父さんの顔を俺は知らない。
だからって会ってみたいとも思わなかったし、母さんと父さんのことを話すなんて一切無かった。
けど、母さんは寂しがり屋で俺が何も言わないでどこかに行くと半泣きで帰りを待つほどの人が、なんで父さんの話を一切しないのかは不思議だった。
周りからは、お母さんと二人きりだなんて大変ね?お金とか大丈夫なの?そんなことをよく心配される。
母さんが株や投資で儲けているから一軒家でなに不自由なく過ごしているし、別に物心つく前には父さんなんて家にいなかったから大変だなんて思いもしてなかった。
まあ、今思えば不思議な家族だったと思う。
父親の話題がいっさいないこと。
母さんが俺のことを恂さんって呼ぶこと。
それに毎晩毎晩ある“行為”をしていることとか。
その行為は最初、疑問に思わなかった。
母さんがこれは体を良くする為の行為だって言っていたから、俺もその行為が気持ちいいから、だから毎日していた、でも。
でも中学の時、家のパソコンでニュース欄を見ていた時に。
ふと目に止まった言葉。
『
その時はまだ聞いたことがない。
知らない単語だった、だから何気なく検索した。
『親子・兄弟姉妹など血縁関係の近い男女の間で性的交渉が行われること。インセスト』
性的交渉、インセスト。
またそれも知らない単語だった。
次にインセストを検索。
その検索結果に『インセスト・タブー』って言葉があったから気になってクリックをした。
その単語の意味は簡単に言えばこうだった。
『近親相姦の“タブー”』
最後に性的交渉……
全部の意味を知った時、酷く気持ち悪くなったのを覚えている。
俺が母さんと小学校ぐらいからし始めた行為がどれだけ気持ち悪いことなのか知ったから。
だけどその頃の俺は純粋だった。
いや、ただ無知だった。
間違いを言えば全て解決すると思った。
思ったんです。
だからその日の晩、ベッドの上で母さんと恒例の“行為”つまりセックスをする時に俺は言ったんだ。
「ねえ、母さん。もう、こんなことやめよう?これって恋人とか、夫婦がすることだよね?親子の僕たちがこんな事をするなんておかしいよ?」
これで解決。
ならどれだけ楽だったんだろう。
俺の言葉を聞いた瞬間、母さんの瞳から光が消えて。
「なにをいってるの?わたしとまことさんはふうふでしょ?なら。なら、もんだいないじゃない」
「え、なにを言ってるの?僕は母さんの子供だよ?ねえ、母さん?」
母さんは喋る、光を失くした虚ろな瞳で俺を見据えながら淡々と。
「ふふふ、ねぇ?まことさんはおとこのことおんなのこ、どっちがほしい?わたしはおんなのこかな?だって、だって……」
「か、母さん?」
「ねぇ?みて、まことさん。あかちゃんうまれたの、おとこのこよ……」
まるで誰かを探すように母さんは周りを見渡す。
「ねぇ?まことさん?あかちゃんしらない?なまえ?あら?まことさんにはまだなまえ、おしえてなかったわよね?」
その続きを聞きたくなかった。
「このこのなまえはね?まことさんからなまえをとったの」
その言葉を忘れることは出来ない、出来るはずがない。
だって。
「まことさんのかんじをおんよみにすると、じゅんでしょ?だからじゅん。このこのなまえは、くじょうじゅんよ」
「え」
俺の名前は九城 恂。
恂は訓読みだとまこと、音読みだとじゅん。
俺の名前はまこと。
だけど母さんが産んだって言っている子供の名前はじゅん。
そして母さんの言う“まことさん”は漢字にすると多分、恂。
意味が分からない、さっきから言っている“まことさん”が一体誰なのか。
予感した、母さんが今までいっさい父さんのことを話さなかった理由がある気がして。
そんな事を考えて混乱していると次第に母さんの顔が悲痛に歪んで辺りを見回す。
「まことさん?どこぉ?まことさん、どこにいったの?どうして、どうしてぇ?わたしとあなたのこよ?ねえ、おいていかないでまことさん……」
嫌だ、嫌だ。
なんで恂さんと俺を呼ぶのかも、毎晩毎晩親子なのにセックスをしていたのかも。
