※この作品はR-18です。

虚ろの遊園   作:ヘビとマングース

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ボーイ・ミーツ・ホロウ

 その出会いは唐突だった。

 近頃は淫らな日常を過ごしていたため、家の中で服を着ているのは珍しい状況で、それは如何なものなのだろうかと思いながらも休んでいた時、家のチャイムが鳴らされた。

 すでに外が暗くなった夜の入り口。双葉は深く考えもせずに玄関に立つ。

 

 「はーい」

 「こんばんは~」

 

 扉を開くと見知らぬ人物が立っていた。

 白い奇抜な服に身を包んだ長身の男。首の下まで伸びた艶のある黒髪がわずかに隠そうとしているが左目は白い布の眼帯が着けられている。にたりと笑って妙に威圧感があった。

 会った覚えはない。しかし不思議と胸がざわつく。

 男はおもむろに右手を上げ、握っていた武器にも見える奇怪な物体を掲げた。

 

 「双葉ァ! そこどけェ!!」

 「へ――?」

 

 鋭い声が聞こえた直後、服を引っ張られて強引に後ろへ転がされて、飛び込んできたひよ里が迷わず抜き身の刀を振り上げていた。

 ガキンと硬い音が鳴り響き、振り下ろされた武器がひよ里の刀とぶつかる。

 目を白黒させる双葉は状況が理解できず、咄嗟に距離を取ろうとしたルキアに服を引っ張られながら満足に動くことができずにいた。

 

 驚愕しているのは誰もが同じだが理解できなかったのは双葉だけだ。

 すかさず前へ出たひよ里は顔の前へ手をかざして、どこからともなく出現した無骨な白い仮面を装着する。それと同時に刀の形が変化した。

 

 「ぶっ手切(たぎ)れ! 馘(くびきり)大蛇(おろち)!!」

 

 細身の刀が突然身の丈ほどの大剣に変化し、牙のようにギザギザした刃がずらりと並ぶ。

 勢いよく振り回して迷わず振り抜いた。仮面の力を加えて強靭な膂力は大の大人でさえ吹き飛ばすはずであり、ひよ里の行動には自信が伴って一撃で決めるつもりなのがわかった。

 

 鈍い音を立てて男の脇腹を叩く。

 その体はピクリとも動かず、服のようにも見える白い外套は鎧でもあり、刃を通さずに肉体を完璧に守り切った。

 今度こそ驚愕して、ほんの一瞬とはいえひよ里は思考を失った。

 

 言うなればそうなることがわかっていたから受けたのだ。

 にやりと笑う表情は驚く少女を嘲笑うかのよう。

 攻撃を受けてまで準備していた右腕はすでに掲げられていた。そこから振り下ろし、円形の刃が長い柄に二つ付いた奇怪な斧が襲い掛かってくる。

 左肩から深々と切り裂かれ、あまりの威力に肉が飛び散り、辺りに鮮血が舞う。

 ひよ里の小さな体は膝から崩れ落ち、想像だにしなかった光景に双葉は血相を変えた。

 

 「え……ひよ、り? あっ――」

 「だめだ! 行くな!」

 

 呆然としてしまい、理解が遅れる。それでもまずい状況なのはわかっている。

 思わず近寄ろうとした双葉をルキアが強引に抱きとめて制止した。

 行ったところで死ぬだけだ。意味はない。

 

 低く、大きな唸り声が聞こえた。家の外からだ。突発的に視界に飛び込んできたのはよく見かける犬のような外見をした大きな虚(ホロウ)で、見知らぬ男の背後を一瞬で取ると立ち上がり、鋭い爪と牙を同時に振り下ろそうとしていた。

 確実に命を奪うための一撃。しかし当人に届く前に別の巨漢が飛び込んできて、体当たりを仕掛けて虚(ホロウ)を吹き飛ばした。

 

 「おおっと! おめぇはじっとしてろ犬っころ!」

 「ギャウッ!?」

 

