ジャンヌを奪還してから、マンイーターの巣を抜け出すまで、どうやって戦って凌いでいたのかよく覚えていない。ただ只管に無我夢中だった。アジトにしている貴族の別荘に帰還した途端、自分の息がかなり荒れていることにやっと気が付いた程だ。
どうかしている。繁殖期のモンスターの巣に策一つ立てずに特攻したなんて。ていうか、完全に我を忘れるなんて何年ぶりなんだ。魔力も体力もかなり消費してしまっている。一歩間違えればダンテも彼奴らの餌になっていたんだ。どれもこれも肩に担ぎ抱いているこいつ、ジャンヌのせいだ。
粘液塗れの裸身の彼女を横抱きに抱え直す。すると今更、額を中心に痛みと不快感が全身に纏わりついていたことも自覚した。
(……クソが。こんなんじゃ、抱くどころじゃない)
息も絶え絶えだが、先ずは浴室にジャンヌを運んでいく。
湯は…………駄目だ使えない。水道だけは常に開けてあるから、清潔なタオルに軽く水を含ませてジャンヌの体を拭いていった。ついでに自分もマンイーターの粘液を洗い流した。冷たい打たせ水のおかげで不快感の方は消えていったし、大分頭も冴えてきた。染みるような痛みはまだ残るけど。
次に冷えた体温のままにする訳にはいけないから、未使用のバスローブでジャンヌを包んで応接間に持っていく。暖炉があったから。道具も一通り残ってたので火を点ける。部屋の室温が上がってくると同時に背もたれ付き椅子に寝かせてたジャンヌを暖炉の近く寄せる。
これから必要になってくるのは、薬品と、治療道具と、食い物ってところだろうか。浴室で見た所では膿むような傷口はなかった。治療用アイテムの場所も知っていて良かった。保管庫から取り揃える。ついでに湿布類を自分の額の傷に貼って暫くほっとく。その頃にはジャンヌの体温も安全な所まで戻ったと見て、バスローブを外せば、白い肢体が露わになった。
ジャンヌ自身の内包されている魔力の強さか、精霊を宿し続けた王家の指輪の加護か、その両方の恩恵あってか、苛烈な戦いや凌辱を受け続けてきた筈の肢体は、浅い擦り傷が多くあれど醜い傷痕を一つも残しはしなかった。
応急処置に使う程度の道具も、殆ど要らないと分かってしまった。
(本当に綺麗な肉体だな……)
改めて、見惚れてしまった。
最初に目にした時と一寸も変わらない少女の肢体。愛くるしい人形のような顔立ちに、首から下は男の欲を刺激するまろやかな曲線を描いている。乳房の先端は散々に弄られたかと思えない位の淡い桃色の小粒で、無毛の恥部は多種多様な雄や道具を受け入れたのかと疑るくらい慎ましく閉じられている。四肢の肉付きだって理想的だ。太すぎず細すぎない。触れればしなやかな筋肉が付いているのも分かる。
(この手で剣をあんなに強く振るって、この足であんなに駆け回ってたんだよな……)
ジャンヌの体は女神のように威光的で、妖精よりも蠱惑的だった。
身を焦がしそうな位欲しかった肢体が、今、目の前にあるが。
……駄目だ。まだこの身体を暴きたくない。
確か着せられるものがあった。箪笥にしまってあったキャミソールドレスを持って、ジャンヌに着せる。余りよく吟味せずそれらしいものと選んでしまって、着せて気付いてしまった。キャミソールというよりベビードールだった。濃い桃色だが中身が透ける程薄い。しかも胸部分に切り込みが入っていたタイプだ。桃色の頂きがしっかり出ている。
……裸よりいやらしい姿にしてしまった。正直、目に毒だ。この上にさっきのバスローブを被せた。
……それから、王家の指輪を守るように、頑なに握り閉めている手に触れる。どんな凌辱を食らっても決して肌身から離さなかった代物。この少女の意地の象徴。戦う理由。よすがい。しがらみ。今も誰にも奪い取るなんて出来ない。
暫く経ったので額の湿布が乾いたので剥がす。痛みは大分引いた。自分の応急手当はこれで締めていいだろう。
