※この作品はR-18です。

虚ろの遊園   作:ヘビとマングース

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予兆とミス

 黒崎一護は、近頃多忙な日々を送っていた。

 生まれつき霊感が強く、子供の頃から幽霊がはっきり見える体質だった。それが災いしたのか、決して小さくはない事件で虚(ホロウ)の存在を知ったのである。

 

 死神である朽木ルキアと出会って、ひょんなことから死神の力を得て、死神の力を失ったルキアの代行を務めるべく、死神として仕事を行っている。

 成仏できずに迷っている幽霊を案内してやり、虚(ホロウ)を討伐し、人間とは触れ合わない場所で人間を守るための行動だ。

 本来はルキアがやるべき仕事を彼女のサポートを得ながら代行している。

 

 日常の変化を感じずにはいられない。

 今まで通りに学生としての生活を過ごしながら、問題が生じれば肉体から魂を取り出し、死神として霊体と向き合う。

 それなりの期間を過ごしたが、慣れはしても相変わらず刺激が多い毎日だ。

 

 虚(ホロウ)との戦いで怪我をすることもある。霊体に傷を受けると肉体にまで傷がつき、家族や友人への言い訳に苦労する機会もあった。しかし元々喧嘩を得意としていたため、虚(ホロウ)との戦い方を覚えて、戦闘に慣れていく度、怪我をすることも減っている。

 

 順風満帆、とはいかないかもしれないが、多少の不満はありながら平和に毎日を過ごしていて、父親が格別にウザいことを除けば大したストレスもなかった。

 それに少し前まで仕事のためだという理由で、家族にバレないようにルキアを自室の押し入れに居候させていたのだが、他の大事な事情があって出て行ったために気が楽になっている。

 ただし弊害もあって、ルキアが出て行ったのは構わないが、その後で彼女が居候を決め込んだ場所が彼の幼馴染の家なのである。

 

 ルキアから聞かされた話によれば、双葉には大きな問題があるらしい。

 幽霊が見えないのは知っている。子供の頃、一護には幽霊が見えていると知った時、羨みこそしたが馬鹿にされたことは一度もなく、まあそれはそれでと親しい関係を続けてきた。彼の一家に事故があって、一護の父親が医者だった影響も小さくはないだろう。幽霊に関する話をしたことは数多くあるが、一護の背中に幽霊が張り付いていても気付いたことはなかった。

 

 それなのに、本人は秘密にしていたようなのだが、虚(ホロウ)の姿は見えるらしい。相変わらず幽霊は見えないというのに、なぜか虚(ホロウ)だけが視認できるようなのだ。

 それがどれほどの異常事態なのかは、死神になって一年も経っていない一護にもわかる。

 幽霊と虚(ホロウ)、両方見えているのなら構わないが、虚(ホロウ)だけというのがおかしい。

 

 ルキアが出て行った日が事情を聞かされた日でもあり、その後の報告は特にない。問題は起きていないということだろう。だが事情が知れない分、彼を心配しなかった日はない。

 毎日顔を合わせる度、何事もなさそうだと察して安堵する。その繰り返しだ。

 

 懸念はある。

 幼い頃、双葉は交通事故に遭っている。両親は死去して、彼自身も死に瀕した。変化が起こり得るとすればあのタイミングだったのだろう。

 その時の光景を鮮明に覚えている一護は、思い出す度に表情を曇らせた。

 あの日を境に双葉は全てを忘れて、黒崎家や有沢家の協力を得て自分の名前と経歴を覚え直し、今日を生きている。

 

 「はぁ~……死神の方は平気か? 気をつけろよ。何が起こるかわからないんだから」

 

 そしてその日、ついに恐れていたことが起きた。

 双葉に明確な変化があったのだ。

 明らかにげっそりとやつれていて、寝不足の上に疲労が溜まっているのだろう。昨日までの健康的な姿とは別人のように違っていた。隣に並んで歩いていると姿勢まで違って、背中が丸まって足取りは重く、何度となくため息がつかれている。

 

 知らない間に何かが起こったに違いない。

 これまでと違って家に居る間はルキアが傍に居ないため、虚(ホロウ)が現れた場合には一応の相棒とされているコンが教えてくれる手筈になっているが、昨日に限っては出現の気配はなかった。となれば虚(ホロウ)とは無関係な事態だったのだろうか。

 

