じ、そっちだって相変わらずだぜ。
「そういう委員長は?」
「あのね、私はもう委員長でも何でもないのよ。いい加減そう呼ぶのやめてもらえないかしら」
「卒業しても委員長は委員長だよ。少なくともオレん中ではな」
「私も榊さんはいつだって委員長だなーって感じてるよ。カッコいいし、キリってしてるし」
「もう……、勝手にしなさい」
オレたちの揶揄に怒ってるのか照れてるのか、委員長はほんのりと頬を赤くした。
「けどやっぱり榊さん、早めに来てたんだね」
「まあね。せっかく学校来たんだし、ラクロス部の顧問だった先生にごあいさつしようと思って」
「へえ。さすがは委員長」
「バカにしてんの?」
――またコレかよ。オレは内心辟易としてしまう。純夏といい委員長といい、そんなにオレが年中人をバカにしまくってるように見えるってのか? まあ、するときゃするけど。
「だからしてねーって。折り目正しいっつうか、恩義を大事にしてんだなって思っただけ」
「
毒舌ぶりも相変わらずなこって。とは言えこれでも、委員長は以前に比べて随分丸くなったように思う。まあこの半年弱は料理対決だの球技大会だのと色々あったし、オレらとも揉めたり和解したり一緒に旅行行ったりで今まで以上に深く関わることも多かった。あるいはそういう経験が委員長をひと回り成長させたのかもな。
「何? 私の顔なんかジロジロ見て」
「あ、いや……何でもねえよ」
「ムムッ! タケルちゃん、ひょっとして榊さんに――」
「お前が口を挟むとややこしくなるから黙ってろ」
「なにさ~ッ!!」
オレは純夏にクギを刺し、その頭を押さえつける。そんなオレたちの様子を脇で見ていた委員長が「クス、」と小さな吐息をこぼした。
「なんだよ、委員長?」
「別に。あなたたちの関係も相変わらずみたいで何より、って思っただけ」
「ぐ」
まさか委員長にこの手の話題でからかわれる日が来ようとは。オレも純夏も何となくばつが悪くなって、互いにそっぽを向いちまう。
「それで、他のみんなは?」
「まだ来てないな。つーかオレらも今来たばっかだし」
「そう」
恐らくは尋ねる前から分かり切っていたのだろう。委員長は一言そっけなく返事をした後、オレたち同様に自分の使っていた机へ向かい、その板面をするりと手のひらで撫でた。
「……なんだか、感慨深いわね」
「何だよ? 卒業式ならこないだ終わっちまったろ」
「それとはまた別。明日からは私たち、名実共に白陵生じゃなくなっちゃうんだし」
「ふーん。そういうモンかねえ」
「そうだよぉ~タケルちゃん。大学生になったら、今までみたいには行かないんだからね」
「はぁ? 具体的に何がどう今まで通りじゃないんだ?」
「それはぁ、え~っとぉ……」
オレにツッコまれた純夏が途端にしどろもどろになる。バカめ。人にちょっかい掛ける時は相手の反撃に備えて二手三手先を考えておけってんだ。
「例えばそうね。大学ではもしも単位を落としたりしたら、泣き落としでもどうにもならないでしょうね」
「そ、そうそれッ! 私が言いたかったのはそういうコトだよ!」
「なら一番危ういのはお前だな純夏。なんたって万年赤点組のバカだし」
「――レバッ!!」
「ぐぼぁッ!?」
――気が付くとオレは床に倒れ伏していた。横腹がギリギリと激痛を訴えている。
……ヤロウ、不意を打って狙い澄ましたな……!!
「クチの利き方には気を付けようね~、タケルちゃん~」
「……んぐ、ッッ……!!」
やばい。的確に内臓を打ち抜かれたせいで呼吸がままならねえ。純夏に吐いた怨嗟の言葉も、苦痛のせいでせいぜいゾンビのような呻き声にしかならなかった。
「さあさあ榊さん、タケルちゃんなんかほっといて、私たちだけで思い出トークの続きしよっ」
「そうね。どうせ白銀くんならそのうち復活するんでしょうし」
必死にもがくオレを放置して、女子二人はクスクスと笑いを交えつつ思い出話に花を咲かせ始めやがった。チクショー、アイツらいつの間にそこまで呼吸ピッタリになったんだ?
