※この作品はR-18です。

雑然   作:まるまるまる

3 / 4
短編集だし今度は5000か6000字ぐらいにまとめたいな~、とか思いながら導入に5000字かけるバカおる?







アイドルマスター
速水奏


「そろそろね……」

 

 

 

 とあるリゾートホテルの一室。夜風に髪を揺らしながら速水奏はひとりごちる。

 

 昼間は宝石を散りばめたように輝く海を楽しめるこのベランダからの景色も、今は夜に隠れた海の音がどうにも不気味に聞こえる。

 

 ここに来たのは撮影のためだった。所属事務所である346主催の大きなライブが成功裏に終わり、それに伴いしばらく個人の活動に所属アイドルたちがフォーカスを移した。ソロイベントやテレビ出演、この撮影もその一環で夏に合わせた写真集の撮影にこのリゾート地に足を運んだ。

 撮影は滞りなく進んだ。前日、現地入りの際はプロデューサーも同伴していたが、今は他の新人アイドルの面倒を見るため離れている。そのことに思うところはない、と言い切れるかどうか奏は怪しかったが、まだ新人だった頃、プロデューサーが付きっきりだった経験が自分にもあったのでまだ納得できた。

 奏の気分が落ち込んでいるのは、それが原因ではなかった。

 

 来客を告げるインターホンが部屋に響く。

 

 無機質で無情な音が身体にズシンと、現実としてのしかかったような、奏にはそう感じた。

 

「…………」

「――うーわ、ホントに速水奏じゃん。聞いちゃあいたけど、実物はテレビで観るよりキレイってマジだったんだな」

「……入って」

「あ、入っていいの? おじゃましまーす」

 

 玄関を開けると立っていたのは初めて視る男だった。言動からも伝わるようにいかにも軽薄そうな男。派手に髪色を染めていたり、ネックレスやピアスを開けたりしていないことからチャラチャラしたタイプではなく、自分本位でだらしがない、ちゃらんぽらんなタイプだな、と奏は思った。

 自宅ではなくホテルとはいえ遠慮なく靴を放り出し、部屋にずかずか入り込んでいく男の背中に奏は眉根を寄せる。

 

「へー、売れっ子の芸能人も案外普通の部屋なんだな」

「……別に、観光目的で来たわけじゃないですから」

 

 男は時代錯誤にも感じる背負ったズタ袋を放り出しセミダブルのベッドにドカリと腰を下ろした。それからキョロキョロと不躾な視線をさまよわせている。どこまでも自分の家かのような勝手な振る舞いに、あまり表情に出さない奏でさえ視線に鋭さを含ませてしまう。当然、無神経な男はそれに気づいた様子もない。

 

「ふーん、そういうもんか。ってか敬語じゃなくていいよ。あいつには普通にタメで話してるんだろ?」

 

 あいつ、というのは誰か。考えるまでもない。プロデューサー。接点のない男と奏が同じ部屋にいる何よりの理由だ。

 

「一応、敬語をつけない相手は選んでいるのだけど……まあ、いいわ。名前を教えてもらっても?」

「あれっ? もしかしてあいつから聞いてない?」

「……何?」

 

 奏は露骨に顔をしかめた。ただでさえ礼儀を知らない男と同じ空間にいるのが不快だというのに、これまで仕事をともにしてきた自分には伝えられず、好ましくない相手が自分の知らない情報を信頼関係にあるはずのプロデューサーと共有しているのはわだかまりを覚える。

 

「俺の名前を奏ちゃんに教えたらダメなんだとさ。それが奏ちゃんに会う条件だと」

「……そう、なるほどね。プロデューサーさんが……ならいいわ」

 

 許可もなく敬称は付いているものの名前を呼ばれるのに引っかかったが、この男に何を言っても無駄だと早々に見切りをつけた奏は棘の生えた文句を飲み込む。

 それよりもプロデューサーのことだ。自分に伝えてくれなかったのはショックだったが、男から知ったその内容は自分を案じたせめてもの気遣いだろう。奏にとって男の名前など知りたくもないし、できることなら自分の名前を呼ぶことすら許したくなかった。

 

 奏は思い出す。プロデューサーと共にした苦楽の日々。速水奏というただの女子高生の名前が、世間を賑わす誰もが振り向くトップアイドルを指し示すようになった特別な日。想いを伝え、そして結ばれた夏の夜。

