それはあの日のこと。誰を選ぶか、その岐路に他でもないオレ自身が立たされた日。
迷うような時間も与えられず……いや、ギリギリまで答えを出し渋った果てに、オレは純夏を選んだ。
その選択をオレは後悔していない。オレにとって一緒にいるべき相手、それが純夏だった。それだけのことだ。
それがオレの決断だった。結果、冥夜と悠陽はオレの前から姿を消した。
後からアイツらに纏わる色んな話を聞かされて、オレは自分の選択によって失ったものを、その大きさを知った。
言い方を変えれば、アイツらが居なくなってしまったのはオレの選択のせいなんだ。
それでもオレは後悔していない。仮にそうなることを事前に聞かされていたとしても、やっぱりオレは純夏を選んだだろう。
そのぐらい、純夏はオレにとって絶対に失うわけにいかない大切な存在だったから。
だから冥夜も悠陽も今日ここには来ない。それでもひょっとしたら来るんじゃないか。アイツらなら来てくれるんじゃないか。そう思わなかったと言えばウソになる。それはきっと他のみんなもその筈だ。
それは冥夜が、悠陽が、掛けがえのない大事な存在だったから。――とりわけ、純夏にとっては。
「……ハチャメチャだったけど楽しかったな。アイツらが来たあの日から」
「うん……楽しかった」
「あっという間に現れて、私たちみんな引っ掻き回して、あっという間に去っていったわよね」
「何もかも変わったね」
「そうですね~。ミキもあれから随分変わったかも」
「ボクも、かな。御剣さんたちのお陰で、みんなちょっとずつ変わったんだと思う」
「オレもだ。……けど、もうどんなに懐かしがっても、あの毎日は帰って来ないんだよな」
「タケルちゃん……」
そう、オレたちは卒業したんだ。あの日々を。
オレの隣にいつも当たり前のように純夏がいて。
部屋には御剣御殿への直結ドアがついてて。
身の回りの世話を月詠さんがしてくれて。
時々三バカがちょっかい掛けてきて。
毎度のように冥夜や悠陽がとんでもないことをしでかして。
事あるごとに委員長にどやされて。
サボる彩峰に付き合って屋上でひなたぼっこして。
コロコロ懐くたまを愛でて。
ひたすらマイペースな美琴に呆れて。
……そういう毎日が永遠に続くんじゃないかって、心のどこかでそう思っていた。
けどそうじゃないことをオレは思い知った。
変わりたくなくても勝手に変わっていく周囲に、始めのうちは困惑させられたりもした。
だけどそれじゃダメだってことに気付かされて、この手で選ぶことを迫られて。
そうしてオレはオレ自身が変化することを、その選択と責任を、自分で背負ったんだ。
「御剣さんたち、今頃どうしてるかしら」
「さあな。けど冥夜や悠陽ならきっとあの調子でよろしくやってるさ、アイツららしくな」
ここにいるみんなは冥夜たちの、いや御剣家の詳しい事情を知らない。知ってるのはオレと純夏だけだ。だからオレはこういう言い方をする。あの二人ならきっと大丈夫。そう思ってやるのが、アイツらが全身全霊を掛けて好いてくれた――その想いを知りながらそれでも純夏を選んだオレに出来る、たった一つの恩返しなんだから。
「けど不思議な気分だね。ここで毎日過ごしてきたのに、明日からはみんなバラバラになるなんて……ふわぁ~~」
「おいおい美琴、ぶち壊しだぜ~。しんみりしてたところに欠伸なんてよぉ」
ゴメンゴメン、と謝りつつ美琴は目尻に滲んだ涙を指でごしごしと拭う。――ったく。こいつのマイペースぶりはホント相変わらずだな。
「そう言やお前、『日本に辿り着いたのはついさっき』って言ってたな。まさか一晩じゅう泳ぎ通しだったとか?」
「それもあるけどさー」
「いや、あるんかい」
「ここのところヘンな夢ばっかり見ちゃって。……ふああぁ」
「鎧衣さん、また欠伸してるー。もしかして旅行のせいであんまり寝てない?」