「いろんなことあったよねー」
「賑やか、というより無秩序だったけどね」
「でも私、とっても楽しかったよ!」
「……私も」
ハイハイ、もういいですよっと。
これ見よがしに脇腹を押さえながら寝転がってるのもいいかげん虚しくなってきて、オレはむくりと起き上がる。二人はと言えば歓談しながら顔を綻ばせたり、かと思えば不意に目尻を潤ませたりと、まあ忙しない様相だ。それはやっぱり同じ窓辺で学び合った者同士だから……なんて、ありきたりな理由だけじゃないよな。
「あれ? あれれー?」
とその時、妙に甲高い声が入口の方から聞こえた。その声だけで誰なのかを察したオレは何より先に手元の腕時計へ視線を注ぐ。
集合時間の五分前。そろそろアイツらも来る頃か。
「みんなー? どうしてもう来てるのー?」
「
委員長の声に応じてぴょこぴょこ、と教室に入ってきたのは
ちなみに今日は私服なこともあってか、いつも首元に付けてた――いや付けさせてた大きな鈴はぶら下がっていない。
「よう、たま」
「あっ、たけるさーん!」
こちらを見るなり、たまがにっこり笑顔でトタトタと駆け寄ってくる。
「久しぶりだねー。どうしてたけるさんがこんな早く学校にいるのー?」
「お前ね。さすがのオレだって、こういう時ぐらいはビシっと決めるっての」
「そうなんですかー?」
「そうなんですよぉー」
オレはあえてドヤ顔でたまの言葉を復唱してみせる。
「聞いてよー壬姫ちゃん。タケルちゃんったらね、まだ早いのに『時間に遅れちゃうから早く早く』って焦っちゃってぇー」
「――だからそれはお前だろッ!!」
「あ痛たーーーーっっ!」
オレは間髪入れず純夏の脳天に「ズドム!」とチョップを叩き込んでやった。これはさっきのお返しだ。
「さっき下で、
「ええっ?
委員長が極めて意外そうに声を上げる。まあ彩峰の日頃からの素行を思えば、約束の時間よりも早く来るなんてのは確かに意外ではある。美琴に至ってはそもそも来たこと自体がちょっとした奇跡みたいなもんだ。そんなオレたちの思惑をよそに、うんー、とたまが頷く。
「二人とももうすぐ来ると思うよー。あっ、ホラ!」
たまが指差したと同時にガラリと戸が開く。その言に嘘は無く、やはり鎧衣美琴、そして彩峰慧の二人がそこに立っていた。
「ああっ、タケルー!」
半ば予想通りな美琴のリアクションに対し、彩峰はこの世のものでは無いものを見るような目つきでオレをじっと凝視していた。
「……珍獣発見」
「こらっ。誰が珍獣だ、誰が」
軽口の叩き合いから入るこのやり取りも、ある意味オレと彩峰の間における社交辞令みたいなもんだ。コイツの場合、どこまでが冗談でどこからが本気かイマイチ分からない。まともに相手してもこっちが翻弄されっ放しだからな。彩峰とはこのぐらいの空気感でやり合った方が良いんだ。
「久しぶりだねタケルぅ。背伸びた? 何かもう、三年ぐらい会ってなかった気がするよぉ」
「毎回同じようなこと言ってんな、お前」
ってか三年ぶりの再会って美琴、それ高校在学中に一度もオレと会ってない計算になるぞ? お前の脳みそはタイムパラドックスでも起こしてんのか。
「みんなも久しぶりだね~。この春休みどこか行った? ボクはねえ……」
「あ~ハイハイ。どうせあれだろ? 例の親父さんに拉致られて海外行ってた、とか言うんだろ」
「良く分かったね~。すごいやタケル」
「オレじゃなくても分かるって。毎度毎度同じパターンだし」
オレの一言に、美琴以外の全員がウンウンと大きく頷く。
「それはそうなんだけどさ、今回は簀巻きにされなくて済んだんだよ」
「当たり前だっての! 事あるごとに簀巻きになんぞされてみろ。そのうち海の藻屑だぞ、お前」
「でもね、今回も今回でちょっと危なかったんだ」
ああん? 簀巻きにされて海に投げ込まれる以上に危ないことなんてあるのか?
そんなオレの疑問に、美琴はすぐさま答えをよこした。
「朝起きたらねー、目の前にライオンの群れがいてね」
……は? ライオン?