なんで母さん程の寂しがり屋がなんで父さんの話題を一切しないのか。
この予感は間違いだ、間違いじゃなきゃ狂っている。
「あら?まことさん、どうしたの?そんなかなしいかおをして?いいおとこがだいなし」
そう言いながら母さんはいつの間にか俯いて涙を流していた俺の頬を優しく撫でる。
それはとても優しくて、昨日までの俺なら母さんが“息子”の俺に優しくしているだけだったんだろう。
でも違う、違うんだこれは“息子”の俺にしている行為じゃなくて。
“息子”の俺に向けた好意じゃなくて。
「もう、なきむしなのね?あなた」
俺は母さんにとって父さんなんだ。
それに父さんは母さんを捨てたんだ、理由は多分俺で。
俺が産まれたから父さんは母さんから離れたんだと思う。
だから母さんは壊れた。
俺のせいで。
「まことさん?だいすき。ほかはなにもいらない、まことさんさえいればわたしはしあわせ。ちすじなんてかんけいない、いえがらなんてかんけいない。だから、だからわたしといっしょにいて?」
「か、母さん。ぼ、僕は僕は」
その時に俺は自覚した、自分は望まれて生まれてきた訳じゃ無いってことに。
だからその時、俺の答えは決まった。
「
俺はその時、“息子”の九城恂をやめた。
瞬間、母さんの瞳に光が戻って。
「はい!私はずっと恂さんと一緒にいます!」
そう言って母さんは俺をベッドに押し倒す。
いつも通り、次に母さんはキスをする自分の気持ちを俺に、父さんに伝えるようにして。
「恂さん!恂さん!恂さん!大好き、大好き、大好き!」
一方的なキスが終わり母さんは自分の服を急いで脱ぎ、どうやら下着の類を身に付けていなかったようで三十代前半の人妻とは思えない綺麗な裸体が目の前に現れる。
「っは」
自分の母親に何を思っているんだろう、拒む気持ちと裏腹に俺の体は
「ふふふ、恂さん?安心して、全部私がしてあげる」
そう言って母さんは仰向けの俺に馬乗りになって柔らかいお尻をズボン越しの俺の股間にこすりつける。
何度も、何度も何度も何度も。
一生懸命に俺を満足させようと。
「ん、あぁ」
熱のこもった甘い吐息を吐きながら。
瞳を潤ませて。
そして俺にももどかしく、全身に痺れるような快感が襲ってくる。
そうして俺が感じているのを見て母さんは満足げに笑みを見せ。
「さぁ、しましょ?」
ああ、そうだよ何をためらってるんだ?
気持ちいいし誰にも迷惑をかけてないんだ、何が悪い?
「恂さんどうしたの?そうだ!今日は私がズボンを脱がしてあげる!」
そうだ受け入れよう、俺のせいなんだ。
俺のせいで父さんは居なくなって母さんは壊れた。
なら受け入れるしかないだろ?俺が切っ掛けなら尻拭いも自分がするもんだ。
さあ、受け入れよう。
母さんの父さん(おれ)への愛を受け入れよう。
そうして来る日も来る日も母さんと一晩を過ごす、時には母さんの口を満たしたり、
うずくまりたい程の吐き気を抑えながら。
自分の中にあるのはただただ後悔、そして
だからあの日、産まれたことを後悔し、自身に侮蔑したあの日に俺は、“自分”を失くした。
*********
そんな気持ちの悪い日々を繰り返しながら中学の3年間が終わって家の近くの高校に進学した。
それを母さんは俺がそういうプレイをしているんだと思ってるらしい。
気持ち悪い。
家には“自分”の居場所は無くて、だから夜の街をフラフラする日々を続けていた。
元々、他の人よりも目つきが悪かったからか、喧嘩をふっかけられて痛みを与えて与えられて不思議と“自分”はここにいるって実感が出来て。
それから毎日、毎日喧嘩して“自分”はここにいると実感していた。
それから1ヶ月半ぐらいたった頃、いつの間にか喧嘩ふっかけて来る奴は居なくなっていてまたフラフラとするそんな毎日。
そんな中、1年の後半に枢に出会い2年の時には天野兄妹に出会った。
不思議とこいつらと一緒にいると“自分”はここにいるって強く思えた。
心地よかった。
けど、後ろめたい気持ちがずっと続いていて、こんな気持ち悪い俺が皆と仲良くしいて良いのか?
