放課後になって、特に用もなく帰ろうとしていた。
廊下で呼び止めたのは一護だった。
「双葉。今日、うち来れるか?」
「ん? どうしたんだ、いきなり」
やれやれといった態度で話しかけてくる彼は心底望んでいるわけではないようだが、かといって嫌がっている様子でもなく、多分家族の提案なのだろうと察する。
双葉にとっては今より幼い頃から世話になった家族同然の間柄だ。一護は特に父親とは会わせたくないと考えているようだが、むしろ双葉にとっては嬉しい申し出である。
「別に何ってわけでもねぇんだけど、たまには遊びに来いってうちの連中がうるさくてな」
「ああ、そうか。そういえば最近行ってなかったもんな」
「嫌なら断ってもいいんだぞ。遊子と夏梨は喜ぶだろうけど、どうせ親父が嫌ってほどうるさくなるんだろうからな」
「行くよ。親父さんのテンション嫌いじゃないし、遊子と夏梨にも会いたいから」
「おう」
双葉は考える時間も持たずに快諾した。
約束の時間を決めて、今夜は共に夕食を取ることを決める。
一護とはすぐに別れてしまい、再び家路へ就こうと歩き出す。
「双葉」
「ん? あぁ、たつき」
次に呼び止めたのは難しい顔をする竜貴だった。
隣にはいつものように織姫が居て、部活へ行くまでは一緒に居るらしい。
「どうした?」
「あー……その」
何か言いたくて声をかけたのだがいざとなると言葉が出ない。まだ元通りとはいかないようだ。
頭の中でルキアの言葉がちらつく。
見ないふりをして頭を振り、妙にぎこちなかったが双葉に笑いかけた。
「今年、空手部調子いいんだ。あたしもインターハイ出るから、よかったら見に来てよ」
「ほんとか? インターハイって凄いやつだろ」
「あったり前じゃん」
「うん、見に行く。応援するよ。多分、そんなに忙しいこともないだろうし」
「そっか……うん」
朗らかに微笑む双葉を目の当たりにして、竜貴の表情も柔らかく、小さく頷かれる。
言いたいことや気になることはもっとたくさんあるはず。それでも、その顔を見られるだけで不思議と安心してしまう。
今日はいいや、と決めて、織姫の手を握ると強引に引っ張って歩き出した。
「じゃ、じゃあ、また明日」
「ああ。あ、たつき」
「な、何?」
「今日一護の家に行くことになったんだけど、お前は?」
「今日はやめとく。織姫と約束あるからまた今度」
落ち着かない調子でそそくさと去ってしまう。彼女が羞恥心でどうにかなりそうなことに双葉は終ぞ気付かぬままであった。
元気ならばそれでいい。彼女の素早い足取りを見てそう思う。
「約束なんてあったっけ?」
「ううううるさいっ。喋りたいことがあんの」
「あ、そっか」
竜貴と織姫が去っていくのを見送って、向かう方向は同じだったが双葉も行こうとする。
足を動かし始めた途端にまたも声をかけられた。
「ふた……道野君」
「ん」
声だけでわかった。
振り返ると猫被りモードのルキアが立っている。
少し前ならともかく、今は驚いたりもしない。学校で話すのも構わないだろう。双葉は平然と、一応周囲に気を使いながらも対応した。
「何?」
「ちょっと、来て頂けるかしら」
「ああ……まあいいけど」
普段を知っているせいか、丁寧ではあるがその猫被りモードの方が戸惑いを感じる。すっかり慣れてしまったのだろう。元々はそっちだけを知っていて、
ルキアに連れられて歩き、警戒もせずに双葉は同行した。
到着したのは屋上だった。
昼休みにも訪れた場所。忘れ物をした覚えはない。
何の用事だろうと考えればあまり良くない想像ばかりしてしまう。
そういえば近頃は家の中で、みんなですることが多かった。
そうなる前は学校でもあちこちを巡り、この屋上も含め、あらゆる場所で二人っきりでしたなと思い返す。少し前のことだがやけに懐かしくもある。
念のために猫を被ったままとはいえ、上機嫌そうな様子は隠すつもりもない。
もうちょっとこっちへ。ルキアに手招きされて入り口からは見えない位置へ移動した。
「んっ……」
隠れるように壁の陰へ入った瞬間、首に腕を回されて唇を奪われる。
こんな場所で、誰かに見られないか。反射的に心配したものの、以前に比べてより大きな愛おしさが胸の内に広がって、考えるまでもなくそっと彼女を抱きしめた。
しばしキスに興じて、首の角度を変えて何度も唇を押しつけ合い、ちゅっと鳴らしてからようやく顔を離す。
してやったりといった様子のルキアは珍しく性欲に呑まれてはいなかった。
「なんだよ、急に」
「なに、たまには二人きりでイチャイチャしたいと思ってな。デートというやつだ。こうして二人で過ごすのもしばらくなかっただろう」
「ああ……そういえば」
