願い通じて三度ダンテの前に現れた騎士の少女。
だがその姿を見てダンテは愕然とする。
「なんだよ、その恰好は……」
一言で表せば、敗戦から逃走中の兵士のような。
全身の装束がボロボロに崩れている。脚宛しかない防具にニーソックスも穴だらけで、スカートも一部切り裂かれている。上半身なんか袖が大半破けた汚れたシャツを着て胸に晒を巻き付けているだけだ。
彼女の瞳は以前より曇りかかっている。
しかし光が少ない分、灼けるような熱が籠められている。
まるで、手負いの獣のようだった。
明らかに万全な状態じゃない。なのにやってきたのか。
(くっ……そ)
勃起していた。
犯されてもおかしくない恰好だから。それとも既に、そこらの狂暴化したモンスターの毒牙にかかったばかりか。
少女の太腿に伝っているのも汗なのか蜜なのかも分からない。
(犯してやる)
先日したばかりの決意も兼ねてるが、もう目の前の少女を強引に抱くことしか考えられなくなっていた。
だが、ジャンヌは、鈍い銀の刃を突き立てる。躊躇なく、迫って来る男の喉仏へと。
流石にこの刃先に向かって自滅する程理性は飛んでない。寸で身を翻して避ければ、ダンテを追うようにジャンヌの手も突きから薙ぎへ切り替える。
ダンテは移動をして逃げ切る。距離を空けて風弾を叩きつようと放てば、速攻の剣戟で打ち消された。
二度の勝負の折で大きな亀裂も増えていた山頂の決戦場、風を操る男の動きを追う為に、攻撃を凌ぐために、そして反撃する為に少女の騎士は険しい足場を駆けてゆく。
息は切れない。切らしてはいけないと思っている。其処に負けられない想いがある。故に彼女の剣に迷いが消えている。
だからどうした。ダンテも彼女にもう慈悲は与えない。勝たせる気もなければ負けても抱くだけして逃がすなんてもうしない。自分にとってジャンヌを手に入れる最後の機会かもしれないのだ。風魔法を載せたハイキックがジャンヌに掠る。倒れこそしないが、微かな苦悶と共にはだける胸元。破れた晒。こぼれた白い果実と外気にさらされた桃色の頂き。ああ、と雄の部分が強く反応し唾を飲み込む。
移動、というよりほぼ捕縛する為にジャンヌの背後を狙った。その為に攻撃を出さない彼女の視線を攪乱する為の連続移動をした。目ろみは成功し背後から両腕を使って拘束。相手の両腕ごとホールドする為に、そして戦闘中に暴かれた乳房を揉みしだく為に交差するまま抱きかかえ、浮遊することで足の自由も奪った。
「捕まえたぜ」
これで勝負が着いたも同然。しかし少女はジタバタと手足を動かしてもがいている。この体勢にした時点で逆転は不可能だと男は哂う。
「もう諦めなよ。お前はこうやって、弄られて、抱かれて、啼いているのが似合いなんだからさ」
埃と汗と小さな傷に塗れた乳房を鷲掴みにしながら、指で乳首を摘まんで弄った。ジャンヌは喘ぐ声を必死に抑えているが、身体は反応している。尻に当たっている男の欲の存在だって彼女を怯えさせていた筈。
「なあ、オレに飼われなよ。一生可愛がってやるから」
耳元で舐めるように囁けば、少女の力が抜けていった。
よし、よし、漸く大人しくなってくれたか。
ダンテは浮力を緩めた。熱が昂り続けていたので、ここで下ろして犯して一発済ませようと思った。それから別荘のベットまで運んで存分に少女の肢体を貪ればいい。
しかし彼女はまだ剣を手放してはいなかった。
「……っ!?!」
ガッ!!という衝撃が鼻骨に打ち付けられた。
頭突きを食らったのだ。
意外な抵抗に彼女の胸から腕に移動しようとしていた男の腕が離れてしまう。
解放されたジャンヌは足を地に付き、その勢いのまま剣を振り向き様に切り上げる。
咄嗟に盾にした手の甲と魔力で防ぐ、あと一瞬遅ければ首を落とされていた。
また五歩分の距離を開けてダンテと対峙するジャンヌ。
その眼差しの闘志は消えていない。
ダンテは彼女の後頭部に砕かれて垂れる鼻孔からの微少の血を拭った。
(力を抜いたのはこちらを油断させる為……?!)
意表を突かれる。期待は遠のく。惨めな姿をしている筈なのに少女は、言葉は発せず目で意志を示している。あなたに抱かれにも犯されにも来たわけではないぞと、燃えるような瞳孔をしながら剣を向けている。
「~~~~この、クソガキ!!!」
逆上と共に、魔力が膨張する。
山頂が割れる。
強靭な鎌鼬が吹き荒れる。
ああ見えてもまだ手心はあったが、あくまで抵抗を続けるジャンヌに容赦する必要はないと断定した。もういい、手か足の骨の一つか二つは折っておく。
暴風の中でジャンヌは勝機を窺っている。
今にも地から離れそうな足を踏ん張り、目の前の敵対者の隙を探している。
彼はもう速い移動で攪乱するのは止めて、攻撃に全集中するようだ。
こちらの体力を確実に削る心算だ。……本気で殺すと考えても良いだろう。
それでいい。お互い甘さはもっと早く捨てるべきだったんだから。
ジャンヌは一番大きな攻撃を待っていた。彼の得意とする必殺の技はきっと。
風が一点に集まる。
ダンテの脚部に魔力が籠められるのが見える。
これから来る技の、射程範囲にジャンヌが入っている。
ここだ。と、彼女は、駆ける。
ダンテが蹴り上げるのは、ジャンヌが斬りかかるのと同時だった。
極小規模局地の竜巻のような風の魔力が、ジェイド山峰上空の天候を一瞬だけ変えた。
風が収まりかけた時、立っていたのはダンテ一人だけだった。
……ジャンヌは何処だ。
まさか、今の竜巻で消し飛んでしまった?