衝撃的な美琴の告白に、一同の目が点になる。
「雌ライオンが群れで、しかもヨダレ垂らしてこっち見てたもんだから、これはお腹空かしてるってすぐ分かったんだ。目覚めるのがあとちょっとでも遅かったら今頃ライオンの胃袋の中だったかもねぇ、あはは」
「あはは。――じゃねえだろ! どういう状況だよそれは!?」
「中央アフリカのサバンナだよー。野生のライオンなんてそこぐらいしか生息してないからね」
「場所の話じゃねえ。オレが訊いてんのは、何をどうすれば朝目覚めたときにそんなところに居るなんて事態が起こんのかってことだ」
むしろどうやってそっから逃げ延びたんだよ。仮に猟銃持ってたって、一発バキュンと撃ったところでもう片方からガブリとやられてハイ終了、だろ。
「また父さんにやられちゃったんだねえ、きっと」
美琴の呑気な回答に、オレはすっかり脱力させられてしまう。
『父さんのせい』。美琴の場合、それで全ての異常事態に説明がついちまうから余計にタチ悪ぃ。
「でねー、それからが大変だったんだよ。どうにか沿岸部まで辿り着いて、そこからキプロス行きの船に潜り込んでさ」
「まさかの密航ッ!?」
「パスポートもお金も持ってなかったからね。で、そこから貨物船を乗り継いだはいいものの、途中で海賊に襲われたり船が嵐で難破しかけたりしてさ。ホント危ないところだったよ」
話を聞くだに危なさのケタが常識の三段ぐらい斜め上を行ってやがる。さらっと言ってるけどお前それ、一歩間違ってたら二度と生きて日本の土を踏めなかったんじゃないのか?
「確かお前、卒業式にはちゃんと出てたよな。その後アフリカまで飛ばされて、この短期間でよく帰って来れたな」
「領海に入ったのはほんの数時間前だけどね。乗り継ぎ乗り継ぎで何とか日本近海までは来れたんだけど、航路的にグァムを目指してるみたいだったから、そこからは泳いできちゃった」
泳いできた……って、何キロ? コイツの遠泳能力どんだけ??
……あー、もういい。考えれば考えるほど頭痛がいや増すばかりだ。
「しかし美琴はともかく、彩峰がこんなに早く学校来るとはな」
「……意外?」
いつものように斜に構える彩峰が、フッと愉悦の吐息をこぼす。
「意外つうか、ぶっちゃけ来ないかと思ってた」
「白銀じゃあるまいし」
「あ、あのな~」
「私は義理人情に篤いから」
おいおい、今のはひょっとしてツッコミ待ちか?
「……白銀は薄情」
「何だよ。オレだってちゃんと来たろ? 少なくとも薄情ではない」
「じゃあ散歩に連れ出された犬」
「うぐ、」
コンニャロウ……まるで見て来たかのような物言いしやがる。いや、彩峰のことだ。ここに来るまでのオレたちを本当に陰から見ていたとしたっておかしくない。
「鑑の飼い犬」
「やめろッ! オレは犬じゃないッッ!!」
「ちょっとそこ、さっきから何くだらない話してるの?」
オレが悶絶していたところに、委員長が冷ややかな声を浴びせてきた。
「明日から大学生になることだし、いい加減そういうのも卒業したらどうなの。ハァ……」
「……そっちもね」
「何か言った? 彩峰さん」
「自覚の無い人は怖い」
「オイ、そういうことをオレを盾にしながら言うな」
前門の委員長に後門の彩峰、この二人の諍いに巻き込まれるのは勘弁だ。例えそれが以前と比べてだいぶマイルドになったと言ってもな。
「それにしても、これで全員揃ったのかな?」
「そうだね~。あ、でもあと霞ちゃんと
周りをキョロキョロしていた美琴に答える形で、たまが何の気なしにその名を呼ばわった。そしてそれは瞬時に場の全員から言葉を奪い去ってしまう。
「あ……ごめんなさい。ミキ、そんなつもりじゃ……」
うっかり口を滑らせたとばかり、たまはすっかりしょげ返ってしまった。――やれやれ。落ちかけたみんなの空気を持ち直してやろうと、あえてオレは大仰に溜め息をついてみせる。
「だよな。ったくアイツら、普段は人にアレコレと厳しいくせに、肝心な時に欠席しやがってさ」
「……タケルちゃん」
「まあでも、それが――冥夜と