※この作品はR-18です。

虚ろの遊園   作:ヘビとマングース

29 / 40
予兆と誘惑

 夜も更けて、インターホンを鳴らされたのは双葉の迎えが来たからだ。

 一体誰だと一護を除く三人が勇んで玄関へ向かい、ちょっとした騒動が起こった。

 ワンピース姿のルキアが一人で立っていて、誰もが恋人だと判断したのだ。

 

 「私は、そうですね……双葉の女、とでも言っておきましょうか」

 「……あぁっ!?」

 「か、夏梨? ちょっと向こうごふっ!?」

 

 ぽっと顔を赤らめたルキアが恥ずかしそうに言ったおかげで、夏梨の鋭く突き出された拳が双葉の腹部へ突き刺さり、もんどり打って倒れた彼がマウントを取られた。

 止めようとする一護と遊子、楽しそうに参加しようと腕を取る一心、荒れ狂う夏梨と悲鳴を上げる双葉により、夜中だというのに家の前でずいぶんと騒がしくしてしまった。

 あぁ、またあの家か、と近隣住民に思われていることだろう。

 ただ楽しいだけの時間かと思いきや、予想外の展開だ。

 

 帰る頃にはすっかり疲れ切っており、双葉は大きく肩を落とした。

 夜道を歩くと空気がひんやりしていて癒してくれるかのよう。彼が日のある時間より夜を好んでいるせいもあるだろうか。やっと心を落ちつけられそうだった。

 隣を歩くルキアはやけに上機嫌で、疲れる彼とは裏腹に楽しそうに微笑んでいる。

 

 「もうちょっと言い方考えてくれよ……あぁ、まだじんじんする」

 「聞けばお前が悪かったそうではないか。結婚の約束をしながら他の女と付き合うなど」

 「忘れてたんだよ。っていうよりそこまで本気だと思わなかったっていうか……子供の頃はそういう話もするだろ? お父さんと結婚する、とか。それがたまたま俺と一護だったってだけで」

 「あの二人は本気のようだったぞ」

 「あーはいはい、俺が全面的に悪い気がします……遊子と一護の件は、ちょっとあれだけど」

 

 あの子は将来大丈夫だろうか。遊子の顔を頭の中に浮かべながら思う。

 夏梨がそこまで本気だったことにも驚いたが、懐かれてよく一緒に行動していたため、言われてみればなるほどと思える。家族同然に育ったが双葉とは血の繋がりがないこともあって、わからなくはないと思うのだ。

 その一方、遊子の場合は違う。兄離れするつもりがないどころか、むしろ以前よりも兄への愛が強まっているような気もして、その手の話には一護もまた頓着がないために上手に止められるという保証もなくて、今後が心配でならない。

 

 「そうかぁ……そういうことになるんだなぁ」

 「案ずるな。私が上手く言っておいた」

 「え? 嫌な予感しかしない」

 「つまり、理想的なハーレムの作り方だ」

 「あぁ~もうだめだ」

 

 双葉は頭を抱える。

 どこかずれている彼女だが今日はまずい。それで解決するとは思えなかった。

 

 「夏梨、怒っただろ?」

 「そんなことはない。上手く理解してもらえたつもりだぞ」

 「え、いや、そんなはずは……それはそれでちょっと複雑なんだけど」

 「遊子という娘の一言が効いたようだな。結婚には離婚もあるが、妹は一生妹なのだと。つまり誰と結婚して誰と離婚しようが妹は常に兄と一緒に居られるのだとか」

 

 聞いた瞬間は理解できずにきょとんとしてしまったが、なんとなく理解できた気がして双葉は顔を青ざめさせる。

 心配なのは自分よりも一護だ。まさかあの遊子が、初心で素直で可愛らしいあの子がいつの間にかそんなことを考えるようになっていただなんて。

 目眩さえ感じて、ふらりとした双葉の体をルキアが咄嗟に支えた。

 

