学園祭が始まって3時間。
時刻は昼になり、僕たちのクラスのお化け屋敷は、お昼休憩のため一旦閉店。
その間、クラスメイト達は、お化けの衣装のまま教室を離れる者が大半で、教室に残っている生徒の数は少なかった。
□□:「(結構来るもんだな……)」
僕は額の汗を拭いながら、午前中の盛況を思い出す。
突貫作業にしては良く出来たお化け屋敷の内装。
さらには、誰が用意したのか、マネキンで模した生首、人形を吊り下げたエリアなどは、大の大人でも悲鳴をあげるほどの反響ぶりで、このクラスに訪れる客は多かった。
□□:「(それに……あの部屋も……午前中だけで三組か……)」
あの部屋。
それは、このクラスのお化け屋敷とは別に用意された秘密の部屋のこと。
僕は暗幕で遮られた教室の一角に目を向けた。
そこは単に暗幕で区切られた空間に、ベッドと椅子だけの内装。その簡素な造りに、果たして利用する者がいるのかと疑っていたのだが、午前中で3組のカップルが利用するなど需要は高い。
確かに学園祭を歩き周って疲れた後、横になれる空間があると知れば、利用したくなるだろう。
しかし、この休憩所の利用はカップル限定。
そして、この休憩所は、単に横になるために用意されたのでは無く、愛を確かめ合う場として用意されており、利用するためには、受付の者に避妊具を見せることが条件らしい。
□□:「(避妊具……学園祭のもう一つの伝統か……)」
僕は、以前、加藤さんたち四人が学園祭の伝統について話していた時のことを思い出す。
小渕:『う~ん、避妊具を差し出して告白……ねぇ……』
小泉:『いや、女子から誘うって……どうなの?』
加藤:『まぁ、はしたないと思うわよね……』
森 :『でもでも、休憩所の利用には避妊具が必要なんでしょ?』
加藤:『そうよ。告白に使用した避妊具を受付に見せることが
小泉:『告白した後、その避妊具を使ってとか……良くできてるわ……』
小渕:『來実は使うの? 彼氏、学園祭に来るんでしょ?』
森 :『え? う~ん……どうしよっかな~♪』
小泉:『あぁ……まぁ來実は当然よね……それより乙女はどうなの?』
加藤:『えっ!?』
小渕:『あぁ! 片思いの彼ね!!』
加藤:『私は……』
学園祭準備期間中に繰り広げられた女子達四人のガールズトーク。
その話を聞いた時、加藤さんに片思いの相手がいたことに驚いたものだが……
□□:「(森さんが本当に休憩所を使うだなんて……)」
僕がお化け役として待機していた場所は、休憩所の近く。
距離にして3mとも離れていなかったため、遮音性のない暗幕だけでは、カップルの会話はもちろんのこと、衣擦れの音や、喘ぎ声なども拾うことが出来てしまった。
□□:「(あの声は絶対に森さん……それに男が
森さんはヘアバンドがトレードマークの女の子。
加藤さん達四人の中では一番の小柄で、幼さの残る容姿を持つ彼女だが、その外見とは裏腹に、彼女が大人の女性であるという事実に、僕は少なからずショックを受けていた。
□□:「(クラスメイトの情事を想像することがこんなにキツいなんて……)」
森さんと思われる女性が休憩所を使っていた時間は約30分。
その間、森さんの外見を知る僕にとって、暗幕の中の森さんの姿を想像することは容易だった。
彼氏:『へぇ~ なんか雰囲気あるな……』
森 :『えへへ、そうでしょ……』
彼氏:『ああ。やばい、スゲー、興奮してきた――』
森 :『え? ちょっ、いきなりっ、あっ、んふぅ、ちゅっ、んちゅっ』
彼氏:『あんな誘い方した後でこの部屋見せられたら……我慢なんてできねーよ』
森 :『んっ……あっ……』
彼氏:『ははw 來実だってもうソノ気じゃん……ほらこんなに絲引いて――』
森 :『んっ……なんか……恥ずかしいよぉ……』
彼氏:『なんだ……クラスメイトの前だからって恥ずかしがってんのか?』