「待て純夏。コイツのアレを『旅行』と呼ぶのは、世間一般の旅行者の皆様に大変失礼だ」
「というか、変な夢って? あまりに過酷な環境の連続で、知らないうちにストレス溜まってたとかじゃないの」
多少なり面白がってる雰囲気のオレと純夏に対し、委員長のそれは美琴を心配する色合いが強かった。それもまた委員長らしいっちゃらしいが。
「んー、ストレスなのかな。自分じゃ良く分からないんだけどさ。なんかちょっと違う気もするんだよねぇ」
イマイチ要領を得ない美琴の返答に、委員長だけでなく彩峰やたまも怪訝そうな表情を浮かべたままになっている。まあ当然の反応だよな。美琴の場合、あらゆる意味で規格外と言えなくも無いんだし、さすがの彩峰でも気の利いたボケすら出てこないことだってあるだろう。
……それにしても、夢、か。
オレもここんとこワケ分からん夢見ることが多いし、これもひょっとして新しい環境に飛び込むことへの不安や迷い、みたいなものが意識の中に潜在しているせいなのかも知れない。こういうことに一番縁遠いと思ってた美琴ですらそうなんだし、繊細なオレなら尚更ってもんだよな。
「ぷぷ。『繊細』なんて言葉、白銀には似合わない」
「こら彩峰、そういうことはせめてオレに聞こえないところで言えよ」
「っていうか白銀くんも、思ったことをそのまま口に出すクセやめなさいよ」
「そうだよタケル~。自分で繊細なんて言っちゃうの、恥ずかしいよ~」
「――ぬうッ!?」
例えそうだとしても美琴、繊細の『せ』の字も知らぬお前にだけは言われたくねえ。
「ハイハイ、タケルちゃんはちょっとストップ! ――で、その、私ちょっと気になるんだけど。聞かせてもらってもいいかな? 美琴ちゃんの見た『夢』のこと」
「あー、ミキも純夏ちゃんといっしょで、ちょっとだけ気になる……かも~」
「私も、聞きたい」
「……何だ? みんなして」
純夏に続いてたま、そして彩峰までもが夢の詳細を美琴に求めたことに、オレは少々面食らった。
夢は所詮夢だろ? 他人の夢の話なんて大抵オチも無いし盛り上がりもしないものと相場が決まってる。そんな下らない話、わざわざ掘り下げたところで楽しめるような類のもんじゃないだろ。……なんて、今朝純夏に長々と夢の内容を語らってたオレが言えた義理でも無いが。
皆が妙に真剣な目つきを美琴に向けている。教室内に立ち込めるただならぬ気配。「じゃあ、話すね」と緊張した面持ちで、美琴は前置きを重ねた。
「夢の話だから本当にメチャクチャなんだけど、さ――」
・
・
唾をうまく呑み込めない。そのぐらい、美琴の語る『夢』の話はとんでもない衝撃をオレに与えてくれた。
地球を侵略する宇宙生命体
それはオレが今朝純夏に聞かせてやった話と、ほとんど一緒の筋書きだった。
だがそれを語ったのはオレじゃない。当然、美琴がオレの夢なんて知っていた筈も無い。それどころか美琴はついさっきまで海の上だったと、本人がそう語った通りだ。
だのに何故、どうしてオレと美琴の夢が、ここまで見事に一致してるんだ?
「……っていう感じで、まあホント意味不明な夢なんだけどね。あはは……」
全てを話し終えた美琴が取り繕うように空笑いをする。けれど誰もがイジりもツッコミもせず、明らかな緊張と動揺をその表情に描いていた。
――おい。何でみんながそんな顔してんだよ?
どうして一言も喋らず黙ったままでいる?
オレや純夏にとってはともかく、みんなにはこんな話、ただの意味不明な夢だと笑い飛ばしてハイ終わり……その筈だろ?
「あ、あの。こんな話、面白くなかった――よね?」
ためらいがちに美琴が尋ねる。普段は無神経を絵に描いたようなコイツでも、さすがに場の空気がおかしくなっていることには気付いたらしい。
だがそれは夢の内容があまりにも荒唐無稽だったが故か?
