※この作品はR-18です。

虚ろの遊園   作:ヘビとマングース

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日常と昼食

 周囲の心配も余所に、何事もなく毎日を平穏に過ごしていた。

 あの思わせぶりな感じは一体何だったんだろうかと疑問に思うほど身に降りかかる危険もなく、特に変わったことが起こらない平和な日々が続いている。

 

 「双葉、一緒に昼メシ食わねぇか? たまにはいいだろ」

 

 昼休みに入ってすぐに、隣のクラスまで一護が呼びに来た。

 普段はクラスメイトと机を囲むことが多いのだが、一護は幼馴染で特別親しいことも知られているため反対はない。たまには行ってこいと微笑ましく見送られたのである。

 弁当を持って廊下へ出ると啓吾と水色、チャド、そこまではいいがもう一人、眼鏡をかけて険しい表情をしている男子生徒が立っていた。わずかに驚いていると一護が言う。

 

 「石田だ。こいつも来る」

 「石田って、テストで一位のあの石田?」

 「よく知ってんな」

 「お前が覚えなさすぎるだけなんだよ。意外だな。いつの間にか仲良く――」

 

 言いかけた双葉は微妙な雰囲気に気付く。

 啓吾は少しだけ汗を掻きながらぎこちない笑みを浮かべていて、水色とチャドは普段と変わらない様子に見えるものの、一護と件の石田雨竜の間に緊張感がある気がする。

 

 「なってはなさそうだな」

 「もちろんだよ。僕が黒崎と仲良くするはずがないんだ。今日はたまたまでしかない」

 「お前態度悪ぃな。嫌なら来んなよ」

 「そうしたいのは山々だが、浅野君が奢ってくれると聞いたからね」

 「あなたって庶民派なのねーっ!? つーか一護ォ! 毎度俺にタカるんじゃねぇよ! そんなに石田を呼びたいならお前が奢ればいいだろー!」

 「そう言うな。そうでもしねぇとお前とは一緒にメシ食いたくねぇんだから」

 「へぇ、そうなんだ。俺ェ!? ヘイト高いのはむしろ俺の方!? どーして!? どーして!?」

 「あーうるせぇ」

 「確実にそれだろ」

 

 騒がしくなった啓吾を無視して、一護が先頭になって歩き始める。

 行き先はおそらく屋上だろう。昼食時、誰も来ないそこに集まっているのはよく知っている。時折双葉が参加するのも珍しくはないからだ。

 意外なほど大所帯になって廊下を歩いて一行は屋上へ向かう。

 

 「一護が交友関係広げようとするなんて珍しいな。何かあったのか?」

 「別に」

 「やっぱり手の包帯だろ。あのインパクトと面白さに惹かれたんだ、そうだろ?」

 「お前もう黙ってろ」

 「僕と友達になろうとしているなら正直迷惑だ。君とは誰よりも合いそうにない」

 「お前もうるせぇなぁ。もうちょっと気の利いたこと言えねぇのかよ」

 

 双葉に対してはともかく、啓吾と雨竜が口を開けば一護は面倒そうに対応する。普段からそうされている啓吾はいいとして、あまり仲が良いようには見えない雨竜に対しては冷たい態度にも見えるのだが、やり取りを少し見てみれば不思議と悪くない関係なのだと感じた。

 案外上手くやっているのかもしれない。

 知らない間に接近していたらしい二人に興味を持つ。

 

 図らずも一護と雨竜が先を行き、その他が少し遅れてついていく形となった。

 屋上までそう時間はかからないとはいえ、あーだこーだと悪態ばかりとはいえ、二人きりで話す彼らの間に沈黙は生まれない。なんだ、と水色が呟く。

 

 「結構仲良いんだね、あの二人。似た者同士で微妙に反発してるけど」

 「ふーん。喧嘩っ早いの?」

 「そんなことないと思うけど、素っ気ないしぶっきらぼうだよ」

 「そうか」

 「双葉なら仲良くできるんじゃないかな。一護と仲良くできるし」

 「それを言うならお前もだろ?」

 

 水色の表情を見ると心底楽しんでいるらしいと伝わってくる。何を求めているのかは知らないが二人の仲を茶化そうというつもりはないようだ。

 傍から見れば口喧嘩をしているのだと見えるのに、本質はそうではない。

 面倒な奴らだと、咄嗟に理解した双葉は肩をすくめた。

 

