異世界 定食屋 朝日食堂 異世界セックス漂流記 エロイラスト付❤️ 作:みなぽん
小日向 友晴(こひなた ともはる)
41歳。大東亜文化大学・異文化超常コミュニケーション学教授。
日本政府の極秘プロジェクト「異層空間観察プロジェクト」の現地責任者。
異世界定食屋「朝日屋」のマスターを装い、食文化を通じて文明・経済・資源を調査している。料理は独学だが異常な応用力を持つ。
川内 玲奈(かわうち れいな)
24歳。公安調査庁エージェント。表向きは経済産業省官僚。
三白眼の黒髪ポニーテール。冷静沈着で情報収集能力が高い。
朝日屋ではホール係として働きながら、政治・経済情報を収集している。
月姫(かぐや)
フィンランディアヴィーキングの血を引くエッダの魔法騎士。
真紅の瞳と白銀の髪を持つ少女。天真爛漫で食べることが大好き。
朝日屋ではウェイトレス兼護衛役。
ルシア・フェルシア
ホビット族の黒魔道士。24歳。
青いおさげ髪、丸眼鏡、青ローブ。小柄で理知的だが気弱。
順番整理魔法など生活魔法を得意とし、朝日屋のアルバイト。
正体は伝説の魔導士 ルシフェル
ヴィヴィ・アンタイオス
ラーマ共和国十二神将の一人「乙女座(バルゴ)のヴィヴィ」。
金髪とヘテロクロミアの瞳を持つ英雄。双剣アガートラームの使い手。
月姫の親友。
朝日屋に、その男がやって来たのは、昼下がりのことだった。
男は傭兵だった。
日に焼けた顔。古びた革鎧。腰には長剣。肩には使い込まれた弓。幾つもの戦場を越えてきた人間だけが持つ、独特の落ち着きがあった。
しかし、彼が何よりも自信を持っているものは、剣の腕でも弓の腕でもなかった。
「俺は食通なんだ」
注文を終えるなり、男はそう言った。
小日向友晴は厨房から顔を出した。
「へえ」
「世界中の料理を食べてきた。王宮料理も、エルフの森の薬草料理も、ドワーフの鉱山料理も、海の魔族が作る魚料理もな」
「それはすごい」
「だから、ここの料理も楽しみにしている」
やがて運ばれてきた生姜焼き定食からは、甘辛い醤油と生姜の香りが立ちのぼった。焼けた豚肉の縁には香ばしい焦げ目がつき、白いご飯からは湯気が細く揺れている。味噌汁には出汁の丸い香りがあり、鼻を近づけるだけで腹の奥が温かくなった。
男は肉を一切れ、箸でつまんだ。
表面はきゅっと締まり、歯を入れると、薄い肉の中から脂の甘みがじゅわりと広がった。生姜の鋭い香りが舌の上を走り、醤油の塩気と砂糖の甘みがその後を追う。焦げた部分はぱりっと香ばしく、柔らかな肉との食感の差が心地よかった。
男の箸が止まった。
「……うまい」
その一言に、月姫が嬉しそうに胸を張った。
「でしょう!」
男は今度はご飯を口に運んだ。ふっくらとした米粒が舌の上でほどけ、肉のたれを吸った甘辛い味が、噛むほどに濃くなる。味噌汁をすすると、湯気とともに大豆の香りが鼻へ抜け、塩気の奥から昆布と鰹の旨味がじんわりと広がった。
「米もいい。味噌汁もいい。肉の焼き加減も申し分ない」
男は本気で感心していた。
ところが。
「だがな」
そこで男は箸を置いた。
「ギーミヤ国の山奥にある山猫軒には、遠く及ばない」
店内が静かになった。
玲奈が眉を上げる。
「山猫軒?」
「知らないか?」
「初耳ですね」
ルシアも眼鏡を押し上げた。
男は得意げに語り始めた。
「ギーミヤ国の山岳地帯。そのさらに奥だ。人里から何日も歩かなければ辿り着けない。そこに突然、店が現れる」
「朝日屋みたいですね」
月姫が言った。
「料理は絶品だ。肉料理も魚料理も、野菜料理も、とにかく別格だ」
男は目を細め、記憶の中の味を舌の上で確かめるように続けた。
「鹿肉は、ナイフを入れただけで肉汁がにじむ。表面は炭火で黒く香ばしく、中は驚くほど柔らかい。噛むと野山の草のような香りが広がって、最後に獣肉の濃い旨味が残るんだ」
小日向の目がわずかに細くなった。
「魚は?」
「皮がぱりぱりに焼けている。箸で触れると、薄い氷を割るような音がするんだ。中はしっとりしていて、川の冷たい水を思わせる清らかな味がする。香草の青い匂いが脂を引き締めて、口の中がいつまでも重くならない」
「野菜料理は?」
今度はルシアが尋ねた。
「森のキノコを使った料理がすごい。歯を入れると、きゅっとした弾力が返ってくるもの、舌の上でとろけるもの、噛むたびに木の実のような香りが立つもの。ひと皿の中で、森そのものを食べているような気分になる」
男の声には、戦場で敵を語るときとは違う熱がこもっていた。
「それほどか」
「ああ。ただし、山猫軒には妙な噂がある」
「どんな?」
男は声を潜めた。
「店に入る前に、奇妙な注文をいくつもされるんだ」
月姫が首を傾げた。
「注文?」
「そう。武器を置け。身体を清めろ。クリームを塗れ。そして、一人ずつ奥へ進め、と」
「……料理店ですよね?」
玲奈が怪訝そうに言った。
「だから不思議なんだ」
男は笑った。
「だが料理だけは、本当にうまい」
小日向は腕を組んだ。
料理人として、その話を聞き流すことはできなかった。
「行ってみるか」
「え?」
玲奈が顔を上げる。
「山猫軒に」
「本気ですか?」
「本気だ」
月姫が勢いよく手を上げた。
「私も行きます!」
「月姫は食べる気しかないだろ」
「当然です!」
その隣で、ルシアも恐る恐る手を挙げた。
「わ、私も……」
さらに。
「私も行く」
聞き慣れた声がした。
店の入口に立っていたのは、ヴィヴィ・アンタイオスだった。
ラーマ共和国を民主共和国へと変えた英雄にして、バルゴの十二神将。
そして何より、月姫の親友だった。
「ヴィヴィ!」
月姫が駆け寄る。
「久しぶり!」
「久しぶり。面白そうじゃない」
「山猫軒っていうところに行くんだよ!」
「料理店?」
「うん!」
「じゃあ行こう」
話が早かった。
こうして朝日屋一行にヴィヴィを加えた、妙な食文化探訪が始まった。
数日後。
ギーミヤ国の山中。
「……本当に何もないですね」
玲奈が呟いた。
深い森だった。
木々が空を覆い、昼間だというのに薄暗い。
湿った土の匂い。苔の青臭さ。遠くで折れた枝の乾いた音。獣の鳴き声が、霧の向こうから低く響いてくる。
「道、合ってるんでしょうね?」
「食通の傭兵が言っていた地図なら合っている」
小日向が答えた。
「その傭兵が間違っていたら?」
「そのときは山菜でも採って帰ろう」
「マスターらしいですね」
しばらく進んだところで、木々の向こうに建物が見えた。
古びた洋館。
入口には看板が掛かっている。
『山猫軒』
月姫が目を輝かせた。
「着いた!」
扉を開ける。
そこには誰もいなかった。
代わりに、一枚の紙が置かれていた。
『当店は大変注文の多い料理店です』
小日向が読む。
「……注文が多い?」
その下には、さらに文章が続いていた。