 どすんと重い物が地面を転がる音だけが聞こえる。

 一体何が起こっているのか。呼吸は自然に荒くなり、理解が追いつかなくて混乱する。

 双葉は激しく動揺し、どうすればいいかはわからなかったがとにかくひよ里の安否を確かめたいことだけは確かだった。だがルキアが押し退けるため駆け寄れない。

 

 「逃げろ!」

 「な、なに、が……」

 「連中の狙いはお前だ! 今すぐここから離れろ!」

 

 まずいと思ったのだろう、ウルルが拳を握って身構え、二人を庇うように前へ立った。

 並の虚(ホロウ)を倒す程度の力はある。

 果たしてこの相手にどこまで通用するのか。

 

 油断せずに警戒していたウルルが、パァンと軽い音と共に宙を舞う。認識していない方向から頭を殴られたようで、皮膚が裂けて血が噴き出している。

 軽い様子で飛んでから廊下を転がった。

 襲ってきた白い触手はリビングの方から伸びていて、呆気に取られる双葉とルキアの前に、攻撃を仕掛けただろう人物が現れる。

 

 ひょっこり顔を出したのはおかっぱ頭の少年だった。

 少女と見紛うかのような中性的な容姿でへらへら笑い、倒れて動かないウルルを見つめ、他の二人が見ていることを知りながら声をかける。

 ひどく楽しそうな様子なのが強く印象に残った。

 

 「ア・ごめーん。見えなかった? 優秀な番犬を飼ってるんだねぇ」

 「う、ウルル……?」

 「双葉、耐えろ! 今はお前が――!」

 

 最後まで言い切る前に何かを察し、ルキアが双葉の胸を強く押した。

 勢いよく尻もちをついた双葉の下腹部へルキアが飛び込んでくる。

 その瞬間、彼は目を見開いて硬直した。

 

 ツンと香る強烈な鉄の匂い。廊下にぶちまけられた大量の赤色。よく見ればルキアの上半身と下半身が分かたれていた。

 傍らには眼帯の男。だが今は視界にすら入らない。

 ルキアの上半身を受け止めた双葉は、一切の思考を忘れて彼女を見ていた。

 

 「に、げろ……」

 

 言い終えるとルキアは目を閉じてしまう。

 動く気配はない。

 もしやと考えることもできないまま、彼はじっとルキアを見つめていた。

 

 どれだけそうしていたのだろう。どれくらい時間が経ったのかはわからない。

 肩に手を置かれて大声で呼びかけられてもしばらく彼は気付かなかった。

 頬に両手を添えられてぐいっと視線を上げさせられる。真っ先に目に入ったのはゲタ帽子。知人である浦原喜助がそこに居たようだ。

 

 双葉は朦朧としていた。

 危うい状態だ。大きなショックで精神が崩壊しかけている。

 

 「道野さん、彼女たちは死んでいません。ちゃんと治ります。生きています」

 

 何も考えられなくなっていたのは不幸中の幸い。もう少し正気を保っていたのならきっとすでに崩壊していたはずだ。

 前置きはいらない。要件から伝えた喜助はその一言で反応があったことに気付いて、優しく言い聞かせるように声をかけた。

 

 「彼らが治してくれます。ですから、今は」

 

 そう言われてからようやく、双葉はルキアの上半身を強く抱きしめていたことに気付いた。

 強引に引き剝がすこともできないほど強い力で掴んでいたため、このままでは治療ができない。

 言われた通りにそっと手を離して、喜助に預けると、彼は準備していたハッチへ預ける。

 

 ルキアの体を寝かせて、両断された上半身と下半身の境目に手をかざし、光が溢れる。

 治るのだろうか。治ってほしい。呆然として何も考えられない双葉だったが、そう願っていたことだけは間違いない。視線を動かす気力さえないがひよ里とウルルも心配だった。

 涙の一滴さえ出ていない。ぴくりとも動かないその姿はまるで人形のよう。

 見ていられなくなったようで、喜助は思わず彼の肩を抱き、静かだが力強い声を聞かせた。

 