 「お前こそ大丈夫か? 今にも倒れそうだぞ。何があったんだよ」

 「いや、別に……ただの寝不足だ。そんなに大したことじゃない」

 「嘘つけ。ただの寝不足でそんなにふらふらになるか? 何時に寝たんだ」

 「えーっと……あー……?」

 「まさか、寝てないのか?」

 

 一護が呆れる瞬間、双葉は大きく息を吸い、肩を落とすと同時に深く吐き出した。

 

 「いや、多分寝た。っていうか、気絶したって感じかもしれないけど……少しは」

 「お前、今日は休んだ方がいいだろ。そんなんじゃ授業にならねぇぞ。俺が言っといてやるから今からでも帰れよ。送るか?」

 「いい。家に居たら、それはそれで……」

 「まずいのか?」

 「……どうだろうな」

 

 また大きなため息。これは重傷だ。

 ここまであからさまに違いがあると気にせずにはいられない。だというのに、あいにく双葉は一護とは違うクラスに所属している。面倒をみるのにも限界がある。

 本人が帰らないと言うならそれでも構わないが、ルキアに話を聞かなければならない。現在は彼と同居しているから何か知っているはずだ。

 

 ふらふらと危うげな足取りのまま、なんとか学校へ辿り着いた。

 あくびをかみ殺して教室に入る彼は注目の的で、周囲の視線に気付かないほど疲弊している。

 椅子に座った途端、机に突っ伏して眠り始めたのを教室の外から見た後、一護は気分が晴れないまま自分の教室へ向かった。

 

 いよいよ事態が動いた。特異体質が関わっているのだろうか。

 近所とはいえ、よっぽどの事情でもない限りは近頃ルキアと顔を合わせない。それもこれも強制的に相棒にされたコンが居るからで、今までは気にしなかったが今日は違う。

 

 教室に入った一護はまず真っ先にルキアの姿を探した。日頃から厳めしい顔をしているが今日は特に表情が険しく、怒っているわけではないが近付きにくい雰囲気を醸し出している。

 一部の生徒が睨まれたわけでもないのに怯える中、友人の小島水色が手を上げて挨拶をして、そのすぐ傍に騒がしいバカとルキアの姿を見つけた。

 あの騒がしさ。近付くのは少し嫌だが双葉のために意を決して接近していく。

 

 「どうしたの朽木さん!? 今日はいつにも増してきれいじゃないか! いや可愛い! 可愛い上に美しい! クール&ビューティー&キューティーだね!」

 「嫌ですわ、そんなことありませんわよ。いつも通りです」

 「一護来たよ」

 「おい聞いてくれ一護マイフレンド! 今日の朽木さんがクール&ビューティー&キューティーなんだどうしよう!」

 「うるせぇ」

 

 ずいっと顔を近付けてきた浅野啓吾の顔面には軽い程度の裏拳を叩き込み、痛がってうずくまる傍を通り抜ける。

 バカに構っている暇はない。それよりも今は幼馴染の心配だ。

 一護は自分の机に鞄を置く前にルキアへ歩み寄り、厳しい表情で彼女に問いかけた。

 

 「なあルキア。双葉、なんかあったのか?」

 「おはようございます黒崎くん。なんですか、挨拶もなしに藪から棒に」

 

 痛みで絶叫する啓吾の声を聞いて、確かに、何か変だと一護も察する。

 今日のルキアはなんだかいつもと違って、つやつやしているというか、やけに上機嫌というか、これ以上ないというくらい絶好調に見える。なぜそう見えるのかはわからないのだが、まるで体から光を放っているかのような好調ぶりが感じられるのだ。

 

 双葉とルキアは訳あって同居しているはず。

 片方が絶不調で、片方が絶好調。そんなことがあり得るのだろうか。

 果たして、なぜ。混乱する一護は眉間へさらに深い皺を作る。

 

 「道野くんのことですか? さあ、私に聞かれても、何もわからないとしか」

 「どうしたの一護。双葉に何かあった?」

 「ああ。さっき一緒に学校来たんだけど、今にも死にそうなくらいふらふらだった」

 「へぇ、何があったんだろ。心配だね……それをなんで朽木さんに聞くの?」

 