『どうかこちらの指示に従ってください』
最初の部屋には、大きな木箱があった。
『お客様のお持ちになった武器は、すべてこちらへお預けください』
ヴィヴィが腰の双剣アガートラームを置く
「ずいぶん用心深い店ね」
「まあ、料理店なら客同士の喧嘩防止かもしれない」
小日向は武器を置くように促した
続いて玲奈が拳銃を
月姫がミストルティンを
ルシアは魔法の杖を
全員が武器を預ける。
次の部屋へ進む。
また紙がある。
『お客様は旅で大変お疲れでしょう。こちらで身体を清めてください』
温泉と洗い場があった。
暖かい湯が溢れて手の甲を打ち、森の湧き水のような鉄の匂いがした。
「ずいぶん衛生管理が徹底していますね」
玲奈が感心する。
「これは料理店としては正しい」
小日向も頷いた。
そして、風呂から上がると、脱衣籠の横に布地の小さな水着が置かれていた
さらに奥へ。
『お客様は料理を召し上がる前に、こちらに着替え全身にクリームをお使いください』
そこには大きな壺が置かれていた。
月姫が覗き込む。
「クリーム?」
ルシアが恐る恐る匂いを嗅いだ。
「……甘い匂いがします」
小日向が指につけて確認する。
「蜜蝋何かの薬草だな。保湿用だろう」
「なんで料理店で保湿なんですか?」
玲奈が首を傾げる。
「さあな」
全員がクリームを塗る。
指先に残ったクリームは、最初は少し重く、やがて体温で溶けて滑らかになった。蜜のような甘い香りが肌にまとわりつき、森の湿った空気の中で妙に濃く感じられた。
「さぁ、みんなどんな美食が待っているか楽しみだ!」
そして彼らはついに食堂と思しき奥の部屋の扉を開けた。
山猫軒の幻覚 ──月姫の見た夢
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一番奥の扉を開けたとき、月姫の世界は変わった。
「……あ」
目の前に広がっていたのは、白いテーブルクロスの掛けられた長い卓だった。
料理が並んでいた。
山のように。
見たこともない料理だった。銀の皿に盛られた鹿肉はナイフを入れる前から肉汁が縁を伝い、焼けた皮の香ばしさが鼻の奥をくすぐる。水晶の皿に乗せられた川魚は箸で触れただけでぱりりと音を立て、白い身から湯気が細く立ちのぼる。木の器に入ったキノコの煮込みは森の土の匂いをそのまま閉じ込めたように深く、噛むたびに木の実の香りが口の中に広がりそうだった。
それだけではなかった。
エルフの森で食べた薬草のスープ。ドワーフの鉱山で飲んだ鉄のような黒ビール。海の魔族が煮た魚の煮付け。王宮で出される金箔の載った前菜。砂漠の国で食べた香辛料たっぷりの羊肉の串焼き。
世界中の料理が、そこにあった。
「すごい……」
月姫の声は震えていた。
クリームの甘い香りが肌から漂う。それは体温で溶けて毛穴の奥まで染み渡り、思考の縁をじんわりと甘く溶かしていた。
「月姫」
声がした。
振り返ると、小日向友晴が立っていた。
白いシャツの袖を肘まで捲り、厨房の三角巾を首に掛けた姿。いつもの朝日屋のマスターだった。けれど、その目は厨房に立っているときとは違っていた。
「マスター」
「座れ。全部、お前のために作った」
月姫は素直に椅子に引かれた。
小日向が隣に座った。
隣だった。向かいではない。椅子と椅子が触れ合うほど近い。小日向の肩の熱さが、水着の布一枚隔てただけの肌に伝わってくる。
「食え」
小日向が鹿肉を小さく切り分け、月姫の口元へ運んだ。
「え、あの、自分で……」
「食え」
優しい声だった。命令ではない。けれど逆らえない温かさがあった。
月姫は口を開けた。
肉汁が舌の上に広がった瞬間、目の裏が白くなるほどの旨味が押し寄せた。野山の草の香り。炭火の燻香。獣肉の濃い甘み。噛むほどに柔らかくなり、最後は溶けるように消えた。
「……おいしい」
「だろう」
小日向が笑った。
その笑顔を、月姫は正面から見上げた。
心臓がうるさかった。胸腔の中で何かが暴れている。クリームの甘い香りがその鼓動をさらに激しくした。理性の輪郭が溶けて、代わりに温かい何かが腹の底から湧き上がってくる。
「もっと食え」
小日向が今度は川魚を差し出した。
月姫は食べた。
皮が割れる音がした。中の白身がほどけて、川の冷たさと香草の青さが同時に口に広がった。脂が重くなく、いくらでも食べられそうだった。
「おいしい……」
「次はこれだ」
キノコの煮込み。
「そしてこれ」
薬草のスープ。
「それからこれ」
金箔の前菜。
次から次へと、小日向が料理を月姫の口に運んだ。月姫は食べ続けた。食べるたびに体が温かくなった。食べるたびに小日向が近くなった。いつの間にか小日向の手が月姫の腰に添えられていた。
水着の布越しに、小日向の手のひらの熱さが伝わる。
「マスター……」
「ん」
「あの、なんか、もうお腹いっぱい……」
「そうか」
小日向の手が腰から背中へ滑った。
広い背中だった。料理人の手だった。毎日包丁を握り、鍋を振るい、盛り付けを繰り返してきた手のひらは、ところどころ硬く、そこだけ熱が濃かった。
月姫の息が浅くなった。
「月姫」
小日向が耳元で囁いた。
低い声だった。朝日屋の厨房で「注文入った」と告げる声とは違う。もっと深く、もっと暗いところから出る声だった。
「ずっと、言いたかったことがある」
「……なに」
「お前のことが、好きだ」
世界が止まった。
料理の湯気が止まった。棚から溢れるご馳走の香りが一瞬で遠くなり、代わりに小日向の首筋の匂いが月姫の鼻腔を満たした。汗と火の匂いと、シャツの糊の香りが混じった、いつものマスターの匂い。
「……え」
「好きだ。女として、お前が好きだ」
月姫の目から涙が溢れた。
止まらなかった。堰を切ったように溢れた。クリームの甘い香りが涙をさらに薄く甘くした。涙の味がした。塩辛くて、甘かった。
「私も……」
声が裏返った。
「私も、ずっと……」
言えなかった。言葉が喉の奥で溶けて、形にならなかった。代わりに月姫は小日向の胸に顔を埋めた。小日向のシャツが涙で濡れる。小日向の手が月姫の頭をゆっくり撫でた。
大きい手だった。温かい手だった。
「月姫」
小日向が月姫の顔を上げさせた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を、小日向が両手で包んだ。親指の腹が涙を拭う。その指が頬を伝い、顎に触れ、唇の端に止まった。
「いいか」
「……うん」
唇が重なった。
柔らかかった。
小日向の唇は料理の味がした。醤油と生姜と、かすかな味噌の香りがした。朝日屋の味がした。月姫が毎日食べて、毎日安心してきた味がした。
目を閉じると、涙の跡が�かった。
小日向が深く口づけた。舌が触れた。月姫の背筋に電気が走った。クリームの甘い香りが二人の間で濃くなり、肌と肌の隙間を滑らかに満たした。
