眠っていた少女たちが目覚めた後、双葉は自らの考えを正直に伝えた。
このまま町に居ると自分だけでなく周りの人を危険に晒してしまうかもしれない。自分のせいでみんなに傷ついてほしくない。このままの状態が続いていいとは思えない。
思い詰めていたのだろうがいざ話した後は晴れやかな顔だった。それが尚更見ている者を辛くさせるのだが本人に迷いはなかったようだ。
反応は決して優れたものではない。ウルルは悲しげな顔をして、ひよ里は泣いて反対した。信用できるわけがない、という主張は何ら不思議ではなく、彼女たちを襲った
ウルルとひよ里は行くな、ここに居てほしい、そう主張していた。
一方、ルキアは多くを語らず、双葉の意思を尊重しようとしているように見えた。
もう止めても無駄なのかもしれない。そんな風に思うのである。
最初に、たつきと話したことで自分がそう思っていたのだと知って。
次にルキアに報告して何も言わずに抱きしめられた。
双葉は自分なりに自分の生き方を決めて、そうしようと決意して、
自分が住む町を、自分の周囲に居る人を守るためであり、それと同時に自分のためでもある。
自分のことをもっと深く知ろうと思った。そのために自分を知る人たちに会いに行く。
簡単に受け入れられる話ではないが周囲の人間は受け入れざるを得なかった。
一護は言葉を失い、何かを言いたそうにしていたものの、すでに覚悟を決めただろう双葉の顔を見ると苦笑して素直に受け入れる。
浦原喜助や平子真子もまた多くを語らず、静かに背を押してくれた。
事情を知る者はいい顔をしなかったが、知っているからこそ制止は無駄だと悟ったのだろう。
真相を伝えられない人たちには、事情があってしばらく帰れないとだけ伝えた。
同じ高校に通う友人、黒崎家、近所の人は不思議そうにすることはあっても、何か事情があるなら仕方ないと最終的には納得した。
不満そうな顔を見せ、何かに気付いた様子の黒崎夏梨と遊子はひどく心配していたが、少ししたら必ず戻ると伝えた。
心から納得してはもらえないだろうがそれも無理からぬこと。
それでも行かなければならないと決めている。
嘘をついたつもりはない。
いつ戻ることになるかはわからないとはいえ、一年も二年もかけるつもりはなかった。短期間で済ませるつもりであり、問題解決とはいかずともただ知ることができればいいと思っている。
自分は何者で、敵は誰で、味方は誰なのか。
ほんの少し勉強して帰ってくるだけだ。多くは望まず、最低限の情報が手に入ればそれでいい。
ウルキオラに会って話した時、「本当にいいのか?」と尋ねられた。
嘘を言ったつもりはなく、双葉が迷わず頷くと無表情ながら確かな戸惑いが感じられた。
生活が再び変わる。
しばらく沈んでいた双葉がルキア・ウルル・ひよ里が目覚めたこと、自分の次の行動を決定したことで心境の変化を覚えて、いくらか胸中が軽くなった。再び笑顔を見せるようになり、学校へ通うようにもなる。
余裕があるとは言えないが以前よりは精神が安定しているだろう。
以前の生活同様、ルキアたちとの同居が続いている。
それでいて学校や家では以前とは違い、たつきと過ごす時間が多くなっている。
大体の事情を説明して、受け入れることが難しい真相もあったものの、その後で聞かされたルキアたちとの関係の方が驚きだった。
思わず全力のパンチ。一発では満足できなかったため何度か手と足が出た。
びっくりしているらしい双葉を殴り飛ばして、叫んだひよ里と喧嘩になりかけた一方、まあそうだろうなと思っていたルキアとウルルは倒れた双葉の服を脱がそうとしていた。
「いきなりなに殴っとんねんコラァ‼」
「殴るだろそりゃあっ! なに堂々と三股かけてんだコラァ‼」
「ぐっ、それは……!」
場所は双葉の家の中。
事情を説明された。それはいいとしても、ただ守るだけでなく双葉と三人の少女たちが日常的にセックスしていると明かされて、思わず手が出てしまったのである。
大声で吠え立てるたつきに、反射的に拳を握って立ち向かったひよ里だったが、その一言で迷いを抱いて反論できなくなってしまった。どうやら自身も思うところがあったようでいまだに納得していないことが伝わってくる。
「あの、それは、なんというか……俺にも何がどうなってこうなったのやら」
ぶん殴られて飛ばされた後、地面に横たわったままの双葉が頬に手を当て、痛がってこそいるが痛みを受け入れて申し訳なさそうにしている。