 「黒崎くーん! あたしたちも一緒にご飯してもいい?」

 

 廊下の向こうから駆け寄ってきた織姫が上機嫌にそう言う。

 その背後、一護のクラスメイトである女生徒たちが集まっていた。

 あちらもみんなで食べようと集まったようで、そこからさらに合流しようと言うのだ。

 問いかけられた一護よりも早く啓吾が反応して、ずいっと前へ出ると喜色満面で拳を握る。

 

 「ぜひっ!」

 「お前は黒崎じゃねぇだろ。下がってろ」

 「おべんとはみんなで食べた方がおいしいでしょ? いいかな?」

 「別にいいけどよ、あいつらは納得してんのか?」

 

 良からぬ気配を感じて一護が目を向ければ、おそらく納得していないだろう、本匠千鶴がメラメラと燃える炎を瞳に宿しながら駆けつけてきた。

 彼女のこれ見よがしな特徴は隠されもせず全クラスメイトに知られており、聞こうとしなくても聞いてしまった過去がある一護は口を挟むつもりもなく閉口する。そしてその反応は彼女たちと同行していた女生徒たちも同じだったようだ。

 

 「ひーめー! なんで男連中と一緒にご飯なの!? こんな奴らどうでもいいからあたしと二人でねちねちぐっちょりペッティングしながら食べよー!」

 「え、ええっと、それはちょっと……」

 「ぐっはー!? てめぇ本匠! 男が井上さんに言ったら速攻でセクハラ認定される発言を同性だからって堂々としやがって! 羨ましいんだこんちくしょー!」

 「あぁ!? こっち見んな浅野ォ!」

 「ぎゃあああっ!? 目がぁ! 目がァ!?」

 

 生徒も教師も往来する廊下で騒がしい限りだ。

 同行する予定の男女でさえ多くが白い目で見ており、落ち着くどころかヒートアップしようとしている二人に開いた口も塞がらない。

 

 「お前らのクラス、楽しい奴が多いんだな」

 「嬉しくもねぇよ……こんな奴らなら」

 

 呆れて物も言えなかったが、無視して置いていこうとしたらしっかり後をついてきたため、振り切ることはできなかった。

 結局は女性陣の同行も許して屋上へ到着する。

 

 シートも持ってきていないため地べたに座ることになる。

 さて食べようと一護や雨竜が座ろうとした時、待ったがかかった。

 誰だろうと考えるまでもなく声の主は啓吾であって、やけに燃えている彼は拳を握り、うざったいくらいの熱意で高らかに叫び出す。

 

 「こんなチャンスは滅多にねぇ! 合コンよろしく男・女・男の順で座ることを提案します!」

 「却下! あたしの隣には姫以外座らせない! むしろ女・女・女こそあたしにとっての黄金比率にして必勝の方程式!」

 「なにをぉ!? わがまま言うんじゃねぇ本匠! 俺だって本音じゃ女・俺・女のサンドイッチどころかおしくらまんじゅうが一番いいわ! そこを我慢して敢えてみんなのために言ってやってるんじゃねぇか!」

 「お前のハーレムなんか誰もいらんわっ!」

 「目がァァっ!?」

 

 いつになく楽しそうに騒ぐ二人の間に割り込める者は居ない。

 恋人が欲しいというのが嘘ではないだろう啓吾だが、彼は誰かと一緒に騒いでいる時こそ本当に幸せそうにしている。本気で織姫の体を狙っているだろう千鶴は本気で織姫を狙おうと動いているとはいえ、一緒に大声を出してくれて本当に嬉しそうだ。

 呆れる双葉の隣では水色がにこにこしており、巻き込まれたくはないが見ている分にはそこそこ楽しい、そんな感想を抱いて眺めている。

 

 「いっそのことあの二人が付き合えばいいのに」

 「いやぁ、無理だろう……あの調子じゃ」

 「屋上というロケーションは悪くない。でも問題なのは男どもよ。いっそのこと、姫の純潔を奪えるのなら女たちに見られていてもそれはそれで構わないのに!」

 「なに~っ!? 井上さんの純潔!?」

 「あたしの姫で妄想すんなァ!」

 「鼻だァ~っ!?」

 

 誰も彼らの話を聞こうとはしていなかった。

 一方で啓吾の提案をしっかり聞いていた生徒も居て、ボタンを外して警戒もせずにシャツの胸元を広げている夏井真花が言い出した。

 

