新しい日常にも慣れてきたのではないか。
ようやくそう思えるようになった双葉は心にゆとりを持っていた。
唐突な変化に心から喜び、相手の途方もない体力に怯える瞬間もあったとはいえ、薬を利用しているものの平然と日常を過ごすことができている。
ルキアの多大な性欲にも慣れてきて、やっと新生活を受け入れられるようになってきた。
その日は、珍しく彼が一人で帰宅していた。
ひょんなことからセックスを覚えてからというもの、一緒に居る時間は前にも増して、人目を気にしなければ片時も離れず傍に居た。肌を離すことさえ珍しい状態だ。よくもまあ、あんなに触れ合っていたものだと振り返って呆れるほどである。
なんでもルキアは怪しい強欲商人に用があるらしく、まるで我が子へ言い聞かせるように双葉に真っ直ぐ家へ帰るよう言いつけ、一人で行ってしまった。
従う必要もないのだが、他に用もないため双葉は一人で家へ帰る。
「また変なもん買ってこなきゃいいんだけど……」
その店にはルキアに案内されて行ったことがある。精力剤には世話になることも多く、今のところ確かに人体への悪影響は感じられない。そういう意味では感謝しているが、成分も不明な怪しい薬であることは疑いようがなくて、また変な物を買ってくるのではないかという不安がある。
嫌な予感が当たらなければいいが。そう思っても、近頃のルキアを考えるとため息が出ていた。
あれがしたい、これがしたいと熱望する彼女に付き合い、よくないことを経験している。
犯罪めいた行為はなかった。言えば双葉が止めるだろうし、ルキアもそもそも言い出さない。しかし一方では可能な限りギリギリのラインを攻めている感じがする。
まだまだし足りないといった態度の彼女は、隙あらばどこでも求めてきた。
学校などはいい例だ。トイレ、屋上、体育倉庫。人目を盗んで強引に連れ込む。
興味はないがただ試すだけだと言い張って腕を引き、散々絡み合って火照った体を、深夜の外気で冷やしたこともある。流石に家の庭を離れることはなかったが、隣の家の誰かが万が一にも目を覚ましてこちらを見たら目撃されるかもしれない。そう思うと双葉はペニスを硬くして、ルキアも興奮を抑え切れず、二人で声を殺して性器を刺激し合ったのは鮮明に記憶している。
ああしたことが、また繰り返されるかもしれない。
その時は気分が盛り上がっているのでつい実行してしまうものの、冷静になって後から考えると自分のことながらなんとも言えない気分になる。
そうした経験を何度もしながら、何度も同じ過ちを繰り返していたのだ。
双葉は頭を抱えて、考えるのも嫌になって自ら思考を放棄した。
家の中に入ってひとまずリビングへ向かう。
そういえば、近頃は常にルキアが居た。自宅で一人など久しぶりな気がする。
静かな家の中がやけに寂しく感じられて、双葉は立ち尽くした。
まさかこんな感覚になろうとは。同居を始めた頃には想像もしなかった。
「ふん……まあ、すぐ帰るか」
自覚したくない寂しさを紛らわせるように小さく呟いた。
当然ながら一人しか居なくて反応はない。
自分の行動を馬鹿らしく思いながら嘆息して、着替えるのも面倒でソファに向かう。
適当に鞄を放って、とりあえず座ろうかと考えた時だった。気配とも違うのだが、なぜかふと気になって外へ通じるガラス戸に目を向ける。
思わず声が出た。家のすぐ傍に居る姿が即座に視認できたからだ。
座りかけた彼は慌てて駆け寄り、ガラス戸を開けて顔を出す。
「こら、だめだろ家まで来たら。反応するとかで朽木が怒るんだから」
外に居たのはグルルルと喉を鳴らす、犬のような
やれやれと思いながらも、邪険に扱うことはできなかった。
幼い頃、初めて見た個体は目の前のそれで、何かと顔を合わせることが多い。気付けばいつもどこかから見ているほど近く、少なくとも双葉は親しい間柄だと思っていた。
今まで双葉は何度となく多種多様の
そういえば最近、ルキアが居るせいか、あまり会っていない。