皆は俺とは違う、こんなに汚れている俺とは。
そんな気持ちが、でも。
「恂?大好き。私の傍にいて?ずっと、ずっと一緒にいようよ?ね?」
枢は俺を好きだと言った、俺はそれに答えなかった。
ただ受け入れた枢の好意を、我ながら酷いと思う、でもアイツの好意を否定できなくて。
俺が、俺のようなクズが、他人の好意を踏みにじる事なんて出来ないと思ったから。
だからただ受け入れた。
枢はそんな答えに嫌な顔をせずに逆に嬉々として俺の答えに満足していた。
「恂、大好き。大好きなの、だからね?ずっと、ずっとずっと一緒にいようね?」
そんな言葉にですら答えることが出来なかった。
その時、“自分”がとても満たされていたような気がした。
「恂センパイ!アタシ恂センパイのことずっと前から愛してます!以上!」
そして天海は俺を愛していると言っていた、3年になったばかりの頃、天野兄妹との付き合いが1年過ぎるかどうかの頃に。
驚いた俺の答えを聞かずに天海は
「答えはいいです!アタシはセンパイのこと愛しているだけなので!では!」
そう言って夕暮れに包まれた廊下を駆け抜ける一切こちらを振り向かずに。
俺は呆然としながら見送った、そういえば天海と初めて出会った時、なんで涙を流していたんだろう?
そんな場違いなことを考えながら。
天海と初めて出会った時の事を思い出しながら。
その時、“自分”がここにいても良いってそんな気がした。
「僕はジュンが嫌いだ。殺したいと思っているよ。クソが」
タクは俺が嫌いだと言っていた、天海から愛していると言われて2週間ほど過ぎたそんなある日、学校の帰り道に枢と天海がいない時に。
「人が好きだって言ってるんだよ?何でジュンは答えないの?」
「ごめん」
「嫌なら嫌って言えばいい、嫌じゃないなら好きって答えてよ。どうなの?」
「ごめん」
「ごめん、じゃねぇだろ。自分の気持ちに素直に、そうしてその気持ちを受け入れる、どうなの?」
「……」
「どうなんだよ!?おい!」
「ごめん」
「――!クソがぁ!」
「はっ!ぁっ!」
久しぶりの痛みだった、最近ではあまり受けることが少なくなった痛み。
何時もであれば全然痛くはない、その程度。
いきなりだから痛かった嫌、違う。
たくの顔、今にも泣きそうなのを押し殺すそんな顔を見て。
痛くないはずがなかった、それは今まで受けてきたものの中で一番重くて。
「クソが、なら死ね。1人は楽だ、1人で良かったって泣き笑いながら1人で死ね」
たくは鳩尾に受けた拳で地面に蹲る俺を見下ろしながら淡々と呟く。
「1人が良いなら誰も見るな話すな触れるな。1人が嫌なら見ろ話せ触れ合え。今のお前は1人が良いとか言いながら見て話して触れてやがる、なあおい?」
そう言いながらたくは蹲る俺の襟首を掴み無理やり俺と目と目が合うように近づける。
「嫌なら彼女の好意を否定しろ、鬱陶しいならアイツの熱意を拒絶しろ。でもね?僕が見る限りジュンはきっと1人は嫌なんだと思う。ねえ?ジュンは1人でいたいの?もし1人が嫌なら少しぐらい話して――」
「分からない、分からないんだ。1人は良い、でも、でも分かんないんだよ」
それは紛れもない俺の本音。
その答えにタクは一瞬だけ目を見開いてため息をつき掴んでいた手を離す。
「ふぅ、そうかじゃあいいや。いや〜ごめんね?いきなり怒っちゃって?おぉ!?もうこんな時間!?僕もう帰るよ。じゃあねジュン。また明日、学校で」
「あぁ。またな」
「うん、またね」
そう言ってタクは家に続く街灯に照らされた並木道を駆け抜ける。
「本当にごめん。……僕らをゆるさないで」
「え」
「クソが」
その言葉は誰に向けた言葉かは分からないまま。
「はは」
その時、今までで一番“自分”がここにいるって実感できた。
*********
そして今、高校最後の夏休み初日、学校から解放されて心晴れやかにするそんな気持ちの良いはずの日。
そんな日に体につく湿った夏の暑さと鬱陶しいセミの鳴き声が響く中、俺と枢は新しく出来た大型ショッピングモールの人がごった返す入口前ではぐれない様に手をつなぎながら立っていた。
「あちぃ、無理。なにこれ?人は多いし暑いし誘ってきた張本人共は約束の時間に来ないし……帰る」
「え!も、もう少し待とうよ。せっかく誘ってもらってしかもここで使える商品券こんなに貰っちゃたんだよ?」