ちょうどそんなことを思っていた時だ。
ウルルが来て以降、何はともなく三人ですることが多くなり、セックスはもちろん食事も風呂も三人が基本になった。
そこへひよ里がやってきて、騒がしくはなったが大半のことが四人に増え、意外にも双葉に懐いて離れようとしないために孤独を感じる暇など一秒たりともない。
二人きりになってみて、少し心情が違っていることに気付く。
ルキアに手を握られ、エロいこともせずに見つめ合う状況は悪くない。
彼女は悪戯っぽく微笑み、目を覗き込んできた。
「恋人とイチャイチャしたいと思うのはおかしなことではないだろう?」
「そ、そんなはっきり……」
「ふふふ。照れるな」
想いを伝えられた日から互いに意識が変化している。特に顕著なのはルキアは彼に対する好意を隠そうとはせず、猫被りモードの時ですら滲み出ているほどだ。双葉はいまだその変化に慣れていないようで、嫌がってはいないが照れてしまって仕方ない、そんな様子で頬を赤らめた。
ルキアに促されて地べたに座り、胡坐を掻いた太ももの上に乗ってくる。
横抱きにするように腕で背を支えて、再びキスをした。
「双葉……落ち着いているな」
「うん。ルキアが一緒に居るからかな」
「勃起してもいいのだぞ?」
「もうちょっとムードとか考えられない?」
彼女も落ち着いているがしたくないわけではなさそうだった。
くすくす笑うルキアに、慣れた双葉も苦笑する。
「有沢についてはどう思う?」
「は? どうって?」
「抱きたいと思うのか?」
「だっ!? なんだよ、いきなり……せっかくお前と二人きりなのに」
ムードもへったくれもないと言いたげに双葉は困惑している。きゅっと手を握って、珍しくコスプレでもない状態で抱き合い、いい感じになっているのに。考えていることは違ったようだ。
それでも尋ねたのがルキアだというだけで、双葉は真剣に考えようとしていた。
「そういうのは別に、ないかな。だって小さい頃から一緒に居る家族みたいなもんだし、一護としたいとは思わないのと同じっていうか、好きだけど、そういう風に見るのは失礼というかなんか変な感じもするし」
「そうか。抱いてくれと言われたらどうだ? 前向きに検討できるか?」
「な、なんでそんなこと……変なこと企んでる?」
「企んではいない。ただお前がそう思っていても、相手が同じとは限らないということだ」
愛おしそうに頬や顎のラインを撫でながらルキアが言ってくる。
その言葉ではたと気付いてしまって、双葉は驚いた。
「え……あーっ、と? それって……」
「私から全てを伝えるのは違うと思うが、な」
「それ、結構言っちゃってない?」
「お前の意識を変えることは必要だろう。今まで進展がなかったのはつまり、そういうことだろうと理解したからな」
言い終えてルキアは彼の肩口にこつんと頭を預け、安堵した様子で目を閉じる。
先程の発言とはまた別に、それはそれとして、彼女自身も好きでいる。普遍的な恋人がそうするように甘えたくなるのは本人にすれば当然のことだ。
一方で、言われた側の双葉はどういうつもりだと悩んでいる。
「あのさぁ……前から思ってたけど」
「なんだ?」
「俺のこと、好きでいてくれてるんだよな?」
「もちろんだ。好きだぞ、双葉。伝わっていないか?」
「伝わってる……それは嬉しいんだ。でも、なんかおかしくない?」
「何が?」
「そのぉ、だから、つまり……ウルルとかひよ里とかリサさんとか、他の女の子とエッチしてるのとか嫌じゃないの?」
おずおずと双葉が尋ねると、ルキアは真剣に考えてくれたようだ。
「ふむ。確かに何も思わないでもない。私にだって嫉妬心はある」
「そうなんだ。そうは思わなかったのに」
「しかし好きな男が他の女に責められて気持ち良さそうな顔をしていると、こう、嬉しくなるというかムラムラするというか。もっとぐちゃぐちゃにされてしまえ、と思ったり」
「喜べるわけないよね?」
「それにたとえ他の女を抱いていても、私を好きでいることには変わりないだろう?」
真っ直ぐに目を見つめて微笑み、信じ切っている様子で問われて否定できるはずもない。
双葉は、照れを隠せずにぐっと唇を噛んだものの、思っている通り素直に告げた。
「……そうだよ。だって、好きだしさ」
「ふふふふ。だから心配はしていない。出会ったのはつい最近だがずっと一緒に居る。お前を信頼しているから、むしろ涙を流しながら私に助けを求めるくらいもっと激しくイキ続けてほしいとさえ思うぞ」
「撤回しようかな」
ズゴゴゴと妙な雰囲気を感じさせながら彼女は笑っている。やっぱり考えを変えた方がいいのかもしれないと双葉は迷うのだが、そうはさせないと言わんばかりにルキアが首に腕を回してきた。