ふと見遣ると、寝椅子でないタイプで寝かせているからか、ちょっとジャンヌの姿勢が崩れそうだった。手で頭部を支えて直した。撫でるような風だった。そういえば髪も片側しか結えてない。彼女の落とし物。持っていたリボンを着け直した。ちょっとズレているがツインテールが元に戻る。それからまた頭を撫でた。絹糸みたいな髪だ。頭部自体の形も良いと思う。なんとなくずっとこうしてても飽きが来なかった。
焚き火の音だけが響いている静かな時間だった。
暖炉の薪が燃え尽きた頃だった。
少女の睫毛が震えて、唇から喘ぐ声が漏れた。
あ、起きると思った。
漸く、気が付いたようだ。
「………………」
意識が戻ったジャンヌは何も言ってこなかった。
「なんで此処に居るか、なんて、深く考えなくていい」
ダンテは素直に伝えて、備えてあったものをジャンヌに差し出す。
「とりあえず、コレを食べて。マンイーターの粘液の解毒作用がある」
ハーブの説明をすれば彼女は鵜呑みにしたようだ。そちらに手を伸ばそうとするが、ひじ掛けから腕が上がりそうで微動しかしない。碌に体が動かせないようだ。
ダンテがハーブを彼女の口にまで突きつけていけば、自ら小さく開けて噛んでいく。ただ押し込めても、葉先を齧れただけ。咀嚼する力も殆どないようだ。すぐに咳き込んで溢してしまう。
ダンテはハーブを一枚口に入れて咀嚼した。彼はそのまま飲み込まず充分に噛み溶かしてから、ジャンヌと唇を重ねて、口内のものを移していく。少しずつ、少しずつ、ジャンヌが嚥下するのを見計らっては必要な分だけ送って、数枚のハーブを消化仕切るまでは繰り返した。
「……で、これからどうする?」
まだ諦めない。とでも言い返すんだろうか。
あそこまで惨めな目に遭って。その前にオレにまた負けて。精霊の救出に失敗し続けて。
ハッキリ言おうと思ってた。お前の実力じゃ何も出来ない。この国の姫を救出するなんて夢のまた夢だし、オレ達もといメドラウドの邪魔だけはしないでくれと、告げて諭させるしかないかなと思っていた。
「……………………も………………だ……」
だが、彼女は。
「もう…………やだ…………!!」
ジャンヌは、泣いていた。
「なん…で……こんな…よわ……いの……!!」
何でこんなに弱いの。
「だ……も、すくえ……い……まも…………ない……!!!
誰も救えてない。守れてない。
「なん……ため……きしに、なっ……たんだ!まっ…く、……やく……を、はたせ……ない……じゃない……!!」
何の為に騎士に成ったんだ。全くその役割を果たせてないじゃないの。
「この、やくたたず……!!!」
「あのまま、きえれば、よかったのに……!!」
「ひめさまを、たすけるって、こんどこそ、かつって、だいあなとの、やくそく、まもれてない、じゃない……!!!!」
「しにたい、もう、いやだ、いっそ……ころして……!!」
後はもう、子供のように大声で泣きだすしかなかった。
少女は、絞り出すような本心から、叫んでいた。
怨嗟に等しい悔恨の滂沱の涙を流した。
彼女は自分の弱さに絶望したのだ。
意地っ張りで、頑固で、負けず嫌いで、根性だけでダンテやメドラウドらに挑み続けた少女は、それでも負け続けてしまって。
剣のような固く真っ直ぐな芯が、とうとう、折れて砕けてしまっていた。
(……………………ああ、そっか)
其処には、騎士とか貴族といった立派な装束が剥がれた、ただの少女が居た。
ついさっき、自分の頭を砕こうとしていた少女が居た。
初めて見た日からこの瞬間までずっと健気に戦う少女が居た。
――――そんな
「ううっ……ひっく……ん、え…?」
ジャンヌがしゃくり上げていると、頬から目尻にかけて生温かい感触がした。
涙を舌で舐め上げられていたのだ。
「あ……あぅ…?……んっ……ひっ、は、あ……」
キスされることは無さそうだ。なのに、ゾワゾワする。
丁寧に、男の舌が涙を掬っていくのだ。
間近で見る端正な容貌が、何も言わずにこちらを覗く深翠色の瞳が、不思議な安心を与えて、なのに胸をざわつかさせている。
涙声が戸惑い交じりの喘ぐ声に変わるまで。
頬を濡らすのが少女の涙でなく男の唾液になるまで。
この行為はゆっくりと繰り返された。