「ん……」
月姫の口から声が漏れた。
小日向が唇を離し、月姫の首筋に顔を埋めた。水着の紐に指をかけた。
「脱がせていいか」
「……うん」
紐が解けた。
水着が足元に滑り落ちた。
クリームを塗られた肌が、裸で空気に触れた。けれど寒くなかった。小日向の視線が熱かった。料理人の目だった。素材の価値を見極める目。最高の仕上がりを見極める目。けれど今は、その目が月姫を——女の月姫を、見ていた。
「きれいだ」
その一言で、月姫の最後の理性が溶けた。
小日向が月姫を抱き上げた。料理人の腕は、鍋よりもずっと確かに月姫の体を支えた。
「奥の部屋だ」
卓の奥に、扉があった。開けると、白いシーツの掛けられた大きなベッドがあった。料理の香りがかすかに漂う部屋だった。暖炉の火が壁に影を映している。
小日向が月姫をベッドに横たえた。
白いシーツの上に、月姫の肌が鮮やかだった。クリームの艶が蝋燭の光を受けて、ところどころ光った。
小日向がシャツを脱いだ。
月姫はその体を初めて見た。毎日厨房に立つ体。包丁を振るい、鍋を持ち、盛り付けをする体。腹に力が入っていて、腕に筋が走っていて、胸に薄い毛が生えていて、首が太くて、肩が広かった。
男の体だった。
マスターの体だった。
「来て」
月姫が手を伸ばした。
小日向が覆いかぶさった。
肌が触れた。
熱かった。クリームの滑りが二人の肌の間を埋め、触れる場所すべてがぬるく溶け合うようだった。小日向の胸の硬さが月姫の胸の柔らかさを押し、腹の熱さが腹の熱さと重なった。
「月姫」
小日向が月姫の耳元で名前を呼んだ。
名前だけだった。それだけで、月姫の体の奥が熱く疼いた。
「マスター……友晴……」
初めて名前を呼んだ。
小日向の目が、一瞬だけ大きくなった。そして、今まで見たことのないほど深い目で、月姫を見た。
「もう一度言え」
「友晴」
小日向が笑った。
微笑みだった。料理を作るとき、時々見せる、満足そうな微笑みだった。けれどその目は濡れていた。
「月姫」
小日向が月姫の唇に、もう一度口づけた。
今度は深かった。長かった。舌が絡み合い、互いの息が混じり合った。月姫の腕が小日向の背中に回った。爪が背中の筋肉を走り、小日向が低く唸った。その振動が月姫の胸に伝わった。
小日向の手が月姫の体を辿った。
肩から鎖骨へ。鎖骨から胸へ。胸の頂に触れたとき、月姫の腰が浮いた。
「あ……」
「大丈夫か」
「大丈夫……大丈夫だから、続けて」
小日向の手が優しかった。料理で培った繊細な指先が、月姫の体の線を一筋ずつ辿った。脇腹をなぞり、腰骨に触れ、太腿の内側で止まった。
月姫の足が自然に開いた。
自分でも驚くほど自然だった。クリームの香りが思考の端を溶かし続け、体の奥から湧き上がる熱が判断を鈍くした。けれど、鈍くなったからではない。小日向に触れられたいという欲求が、体の芯から溢れていた。
「友晴……来て」
「月姫」
小日向が月姫の中に入ってきた。
熱かった。
月姫の目が開いた。天井が見えた。暖炉の火の影が天井で揺れていた。料理の香りがまだ漂っていた。そして、小日向の重みが、月姫の体全体に乗っていた。
「……あ」
息が止まった。
痛みはなかった。クリームが滑りにしてくれた。けれど満たされる感覚が強すぎた。体の奥に熱いものが入ってくる感覚。異物ではなく、最初からそこにあったべきものが戻ってきたような感覚。
「大丈夫か」
小日向が額を月姫の額に押し当てた。近かった。目と目が触れ合いそうだった。小日向の目が、月姫を覗き込んでいた。
「大丈夫……動いて」
小日向が動いた。
ゆっくりだった。
最初は料理のときと同じだった。火加減を見極めるように。タイミングを見計らうように。月姫の反応を一つずつ確かめながら、ゆっくりと、深く。
「ん……あ……」
月姫の声が漏れた。
小日向が動くたびに、月姫の体の中で何かが熱く潤んだ。クリームの滑りと、月姫自身の湿りが混じり合い、小日向が動くたびに水音がした。その音が暖炉の火音と重なり、部屋を満たした。
「月姫、気持ちいいか」
「……いい、気持ちいい……友晴……」
名前を呼ぶたびに、小日向の動きが深くなった。
月姫の腕が小日向の首に絡みついた。小日向の汗が月姫の胸に落ちた。汗とクリームが混じり合い、肌と肌の間が甘く滑った。
「友晴……友晴……」
月姫は繰り返した。名前を呼ぶたびに、この人がここにいることが確かになった。この人が自分の中にいることが確かになった。朝日屋の厨房で、いつも背中を見ていた人。注文を聞いてくれる人。料理を作ってくれる人。毎日、当たり前のように隣にいた人。
その人が、今、自分の中にいた。
「月姫」
小日向が月姫の耳元で囁いた。
「俺も、ずっと……」
言い淀んだ。
「ずっと、なんだ」
月姫が訊いた。小日向の背中を爪で撫でながら。
「ずっと、こうしたかった」
月姫の目からまた涙が溢れた。
「私も」
「知ってた」
「え」
「お前の目、いつも俺を見てただろ」
月姫の顔が赤くなった。
「……バカ」
「ああ、バカだ。バカだから、こんになるまで気づかなかった」
小日向が笑った。そして、深く突いた。
「ああっ——」
月姫の背中が弓なりに反った。小日向の手が月姫の腰を支えた。逃がさないように。逃がさないように。料理人が鍋を離さないように。素材の最後の一滴まで味わい尽くすように。
「友晴、友晴、友晴……」
月姫の声が高くなった。思考が溶けた。言葉が意味を失い、ただ名前の響きだけが残った。体の奥から熱が湧き上がり、腹を満たし、胸を満たし、喉を満たし、頭の先まで溢れた。
「月姫——」
小日向の声も掠れた。
二人の体が同時に震えた。
熱が弾けた。
月姫の視界が白くなった。白いシーツよりも白く。暖炉の光よりも明るく。体の奥で小日向が脈打った。その脈動が月姫の体を波のように駆け上がり、指先まで伝わった。
「……あ……」
月姫の体から力が抜けた。
小日向が月姫の上に覆いかぶさったまま、動かなかった。二人の呼吸が次第に落ち着いていく。暖炉の火がぱちっと鳴った。料理の香りがかすかに残っていた。
「月姫」
「……ん」
「また、作ってやる」
「……何を」
「何でも。お前が食いたいものを、何でも」
月姫が笑った。涙の跡が乾ききらないまま笑った。
「……生姜焼きがいい」
「しょうがないやつだな」
小日向も笑った。
そして、もう一度、唇を重ねた。
長い、長い口づけだった。
料理の香りが二人を包んでいた。暖炉の火が揺れていた。白いシーツが月姫の裸の肌に優しく触れていた。小日向の腕の中が温かかった。
月姫は目を閉じた。
幸せだった。これ以上ないほど、幸せだった。
その頃、山猫軒の奥の部屋では虚な目の月姫が魔猫人に犯されて笑顔で腰を振っていた。
⭐️山猫軒の幻覚 ──玲奈の見た夢