なんだか友達が疑われているような気がして、少し気になる状況だった。
「ハァ……朽木が帰ってくるまでだぞ。それ以上は多分怒られる」
頷く
会話はできない。名前さえ知らない。とはいえ、長い付き合いで情がある。今すぐ帰れと言うのも気が引けて、良くないことだろうと思いながら滞在を認めた。
鼻先を撫でて、それほど離れていないのに懐かしささえ感じていた。
家族の居ない双葉にとって、物言わずとも彼らはいつしか心の支えとなっていた。
誰にも言うことはなかったが、誰にも言えないからこそ育まれた絆がある。
迎え入れるのは当然で、双葉は今、
「考えてみれば俺の生活もずいぶん変わったんだなぁ。最近会ってないもんな」
言葉は発さないが懐いている様子で喉を鳴らして、ガラス戸を開け、彼が出てくると座って落ち着き始める。暴れ出す気配はない。至って大人しい、飼い犬にも似た態度だ。
以前から一度として襲われたことはなく、子供の頃から何度も、飽きるほどに顔を合わせているがこれが彼にとっての常識である。
ルキアの説明は、いまだに体感として理解できていない。
しばらく何を話すでもなく傍に居た。
すり寄ってくる
おそらく一時間も経っていないだろう。家の扉が開けられて、二人はパッと顔を上げた。
「双葉、居るか? 帰ったぞ」
「ああ、おかえり」
ルキアがリビングに現れた時、すでにガラス戸は閉められ、
ソファにも座らず立っている双葉が笑顔で迎えて、ルキアは怪訝な顔をする。
「買い物だっけ? えーっと、良い物買えた?」
「また来ていたのか」
「ん? 何が?」
「とぼけても無駄だ。霊気の残り香でわかる」
抱えていた段ボール箱を床に置いて、ルキアは双葉に歩み寄る。
複雑な表情だ。これまでの経験や知識から思うことはあるが彼の言い分も受け入れている。しかし簡単には割り切れず、胸中には大きな戸惑いが残ったままだ。
言いたいことも上手く言語化できないままに見逃している部分がある。
そうなるだろうとは知っていたのだ。ううむと唸るルキアを見て双葉も気まずい顔をしていた。
「改めて言っておくが、我々死神は
「ハァ……わかってる」
「それは私も例外ではない。こうした状況は、説明を聞いているから理解しないではないが、あまり良いものではないこともわかってくれ」
「うん……ごめん。来ちゃだめだって、言ってるんだけどさ」
困った様子で双葉が頭を掻くと、ルキアもまた何を言えばいいかわからず、言い淀む。
「とはいえ私も、
「気をつけるよ。流石に俺も、朽木に迷惑かけたいとは思ってないから」
「うむ……」
気まずい雰囲気が流れる。しかし黙っていてはその空気は変えられない。
何とかしようと口を開いたのは双葉で、ルキアが置いた段ボール箱を指差した。
「で、何買ってきたんだ?」
「ああ、そうだった。必要な物をいくつかな」
指摘すると見るからに様子が変わった。うきうきした顔で段ボール箱に近付くのを見て、双葉は結果を見る前に嫌な予感を覚える。
中から取り出したのは服だ。
その形を見てやはりかと双葉は言葉を詰まらせる。
「コスプレというのは興奮すると聞いたのだ」
「あー……否定はしないけど、多分、誰かからは怒られる」
楽しげなルキアが広げて見せたのは、双葉も肉眼では見たことがない体操服とブルマだ。まさかこの目で見る日が来ることになるとは思わなかった。
喜びながら持つ彼女が着るのだろうか? 見る限りは女性物でサイズが小さいため、着ろと言われたら考えもせずに無理だと言ってやるつもりだが、自分のために用意したのだとしても喜んでいいものかわからず、複雑な想いに囚われる。
双葉が難しい顔をする反面、ルキアは心待ちにしているようだ。
「誰かとは誰だ?」
「コスプレ好きの人だよ」
「そうか。コスプレ好きの人は難しいのだな」
「いや、っていうか、興奮するとかそういうのがあんまり……知り合いに居ないからいいけど」
あれこれ考えるのが嫌になって説明を省く。