 「だ~いじょうぶっ。死神ってやつはね、元々魂だけの存在で、自分の存在を強くした連中のことを言うんですよ。あの程度の傷は致命傷にはなりませんし体は義骸です。直してしまえばすぐにでも動けますよ。だから、大丈夫」

 

 やはり双葉は動かない。ハッチの治療を受けるルキアを見つめてしばし固まったままだった。

 その姿を見て、死神化していた一護は、激しい後悔を覚える。

 

 もっと早く気付いていればこうはならなかったかもしれない。

 もっと早く駆けつけていればもう少しマシな状況だったかもしれない。

 もっとやりようはあったはずで、どうしてこうなることを防げなかったのか。

 考えても無駄だとは思えず、思考が動くと後悔ばかりする。

 

 一護は歯噛みし、いつにも増して目つきを鋭くさせ、視線を動かした。

 その場に集まったそいつらは虚(ホロウ)なのだという。町に現れるような人間の魂をちまちま喰らう下級の虚(ホロウ)とは異なる最上位種。人間に近い個性を持つ圧倒的な強者らしかった。

 

 家はすでに半壊していた。

 彼らが戦ったことによって破壊されたらしく、どうやら仲間割れがあったらしい。

 双葉を庇うようにして立つのが三体、対峙するのが三体。睨み合っていつ殺し合いになってもおかしくない強大な霊圧が辺りを埋め尽くしているのだが、双葉を守ろうとしている虚(ホロウ)の一体の霊圧が守ってくれているようだった。

 

 「てめぇら、どういうつもりだ……! 話が違うじゃねぇか!」

 

 シャツの胸元をはだけた、不良かチンピラかといった風体の水色の髪の男が吠えていた。感情的になって抑えられない怒りを爆発させている。

 グリムジョー・ジャガージャックは今にも殴り掛からんとしていた。

 

 「ルザールは解放してから殺す手筈だったはずだ! このガキを殺して何になる! 勝手なことしてんじゃねぇぞ!」

 「ハッ、くだらねぇ拘りだな。結局殺すんならどんな形してようが関係ねぇだろうが」

 

 眼帯の男、ルキアを両断した本人、ノイトラ・ジルガが笑いながら言った。

 グリムジョーに睨まれても怯むどころか余裕綽々の表情。来るなら来いとでも言いたげな態度で挑発的でもある。

 睨み合う彼らを眺めて、少し離れた位置でくすくすと小柄な少年が笑っていた。

 

 「正面から殴り合って勝ちたいとか、どこの不良ですかぁ? ア・ごめーん、低能な奴はそうでもしなきゃ自分の存在価値が感じられないのかなぁ? 考える力なんてなさそうだもんねぇ。殴り合いくらいしかできないんだからそりゃ必死にもなるよねー」

 

 少女に見えなくもない中性的な少年がひどく楽しげに言う。

 ルピ・アンテノールはグリムジョーへの嫌悪感を隠そうともせず、それでいて怒り狂っている様子の彼を馬鹿にするように見ていた。

 そうした意図はすぐに伝わり、ギロリと睨まれる。

 視線がぶつかってもルピは引かずにグリムジョーの言葉にもすぐさま反応した。

 

 「黙ってろや雑魚が。十刃(エスパーダ)にもなれねぇてめぇが偉そうに口挟んでんじゃねぇよ」

 「ハァ? 何? ひょっとして君ってナンバーだけで判断してんの? 相手の実力とか考えないんで決めつけちゃうんだ。わっかりやすいもんねー。それとも考える脳みそがないからそんな単純な判断しかできないのかなぁ」

 「ぐだぐだ喋ることしかできねぇのかよ。文句があるならかかってこいや」

 「ア・ごめーん。そうだよねー、喋ったところで理解できないもんねー。でも、君程度でも負けた相手に尻尾振るくらいはできるんだよねぇ、6番君」

 