唇にキスをされて、鼻先を触れ合わせながら見つめられる。
「なんでも知っている気になっていた。だけど私たちはまだ出会ったばかりだ。もっとお前と一緒に過ごしていたい。これからもずっと」
「う……急に真面目になるのはなんなんだよ。ほんとずるい」
「私はずっと真面目だぞ? 他の女の下でお前に鳴いてほしいというのも本気で言っている」
「だから問題なんだよ、それは」
釈然としない部分はあるとはいえ、もう慣れようと決めたのだ。
何より双葉もまた隠しようのない気持ちを自覚している。
ルキアの腰に腕を回して抱きしめると、彼女の肩に顎を置いて囁いた。
「俺もずっと一緒に居たい。最初は変なスタートだったし、みんなには言えないけど、今は傍に居るだけでほっとするんだ。ずっとこのままで居られたら、って思うから」
「ん……そうなるように努力しよう」
しばらく二人は離れなかった。
何を語るでもなく抱き合ったままでいたり、触れ合うだけのキスを繰り返したり、普段と変わらずになんでもない話をしているだけ。珍しいほどにセックスをせずに、ただ一緒に居るだけ。だが不思議なほどに心地いいと思うのだ。
発言した通り、ずっとこのままで居たい、そう思っていた。
数分、数十分か、一時間近くは帰ろうとはしなかった。
屋上を囲うフェンスがガシャンと鳴ったのは突然の出来事だった。
咄嗟に目を向けた二人は、怒った顔でフェンスの上に立っているひよ里を見つける。
「何しとんねんお前らっ!」
「恋人らしくイチャイチャだが?」
「こいっ……!? アホなんかコラァ! ハゲェ!」
「今日もずいぶん騒がしいな」
やれやれと言いたげなルキアは怯むこともなく、これ見よがしにぎゅっと双葉に抱きつく。それを見るとひよ里は額に青筋を立ててさらにキレた。
どうやら処女を捧げた相手である双葉にぞっこんらしいのだ。わかりやすいほど彼に対する好意を表して、ルキアやウルルには敵意を見せている。それでも同居が上手くいっているのは双葉が尽力しているからに他ならない。
「恋人って、お前、そんな……恋人やったらうっ、うっ、うちの方が恋人やろが!」
「なぜだ?」
「なんでもや! ええからはよ離れろ!」
「まったく、器の小さい奴だ。ハーレムくらいいいだろうに」
「いや、あっちの反応が正常だと思うんだけど……」
聞かずにルキアは双葉の胸元へ頬を押し当てて動かない。
放っておけばますますヒートアップするひよ里が、背にある刀を抜きかねない。事実彼女がそれを手にして本気でルキアやウルル、ついでにリサを斬ろうとしたこともある。
まずいと思った双葉が右手を差し出し、怒り狂うひよ里に言った。
「ひよ里、こっちおいで」
びくっと反応し、途端に顔が赤くなり、もじもじし始める。ルキアが気になるのだが今はそれどころではない。ひよ里は思い切って動き出した。
座り込む双葉へ駆け寄って勢いよく抱きついて、ほっぺた同士をくっつけ、ぎゅーっと力を入れて頬ずりした。
「お前は、ほんまにアホやから、はようちのとこに帰ってきたらええんや……!」
「ご、ごめん」
感化されている双葉も彼女を見捨ててはおけないようで、寂しげに、どこか悔しそうに力強く抱きついてくるひよ里を受け入れ、ちゅっとキスをしてやった。感情が爆発するように目を丸くして真っ赤になるのだが、恥ずかしそうにしながら、またしてほしそうにきつく目をつぶって唇を突き出すのだ。
応えてやる双葉がキスをするのを間近に見ながら、怒りもせず、おーっと感心する様子で眺めていたルキアが小さく呟く。
「相変わらずちょろい」
「あぁっ!? なんやとコラっ! ちょろないわ!」
「まあまあ、落ち着いて……」
授業が終わったのに帰ってこないため、寂しくなって迎えにきたのだろう。
そういった場面において反応はそれぞれ違う。
双葉が中々帰ってこない時、護衛だからという理由を持つひよ里は自ら探しに外へ出て、ルキアはあれこれ心配と妄想を同時にしながらオナニーをして待ち、ウルルはウィンウィンとぐねぐねするバイブを二本持って玄関で待ち構えていたことがあった。
寄り道をせずに真っ直ぐ帰るのはそうした理由があるからである。
ひよ里が来たということは、待ちぼうけたウルルが待ち構えている可能性がある。家へ帰るのが怖くなってしまう。
ルキアのみと付き合っているならばしなくていい心配だと考え、ウルルもひよ里も優劣をつけずに好きとはいえ、やはり普通であったならと思う瞬間だ。
今日は夜に予定がある。
許してもらうためならば土下座だってしようと覚悟を決めた。
諦めた顔をする双葉が黙っていると、ルキアとひよ里、二人から同時にキスをされた。