とにかく、彼女が乗り気であることだけは確かだ。
箱を覗き込んで見ると他にも色々あって、呆れる双葉はしゃがみ込み、一度は手を伸ばすのだが触れるのを躊躇い、考えを変えて引っ込める。
「これ……」
「ふふふ、サービスでな。応援していると言ってほとんどタダでもらったのだ。時には癇に障る男だが中々話がわかる」
「うーん……あんまり、いい風に受け取れないんだけど。何か話した?」
「
「察してるんだろうな……そりゃそうか」
箱の中にはおそらく、少なくとも双葉の認識が間違えていない限りは、いかがわしい行為に使用されるのだろうグッズが多数納められている。彼女が手にしているブルマだけでなく、いくつかのコスチュームもあるらしい。一番上にあって目についたのは旧式のスクール水着だ。
一応挨拶したことがあるため相手の顔は知っている。だがあまりいい気分にはならない。何も説明していなくとも、わざわざ覗きに来なくても、彼には状況が理解できているのだ。
心境は複雑である。が、ルキアが喜んでいる様子を見ると止められそうにない。
おそらくすることはいつもと変わらないのだろう。
ただ、彼女はそれを着るつもりのようで、多少の変化があるのは間違いない。
「ど、どれがいいとか、あるか?」
「えー……そう言われても」
「ブルマは愛好家が居るだろう。着たままでもいい。ずらしたりできるんだぞ」
「どこでそういう知識を……よく知ってるみたいに言うけど」
「着なくていいのか?」
「いや、それはもったいないからさ」
問われれば気付いた時には答えていた。
ルキアは笑顔で頷き、同意を得てそそくさと部屋を出ようとする。
あっと声を出したのだが、双葉は止めることもできずに彼女の背を見送った。
「仕方ないな。では着替えてくるから待っててくれ」
「あ、うん」
すっかりその気になってしまっている自分に気付いて、ルキアが居なくなってから思わず頭を抱えてしまう。
振り返ってみれば、こうして常々ルキアのペースなのだ。抵抗しようとしてもいつの間にか自分までその気になっている。
新しい刺激まで手に入れて、ますます彼女の調子が良くなるのだろう。
「今日は寝れるかな……」
近頃の睡眠と言えば、疲れ果てて気を失うように、というのが多くなっている。
回復するために怪しい薬を飲み続けているのも含めて体にいいとは思えない。
まだしばらくそんな生活が続きそうだ。そう思っている双葉が立ったまま待っていると、待った気になる暇もなく着替えたルキアが現れる。
小柄な体に体操服とブルマを身に着けて、恥じらいを隠しきれずにもじもじしている。白く細い脚が太ももまで出されて、裸も知っているというのに、なぜか目が離せなくなる。
提案された時はまた馬鹿なことを、と思っていたにもかかわらず、いざその時になれば、意外と良いものじゃないかと考えてしまう。
マンネリを避けるためには新しい刺激が必要だ。
以前、彼女が言っていた言葉を思い出した。
双葉がじっと見てくるのに気を良くしたようで、ルキアは笑みを深める。
なんだかんだ言いながら彼も拒んではいないのだ。それはそうだろうと反応を見て勝ち誇るように近付いてきた。
「どうだ? 興奮、するのか?」
「あー、うん……正直ね。想像してたよりいいかも」
「ふっふっふ。だから言っただろう? ブルマは良い文化だ」
「いや、別にみんなそう思うとは限らないけど……」
彼女の認識に若干の不安を覚えながらも、目の前に立たれたせいかどうでもよくなる。
慣れた仕草で抱き寄せて、何を言うでもなく顔を近付け、キスをした。
唇が触れ合った後、ルキアは目を閉じる双葉の顔を間近で眺めてから、自分も目を閉じる。それから前へ身を乗り出すように強く唇を押しつけて、舌をちろりとわずかに伸ばした。
自然と動き始める手が布越しに彼女の体を撫でて、服の下に入り込もうともせず、背中や小さな尻に触れている。
いつもと様子が違うことにルキアは微笑み、自ら押しつけるように腰を動かした。