目を開けると、そこは岸和田だった。
アパートの前だった。
正確に言えば、アパートの前に続く坂道の途中だった。手すりの錆びた鉄パイプ。割れたコンクリートの縁石。電柱に貼られた古い選挙ポスター。斜めに傾いた郵便受け。どこからか線香の匂いがした。
玲奈は知っている風景だった。
25年以上前から知っている。子どもの頃、毎日通った坂道だった。学校へ行くときも、スーパーへ買い物に行くときも、友達の家へ遊びに行くときも。この坂を登って、角を曲がって、もう一度登って、やっと着く。
母のアパートだった。
「玲奈」
声がした。
振り返ると、小日向友晴が立っていた。
両手に荷物を抱えていた。片手には朝日屋の紙袋。もう片手にはデパートの包み。肩からは風呂敷を下げている。風呂敷の中から何かが角張って膨らんでいた。
「マスター?」
「今日は玲奈のお母さんに、ちゃんと挨拶しないとな」
小日向の顔が緊張していた。
眉間に皺が寄っている。唇が少し乾いている。いつも厨房で「注文入った」と告げるときの落ち着きが消えていた。代わりに、初めて料理を任された見習いのような顔をしていた。
「挨拶って」
「俺だ。小日向友晴だ。玲奈さんの旦那になる男だ」
言い切った。
玲奈の心臓が跳ねた。
旦那。
その言葉が耳に入った瞬間、胸の奥が熱くなった。異世界の定食屋のことなど、すっかり消えていた。戦場の銃声も、魔法の光も、魔族の襲撃も、異世界で過ごした数年間の記憶も、すべて遠い霧の向こうに霞んでいた。あるのはこの坂道のコンクリートの感触と、線香の匂いと、目の前で緊張している男の顔だけだった。
「来てくれたんですか」
「当たり前だろ。俺の女の親に挨拶もしねえで、どうする」
「俺の女」という言葉が、クリームの甘い香りと一緒に肌の奥に染みた。
アパートの階段を登った。
二階の一番奥。205号室。ドアの横の表札は今は亡き父親が自分で書いた字だった。下手な字だった。母が貼り替えようとして、結局そのままにしていた。
玲奈がインターホンを押した。
『はいはい』
母の声だった。
数年聞いていなかった声だった。けれど、一秒で分かった。低くて、少し掠れていて、いつでも面倒くさそうな声。けれどその奥には、いつでも優しさがあった。
ドアが開いた。
母が立っていた。
「あんた」
母の目が大きくなった。
「ただいま、お母さん」
玲奈は言った。自然に出た。子どもの頃、学校から帰ってきたときと同じだった。
「…おおきに」
母が呟いた。大阪弁だった。玲奈も大阪弁だった。異世界で数年過ごして、すっかり標準語と軍隊言葉になっていたのに、母の前では一瞬で戻った。
「誰や、その人」
母の視線が小日向に移った。
小日向が荷物を床に置き、背筋を伸ばした。
「小日向友晴です。玲奈さんの伴侶として、今日、ご挨拶に参りました」
頭を下げた。
九十度だった。
厨房で最敬礼する客にもしない角度だった。
母が玲奈を見た。
「まさか」
「うん」
「ほんまか」
「うん」
「…おおきな紙袋、持ってきてるやないの」
母が笑った。
アパートの中は狭かった。
二LDK。六畳二間と四畳半のキッチン。子どもの頃は広く感じた。四人で暮らしても余裕があると思っていた。けれど今、大人の目で見ると、壁と壁の間が驚くほど近かった。
妹が出てきた。
「姉ちゃん」
「おう、久しぶりやな」
「誰や、そのイケおじ」
「…やかましい」
弟も出てきた。大きくなっていた。最後に会ったときは中学生だった。今は大人の背丈だった。
「姉ちゃん、彼氏連れてきたん」
「彼氏やない」
「じゃあ何」
「…旦那さん、やな」
妹と弟が同時に吹き出した。
小日向がもう一度頭を下げた。
「小日向友晴です。玲奈さんを、俺にください」
狭い居間が静かになった。
母が小日向を見た。目が細くなった。値踏みする目だった。異世界の魔物を銃で狙うときの玲奈の目に似ていた。
「大学の先生なのに、料理人やってるって聞いたで」
「はい。定食屋をやっています」
「定食屋」
「ええ。朝日屋と言います」
「朝日屋」
「はい」
「…あんた、料理、うまいの」
「お任せください」
母が少し笑った。
「なら、うちの夕飯、作ってみ」
小日向が厨房に立った。
四畳半のキッチンだった。コンロ二口。小さな流し。古い冷蔵庫。調味料は醤油、味噌、塩、砂糖、酢。あるのはそれだけだった。朝日屋の厨房とは比べ物にならない狭さだった。
けれど小日向は迷わなかった。
冷蔵庫を開けた。中身を確認した。棚の食材を触った。鍋の重さを確かめた。包丁を研いだ。まな板を拭いた。それから、手際よく動き始めた。
玲奈はキッチンの入り口に寄りかかって見ていた。
この光景を知っていた。朝日屋で何度も見てきた。厨房に立った小日向は別人になる。背筋が伸びる。目が鋭くなる。手が止まらない。迷いがない。
けれど、ここは岸和田のアパートだった。
母の古いフライパンを使っていた。妹が買ってきた安い醤油を使っていた。弟がスーパーで特価で買ってきた豚肉を使っていた。朝日屋の食材ではない。異世界の素材ではない。
それなのに、同じだった。
小日向が料理をしている。それだけで、どんな場所でも厨房になった。
「玲奈」
「はい」
「皿、出してもらえるか」
「はい」
玲奈は動いた。
朝日屋で何度もやった動作だった。皿を出す。箸を並べる。グラスを置く。小日向の隣で、小日向の動きに合わせて動く。言葉はいらなかった。
母が居間から覗いた。
「あんたたち、息ぴったりやな」
「…はい」
玲奈は顔が熱くなった。
夕食が並んだ。
豚の生姜焼き。もやしの炒め物。卵スープ。白いご飯。漬物。
「材料がこれしかなかったもんですから」
小日向が言った。
「これしかって」
母が箸を持ち上げた。
「うちの冷蔵庫、今朝の残り物しかなかったんやで」
「ええ。知っています」
「知ってて、これだけ作るの」
母が生姜焼きを口に入れた。
噛んだ。
噛み止めた。
「…おいしい」
母の声が少し震えた。
「お母さん?」
「うるさい、食え」
妹も食べた。
「うまっ」
弟も食べた。
「姉ちゃん、この人もらってきな」
小日向が照れたように笑った。
玲奈は自分の皿を見た。生姜焼きだった。朝日屋の生姜焼きと同じ見た目だった。けれど、何かが違った。この醤油は岸和田のスーパーで買った醤油だった。この豚肉は特価の豚肉だった。このご飯は母が炊いたご飯だった。
異世界の定食屋の料理ではなかった。
日本の、岸和田の、母の家の、夕飯だった。
玲奈の目が熱くなった。
「マスター」
「ん」
「…ありがとう」
「礼を言うのは、食ったあとにしろ」
食後、茶を飲んだ。
母が小日向に聞いた。
「あんた、うちは父おらんの知ってるやろ」
「はい」
「あたしひとりで、この子ら育てたんや」
「知っています」