 啓吾を心配するのが面倒になった水色がやってきて一護に尋ねた。

 その質問に、思わずうっと言葉を詰まらせる。

 そういえば二人が同居していることは周囲には秘密。年頃の男女が、事情があるとはいえ同居しているなどと知られれば良からぬ噂が立って面倒だと、ルキアと一護が計画して決めたのだ。双葉にも了承を得ているため彼も無暗に言いふらすことはないだろうが、事情が事情とはいえ、たった今初めて漏らしてしまったのである。

 

 焦っていたとはいえ、ちょっと面倒な状況かもしれない。

 本音を言えば、少なくとも現時点ではそんなことはどうでもいいという気持ちなのだ。それよりも双葉の身に何かあったのか否かを確認したいだけ。

 

 一護はルキアを廊下か屋上か、別の場所に呼び出してから聞くべきだったかと反省する。しかし待つのも面倒なほど気が逸っているのも事実で、上手い言い訳をして速やかにこの場を離れなくてはいけないと考える。

 そうこうしていると、やはり、予想した通りにバカが復活してきたのだ。

 

 「おぉい一護ォ! 過激な友好的挨拶の件は水に流すとしてもだ! なぜ双葉の不調を朽木さんに質問する!? 二人に何があったらそんな話になるんだお前ェ!」

 「うるせぇ、寝てろ」

 

 再びの裏拳。啓吾は沈んだ。顔面を両手で押さえながら絶叫して倒れ、悶えている。

 彼を心配する者は教室の中に一人として居ないが、いつもより険しい顔をしている一護が、妙な発言をしたことは注目を集めていた。

 

 「黒崎くん、おはよう! 道野くん調子悪いの?」

 「一護、双葉がなんだって? つーかなんで朽木さん?」

 

 なぜか楽しそうに近付いてきたかと思えば、双葉を気にした途端に心配そうな顔になり、忙しなく表情を変える井上織姫は瞬く間に一護に駆け寄ってきた。

 その背後からのそりと現れ、どこか不機嫌そうな様子に見えるもう一人の幼馴染、有沢竜貴は見るからに怒気を醸し出している。

 次にのそりと巨体が現れて、茶度泰虎ことチャドは片手を上げて軽い挨拶を済ませる。

 

 「……ム」

 「双葉と言えばチャドって感じだけど、昨日は一緒じゃなかったの?」

 「最近……付き合いが悪いな。そういえば」

 「ふーん。で、一護は真っ先に朽木さんに聞いたんだ」

 

 まるで問い詰めるように、楽しんでいる様子で水色がにこにこしながら呟いた。

 なんだか空気が悪いことには流石に一護も感付いていた。

 復活した啓吾が立ち上がって騒がしく、早く言えと竜貴は苛立たしげに追求を続け、双葉と共に一護の心配をする織姫が顔を寄せてきて、チャドは沈黙して動かないが視線を向けてきて、水色は余裕綽々といった態度で微笑んでいる。

 そんな混沌とした状況の中でも、珍しいほどにルキアはにこにこしていた。あれは演技ではなさそうだと思ってしまったのはなぜだろう。

 

 複数のクラスメイトに囲まれて、早く早くと説明を求められる一護は苦悩し、余計なことをしてしまったと激しく後悔する。

 こんな時に当事者の双葉が居れば、フォローでも適当な言い訳でもして助けてくれるだろう。思わず頼ってしまいたくなるほどには周りがうるさい。

 

 ちらりとルキアを見ればなぜか助けるつもりは皆無。

 どうしたことだ。別人のようにキラキラしていて上機嫌ではないか。

 早く確認したいのにそうさせてもらえない。ジレンマだ。

 

 「待て、わかった、説明するからちょっと落ち着け。ルキアと双葉の家が近いってだけだ。俺はそれを聞いてたから何か知ってるんじゃねぇかって……」

 「嘘つけ~! お前ん家だって十分近いじゃねぇかァ!」

 「おい一護、なんか知ってて騙そうとしてるんならわかってんだろうな? あ?」

 「お前ら、だから、落ち着けって……!」

 

 特に厄介なのが嫉妬の鬼になろうとしている啓吾と、鬼をも射殺すことができるだろう凶悪さで睨みつけてくる竜貴である。二人から至近距離で詰め寄られて一護はたじたじだ。

 本当のことを言えるはずがない。かといって適当な言い訳でもこうして信じてもらえない。

 まさか八方ふさがりなのでは?

 一護が本気で焦り始めた頃、ルキアはほほほと優雅に笑って、静かにその様子を眺めていた。

 

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