 「別にいいんじゃない? こうやって集まることなんかほとんどないんだし」

 「マジっすか!?」

 「マジっす。ま、別にそんなエロいことするわけじゃないから適当にね」

 「やったぜ! ついに俺の願いが叶った!」

 

 乗り気である、という態度には見えないものの、真花はそう言って平然としている。

 次の瞬間には気まずそうにしている竜貴の肩を掴み、ぐいっと押しやった。

 

 「つーわけで竜貴は道野の隣ね」

 「はあっ!? なんで!?」

 「ほらほらみんな輪になって。さっさと座ってパパッと食べよ」

 

 押された竜貴が双葉の方へ突き出される。彼女は双葉と目が合い、途端に緊張した。

 

 「あぁ、有沢か……」

 「あぁ、竜貴か……」

 「なんなのそのあいつは別にいいかみたいなリアクション。ムカつくんだけど」

 「まあまあ」

 

 拳を握って構えようとする竜貴を双葉が押し留めてやり、にやりと笑って安心した様子の啓吾と千鶴は事無きを得たようだ。

 その直後には真花も適当になり、大半は考えることもなく座って大きな輪を作った。

 双葉の隣に座った竜貴は妙に緊張していて、以前とは違って真っ直ぐ彼を見ることができない。

 

 いただきますと呼吸を合わせることもなく、各々が勝手に食事を始める。

 楽しそうに会話する者、黙って食べる者、ちらちらと他の誰かを気にしている者と参加の仕方は個人によって様々だったが、その中で竜貴はしばらく食事を始めることすらできずにいた。

 

 「あー、食べないのか?」

 

 同じく気まずそうにしながらも気遣った双葉が声をかける。

 びくっと肩が跳ねた竜貴は、ようやく彼の顔を見ることができた。

 思えば自宅で裸を見られ、思わずぶん殴られた以来、まともに会話はしていない。特に竜貴に避ける素振りがあり、近付かない方がいいのだろうと双葉も無理に声をかけなかった。そのままずるずると冷戦が長引いているのである。

 

 「た、食べるよ」

 「うん、まあ、そりゃそうか」

 「うん……」

 

 答えた竜貴だが返事は素っ気ない。そんな自分が心底嫌になった。

 少し前までは何も考えずに話せるくらい親しかったはずなのに、今は何を話せばいいのか全くわからなくて混乱する。

 また意味のない沈黙ができてしまって、なんとかしようとする双葉の態度にも気付いていた。

 

 「なんか、久しぶりだな。こうやって話すの」

 「うん……あの、さ」

 「何?」

 「ごめん」

 

 とにかく言わなければと思って素直に謝罪する。視線は合わせず俯いたまま、竜貴は必死の想いで彼に伝えた。声は小さかったがちゃんと届いたようだ。

 急に謝られた双葉は驚いていて、竜貴を見つめて動かなくなる。

 

 「え、なんで?」

 「なんでって、それは、その……だから、アレがあったから」

 「アレ?」

 「あーもうっ、だからぁ。あんたの家に行って、ぶん殴って帰ってからだから……」

 「あ、ああ。いや、アレは俺が悪かったからさ。ごめん」

 「ん……別に、いいけど」

 

 食欲はない。しかしみんなが見ている手前、何もしないわけにはいかずに、竜貴も弁当を開けて一応箸を持つ。

 双葉も持参した弁当を食べ始めるも、気が気でない様子だった。

 あの時のことが思い出されて、忘れようともがくのに、不意に脳裏へ浮かんできて竜貴は顔を赤くすると慌てて首を振る。

 

 「なんか思い出してる?」

 「はあっ!? んなわけないじゃん……!」

 「忘れてくれ。俺もできれば思い出したくない出来事だから」

 「う、うん……えーっと、その」

 

 照れた顔で視線をうろうろさせて、何か言わなければと焦っていた。

 双葉が何かを言うより先に竜貴が呟く。

 

 「まあ、考えてみたらあんたとは一緒にお風呂にも入ったことあるし」

 「それ子供の頃の話だろ。一緒にされるのも……」

 「うるっさいな。忘れてやろうとしてんのになんで嫌がんのよ」

 「俺だって成長してんだから。色々」

 「ふーん……そうなんでしょうね」

 「あ、あれ? 怒ってる?」

 「別に~」

 