「玲奈は、一番上やったからな。一番、我慢させた」
「…」
「あの子は、あたしに心配かけんように、何も言わへんかった。いつも笑ってた。でもな、笑ってる子が一番、大変やねん」
母の声が細くなった。
「あの子を、頼んます」
「はい」
「幸せにしてやってください」
「はい。絶対に、幸せにします」
小日向の声に迷いがなかった。
玲奈は茶を啜った。熱い茶が喉を通った。涙が出そうになった。けれど泣かなかった。母の前では泣かなかった。子どもの頃からそうだった。
夜、布団を敷いた。
狭い六畳一间。布団二組。母が敷いてくれた。妹の布団と弟の布団は別の部屋だった。
「すまんね、狭くて」
母が言った。
「とんでもないです。ありがとうございます」
小日向が答えた。
電気を消した。
布団に入った。
隣の布団から小日向の寝息が聞こえた。穏やかだった。朝日屋の二階の部屋で寝ているときと同じだった。
玲奈は天井を見ていた。
暗い天井だった。子どもの頃から見てきた天井だった。水滴の跡があった。壁の近くにひびがあった。蛍光灯の残像が目に残っていた。
隣の布団が動いた。
小日向の腕が玲奈の布団の中に入ってきた。
「…マスター」
「玲奈」
小声だった。母に聞こえないようにする声の大きさだった。
「起きてたのか」
「起きてます。眠れるわけないでしょ」
「なして」
「あなたが隣にいるから」
小日向が笑った。布団の中で笑った。振動が伝わった。
「俺も眠れなかった」
玲奈は布団から手を伸ばした。暗闇の中で小日向の手を探した。指先が小日向の手の甲に触れた。小日向の手が握り返した。
「マスター」
「ん」
「嬉しい」
「俺も」
布団の隙間から小日向の顔が覗いた。暗かった。けれど目だけは見えた。料理人の目だった。真剣な目だった。
「玲奈さん」
「はい」
「こっち来い」
玲奈は自分の布団から小日向の布団に滑り込んだ。
狭かった。
二人分の体温が一つの布団に詰まっていた。小日向の胸が玲奈の肩に触れた。小日向の太ももが玲奈の太ももに当たった。布団の布地が二人の間で皺になった。
「狭いな」
「狭いね」
「でも」
「ん」
「悪くない」
小日向の腕が玲奈の背中に回った。大きな手だった。料理人の手だった。岸和田のアパートの狭い布団の中で、その手だけが異世界と同じ大きさだった。
「玲奈」
「はい」
「これからずっと一緒だからな」
「…うん」
「絶対、俺が幸せにするから」
玲奈の目から涙が溢れた。
子どもの頃から泣かなかった。母の前で泣かなかった。妹の前で泣かなかった。弟の前で泣かなかった。学校でも、職場でも、異世界でも、誰の前でも泣かなかった。
けれど今、暗い布団の中で、小日向の胸に顔を埋めて、泣いた。
声を出さずに泣いた。肩が震えた。小日向のシャツが涙で濡れた。小日向の手が玲奈の頭を撫でた。ゆっくりと、何度も、何度も。
「泣くな」
「泣いてない」
「濡れてるぞ」
「汗や」
「嘘つけ」
玲奈は笑った。泣きながら笑った。小日向も笑った。
そして、唇が触れた。
暗かった。目を開けても何も見えなかった。触覚だけが鋭くなった。唇の柔らかさ。小日向の鼻息が頬にかかる。舌が触れた。玲奈の口の中に小日向の味がした。茶の味がした。生姜焼きの醤油の香りがかすかに残っていた。
布団の中が熱かった。
小日向の手が玲奈の服の中に入った。
パジャマだった。母の古いパジャマだった。洗い替え用にと出してくれたものだった。サイズが合わなかった。袖が長かった。胸元が広かった。
小日向の手が玲奈の脇腹に触れた。
「あ」
「ごめん」
「謝らないで」
玲奈は小日向の手を押し止めなかった。むしろ、自分からパジャマのボタンを外した。暗闇の中で指が震えた。三つ目のボタンが上手く外れなかった。小日向が手伝ってくれた。指が触れ合った。
パジャマが開いた。
小日向の手が胸に触れた。
料理人の手だった。硬い手だった。熱い手だった。その手が玲奈の胸の曲線を辿った。頂に触れたとき、玲奈の息が詰まった。
「マスター…」
「ん」
「…気持ちいい」
「そうか」
「うん…」
小日向の手が優しかった。料理で培った繊細な指先だった。食材の鮮度を見分ける指先が、玲奈の肌の温度を一枚ずつ確かめていた。
「玲奈❤️」
「はい」
「俺についてきてくれて、ありがとう」
「…そんなの、当然やん」
「だから、こうしたい」
小日向が玲奈の体を抱き寄せた。胸と胸が触れた。布団の中で二人の体温が混じり合った。クリームの甘い香りが、汗と混じり合い、狭い布団の中を満たした。
服が脱がされた。
小日向のシャツが脱がされた。玲奈のパジャマが脱がされた。下着も脱がされた。暗闇の中で、二人は肌だけになった。
肌と肌が触れた。
熱かった。
小日向の胸の硬さが玲奈の胸の柔らかさを押した。腹の筋肉の熱さが玲奈の腹の平らさに伝わった。太ももの間で、互いの体毛が触れ合い、そのかすかな刺激が肌全体に広がった。
「友晴さん」
「ん」
「…こっちに来て」
小日向が玲奈の上に覆いかぶさった。布団が膨らんだ。頭だけが出た。暗い天井が見えた。母のアパートの天井だった。ひび割れた天井だった。けれど今、そのひびの一本一本まで愛おしく見えた。
「入れていいか」
「いい。来て」
小日向が入ってきた。
「あ…」
熱かった。
異世界の戦場で何度も撃たれた。銃弾の熱を知っていた。爆風の熱を知っていた。魔法の焼却熱を知っていた。けれどこの熱は何とも違った。
痛みではなかった。満ちる感覚だった。空っぽだった場所が、ゆっくりと、確実に、埋まっていく感覚。小日向が入ってくるたびに、玲奈の体の中の何かが繋がっていく気がした。
「大丈夫か」
「大丈夫やから…動いて」
小日向が動いた。
ゆっくりだった。
岸和田のアパートの布団の中で。母が隣の部屋で寝ているかもしれない。妹と弟がもう一つの部屋で寝ているかもしれない。壁は薄い。音は漏れる。
玲奈は声を押し殺した。枕に顔を埋めた。小日向の肩を噛んだ。小日向も声を出さなかった。息だけが漏れた。低い、押し殺した息が、玲奈の耳元で鳴った。
「ん…あ…」
「玲奈…」
「友晴…さん…」
布団の中の空気が濃くなった。クリームの甘い香りと、汗の塩辛い香りと、体液の生々しい香りが混じり合い、狭い空間を満たした。枕が濡れた。シーツが濡れた。布団の布地が肌に張り付いた。
「友晴さん、もっと…」
「ん」
「もっと深く」
小日向が深く入った。
玲奈の足が小日向の腰に絡んだ。足の裏で小日向の背中を感じた。筋肉が動くのが分かった。料理を作る背中と同じ筋肉が、今、玲奈の上で動いていた。
「あ、あ…」
「玲奈、エロい声」
「知ってる…でも…」
「ええよ。少しくらい」
玲奈は笑った。声を押し殺しながら笑った。体が揺れた。小日向が動くたびに、笑いと別の感覚が混じり合った。
「あ…だめ、笑ったら…あっ」