森 :『そうかもっ……あっ……』
彼氏:『なら、声抑えないとクラスメイトに聞こえちまうかもな?』
森 :『嫌ぁ……そんなぁ……んっ……』
彼氏:『イヤってw なら精々我慢しろよ?』
森 :『え?……ちょっ……激しいぃ……ダメぇ――』
□□:「(くそっ……)」
思い出してしまった森さんと彼氏のやり取り。
行為の最中、森さんは喘ぎ声を必死に我慢している様子が伝わってきて、彼氏のほうは森さんに声を上げさせようとしていたのが強く記憶に焼き付いている。
□□:「(あんなに甘い声だして……彼氏の前では……あんなに……)」
それは、本来知り得なかった森さんの一面。
興奮と同時に僕の中に生じたやるせない思い。
他のカップルの時には
□□:「(僕も……)」
僕は脳内で想像する。
想像する内容は、僕が桂さんに告白される場面。
そこは夕日に染まった廊下だった。
僕の目の前には桂さんがいて、桂さんは俯いたまま、精一杯、僕に向かって手を伸ばしている。
桂さんの行為は、学園祭で、女子が好きな男子に告白する際の伝統だった。
伝統通りなら、桂さんの手には避妊具が握りしめられているのだろう。
僕がその手を取れば、僕と桂さんは恋人同士。
そして、恋人になった暁に、僕と桂さんは校舎内の秘密の部屋で、甘い時間を過ごすのだ。
□□:「(桂さんから告白されるなんて……無い……か)」
いや、そもそも休憩所の伝統は、貞操観念の低い女子に向けた内容だ。
桂さんは結婚まで貞操を守り続けるような初心な女子。なので、桂さんが伝統のような告白をすることなど有り得ないだろう。
桂さんがそんな馬鹿は告白をする妄想などは直ぐに捨て、僕は後夜祭に想いを馳せる。
学園祭の後に行われる後夜祭。
そのメインイベントは、校庭で行われるフォークダンスだ。
恋人同士の二人が後夜祭のフォークダンスを踊ると、その年はずっと幸せでいられる――
それは、秘密の休憩所と違い、カップルに成りたての男女や、健全なカップルに向けた榊野学園に伝わるもう一つの伝統。
僕の悲願は、このフォークダンスで桂さんと踊ることだった。
□□:「(勝負は学園祭が終わった後……)」
今の時刻は正午を過ぎたところ。
学園祭の午前の部が終わり、残すところあと数時間。
気付けば僕の腕は小刻みに震え、口は無性に乾いていた。
□□:「(くそ……止まれ……止まれ……)」
僕はポケットの中から携帯を取り出すと、待ち受け画面に映った桂さんに向けて告白した。
□□:「(桂さん……好きです……よかったら僕とフォークダンスを……)」
僕は目を瞑り告白の言葉を繰り返す。
それでも一向に収まることのない緊張。
告白を意識した途端、自分の身体が自分のモノでないように自由が利かず、手に持っているはずの携帯も小刻みに震えている。
そして……
□□:「あっ!?」
自分の驚愕の声と同時に、手から携帯が零れ落ち、淡い光が床を這った。
数メートル先では、携帯のディプレイライトが暗い教室の床を照らしている。
携帯を落とすなど、通常の精神状態であれば決して起きえない悲劇に、僕の頭は真っ白になった。
??:「なに? 携帯?」
□□:「あっ!?」
落ちた携帯を僕より先に女子が拾った。
薄暗い教室の中、携帯のディスプレイライトで浮かび上がった女子の顔が一瞬怪訝な表情を浮かべるも、すぐさま悪魔のような笑みへと変わっていく。
携帯を落すというたったそれだけの出来事。
しかし、それは別の誰かが拾ったという事実だけで、僕の人生で最悪の出来事へと変わってしまった。
何故、携帯を落してしまったのか……
何故、拾った相手が○○だったのか……
幾つも折り重なった偶然。
本来ならば拾ってくれた相手にお礼を言うべき場面。
しかし、僕はお礼を言うこともできず、只々立ち尽くすことしかできなかった。