そりゃそう言われる、とは本人だって思っていた。しかし説明しろと言われるとなんと言えばいいのか困ってしまう。
「そう怒るな。私たちは納得しているんだぞ。これも愛故のハーレム展開だ」
「はあっ⁉」
「はぷっ」
「あっ、ちょっ、待って……今この状況でそれは」
「ちょっと待てぇ⁉ 何やってんのよそこぉ! 耳噛むなっ!」
倒れていた双葉の耳を唐突にウルルが甘噛みする。嫌な予感がしたが止める暇などない。やはり予想通りたつきは激怒して大声を出した。
指差しして指摘されてもウルルは離れず、あむあむと耳を食んでいる。いたいけな少女が淡々と続けるその仕草からは慣れを感じて、何かを察するとたつきの怒りはさらに大きくなった。
まさに怒髪天を衝く。長い付き合いの双葉でさえ初めて見る姿であった。
「あんたっ、こんな小さい女の子にも手ぇ出して……⁉」
「ちがっ、どっちかって言うと、っていうかはっきり手を出されたのは俺の方で……!」
「どっちにしろヤッてんだろうがぁ‼」
「いやそれはもうあんまり言わないでぇ……!」
耳をあむあむしながらウルルがたつきを見てぽつりと呟いた。
「ヤッた」
「おいッ‼」
「あぁぁごめんなさい……!」
今にも殴り掛からん態度のたつきは硬く拳を握っており、空手の有段者ということもあって怒りで我を忘れていても隙のない立ち姿だ。誰かが飛び掛かれば即座に迎え撃って一撃で意識を刈り取るだろう。
立ちはだかるひよ里が邪魔で双葉は殴られずに済んだものの、ただ睨まれているだけで全身が縮み上がり、頭を下げることすらできずにいる。
状況を見ていたルキアがやれやれと嘆息。
確かにそうなるのが普通であろうが、彼女たちはおよそ“普通”とは言えない環境に生きていて、つい先日そうした環境で問題があったばかり。それに比べれば現状を異常とは思っていなかった。
「落ち着け有沢。要するにお前も双葉が好きだということだろう」
「はあっ⁉ なんでそうなる――!」
「素直に伝えた方がいい。一時とはいえ、双葉がこの町から離れる前に」
「う、ぐっ……あぁぁ~もうっ!」
がしがし頭を乱暴に掻いて、強引に気持ちを切り替えようとしていたようだ。
説明はされた。あれこれ面倒なことを一気に詰め込まれたせいでまだ理解できていないし、受け入れられたとは言い難い。だが
今わかっているのは、双葉を辛い事情や状況が襲って、自分の意志で一旦空座町から離れると決めたということ。
止められないのはわかっている。周りの人に迷惑をかけないためにそうすることも聞いている。
本当は行ってほしくなどない。そう言っていいのかわからなくて言えていなかった。だが双葉が少しでも楽になればいいと思っているのは間違いない。
苛立っているのは明らかだったとはいえ、覚悟は決まった。
今度は双葉にビシッと指差す。
顔だけでなく耳まで真っ赤にしたたつきが双葉の目を見て大声で叫んだ。
「そうだよっ、好きだよっ! ずっと昔から好きだったんだよ! 気付けよバカ‼」
「えっ。その、好きっていうのは」
迷いを抱かないために一気に言い切った。
予想していなかったらしい双葉は目を丸くして驚き、反応に困る。
助け舟を出すつもりで発言したのはルキアだ。
「セックスしたいという意味だ」
「やめろぉ⁉ いきなり飛躍させるな! あたしのはもっとこう……普通に手ぇ繋ぐとかデートするとかそういうっ」
「初心だな。そうか、だから私たちがセックスして怒ったんだな。心配しなくても童貞であろうがなかろうが双葉はお前を大切にするぞ。私たち同様に」
「あぁぁどこからツッコめばいいのか……⁉ 全っ部変だから! それ‼」
「そうか?」
きょとんとするルキアの傍で、双葉はぽかんとしていた。
予想外の状況だった。もちろんたつきのことは好きで大切に思っている。しかしその理由をわざわざ考えようとはせずに、幼馴染であり家族同然であり、好きなのは当たり前。自分たちの関係について改めて考えることなどなかった。
どうやらたつきは違うらしいと初めて気付いて、顔を真っ赤にしてそっぽを向く彼女の姿を珍しく思うと、なんとなく正座になって問いかける。
「たつき、その……キスしたいとか、付き合いたいとか、そういう?」
「う……っるさいなぁ。悪い?」
「いや、悪くない、っていうか、そうなのか……」
「あ、あたしは、ずっと見てきたんだし。朽木さんより先に……」