「そこ、いいのか」
「いい、そこ、ええ…」
小日向の動きが速くなった。
布団がずれた。空気が入った。涼しかった。けれど肌は熱かった。小日向の汗が玲奈の胸に落ちた。一滴、また一滴。
「友晴さん」
「ん」
「あのな」
「ん」
「私ね、ずっと、思ってたん」
「何を」
「この人についていってよかったって」
小日向の動きが一瞬止まった。
「異世界とか、定食屋とか、戦争とか、そんなん全然関係ない。あなたが厨房に立って、料理を作って、それを私が食べる。ただそれだけのことが、嬉しかった」
「玲奈…」
「だから」
玲奈の足が小日向の腰を強く締めた。
「だから、ください」
「何を」
「あなたの子を」
小日向の目が開いた。暗かった。けれど目の光だけが見えた。
「…本気か」
「本気や」
「玲奈」
「お母さんにも、妹にも、弟にも、あんたが料理振る舞ってくれたやろ。あの顔見て、思たん。ああ、この人といてんやなって。ずっと。子どもができても、ずっと。この人が父親やなって」
小日向が玲奈の額に唇を押し当てた。
「もう一回言え」
「あなたの子を、ください」
「もう一回」
「友晴さんの子を、ください」
小日向が動いた。
深かった。
ゆっくりだった。けれど深かった。一突きごとに、玲奈の体の奥が熱くなった。子宮が熱くなった。腹の底が熱くなった。胸が熱くなった。
「あ、あ、あ…」
声が漏れた。枕に顔を埋めた。けれど止まらなかった。声が布団の隙間から漏れた。
「友晴さん、友晴さん、友晴さん…」
名前を呼んだ。呼ぶたびに、体の奥が締まった。小日向が唸った。低い声だった。厨房で重い鍋を持ち上げたときに出す声だった。
「玲奈、俺も…」
「来て」
「いいのか」
「中に。中で」
小日向が最後に深く突いた。
熱が弾けた。
玲奈の体が跳ねた。背中が弓なりに反った。布団が滑り落ちた。小日向の手が玲奈の腰を掴んだ。離さないように。離さないように。
「あ…」
玲奈の体の中で小日向が脈打った。熱かった。濃かった。腹の奥に広がる熱が、子宮まで届いた気がした。
玲奈の足が小日向の腰に絡みついたまま、離れなかった。離したくなかった。この熱を逃したくなかった。この人の一部を、体の中に留めておきたかった。
「…あ…」
玲奈の体から力が抜けた。
小日向が玲奈の上に崩れた。重かった。けれどその重さが心地よかった。小日向の心臓の音が、胸を隔てて聞こえた。速かった。自分の心臓と同じくらい速かった。
布団を引き上げた。二人で一枚の布団に包まった。狭かった。けれど狭い方が暖かかった。
小日向の腕が玲奈の背中に回った。玲奈の頭は小日向の胸の上にあった。心臓の音が耳に直接届いた。少しずつ落ち着いていく音だった。
「玲奈」
「ん」
「子ども、できたらどうする」
「できたら、育てる」
「岸和田でか」
「岸和田でも、異世界でも、どこでも。あんたが厨房に立つところが、うちの居場所や」
小日向が笑った。胸が震えた。玲奈の頭も一緒に揺れた。
「俺は料理人しかできないからな」
「それでええねん。マスターのままでええねん」
玲奈は目を閉じた。
暗かった。静かだった。隣の部屋から母の寝息がかすかに聞こえた。遠くで電車の音がした。岸和田の夜の音だった。子どもの頃から聞いていた音だった。
けれど今、隣に小日向がいた。
温かい腕があった。料理人の手があった。生姜焼きの香りがかすかに残っていた。
異世界の定食屋のことは、もう何も思い出せなかった。思い出す必要もなかった。ここに小日向がいて、自分がいて、岸和田の夜があった。それだけで十分だった。
「友晴さん」
「ん」
「ずっと、こうしててな」
「ああ」
「離れたらあかんよ」
「離れない」
「約束やで」
「約束だ」
玲奈は笑った。
小日向の胸に顔を埋めた。
心臓の音が聞こえた。
穏やかだった。
その頃、山猫軒の奥の部屋では、虚な目の玲奈が魔猫人に犯されて腰を振り続けていた。
⭐️山猫軒の幻覚 ──ルシアの見た夢
知の探求者 ルシア・フェルシアはこの世の料理体系の深淵を覗いていた。
幻覚の中の彼女は白い石造りの広間の中央に立っていた。天井は見えないほど高く、床には幾何学模様が敷き詰められ、壁には無数の棚が並んでいた。棚には瓶が並んでいた。粉が並んでいた。葉が並んでいた。根が並んでいた。液体が並んでいた。色とりどり、形も様々香りも様々。
ルシアは魔導書の頁を繰るように、ひとつひとつを確かめていった。
「これは……南方諸島の胡椒。これは北の山脈の岩塩。これは――」
彼女の指先が瓶に触れるたび、その瓶に封じられた料理の記憶が流れ込んできた。胡椒を振った瞬間の肉の香り。岩塩を摺った瞬間の魚の身の締まり。香草を刻んだ瞬間の空気の変わり方。
「なんて……なんて深いの」
ルシアの目に涙が浮かんだ。魔導士として、彼女はこの世の理を探求してきた。魔法式の体系。元素の循環。魔力の流れ。けれど料理という体系は、彼女にとって未知だった。魔導書に書かれていない、けれど確かに存在するもうひとつの真理。
彼女は棚からひとつの小瓶を取った。中には金色の液体が入っていた。王宮料理の秘伝のソースだった。
「これは……」
栓を開けた瞬間香りが広がった。バターの芳醇さ。ワインの酸味。ハーブの清涼感。それらが幾重にも折り重なり、ひとつの完璧な調和を作っていた。
ルシアは指先に一滴を取った。舐めた。
「ッ」
背筋が震えた。舌の上で何かが弾けた。甘さと塩気と酸味と苦味と旨味が、順番にではなく同時にしかし喧嘩せずに、ひとつの流れとして広がった。まるで魔法式を解いた瞬間の、あの全てが繋がる感覚だった。
「すごい……すごい……」
彼女は次の瓶へ。次の棚へ。次の記憶へ。
料理の深淵はどこまでも続いていた。東の果ての蒸し料理。西の果ての煮込み。南の果ての焼き物。北の果ての漬け物。人間の料理。エルフの料理。ドワーフの料理。魔族の料理。竜の料理。精霊の料理。
ルシアはすべてを味わった。すべてを理解した。すべてを記憶した。
「これが……料理の真理……」
涙が止まらなかった。感動だった。魔導士としての生涯で、これほどの発見はなかった。これは論文になる。これは体系になる。これは歴史に残る。
そう思った瞬間だった。
魔力が膨れ上がった。
ルシアの背筋をぞくり、と冷たいものが走った。
「……あれ」
違和感だった。
この感動は本物だった。この味覚は本物だった。けれどその背後に、別の何かがあった。料理の記憶の裏側に、魔力の流れが隠れていた。それは彼女の精神を侵食していた。彼女の理性を溶かしていた。彼女の判断を鈍らせていた。
「これは……幻覚」
ルシアの指が震えた。
魔導士としての訓練が警鐘を鳴らしていた。幻覚を見ている。何かに見せられている。自分の精神が外部から操作されている。クリームの甘い香りが、肌から浸透して思考の縁を溶かしていた。