 唇を尖らせて拗ねてしまったらしい竜貴は、食欲も沸いてきたのか、落ち着かない感情に任せてがっつくように食べ始める。

 余計なことを言ったのかもしれない。理解しかねている双葉は不思議そうにしていた。

 

 「あんたは最近忙しいらしいね」

 「別にそんなことないけど」

 「おモテになるそうで」

 「うっ」

 

 思わず声が出てしまった。

 じとりと見てくる竜貴に冷や汗を掻き、双葉は思わず箸を噛んだ。

 

 「いやいや、まさかそんな、俺なんか全然」

 「別にあたしには関係ないけどね。あんたがモテようとモテなかろうと」

 「関係ないって……」

 「だってそうじゃん。あんたが誰と付き合おうと別にいーんだし」

 

 竜貴は素直になれなくてそう言ったのだが、双葉はそう受け取れなかったようだ。

 

 「そうか……俺は、たつきのことも家族みたいに思ってるんだけど」

 

 どこか寂しそうに、先程とは様子が違って俯きながら呟かれる。幼馴染であり、信頼している彼女本人から突き放されたと思ってショックを受けていたのだ。

 その様子に気付いて我に返る。

 そんなつもりじゃない。慌てた竜貴は即座に否定しようとする。

 

 「いやっ、違くて。そういうんじゃなくて。そのぉ……だから」

 「どういう……?」

 「そりゃ、あたしだって、そう思ってるよ。だから、そういうのは……うぅ」

 

 顔を赤くして意味のない言葉を吐き続けている。

 理解しかねる双葉だが、彼女に嫌われたわけではなさそうだと知って安堵していた。

 

 「そういう感じはやっぱたつきだな。変わってない」

 「るっさい」

 「最近元気なかったから、大丈夫かなって思ってたんだ。一刻も早く忘れてほしいけど俺もああいうのがあったし」

 「ハァ、誰のせいだと思ってんのよ……」

 

 聞こえないように小さく呟いて、がしがしと頭を掻いてから竜貴は双葉へ目を向けた。

 

 「あー、あのさ。あんた――」

 

 その時、双葉の隣に座っているルキアの姿がばっちり視界に入った。にこやかに微笑んでいる彼女は何かを期待するように竜貴を見ていて、その瞬間、彼女の言葉が思い出される。

 好きなら好きと言いましょう。

 一緒に付き合いましょう。

 双葉のことが好きなんでしょう?

 顔が異様に熱くなって、竜貴は素早い動きでがばっと首の向きを変えた。

 

 「ど、どうした?」

 「べ、別に」

 「そうか……体調とか悪かったら言えよ?」

 「うん……」

 

 まざまざと思い出してしまった。

 聞けるはずがない。朽木さんと付き合ってるの? そんなことを聞いた途端、すぐ傍で待ち構えているルキアが飛び込んできてよからぬことを言い出すに違いない。

 

 非常に困った。本当に困った。

 ようやく振り切ったはずなのに今度は彼女の言葉が頭の中をぐるぐる回っている。

 そりゃ、そうできればどれほどいいか。

 双葉と付き合うことができれば悩みなんて一つもなくなるのだ。だがこれまで育まれてきた倫理観が急ブレーキをかけてそれだけはだめだと言っている。人の道を踏み外すつもりなのかと、空手を続けて鍛えられた精神は強く、価値観が根底からひっくり返されるのを阻止しようとしている。

 何もかも捨てて凶行に走れればどれほど楽だろう。

 

 湯気さえ立ちそうなほど真っ赤になった顔は背けられてしまって、まだ調子が良くなさそうだと判断した双葉は無理に詮索するのはよそうと考える。

 その時になってルキアがにこにこしていることに気付いた。

 好きな反面、信用がない部分もあって、双葉はじとりとした目を向ける。

 

 「ひょっとして楽しそう?」

 「ふふふ、わかります?」

 「あんまり良い予感はしない……」

 「ご心配なく。私が道野君を傷つけるはずないじゃありませんか」

 

 いつも通りの猫被りモードで、しかしいつもとは違った何かを企んでいる態度だ。

 安心はできないが、確かに傷つけられるとは思わない。近頃の彼女なら尚更そう思う。

 ただ、なんとなく心配になるのも確かで、うんうん唸って悩んでいる竜貴と、やけに上機嫌に微笑んでいるルキアに左右を挟まれ、双葉はなんとも言えない心境だった。

 

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