赤面していると同時に目が潤んでもいる。
感情を吐露したことで、今まで押さえつけていたものが溢れてくる。そうして彼女が涙を見せる機会は非常に少なかった。
戸惑いを見せた双葉は後ろからぐいぐいと背を押された。ルキアとウルルが無言で、行ってやれとでも言いたげに腕を突っ張っている。
むむむと難しい顔をしているひよ里であったが、流石に今回は止められないのか、ちらりと双葉に視線を送ると無言で促した。
慌てた様子で双葉が立ち上がり、たつきへ歩み寄る。
目の前に立つとすぐに視線を上げられた。
困ってこそいるが覚悟を決めた表情。涙を溜めたたつきを見て双葉も顔つきを変える。
「えっと……心配かけたり、気付かなかったり、色々ごめん」
「はぁぁ~……もういいよ。あたしも、あんたのことちゃんと知らなかったんだろうし。でも今はもうちゃんと全部話してくれた」
素早く一歩前進。
伸ばされた手が強く優しく双葉の頬を掴む。
少し背伸びをして、顔を寄せ、一息に唇を合わせた。初めて経験する、キス。恋人がするみたいなそれをちゅっと優しくやってみた。
触れたのはほんの一瞬。たつきは喜びと困惑と様々な感情が入り混じった複雑そうな顔をしていたものの、やはり歓喜を隠せない様子だった。
二人は照れて真っ赤になり、それでも視線を外さなかった。
「あっ……えぇ、あー」
「あ~もうっ……言わないつもりだったのに。あんたが、朽木さんとベタベタしてるから。それより前からずっと一緒に居たのに」
「それは、ごめん。俺ちょっと、恋愛とかそういうのはわかんなくて……」
「知ってる。だから、あたしの方がずっと見てたんだから」
何かをせがむようにたつきが目を閉じた。
双葉もまた目を閉じると、静かに顔を寄せて優しく触れる。
興味津々に見つめるルキアとウルル、明らかに怒って睨みつけるひよ里がすぐそこに居るのは気になったが、それでも、ほんの一瞬であろうと二人きりの世界へ飛び込み、自分たちだけが心を通わせたような感覚を味わった。
そっと唇を離し、一転してしおらしい態度になったたつきが双葉の胸に顔を押し当てる。
甘える素振りは長い付き合いでも初めてだ。初めて“女”を感じた。性別はわかっていたはずなのにいざそうされると心臓の鼓動が高鳴った。
抱きついてくるたつきを受け止め、双葉の腕が彼女の背に回される。
ぎゅっと抱きしめ合ってわずかな沈黙。
顔を見ないままたつきが呟いた。
「ちゃんと帰ってきなさいよ……待ってるから」
「うん……」
仮に、キスやセックスがしたいという気持ちでなくても、たつきが心配してくれているのはよくわかっている。疑いなど微塵も持っていない。
自分のため、みんなのため、町を離れはするがすぐに帰ってくる。
決意を新たにした双葉はふっと笑って頷いた。
「約束する。必ず帰るから」
「うん……できるだけ早くね」
「多分すぐだって。一年とか二年とか、そんなに居座るつもりはないし。ただ確認して、ちゃんと色々知ってから帰ってくる」
「怪我しないようにね」
「たつきも、インハイ頑張って。応援行けなくてごめん」
「いいよ、そんなの」
胸から顔を離して、再び見つめ合う。
じりじりとルキアとウルルが接近する一方、確実に拳を握っているひよ里が今にも飛び掛からんとしていたが、もはや周囲が気にならなかったたつきは再び目を閉じようとした。
そして双葉も応えようとした時、別の声が飛び込んでくる。
「なに、やってんの……?」
キスする寸前、双葉とたつきがぴたりと止まった。
全員の視線が動いた時、リビングの入り口に立ち尽くす少女、夏梨の姿があった。
目の前の光景が理解できずに硬直し、驚愕して、絶句し、固まっていたのはほんの数秒。次の瞬間には表情が変わってにっこり笑っていた。
あ、まずい。
そう思ったのは彼女をよく知る双葉だけだ。
本気で怒っている顔だと気付き、拳を自分の手でぱしんと受け止めたのを見て確信する。
「双葉ぁ……聞こえてるよな? なにやってんのって聞いてんだけどっ」
「あ、ちょ、ちょっと待って……! 説明、ちゃんと説明するから……」
「あぁん? なんやこのチビ。勝手に
「は? お前こそなんだチビ。他人はむしろお前だろうが」
「あぁん⁉」
「待ってひよ里、頼むから待って! 全部説明するから喧嘩だけはやめて!」
どう足掻いても避けられる状況ではない。こうなったら真実を全て明かすしかなかった。
双葉は夏梨に全てを話した。