 「女の子の方が成長が早いのか、あの子だけが特別なのか……」

 「或いは誰かの入れ知恵かもしれん。何にせよ逞しい子ではないか」

 「人間は変わるんだろうけど、その変わり方だけは今後が心配だ」

 

 双葉はなんとか踏みとどまったものの、寄りかかったのをいいことにルキアが手を繋いで、彼もそれを嫌がらずに受け入れる。

 自分よりも小さな手をぎゅっと握り返した。

 

 「お前に惚れているあの子はいいのか?」

 「あんなに殴られるくらいなら認めた方がいいよ……」

 「身体的な痛みも効果ありということか。すでに幼女なら手篭めにしているしな」

 「人聞きの悪いこと言うな。そもそも俺が手ぇ出したわけじゃないぞ」

 「逆らえなかったのは同じだがな」

 「そうなんだよなぁ……」

 

 妹のように想ってきた夏梨のまさかの攻撃に、ほどほどに傷心しつつ、しかし一心の言葉を借りてまあなんとかなるかと諦める。

 現状でさえ物事はちっとも自分の思う通りになっていない。

 もういいんだ、などと思ってしまう双葉にルキアが笑いかけた。

 

 「しかし、仲がいいのだな」

 「まあ、な。兄妹みたいなもんだから。今日のでちょっと危うくなったけど」

 「お前たちを見ていると羨ましい限りだ。私は兄様とはそうした関係を築けなかった」

 

 穏やかな表情だが気になる一言だった。

 双葉は顔つきを変えて尋ねる。

 

 「お兄さん居たの?」

 「ああ。言っていなかったか?」

 「多分……」

 「私は朽木家の養子だ。流魂街出身の者が貴族の家に入るなど、当たり前のことではない。多くの反対があったそうだ」

 「そうなのか。貴族って、俺にはちょっと遠い存在でわからないけど」

 

 そうか、彼女も貴族なのか。

 今になって改めてそんなことを思う。

 死神だとは知っていた。そしてとんでもなくエロい奴だとも思っていた。過去について普段の会話の中で本人から聞いたこともあって、朽木家が貴族であることも聞いた気がする。しかし兄について知らなかったのは複雑な想いがあったからなのだろう。

 

 初めて知った。

 知らないことは当然まだまだある。出会ってほんの少しでしかない。

 それを理解して、双葉は少し嬉しく思った。

 

 「朽木家の名を汚さぬようにと、気を張って生きてきた。お前と会って緩んでしまったが」

 「いいことなんじゃないか? 詳しいことはよくわからないけど」

 「そうかな……兄様が今の私を知れば、きっと失望されるだろう。もうすでにされているのだろうとは思うのだが」

 「あんまり、関係は良くなさそうだな」

 「ああ」

 

 握った手に力を込める。ルキアはそれだけでフッと笑ったようだった。

 

 「大丈夫。俺が居る」

 「お前は尸魂界(ソウル・ソサエティ)には来られないだろう」

 「そうだけど、こっちに居る間はここがお前の居場所だ。俺の傍に居ればいい」

 

 詳しいことはわからない。それでも、はっきりわかっていることはある。

 裏切ったりしない。すでに彼女に対しても家族同然の愛情がある。

 

 「嫌になったら逃げてくればいいさ。それで、また向き合えそうなら会いに行けばいい」

 「そうか……私はずっと、逃げてばかりいた。向き合おうなんて考えたこともなかったな」

 「腹割って喋ってみたらどうだ? それで何か変わるかもしれないし」

 「フッ、そうだな。好いた男が居るとでも言ってみるか?」

 「いやぁ、それはちょっと、俺に負担がありそうで怖いな……会いに来たらどうしよ」

 

 ルキアは安堵した顔でくすくすと笑った。

 好きだと自覚して、心を決めてからは驚くほど心境が違う。セックスばかりしていた頃よりも彼を想う時間が多くなり、穏やかな気持ちで過ごす時間が増えた。

 今更ではあるが、改めて好きなのだなと感じている。

 