否。彼女がそれで死ぬわけがない。
だが自分と違い飛ぶ術は持たない彼女が、この荒れ果てた山頂のフィールドに居ないなら――――。
刹那の逡巡、ダンテは上空を見上げる。
先の竜巻で雲は押し退けられ、太陽が燦々とこちらを照らしていた。
ゴーグルに日光からの保護力はない。
だが、反射する光と影が見えた。
こちらに向かってくるように落ちていく人の形をして、眩ゆさの元だった剣の柄を、彼女は片手から両手へ持って力を籠めて。
彼より高い所から狙う。
最も重い一撃を籠めただろう暴風に、上手く乗れて良かった。
体が、バラバラになりそうな程痛いけれど、勝利の引き換えになるなら安すぎる代償だ。引力に流れるままに体勢を定めて、両手で剣を握り締め、重力の勢いに全身のバネも付け加えて。
剣を、振り下ろす。
その渾身の一撃をダンテは避けられなかった。
ゴーグルのレンズと騎士の剣が、砕ける。
なんとか受け身も成功させて、十秒ぶりの肌荒れ多い地面と無事再会したジャンヌは、自分の手に持つ物を見やる。砕けた刃は刀身の中央よりやや下からだ。詰まり壊れたのも同然。ほぼ柄しか残ってない剣に歯噛みして、だが、今最も大事な対象の様子を確認する。
ダンテは倒れ伏していた。彼の辺りにはレンズの欠片が剣の破片と混ざって散らばっている。
元々、硬質化のような防御力を高める魔法もかけているのだろう。でなければ質の良い兜を被っていても脳漿を破壊されている。それほどの一撃を食らった筈だ。
このまま二度と起きないで欲しいと、祈らずにはいられない。
十秒数えて、次は一分待って、自分の呼吸を整わせて……それでも動かないと分かったら、囚われている精霊を助けに行く。
今一分経った……呼吸は落ち着けている……よし。
座り込んでいた膝に喝を入れ、立ち上がる。
その時、信じられないものを見た。
地に伏した男が、その指先をピクリと動かしたのだ。
ジャンヌは悪寒がしたが、錯覚であってくれと思い込んで、早くこの場から去る準備をしようとした。だが彼女の希望は叶わなかった。男の指は地面を引っ掻いて、拳を作って、腕まで活力が戻り、肘から引いては起き上がり始めた。
「ジャン、ヌゥ……」
悲鳴を、飲み込んだ。割れたゴーグル越しの仄暗い双眸がこちらを確り捉えていた。
「今の、効いたぜ……マジ、やってくれた、な……」
額の生々しい裂傷から滴る血を、特に気にかけることなく、ゆっくりと立ち上がる。
「だけど、最後のつもり、だったろ?…………オレは、まだ、やれるぜ」
図星だった。あの一撃は本当の本気の捨て身だ。ジャンヌはもう体力も気力も底に着きかけている。壊れてしまった剣も物語っている。携帯用の体力回復薬があればまだ違っていたが……。
「ジャンヌ」
ペタリと、すっかり立てかけた膝は折りたたまれた。これを見てか男は愉しそうに口で弧を描いてて。
「ジャンヌ」
呼びかけから伝わる執着。今までの移動力からすれば遅過ぎる位の歩み。
「ジャンヌ」
だが恐怖した。この男には敵わないと理解してしまった。
「ジャンヌ」
駄目だ。あの手に捕まったら今度こそお終いだ。
「ジャンヌ」
…………逃れるには、もう、この奥の手しか……!
本気で倒すどころか殺すつもりの一刀だったのは分かる。けど残念だったな。
気絶した時間が少なかったのもこちらの運が良かっただけだろう。
当たり所がもうちょっと悪ければそちらにとって有難く死んでいたかもな。
けど今回も勝ったのはオレだ。
お前の剣は物理的に折れてるし、精根も尽きているだろう。
まだ視界がぐらつく、魔力も上手く動かせないし足ももつれているみたいだ。だけど問題はない。この目に入ってる少女はもう、戦う力が残ってないと分かっている。後はこの手で捕えればいいだけ。
駆け寄るにしては歩くような遅みで、だが着実にジャンヌに近付いて、ダンテの手が届こうとしていたその時だった。
閃光が走った。
ダンテは反射的に目を瞑った。
次に目蓋を開けた時には、ジャンヌが居なかった。
「……は……?」
何が起こったのか分からなかったが、よくよく考えれば心当たりはあった。
身代わりのアミュレット。冒険者から騎士達の間まで重宝される高位のアイテムだ。持ち主の危機を脱したい意志に反応し、安全な場所まで転移させる効果を持つ。そうして持ち主の災難を代わりに受けたことで消失するのだ。
「……ざっけんなよ……」
壊れてほぼ用途が機能しなくなったゴーグルを乱雑に外した。
ほぼ八つ当たりで投げ捨てる。
するとあるものを見つけた。
すっかり荒れ果てた山頂の表層に、ジャンヌの髪を結っていたリボンが落ちていた。
戻ってきた風に吹かれて、紺色の布紐が遥か彼方へと消えようとする。
それを咄嗟に掴み取る。
「なんで……」
手の中にあるのは、少女の一部だった布切れだ。彼女そのものではない。
「なんでだよ……!」
嘆き喚くに等しい悔恨ぶり。
勝者にしては、とても喜んでいるようには見えなかった。