昨日、異変があった。
発端は最後の“
死神に強い恨みがあるという彼は
空座町の空に大きな穴が開いて、無数の
昨日、ルキアは双葉の傍に居なかった。
空気の変化を察して一護と合流して、状況を知った後、双葉を守らなければいけないと思った。本来ならば町の人全員に対してそう思うのだが彼だけは事情が違うと知っている。
昨日、双葉は買い物に出ていた。
護衛としてウルルが傍に居たはずで、だから心配はなかったはずだ。
彼らを探すため駆け回り、そして、発見した。
事態は彼女が予想したよりも悪いものだったのだろう。だが理解することも難しく、その光景を目にした瞬間、息を呑んで硬直してしまった。
すでに多くの
大勢の
円を描くように取り囲み、地に膝をついて、頭を垂れる。
その中心に呆然と立ち尽くす双葉が居た。
まるで王に忠誠を誓う臣下のようではないか。
恐る恐る顔を動かした双葉と目が合った時、ルキアは改めて戦慄した。
「ルキア……これ、どうなってんの?」
あの光景を忘れられるはずがない。
浦原商店を訪れたルキアはいつにも増して厳しい表情をしており、普段に比べて声も冷たくて、現状唯一頼れる喜助を前に見据えていた。
「何が起こっている。あれは一体、何なのだ」
「そう怒んないでくださいよ。あたしだって驚いてるんです」
喜助が身に纏う雰囲気も普段とは違っていた。気の抜けた声、眠そうな顔、怪しげな雰囲気。今日はそのどれもが欠けている。だらしない姿勢だけは健在だが、それでも緊迫した状況であろうことは彼の佇まいを見れば伝わってくる。
怪しい人物だが知識は豊富だ。彼にわからなければ対処できるはずもない。
緊張を隠そうとするルキアを相手に、喜助は立ち上がりもせず視線を向ける。
「正直に言えばあたしにだってわかりませんよ。あなたに言われるまで、道野さんがおかしな人だなんて気付きもしませんでしたからね」
「だが、あれが……あの状況で何もないとは考えられない」
「そうでしょうねぇ。何かがあるのは事実なんでしょう。でもそれを確かめる術はない」
喜助は諦めた風にも見える態度で視線を上げる。中空を見つめて何を思うのか。
その場に居合わせたテッサイも部屋の隅で直立したまま、口を挟むことなく沈黙している。
手掛かりはなしか。そう判断してルキアは視線を落とした。
昨日、数え切れないほどの
あれは間違いなく、双葉を目指して現れた。
そして用が済んで元居た場所へ帰っていったのだ。
理由がないわけもない。ただ自分たちがわからないだけだ。
思案するルキアに向けてだろう、いつの間にか俯いていた喜助がぽつりと呟く。
「朽木さんは、あたしらがどうして現世へ逃げてきたのかご存じでしたっけね?」
「……ああ。漠然とはな」
「これから話すのはあたし個人のお話です。少し聞いてもらえませんか」
ルキアは返事をしなかった。
それを彼女の意思と受け取ったのだろう。喜助は静かに語り出す。
「その昔、あたしは好奇心が旺盛でね。ちょこっと手先が器用だったもんですから色々開発なんてことしてたんですよ。みなさんの役に立つと思って。この店もその名残です」
微動だにせず喜助を見つめてルキアは話を聞いていた。
相槌を打つ必要はない。彼は話し続ける。
仮にそこにヒントがあるのなら、聞かないという手はないだろう。
「あたしのお友達がね、孤児を拾ってきたんです。可愛い男の子でした。争いが嫌いで、些細な喧嘩でさえ心を痛めるんです。だけど不思議と、彼が止めるとみんな喧嘩をやめてしまう。屋敷に居る従者も、護廷十三隊の死神も、
「何……?」
「ひょっとしたらと思ったんです。彼の力があれば、死神も
ふう、と息が吐かれ、喜助は物憂げにしていた。