 「試してみよう。兄様と向き合って、もう少し話してみる」

 「そうしてくれ。まあ、きっとなんとかなるさ」

 

 気楽に言って双葉がからからと笑い、ルキアも笑みを深めた。

 静かな夜の二人きりのデート。

 家に着けば待っている二人も加えてまた騒がしくなる。

 もう少しこのままで。いつしかそう思って、どちらがともなく歩調はゆっくりになっていた。

 

 そうして歩いていた時、唐突にそれは現れる。

 街灯がちらほらと立つ住宅街。暗闇に紛れるようにして白い装束を着た大男が立っていた。

 不意に嫌な感覚を覚えたルキアはすかさず双葉の前に立った。

 

 「こんばんは」

 「こ、こんばんは」

 「そこを動くな。貴様からは妙な霊圧を感じる……何者だ?」

 「虚(ホロウ)です」

 

 双葉はわずかに驚き、それ以上にルキアは目を見開いて驚愕していた。

 目の前に居る大男はやけに長身で筋肉質な肉体ではあるが、ただ目立つ風貌なだけで、単なる人間にしか見えないのである。霊体で生きた人間ではないものの仮面など着けていない。

 確かに霊圧は奇妙だと思っていた。極限まで弱めてあるのか、事前に気付けなかったのも仕方ないほど存在感を消している。そして、そう言われてよく感知してみれば、その気配は確かに虚(ホロウ)とよく似ていた。

 

 「虚(ホロウ)だと……!? バカな、あり得ない……!」

 「いいえ、あり得ます。あたしは虚(ホロウ)の仮面を外した虚(ホロウ)。そこらの雑魚と同じにしてもらっちゃ困るわ」

 「仮面を外す? そんなことをして何に……」

 「力が得られるのよ。リミッターが解除されるとでも言えばいいかしら。おっといけない、そんなことはどうでもいいのよ。あなたには用がないの、お譲ちゃん」

 

 見かけは筋肉隆々の大男だが女性のような立ち振る舞いや口調で、よく見ずともへそ出しの服を着て割れた腹筋を露わにし、野太い声で妖艶に喋っている。

 虚(ホロウ)であるか否かだけでなく、男か女かもあやふやな相手だった。

 彼は双葉に視線を向けており、警戒するルキアが背に庇うのも気にせずに話す。

 

 「あたしの主から、あなたへのメッセージを預かってきました。聞いて頂けるかしら?」

 「メッセージ?」

 「あたしの姿が見えて声も聞こえているのね。それなら問題はないわ」

 

 彼は懐から、わずかに光を放つかのような玉を取り出す。

 武器である可能性は捨て切れない。

 咄嗟に鬼道を放つ準備を整えたルキアは指を突き出して構えた。

 

 「待て! 主だと? 先に貴様のことを話せ。主とは誰だ。貴様は何者だ。どこから来た。なぜ双葉にメッセージを寄こす」

 「ああもうっ、そんなに一気に言わないでよ。答えてほしいのかほしくないのかどっち? 全部覚えられないわ」

 「ならばこれだけ答えろ。貴様は、本当に虚(ホロウ)なのか?」

 

 警戒心を露わにして睨みつけながら焦りを感じさせる。死神化する様子もない。

 ルキアを見た彼はフンッと鼻を鳴らして答えた。

 

 「本当よ。位で言えば最上級大虚(ヴァストローデ)。と言ってもあなたにわかるかしら」

 「人間の姿をした虚(ホロウ)だと……? まさか、そんなことが……」

 「もういいかしら? あたしが用があるのはそっちの彼。大丈夫よ、危ないことは何もしない。これだけ霊圧抑えてたらわかるでしょ?」

 