それとも何か、他に理由があるとでもいうのか?
それを美琴は測りかねている。……オレがそうであるのと同じように。
「その夢の話、全部本当なの? 鎧衣さん」
「うん、そうだけど……気になる事でもあるの、千鶴さん?」
「……驚き」
「どうして……?」
表情を凍り付かせているのは委員長だけじゃない。彩峰も、そしてたまもだ。
「どういうこと?」
「あ、うん。ごめん」
追って尋ねた美琴に一言詫びを入れ、委員長は何かを念じるときのように目を瞑ったまま短く息を吸う。
「実は私もなの。――鎧衣さんの見たっていうのとそっくりな夢。それもここ数日、毎晩」
――え? オレと純夏、そして美琴がほぼ同時に委員長を見やる。
「私も」
「千鶴さんも、慧ちゃんも……?」
その告白にたまが驚嘆の声を上げ、みんなの視線が今度は彩峰へと釘付けになった。
――いや待てよ。オレはたまに目を向け直す。『も』ってことは。お前のその表情は、まさか。
お前もなのか、たま?
お前もみんなと、同じ夢を?
「そうなの、か……?」
「……うん」
おずおずとたまが首肯する。その事実はオレたちに言い知れようのない不気味さを湧き上がらせた。
バカな。ある筈が無い。
だってオレたち、卒業式までこんな話、一度だってしたこと無かったんだぞ。
あれ以来一度も会ってないどころか連絡の一つすらもしてなかったんだぞ。
そもそもオレ自身、あの夢の話自体、今朝純夏にした以外では他の誰にも喋った事なんて無いんだ。
それなのに全員が揃いも揃って、しかもここ数日っていう短い期間で、ほぼ同じ内容の夢を立て続けに見てただなんて……。
「そんなことって、有り得るのか?」
愕然としたオレに皆の視線が集中する。
「タケル?」という美琴の声が遠い。
何が何だか理解の追いつかぬまま、気付けばオレは口を開いていた。
「実はさ、」
……事の次第を皆に語り聞かせる間、口を動かす度に全身から血の気が引いていくのが自分でも解った。
くそっ、何だよこれ。怪奇現象か何かか?
例の夢のことを語り続けた数分間、ずっと黙って聞いていてくれたみんなの表情は凍るどころかもはや引きつってさえいた。そうしてオレが喋り終えた後の教室はしばらくの間、時を止めたかのように沈黙の時間が続いた。
「まさか、白銀くんまで……」
やっとの思いでひねり出したかのように、委員長がそう呟く。
「偶然の一致とか、そういうレベルの話じゃないよね」
「信じられない……」
あまりに衝撃的だったせいでか、普段は明るい美琴やたまも今は沈痛な面持ちをさらに青ざめさせている。
彩峰は……見かけからでは解らないが、少なくともこの状況を真剣に捉えてはいるらしい。こういう時に茶化すような言葉の一つも出てこないのが何よりの証拠、ってやつだ。
「集団催眠とか、そういうことは考えられない?」
理性的な疑問を呈した委員長に、しかし「それは無い」とすかさず彩峰が否定の言葉を投げ掛ける。
「どうしてそう断言できるのよ?」
「集団催眠はふつう、掛けられたその場ですぐ効果が出る。でも私たちが最後に会ったのは卒業式の日。何週間も経ってから何日も連続で、しかも全員ほぼ同じ時期に起こるなんて考えられない」
「それは……、確かにそうね」
おお、委員長が珍しく彩峰の意見を素直に受け入れている! ……って、それもそうか。彩峰の見解にはそうと思わされるだけの説得力が確かにあった。
例の夢を皆が見たのはここ数日の限定された期間。オレたちが最後に会ったのは卒業式。それからのほぼ一ヵ月は全員バラバラに過ごしてたんだ。
一人として示し合わせの出来ない状況。それで集団催眠がどうのと言われたって、納得はしがたい。
「全員が似たような体験をしていて、そのせいで重複するイメージを夢に反映させたとかは?」
「あ、それなら球技大会の時の合宿とかー! アレのせいって可能性はあるんじゃあ、」