 禁断の恋。アイドルの恋愛はただでさえご法度。それも相手が自分のプロデューサーなど以ての外だ。ファンへの罪悪感は当然あった。しかし、分かっていても長い間、内から湧き上がるそれを抑え続けるにはまだ奏は幼かった。

 

 二人の関係は怖いくらいに順調だった。

 奏は他の視線はある時はもちろん、二人きりのときですら露骨に態度を変えるようなことはしなかった。プロデューサーも奏を担当する時間を増やそうと、贔屓することは決してなかった。同じ車の中ですら奏は後部座席に必ず座る徹底ぶりだ。

 二人の時間は限りなく少なかっただろう。それでも互いに想いが冷めることは無かった。

 長く業界に身を置けば嫌でも彼らの嗅覚には敏感なる。爪先程度の足跡から、匂いを覚え、網を貼り、蟻一匹すら逃さない血眼を張り巡らせる。奏とプロデューサーの二人は自分たちの備えが間違っても大袈裟ではないことを知っていた。

 

 転機は唐突に訪れた。多くはない逢瀬の時間。今までならば一分一秒を無駄にしたくないと肌を重ねていたが、その時二人の間にあったのは困惑と深い悲しみだった。

 ED、勃起不全。プロデューサーの性器から男としての反応が消えたのだ。奏は励ました。焦らなくていい、きっと治る。そういったことの多くの原因は心因性の、所謂ストレスと聞いたことがあったから。

 しかし、その想いが実ることは無かった。

 どれだけ月日が経てども問題は解消しない。病院にも行ったが、器質的な障害は確認されなかった。

 奏のプロデューサーへの気持ちがそれが原因で歪むことは無かったが、プロデューサーはそうではなかった。

 

『別れよう』

 

 そう言ったのはプロデューサーだった。

 その時、頭を強く殴られたかのような感覚に陥ったのを奏は覚えている。記憶が曖昧だが、ひどく狼狽えて涙を流していたのは確かだった。

 プロデューサーは『原因は全てわかっているんだ』と、奏に言った。

 セックスなんてどうでもいい。あなたと離れたくない。奏は訴えたがプロデューサーは首を振った。

 

 『今回の一件で自分みたいな人間が奏のそばにいるのが耐えられない』

 

 プロデューサーは奏に軽蔑され、この業界からも身を引く覚悟で全てを打ち明けた。

 奏は涙と共に吐き出される吐露を何も言わず耳を傾け、プロデューサーを細くたおやかな腕で優しく包み込んだ。

 

「それにしてもよー。あいつも中々ぶっ飛んでるよなぁ」

 

 男の声に意識が現実に帰る。

 わざわざ問いたださずとも男の言葉が何を指しているのか。この会話の終着点がどこに向かうのかわかっていたが、奏は平静を装いながら訊き返した

 

「……何?」

「だって速水奏だぜ? そんじょそこらの量産型とは訳が違う。マジモンのトップアイドルじゃん。それと付き合ってるのもヤベーけどまさか――"抱いてくれ"、なんてお願いされるとはねぇ」

「っ……」

 

 奏は何も言えなかった。男の言葉に唇を噛んだが間違っていることは何一つとしてなかったから。

 二人は話し合い、プロデューサーの友人を頼ることに奏は同意した。全ては二人の未来のため。歪とも言える愛の形を奏は受け入れたのだ。

 

「学生の頃からそういう話をしてたけど、やっぱ人間性癖ってもんはそう変わるもんじゃねぇんだな。難儀なやつだぜ」

 

 愉快そうに男は笑う。

 奏はプロデューサーからこの男とは高校からの友人と聞かされていた。プロデューサーの癖を知る数少ない友人で、今回の一件に最も適した人間であるとも。

 プロデューサーと交流が有り、女好きではあるものの今回のことを脅しの材料にして揺するような野心家でもないというのがプロデューサー評らしい。少しでも危険やリスクの臭いを嗅ぎ取れば、今までの功績や戦果など目もくれずかなぐり捨てて逃げるタイプだそうだ。

  なるほど確かにそれを踏まえれば下手に功名心や自尊心がある人間よりかははるかに安心できる。

 