そう言って枢は愛用のトートバッグから壱万円とプリントされた券6枚、それと招待券と筆で直筆に書かれている紙を2枚取り出す。
それは前日タクに渡された今日から開店する大型ショッピングモール、つまり今、目の前にある建物な訳で。
「……よし。貸してくれ、ちょっと現金に変え――使ってくる」
「それ違うよね!?使ってくるの意味が違うよね!?」
「いや、違くはない。それをどこで使うか、ただそれだけの違いだ」
「だからダメだって!はぁはぁ、あ、あついぃ」
「そりゃあこんな暑い中でさわいでたらな。ほら、貸せジュース買ってきてやる」
「ありがとう、でもそっちは金券ショップだよね?」
「HaHaHa枢さん良いですか?バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」
「ジュン~?何してるのかなぁ?」
「いやなに、時間の有意義な使い方とお金の大事さについて語っていた所だ」
「はあ~。まあ良いや、ごめん遅れた」
「おっくれました~!天野天海ただいま到着しました!」
枢と戯れているといつの間にか天野兄妹が到着していた。
「15分遅刻。てか今日じゃなくても良かったんじゃね?なんでショッピングモールのオープニングセレモニーに参加しなきゃいけないんだよ?」
「いや~申し訳ないです!本当であれば兄貴と2人だけで参加する予定だったんですけどね~。招待券、結構もらったのでせっかくだからセンパイ達も来て欲しいな~と思ったしだいです!」
「ふん!本当は一般人入場できないんだから感謝してよ~?」
そんな自慢げに話しているタクを見ながら枢は疑問を口にする。
「でもこのショッピングモールって天野財閥の所のじゃないよね?」
そんな質問にタクは苦虫を潰したような顔をしながら答えた。
「ああ~。このショッピングモールはウチと元々この土地を巡って競争していた九錠財閥のだよ。そこからの直々の招待を受けてね~。それもご丁寧にここでしか使えない商品券まで付けてね」
「ふーん。九錠財閥ってお前んとこと仲悪いんのか?どっちも結構歴史があるとこだったと思うけど」
「う~ん、どっちかって言うとこっちが一方的に嫌ってる感じかな?まあそれは中に入った時にでも話すよ、結構な長話になるしね」
「ふーん。まあとっとと入ろうマジで熱い。おいお前らも……そういう事は人目につかない所でやりなさい」
俺がタクと話しているといつの間にか枢が天海を押し倒している。
しかもなんか2人とも頬を赤く染めて息を荒くしているもんだから何と言うかその……周りの目が痛い。
「ち、違いますよ~!?ちょ、ちょっとたわむれていただけですって!ねえ枢センパイ!?」
「う、うんそうだよ!遊んでただけ、遊んでただけだから!」
「たく、暑い中ようやる。さっさと行きますよー、皆さん迷子にならないように手を繋いでいきましょうねー」
「は~い。先生~天竺君が顔を真っ赤にして意識を失ってま~す」
「はい天海ちゃんよく気づきましたそんな悪い子は置いて行きましょう。では皆さん行きますよー」
「「はーい」」
「はい、招待券確認させていただきました。ようこそいらっしゃいませ3名様ですね?本日はお楽しみください」
「は!ちょ!?待って!?置いてかないで!?」
「たく、しょうがねえなー」
そう言いながら皆で笑う。
何時もの風景、4人全員で笑ってるそんな当たり前な風景。
俺の大事な今。
これからも続いて欲しいそんな毎日。
俺の生きがい。
いつまでもいつまでも続きますように。
*********
枢、マスコットみたいな奴。
いると何故か安心するそんな奴。
天海、不思議な奴。
いると暖かいそんな奴。
タク、友人。
今の“自分”を否定する奴。
皆、ずっとずっと一緒にいたいでも。
でも。
あの日、僕達“仲良し”4人の終わりが始まった。
これは今が大好きな馬鹿のお話。
覚えてる方いらっしゃいますか?2話の投稿遅れてしまい申し訳ございません。
大体、4ヶ月半ぶりの投稿ですね。
理由としては自分のパソコンのHDがバンしたのが主な原因で。
次回はもう少し早い投稿を目指して頑張りますので皆々様よろしくお願いします。
最後に、感想など随時お待ちしてます。
では皆々様、また。