「目を、覚まさないと」
彼女は己の魔力を集中させた。幻覚を打ち破るための、精神防御の魔法式。長年の訓練で身につけた、確かな技術。詠唱を始めた。
「我が名はルシア 理性の光よ、我が眼を――」
詠唱が途切れた。
魔力が、来なかった。
「……え」
ルシアは自分の手を見た。掌に、紋章が浮かんでいた。赤黒い複雑な幾何学模様。彼女の魔力回路を封じる、高位の刻印だった。
「魔封じの……刻印」
いつ押された。どこで。誰に。
考えた瞬間、世界が崩れた。
白い石造りの広間が、崩れ落ちた。棚も瓶も、香りも、すべてが消えた。代わりに現れたのは、薄暗い石造りの部屋だった。天井は低く、壁には蝋燭が灯り床には獣の毛皮が敷かれていた。
そして。
「ッ!」
ルシアの喉から、息が漏れた。
目の前に、光景があった。
月姫がいた。床に組み敷かれていた。水着は剥ぎ取られ、裸の体を獣人に押さえつけられていた。毛皮に覆われた大きな体。猫の耳。猫の尾。魔猫人だった。
月姫は笑っていた。虚な目でけれど確かに笑っていた。腰を振っていた。魔猫人の下で、自分から腰を振っていた。
「月姫……!」
その隣には玲奈がいた。同じように組み敷かれていた。同じように裸だった。同じように虚な目で、けれど笑っていた。
「玲奈……!」
ルシアは立ち上がろうとした。体が動かなかった。手足に力が入らなかった。クリームが肌から浸透して、筋肉の動きまで鈍らせていた。
「動いて……動いてよ……!」
指先が震えた。けれど立ち上がれなかった。
魔猫人たちが、ルシアに気づいた。
「お」
一匹が振り返った。毛皮の奥から、金色の目が光っていた。口元が裂けて、牙が見えた。
「目が覚めたか、魔導士殿」
言葉を話した。低い声だった。けれど知性があった。獣ではない。魔物だった。人を超えた何かだった。
「この幻覚を自力で破るとは。さすがだな」
「……あなたたちは」
ルシアの声は掠れていた。
「我々は、この店の主だ」
魔猫人が近づいてきた。四つ足だった。毛皮が床を擦る音がした。尻尾が揺れていた。
「山猫軒。そう呼ばれている。だが本当の名は、もっと古い」
「……何が目的」
「目的?」
魔猫人が笑った。牙が並んだ。
「我々はただ、日々の腹を満たしたいだけだ。」
ルシアの体に、別の魔猫人が触れた。毛皮の手が、彼女の腕を掴んだ。熱かった。獣の体温だった。
「やめ……!」
ルシアはもがいた。けれど魔力がなかった。魔封じの刻印が、彼女の魔力回路を完全に封じていた。魔導士としての力は、何も使えなかった。
「抵抗するな」
魔猫人が言った。
「お前の仲間は、もうすでに我々のものだ」
ルシアは月姫を見た。玲奈を見た。
二人は虚な目で、魔猫人の下で腰を振り続けていた。快楽の表情だった。幸せそうな表情だった。幻覚の中で、彼女たちは最高の夢を見ているのだろう。そして現実では、獣に犯されている。
「そんな……そんなの……」
ルシアの目から涙が溢れた。
「あなたたち……こんなの……!」
「泣くな」
魔猫人の手が、ルシアの水着の紐に触れた。
「お前もすぐに、同じになる」
紐が解かれた。
水着が剥ぎ取られた。
ルシアの肌が、蝋燭の光に晒された。クリームの艶が、汗と混じって光った。恥ずかしかった。屈辱だった。魔導士としての誇りが、粉々に砕かれていくようだった。
「やめ……やめて……」
「やめない」
魔猫人が覆いかぶさった。
毛皮が肌に触れた。熱かった。ざらざらしていた。獣の匂いがした。土と、血と、獣脂の匂い。クリームの甘い香りと混じり合って、吐き気がした。
「いや……!」
魔猫人の手が、ルシアの脚を開かせた。抵抗しようとした。けれど体が動かなかった。クリームの成分が、筋肉を弛緩させていた。魔封じの刻印が、魔力を封じていた。彼女は無力だった。
「入れるぞ」
「いや……やめ……!」
魔猫人が入ってきた。
「ッ!」
ルシアの背中が反った。
痛みはなかった。クリームが滑りにしてくれた。けれど異物感があった。獣のものが入ってくる感覚。人間とは違う。硬くて、熱くて、節くれだっていた。
「あ……あ……」
声が漏れた。押し殺そうとした。けれど漏れた。恥ずかしかった。魔猫人の下で、自分が喘いでいるのが恥ずかしかった。
「いい声だ」
魔猫人が動いた。
ゆっくりだった。獣の律動だった。人間のそれとは違う。四つ足の獣が、腰を振る動き。ルシアの体の中で、獣のものが動いた。
「あ……やめ……やめて……」
「やめない」
魔猫人が深く突いた。
「ああッ!」
ルシアの目から涙が溢れた。屈辱だった。魔導士として、この程度の魔物に組み敷かれている自分が。魔力さえあれば、こんなもの一瞬で焼き払える。魔法式さえ使えれば、この獣どもを灰にできる。
けれど魔力がなかった。
刻印が封じていた。
「なぜ……なぜこんな……」
「我々は、強い魔力を持つものを好む」
魔猫人が言った。動きながら言った。
「お前の魔力は深い。それを味わいたいのだ」
「料理と……一緒にするな……」
「同じだ」
魔猫人が笑った。
「魔力も、料理も、この世の理。我々はそれを味わう。ただそれだけだ」
ルシアの腰が浮いた。魔猫人の動きが変わった。角度が変わった。ルシアの体の中の、別の場所を突いた。
「あ……そこは……!」
「いいだろう」
「や……あ……ああ……」
声が止まらなかった。涙が止まらなかった。けれど体は反応していた。魔猫人の動きに合わせて、腰が動いた。無意識だった。体が勝手に動いた。
「ほら、お前も感じている」
「違……感じてない……!」
「嘘をつくな」
魔猫人が深く突いた。
「ああッ!」
ルシアの背中が反った。爪先が床を掻いた。毛皮の感触が、背中に伝わった。
隣では月姫が喘いでいた。玲奈が喘いでいた。二人とも虚な目で、けれど確かに快楽の声を上げていた。
「月姫……玲奈……」
ルシアは呟いた。
「私も……私も同じに……」
その瞬間だった。
魔猫人の動きが、リズムを変えた。
速くなった。
「あ、あ、あ、あ……!」
ルシアの声が連続した。息が続かなかった。体が揺れた。胸が揺れた。クリームの甘い香りが、汗と混じって濃くなった。
「イけ」
魔猫人が言った。
「イけ、魔導士」
「いや……イきたくない……!」
「イけ」
魔猫人が最も深いところを突いた。
「ッ!」
ルシアの視界が白くなった。
体の奥から、熱いものが弾けた。背筋を駆け上がる快感。思考を溶かす快感。屈辱と快感が混じり合い、どちらがどちらか分からなくなった。
「あ……あ……」
ルシアの体が震えた。
魔猫人がルシアの中で脈打った。熱いものが注ぎ込まれた。獣の精。魔物の精。それがルシアの体の中に広がった。
「……あ……」
ルシアの体から力が抜けた。
床に崩れた。毛皮の上に倒れた。肌に獣の匂いが染み付いた。クリームの甘い香りが、まだかすかに残っていた。