腕組みをして沈黙するテッサイが纏う空気がわずかに変わる。彼は知っているのだろう。一部始終を知るため、何かを思い出しているようだ。
「彼こそがオリジナル。研究を重ねて、あたしはある物を作りました。死神と
佇まいを直して、喜助はやれやれと首を振る。
「結果は成功。故に失敗。アレは恐ろしく強大な力を持ち、ありとあらゆる奇跡を自分の力で実現させてしまう。問題のない完全な形になったことで、研究は成功と言えますが、あたしが目指した物とは遠くかけ離れていた」
喜助は以前から物事をはぐらかして説明する癖がある。
受け止めようとしてもルキアには理解できないことがあった。だが状況からして、また彼の口ぶりからして、双葉の件と関わりがないとは思えない。
自然と眉間に皺が刻まれ、全貌を知ることができないとはいえ気分が落ち着かない。
「おまけに以前から狙っていた相手に奪われてしまいましてね。何か起こってもいいようにと監視は続けてきたつもりですが、敵もさる者、そう簡単に尻尾は掴ませません。だから何が起こっているのかわからないことも多いんです」
大きく肩を落として、珍しく疲れている態度を見せた。
それでも諦めるつもりはないようだ。この件が無関係とは思えないのだろう。自らが終止符を打つ必要があると彼は感じている。
「あんな物、作るんじゃなかった……正しく使えば或いは利用できたかもしれません。でもね、朽木さん。作られた物は所詮物でしかない。悪用する人物の手に渡れば、どんな志で作られた物であろうと人に害を及ぼしてしまう。そんなわけであたしは大罪人ですよ」
「貴様が怪しいのはいつものことだ。そんな程度で今更驚かん」
「一応、追放の理由は違うんですがね? 巧妙に立ち回られて、あたしらのことは捻じ曲げて伝えられてるんです」
「そんなことはどうでもいい。問題は双葉だ」
ぴしゃりと断ち切ってルキアは話を元に戻した。
ずいぶん熱心だと喜助は気圧され、苦笑するといつもの余裕が戻ってくる。
「貴様の発明品が関わっているということか?」
「いーえ、今のはただのあたしの独り言。おセンチになって過去の行いを懺悔しただけです。だから確定だとは言えない」
「それでも、可能性はゼロではない……」
「気をつけた方がいいですね。遅かれ早かれ、彼の存在は
自らの唇を噛む。
不安に襲われるルキアは、なんとしても守らなければ、そう決意を改めた。
双葉は大事な人だ。そう認識してしまった。そうでなくとも自身は死神であり、戦う術を持たない人間を守るのは務めである。
「その誰かについて、心当たりはあるのだな?」
「どうでしょう。敵さんも頭がいいみたいですからね。だけど隙がないわけじゃない」
「ずいぶん、詳しいのだな……その割には情報を渡さないが」
「失敬。こういう性分でしてね。どこで誰が聞いているかわからないでしょ?」
彼の秘密主義は強い警戒心からくるもののようだ。ルキアを信用して、味方だと判断していても全てを明かそうとはしない。
面倒な奴だと憤るが他に頼りがないため、ルキアは嘆息しながら言葉を呑む。
「まあいい。とにかく今は双葉に注意していればいいということだろう。その敵が
「お熱いですね。死神の仕事は?」
「無論遂行する。一護が尽力するし、私の霊力も回復しつつある。死神として刀を振るうにはもう少し時間が必要だが、なんとかするさ」
「お手伝いしましょうか?」
気楽なひと言に表情が変わり、ルキアは驚きを隠し切れずに視線を向ける。
帽子の下から覗く喜助の眼には怪しげな光があり、まだ一線を退いていないことが理解できる。
いちいち回りくどくてめんどくさい男だが、今は備えておいた方がいい状況。
ルキアは迷わず真意を問うた。
「戻せるのか?」