なるほど、美琴とたまの唱える説は一理あるかも知れない。あの合宿における集団生活やサバイバルなトレーニングの数々が、夢のそれとカブる状況だったのは確かだ。
だがそれだけでは説明の付かないことがある……オレがそう言おうとしたところで「どうかしら」と、先に口を開いたのは委員長だ。
「単なる訓練だけならまだしも、その『BETA』っていう異星人の特徴とか『戦術機』っていう人型ロボットだとか……そこまでピッタリ一致するなんてこと、あり得る?」
「それはー……さすがに無いかもー……」
真っ向から自説を否定され、たまはションボリ落ち込んでしまった。少々気の毒ではあるが、オレも委員長と同意見だ。
BETAや戦術機関連の部分は学校行事にも映画なんかの創作物にも一切見覚えの無い、言わばオレたちオリジナルの要素。それらの個体名や特徴までもがあたかも授業で習ったかの如く揃ってるだなんてどう考えてもおかしい。……それに。
「それに、夢に出て来た人たち……オレたちの教官だったまりもちゃんや基地の副司令だった夕呼先生、任官後の部隊長だった伊隅さんや
「そうね……。ただの夢と割り切るには、あまりにも不自然すぎるわ」
不自然。委員長のその表現はまさしく的を射ていた。
少なくともこの場にいる六人中五人、つまりこの夢を見ていない純夏を除く全員は夢の内容がおおよそ一致している。個々人によって細かな違いはあれど、それはほぼ主観の差と言っていい程度のもんでしかない。大筋では合っている上に、共通する人物への認識に至っては事前に打ち合わせしたかのような精度でピッタリ一致してやがる。
これを『単なる偶然』で片付けるのは、それこそプールん中に放り投げた部品が勝手に組み上がって時計になるってぐらい天文学的低確率な暴論ってもんだろう。
「……気味が悪い……」
両腕を抱えた委員長が怖気を堪えるように肩を震わせる。何があっても常に無表情な彩峰ですら、若干顔色が悪くなってるのが見て取れるぐらいだ。美琴とたまについてはもはや言及するまでも無いだろう。あまりに意味不明過ぎて言い知れようのない恐怖を抱えているのは多分、全員がそうだった。
「ホントに、夢、なのかな」
ポツリと洩らした美琴の、それこそ思いつきみたいな一言。それに全員が「え?」と反応する。どういうコト? と彩峰が美琴に問うた。
「あ、えっと、ゴメン。別に何か根拠があるってワケじゃないんだけど、」
「いいから言ってみろ。もしかしたら何か手掛かりが掴めるかも知れない」
「じゃあ、うん。――あのね、みんなの言うこと聞いてたら何となく、前にもどっかでこういう話聞いたことあるな~って気がしちゃって。それがね、ファンタジーや心霊現象みたいなのじゃなくて、すごく科学的な内容だったと思うんだ」
「それ聞いたのって、夢の中でってことー?」
「ううん。夢じゃなくて、現実で。どこで聞いたか思い出せないんだけど……」
そうと言われてオレも何か心に引っかかるものを覚える。確かにどこかで誰かからそういう話を聞かされたことがあったような。
全然別の世界。現実との共通項。それらを繋ぐもの……
何だ、これ、誰が言ってたんだっけ。
「なんかの授業でだったっけか。確か、並行がどうとか量子がとか――あ、」
何の気無しに口を突いて出た呟きが、オレのちっぽけな脳みそに被せられていた蓋を取り払う。
そうだ、あれは確か、いつぞやの物理の授業。いつものように脱線しだした授業内容で、それこそ何の気無しにあの人がオレたちへ語って聞かせた独自理論。
そこにそれっぽい要素があった……ような記憶が、確かにある。
「夕呼先生。あの人ならひょっとして、何か知ってるんじゃないか?」
オレたちがその答えに辿り着いたのと同時に、次に何をすべきは決した。幸いにして学校が春休みでも教職員は普通に出勤している。
先生のところへ行こう。
こうして見解が一致したオレたちは早速とばかり、夕呼先生のいるであろう物理準備室へと向かった。