「それで?」

「……え?」

 

 何かを求めるような男の問いかけ。奏は間の抜けた声を出してしまう。

 

「いつまでそこに突っ立てんだ? それともPとは最初っから立ってヤんのか?」

「ッ!」

 

 そろそろ始めるぞ、暗に男がそう言っているのを奏はようやく理解した。

 そうだ。ここにいるのはプロデューサーのため。そして二人の未来のため。奏はそれを思い出す。今更迷ってる場合ではない。

 ぼすっ。

 ゆっくりと男との距離を縮めた奏をベッドが優しく受け止めた。

 

「……いいわ、とっとと始めましょう」

「お? どういう心変わり? さっきまで不機嫌そうな顔してたのに。……もしかして俺が好みのタイプだったとか?」

「勘違いしないで頂戴。別にあなたのことはタイプじゃないどころか、今日に関してはただのドラマの仕事相手みたいなものよ。残念ながら男しても見てないわ。ただ、早く終われせられる仕事はできるだけ早く終わらせる主義なの」

 

 人が変わったような突き放す振る舞い。奏は臍を固めた。

 中途半端な気持ちで臨めばその間感じる時間はより苦しくなる。そう思った奏はいっそひとおもいに、できる限り最短で自分の役目を終わらせることにした。

 

「へー、そんじゃ遠慮なく」

 

 そんな想いなぞ露知らずな男は、奏の腰を掴み自分の方へと引き寄せると、ハーフパンツから抜け出した白鳥の首のような美しい脚に、無骨な手を許可もなく滑らせ始めた。

 

「っ!」

「うわっ、すげー。シルクでも触ってるみてーにスベスベ」

 

 奏の唇に歯が食い込んだ。不快感が内股にまで容赦なく這いずる。今にも声を上げて逃げ出したくなるがなんとかその衝動をに抑え込む。

 このまま時が過ぎていくのを石のように待てばいい。そう自分になんとか言い聞かせていたときだった。

「あっ」と、男がなにか気づいてベッドから離れる。

 

「わりーわりー。忘れてたわ。こいつを設置しとかねーと」

 

 男が向かったのは部屋に入って来たときに投げたズタ袋だった。紐を緩めガサゴソと漁り、取り出したのは黒いカメラと三脚。カメラの方は数台あり、それぞれ大小バラバラだがどれもそれなりの性能を備えてそうに見える。

 男はカメラを天井の角や棚の上、ベッドを中心に囲むように設置していく。

 

「カメラを置いとかねーとPのやつに何かぐだぐだ言われそうだしな。あぶねーあぶねー」

「……」

 

 そうだ。これは他でもないプロデューサーのために始めたこと。映像がなければ彼の欲を満たすことができず中途半端になるかもしれない。

 ぐるりと、無機質な瞳が奏を取り囲む。

 

「……なんか落ち着かねぇな」

「そうね……」

「なんだ意外だな。芸能人はカメラなんて仕事でなれてるんじゃないか?」

「仕事の時はね。オフでいつもみたいにカメラを向けられたら気が気じゃないわ」

「へー。そんなもんか。ーーうしっ、これで全部だな」

 

 男が一番大きなカメラを三脚に取り付ける。部屋の中央を陣取り奏を見つめる大きな瞳。赤く点灯する光が正常に稼働していることを示している。

 カメラの背後に立った男が「よしっ」と、動作の確認を終え元の位置に戻り、奏の腰に腕を回すと力に任せて引き寄せた。

 

「ほれっ、こういうのにはヤル前になんか言うのがお決まりなんだろ? 画面の前のPに言ってやれよ」

 

 愛した男ではない腕の中にいる奏は、プロデューサーとは違う体温、分厚さを頬に感じながらカメラと目を合わせる。

 

「……プロデューサー。大丈夫よ、安心して。初めてこの話を聞かされた時、驚かなかったって言うと嘘になるけど、あなたへの感情は何も変わらない。変わっていないわ。今も、きっとこれが終わっても、ね。それどころかもっとあなたを知れて嬉しいとすら思ってるの。……だからこれからもずっと一緒よ……愛しているわ。プロデューサー」

 