 ルキアには素っ気なく伝え、双葉を見るとにこやかに笑いかける。ある種の親しみを感じた。

 

 「まずはこれを見て。わからないことがあったら後で質問に答えるわ」

 

 言って光る玉を壁に投げつけ、パリンと割れる。

 中からは黒い液体が溢れ、ざわざわと動くそれが壁に何かを描き始めた。

 どうやら映像のようだ。禍々しい力を感じる霊子が人の姿を模って動き始める。

 

 屈強な姿に見えるが老人である。

 双葉は、なぜこれを見せられるのかがわからないまま注視した。

 

 《久しいなルザール。覚えているか? 虚圏(ウェコムンド)の王、バラガンである》

 

 壁に映し出された老人が喋り出した。

 これはメッセージである。返事をしたところで反応はない。

 そもそも、現状を理解しかねる双葉は何も言えずに沈黙して見入っていた。

 

 《過去、貴様とは幾度となく覇を競った。今もなお貴様について思い出すのは、この手で消滅させることができなかった後悔ばかり。生きていると知って抱くのは、いっそこの手で消し去ってやりたいという想いばかりだ》

 「なに、が……」

 《貴様が消えた虚圏(ウェコムンド)は儂の庭となり、至極退屈である……と言えればよかったが、貴様の失踪から幾ばくかして状況は変わった。儂は貴様を探していたのだ。ずっとな》

 

 何を言われているのかはわからない。しかし目を離すことはできなかった。

 これはきっと、今自分が聞いておかなければいけない話だ。

 嫌な胸のざわめきを感じて、知りたいという欲求を抱きつつあって、双葉は小さく喉を鳴らす。

 

 《貴様に手を貸したあの男が我が城を気ままに蹂躙している。許し難い愚行だ。本来であればすぐにでも消し去って安寧を取り戻すのだが、それが難しいほどに奴は奇妙な力を持っている。アレがある限りは我が力を持ってしても消し去ることはできん。そこでだ》

 

 静かに、穏やかに、威風堂々と、老人は語る。

 

 《今こそ貴様の力を借りたい。かつては飽きるほどに殺し合いをした仲だが、だからこそ貴様を信用することができる。儂に力を貸し、共に奴を消し去ろうではないか》

 

 誰のことを言っているのかわからない。

 何を言われているのかも理解できていなかった。

 体からは汗が吹き出し、わずかに震えている。その老人の覇気に気圧されているのだ。

 

 《貴様にとっても悪い話ではあるまい。今の貴様を作った張本人だ。消しておけば今後奴に利用される心配はなくなり、人間としての新たな生に興じることができるというもの。放っておけばまたなんぞやに使われることになるぞ》

 

 老人の目は鋭く、一方的に語るだけとはいえ射抜かれるかのような視線を感じた。

 立っているのもやっとの状況で、その声はやけに鮮明に耳へ入ってくる。

 

 《近々迎えを送る。準備を整えよ。断ることはあり得んとは思うが、貴様の住む町を滅ぼされたくなければ……などと、古典的な脅しを言わせてくれるな。我が城で会おうぞ》

 

 言い終えて黒い液体はびしゃっと地に落ちる。その後はぴくりとも動かない。

 しばし重苦しい沈黙が漂った。

 今起きたことを受け止めることができない。整理することさえ難しく、一体、何を言われていたのだろうか。それは双葉だけでなくルキアにも理解できていなかった。

 

 そのために彼が居るのだとその時初めて気付いた。

 助けを求めるように視線が向けられ、ルキアは警戒を怠ってはいなかったが、腕は下ろされて隙だらけの状態である。

 

 「あたしはシャルロッテ・クールホーン。久しぶり、と言って通じるかしら?」

 

 ぱちんとウィンクをされても反応することができない。

 二人はしばらく何も言えないまま、立ち尽くした。

 




 パリンでざわざわはもろに幽遊白書のパクリです。
 初登場の軀がとても好きです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。