 グリムジョーが睨みつける相手がルピに変わり、威圧するための霊圧がぶつかる。

 放っておけば霊圧を浴びた人間が死に至ってしまう可能性があった。

 肌が異様に白く、こうした状況下においても微塵も表情を動かさない男、ウルキオラ・シファーが二人を止めるために淡々と口を挟む。

 

 「そこまでにしておけ。お前たちが戦えばこの町に被害が出る。戦うのなら虚圏(ウェコムンド)に戻ってからでも構わないだろう」

 「あ? 何勝手にてめぇが決めてんだ?」

 

 グリムジョーが睨みつけても興味を示さなかったノイトラが、すかさずウルキオラに反応した。明らかに目つきを変えて睨み、武器を構えて攻撃の意思すら見せている。ただし彼の場合はウルキオラのみを狙うとは限らず、周囲に居る人物や民家までまとめて巻き込むことすらあり得た。

 周囲を人質に取ったような状況でもある。

 怒りを滲ませるノイトラはウルキオラだけを見ていた。

 

 「てめぇが代表みてぇなツラしてんじゃねぇよ。頭でも擦り付けたらどうだ? その気になりゃひょっとしたらやめてやるかもなぁ」

 「そうして挑発して、周りの人間まで巻き込もうという腹積もりだろう」

 「大体てめぇら甘ぇんだよ。殺し合いってのは生きてる時間全部使ってやるもんだ。生きてたら勝ちで死んだら負け。真剣勝負に卑怯なんて言葉は存在しねぇんだよ」

 

 げらげら笑いながらノイトラがグリムジョーの額に額をぶつけ、至近距離で目を合わせた。

 

 「真面目なグリムジョーちゃんはよーいドンで殺し合いができると思ってんのか? そんなもんスポーツだろ。ルザールみてぇに人間にでもなりゃいいんじゃねぇか腰抜けェ」

 「卑怯な手ぇ使わなきゃ勝てねぇのがお前だろ? 腰抜けかどうかてめぇで試してみろ。隠れる場所は先に用意しとけよのろまァ……!」

 

 今にも喧嘩を始めそうな二人は何を言っても止まりそうにない。そもそも他人の命令に従うような性格ではないのだ。話し合いで解決しようなどという態度が間違いなのかもしれない。

 ウルキオラが思案する一瞬、後ろに居た巨漢が前へ進み出てきた。

 体格の良いノイトラとグリムジョーを片腕ずつで押しのけ、ヤミーが状況を動かそうとした。

 

 「まぁ待てよ。いつまでも喋ってたって話は進まねぇだろ? そろそろ決めようぜ」

 

 ヤミーはそう遠からぬ関係にあるウルキオラを見やる。

 

 「俺たちはルザールが嫌いだ。生きてるんならぶち殺してやろうってここへ来たんだ。お前らが邪魔するってんなら答えは一つしかねぇだろ」

 「貴様らの勝手でこの町を戦場にするな。ルザールはもう死んだ。今はただの人間として、道野双葉として生きている。お前たちが手を出さなければ何も起こらない」

 「あぁ~うだうだとめんどくせぇ。でも結局そいつはルザールなんだろ?」

 「手を出すなと、言っている。どうしてもと言うなら俺は迷わない」

 

 霊圧の質が変わったのがわかった。

 互いに睨み合い、一度始まればただでは済まないと誰しもが理解している。膠着状態になるのは何ら不思議なことではない。

 

 そうした状況下でただ一人だけ静かに動いた者が居た。

 褐色の肌と金色の髪、扇情的な白い服を身に着けた女性が双葉へ歩み寄る。

 彼女は上着の襟で口元を隠しているが、豊満な胸元は隠しきれておらず下側が見えている。そんな格好をしていても今の双葉は反応できない。呆然と座り込んだままでいる彼の前に膝をついて、そっと手を伸ばして頬に触れた。

 

 「心配するな。お前は我々が守る。私たちはお前の味方だ、道野双葉」

 

 辛うじて目が動いて視線が合う。

 感情は見られず、状況を理解しているかも定かではない。

 それでも何かを感じ取ったらしく、ティア・ハリベルはとても優しい目をしていた。

 

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