「本当は時間をかけて自然回復させた方がいいんですよ。デメリットがないわけじゃない」
「つまらん問答は不要だ。回復できるのか、否かだ」
「できますよ。ほんの少しお時間を頂ければ」
迷いはない。問いかけられた瞬間、そう言うだろうと思って答えは決まっていた。
「頼む」
「わかりました。今回に限ってはお代は結構ですよ。よくないことが起こりそうですからね……それと黒崎さん、彼も連れてきてください」
「一護を?」
「どうやら彼の力は朽木さんの死神の力を譲り受けただけじゃない。初めから眠っていた自分の力に目覚めつつある。そろそろ知っておくべきだ。“始解”と、叶うならば“卍解”まで」
驚くルキアだったが受け止めるのは早かった。
確かに一護は目覚ましい成長を遂げている。そしておそらくはまだ発展途上。
どうしようもない状況に陥って、ルキアの霊力を渡して死神となった後、実戦経験を積んで霊力は大きくなる一方であり、まだ限界は見えていない。
初めから眠っていた、と聞かされて、なるほどと思う。
ルキアの霊力の譲渡はきっかけに過ぎなかった。彼は今よりもっと強くなる。
「わかった。だが……」
「ご心配なく。あたしの知り合いに話を通しておきました。道野さんの身辺警護は彼らにやってもらうつもりですよ」
「彼ら?」
問いかけた直後、不意に霊気を感じた。
振り返ったルキアは店の戸を開け、外を見る。
初めからそのつもりだったのか、彼は唐突に現れた。
空中に人が浮いている。否、浮いているわけではない。逆さになって天地が逆転し、地面がないそこに足を置いて立っているのだ。不思議な状況だが浮遊しているようには見えない。
きれいなおかっぱの金髪で、なぜかは知らないが見覚えのある学校の制服を着ている。
にやりと笑い、胡散臭そうな態度で挨拶をされる。
「どーも初めまして。偏平足の平に、小野妹子の子、真性包茎の真と、辛子明太子の子で、
「ご託はいい。貴様は死神か?」
「えらい単刀直入に聞いてくるお姉ちゃんやねぇ。つーか俺のこと知られてない? 流石にそれはショックっていうか~、上手いことやられたなって感じで辛いとこやなぁ」
平子真子。
護廷十三隊に入隊後、どこかで聞いた気もする名前だが興味はない。深く知ろうとも思わない。今は双葉のことばかり気になった。
真子は飄々とした態度を崩さず、彼自身も多くは気にならないようで、軽薄そうな笑みと軽くあろうとする声とは裏腹に、鋭い眼光から良からぬ何かを感じる。
「まあええわ。要するに俺らはその双葉っちゅう奴を守ればええんやろ? そしたら敵さん勝手に寄ってきよる。ハハッ、ええやんか」
「こいつは信用できるのだろうな?」
「あたしと同じ、脛に傷がある人でしてね。腕は立ちますよ。共通の敵も居ます。あくまであたしの予想が正しければの話ですが」
こんな連中だが頼るしかない。
自分たちでやるしかない。その考えこそルキアが必要以上に気負ってしまう原因でもある。
今更後には引けず、やると決めた以上、やるしかなかった。
「別に条件ってわけやないけど、そのイチゴって奴には俺も会っときたいな」
真子が言い出したことでルキアは振り向いて冷たい視線を投げかける。
やけに楽しそうだ。彼は微塵も気にしなかった。
「修行やったらどうせ人手は要るやろ。俺もこっちに参加してええかな?」
「……双葉の護衛はどうする」
「安心してーな。俺一人だけやないねん。仲間を派遣するよってに」
怪しげだが確かに強そうではある。わずかに放出した霊圧で伝えられるかのようだ。
「俺らは“
そう言って真子はどこからともなく仮面を取り出し、隠れて覗き見るように顔へ被せた。
その仮面はまるで
ヒントになるかもしれないと初めて向き合い、ルキアは彼の話を聞くことを決めたようである。