 今日はじめて会った男の腕の中に身を寄せながら、ここにはいない男へ不変の愛を誓う。

 歪な光景に男は面白いことを思いついた、と笑みを浮かべた。奏を引き寄せたのとは逆の手が、白く透明な腕を掴み自分の首へと回させる。

 なんの意図が。奏は眼前の男を見て思考を読み取る。何も言わずニヤつきながらじっと見つめるだけの男に、敏い奏の顔が憎しみに歪む。

 

「……下衆じゃないけど、最低な男ね」

「ククッ、おいおい。俺は良かれと思ってやってるんだがな。この方がPのやつも喜ぶだろうよ。ほれっ、さっさとしな」

 

 侮蔑など慣れているとばかりに急かす男。

 嫌悪を宿した金色の瞳が男に突き刺さるが、全く堪えた様子もない。恐らく男から考えを改める気はないのだろう。奏はそう感じた。

 このままごねても状況は変わらない。奏はプロデューサーへの罪悪感を抱えながら、男の低俗な思惑に乗らなければならなかった。

 

 ……ごめんなさい、プロデューサー。

 

 心の中で何度も謝罪を繰り返す。それが本心であり、そうでもしなければプロデューサーへの気持ちで身体が張り裂けそうだったから。

 自分の意思とは関係なく、男の首に誘導された奏の腕。しかし今度はそう追いやられたといえ紛れもなく自分の意思。

 奏は首に巻きついた腕を引き寄せ、自ら男の唇に自分の唇を重ねた。

 奏の頬に流れる一筋の雫。もう引き返せない。男の手が奏の後頭部を押さえつけ固定した。腰に回した腕も筋肉が盛り上がり密着度を高くする。

 まるで数カ月ぶりに会った相思相愛の二人が愛を確かめ合うような、そんな光景を赤く光を灯した無機質な瞳が眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 大蛇が身体をゆっくりと這い回るような不快感。それも況してや異性ともなればパートナーがいる奏は今すぐ触られた箇所の皮膚を引き剥がし、できることなら交換したいと願うほど。

 奏はキスが好きだった。

 人をからかうときも、プロデューサーとする恋人のキスも、奏にとってキスは特別なものだった。

 それが汚された。

 これからどんな顔をしてファンの前に立てばいいのか。これからこの唇でプロデューサーとキスをするのか。

 自分の意思ではない。それでも事実は事実。

 せめてできることといえば、不感症のように反応をしないことだ。

 プロデューサーや男にも悪いが、この時間は物言わぬ植物になろう。そうすればプロデューサーも考えを改めてくれるかもしれない。

 それがいい。そうしよう。どれだけ不快で、その態度に何か言われても無反応を貫こう。

 奏はそう決意したーーはずだった。

 

「はあっ、ん、ちゅる、んむ、んじゅる、ちゅる、はっ……あっ♡ ぷはっ、待って♡ お願いッ♡ 少し、少しだけ時間をちょうだーーぅんんんんんッ♡」

 

なんとか落ち着く時間を作ろうと男から離れるが、後頭部に回された大きな手がそれを許さない。

 決意から約20分。奏は自分の身体の反応に戸惑いを隠せなかった。

 いつからだ。身体を這いずっていたはずの不快感がその逆へとすげ替えられたのは。

 いつからだ。男とのキスから抵抗感が薄れていったのは。

 

「んちゅっ、じゅずっ! れろ、っ、ぇろ♡」

 

 二人は今、対面座位の形で舌を絡めあっていた。言うまでもなくその体勢を望んだのは男からだ。

 奏の装いはゆったりとしたネイビーのハーフパンツに白いTシャツと、完全な部屋着姿だった。望まぬ一夜、しかし女としてそれなりの格好をすべきかとも一考したが、そういうのはプロデューサーにだけすればいいと思い、特別なことはしなかった。

 しかし今、意識もしていなかった男の手によって奏のTシャツは、ジョギングでもしてきたかのように汗を吸い、肌にべっとりと張り付いている。

 雪のような肌に浮かぶ頬の朱がより扇情的に、男の口づけを苛烈にしているのを奏は自覚していない。

 上がった息。汗が全身から浮かぶほど平常から離れた体温。

 端的に言って、奏は出来上がっていた。

 

 

 




長くなりそうなので導入だけ投稿しておきます。
もちろん推敲はしてません。
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