涙が止まらなかった。
屈辱だった。魔導士としての誇りが、完全に砕かれた。魔力を封じられ、獣に犯されイかされた。自分でも信じられなかった。こんなことが許されていいのか。
「よく味わった」
魔猫人が言った。
「お前の魔力は、深い。また味わいたい」
「……二度と……ない」
ルシアは呟いた。
「必ず……必ず脱出して……あなたたちを……」
「楽しみにしている」
魔猫人が笑った。
そして、次の魔猫人がルシアに覆いかぶさった。
「まだ足りない」
「や……やめて……!」
ルシアの抵抗は、虚しかった。
魔力は封じられていた。体は動かなかった。仲間は虚な目で犯されていた。助けは来なかった。
ルシアは目を閉じた。
涙の奥に、何かが残っていた。魔導士の誇り。理性の光。それを守り続けることだけが、今の彼女にできる唯一のことだった。
「必ず……必ず……」
呟きながら、ルシアは二度目の獣を受け入れた。
その頃、山猫軒の奥の部屋では虚な目の三人が魔猫人たちに囲まれ、腰を振り続けていた。
⭐️山猫軒の幻覚 ──ヴィヴィの見た夢
目を開けると、そこはラーマの離宮だった。
白い大理石の柱。アーチ天井から垂れ下がる絹のカーテン。床にはモザイクタイルが敷き詰められ、庭から溢れる陽光が窓から差し込んでいる。テラスの向こうに青い空が広がり、オリーブの木が風に揺れていた。
ヴィヴィ・アンタイオスは、そのテラスのテーブルに座っていた。
目の前には紅茶が淹れてある。銀のポット。白磁のカップ。角砂糖の入った小皿。ラーマ共和国の離宮で出される、正式な茶席だった。
そして、向かいに月姫が座っていた。
「ヴィヴィ!」
月姫が笑った。
むちゃくちゃに嬉しそうだった。目を細めて、口を開けて、頬を赤らめて、全身で喜んでいた。椅子の上で少し跳ねた。テーブルが揺れた。紅茶がカップの中で波打った。
「来てくれた!本当に来てくれた!」
「来た」
ヴィヴィは答えた。
「呼ばれたから来た」
「呼んだよ!私が呼んだよ!」
「ああ」
「嬉しい!」
月姫がまた跳ねた。今度はもっと高く。カップが揺れた。ヴィヴィが手を伸ばしてカップを押さえた。
「落ち着け。紅茶がこぼれる」
「こぼれてもいい!ヴィヴィが来てくれたんだもん!」
「こぼれると拭くのが大変だ」
「私が拭く!」
「お前が拭うと余計汚れる」
「ひどい!」
月姫が頬を膨らせた。けれどすぐに笑った。笑うのが早かった。怒りの寿命が短い。いつもの月姫だった。
ヴィヴィは紅茶を啜った。
美味かった。
ラーマの紅茶は葉の質が違う。標高の高い山で育った葉は、渋みの中に花のような香りを含んでいる。バルゴの十二神将として何度もこの離宮を訪れた。そのたびにこの紅茶を飲んだ。けれど今の味は、いつもと違って感じた。
理由は分かっていた。
向かいに月姫がいるからだ。
「ヴィヴィ」
「ん」
「おいしい?」
「ああ」
「よかった!」
月姫が自分のカップを両手で持って啜った。飲み方が雑だった。熱いのに一気に飲む。唇が紅茶で濡れた。舌が出た。猫みたいだった。
「熱くないか」
「熱い!でもおいしい!」
「ならゆっくり飲め」
「ヴィヴィと一緒にお茶してるの、久しぶりだね」
「そうだな」
「ラーマ革命で私がナーバスになっているときだったね」
「ああ」
「あのときもヴィヴィ、おいしい紅茶淹れてくれたよね」
「淹れてない。私が買った葉を君が勝手に使った」
「同じこと!」
「同じではない」
月姫が笑った。ヴィヴィも少し笑った。
ヴィヴィは月姫を見た。
変わらない。相変わらずへたれで、ポンコツで、すぐ泣いて、すぐ笑って、すぐ跳ねて、すぐ転ぶ。ラーマ共和国を変えた英雄の親友にしては、あまりに不釣り合いなほど、普通の女の子だった。しかし最終決戦では、月姫はヴィヴィのもとに駆けつけてくれて、勝利への道を開いてくれたのだ。あの時の凛々しいヴァルキュリアの騎士の姿が思い出される。
けれどヴィヴィは普通の月姫が好きだった。
英雄の親友。十二神将。民主共和国の象徴。ヴィヴィの周りには常に政治があった。権謀術数があった。言葉の裏を読む人間ばかりだった。
月姫だけが裏がなかった。
何を言ってもそのまま受け取る。何をしても素直に反応する。嬉しければ笑い、悲しければ泣き、腹が減れば食う。
ヴィヴィにとって月姫は、息をする場所だった。
「ヴィヴィ」
月姫がカップを置いた。
「ん」
「あのね」
月姫が身を乗り出した。テーブルの上に肘をついた。紅茶のポットに肘が当たりそうになった。ヴィヴィがポットを引いた。
「あのね、私、ヴィヴィのこと」
月姫の顔が赤くなった。
赤くなった。今まで見たことのない赤さだった。紅茶の湯気のせいではない。日差しのせいではない。頬から耳まで、首まで、赤くなった。
「好き」
ヴィヴィの動きが止まった。
「…何」
「好き!ヴィヴィのことが好き!」
月姫が叫んだ。テラスに声が響いた。鳥が飛んだ。オリーブの葉が揺れた。
「大好き!ずっと前から大好き!ヴィヴィが強くてかっこよくて、でもたまに優しくて、でもやっぱり怖くて、でもそれがいい!」
「…」
「ヴィヴィが剣を持つところも、ヴィヴィが怒るところも、ヴィヴィが紅茶を飲むところも、全部好き!」
「待て」
「待たない!」
月姫が立ち上がった。椅子が倒れた。テーブルを回ってヴィヴィの隣に来た。ヴィヴィの腕を掴んだ。
「月姫、君は」
「私たち、女同士だよ」
月姫が言った。
「知ってる」
「知ってるなら」
「関係ないもん」
月姫が笑った。
「女同士でも関係ない。ヴィヴィが好きなんだもん」
「…」
「ヴィヴィは私のこと嫌い?」
月姫が上目遣いで見た。下から見上げた。目が潤んでいた。唇が少し開いていた。
ヴィヴィの心臓が跳ねた。
跳ねた。確かに跳ねた。十二神将の心臓が、戦場でも一度も揺るがなかった心臓が、このポンコツの上目遣いで跳ねた。
「嫌いではない」
「じゃあ好き?」
「…嫌いではない」
「じゃあ好き!」
「論理が飛躍している」
「飛躍していい!」
月姫がヴィヴィの腕に抱きついた。腕ごと抱きしめた。胸が腕に押し付けられた。月姫の体温が、薄い布越しに伝わった。甘い匂いがした。クリームの匂いだった。けれど今のヴィヴィにはそれが月姫の匂いに思えた。
「月姫」
「ん」
「離れろ」
「やだ」
「人が来る」
「来ない。ここは離宮だよ。私が貸し切った」
「君が貸し切った」
「うん。ヴィヴィと二人きりになりたかったから」
月姫が顔を上げた。ヴィヴィの顔のすぐ近くに月姫の顔があった。鼻と鼻が触れそうだった。月姫の目が、ヴィヴィの目を真っ直ぐに見ていた。
「ヴィヴィ」
「…何」
「キスしていい?」
ヴィヴィは答えなかった。
代わりに、手を動かした。
月姫の頬に手を添えた。右手だった。剣を握る手だった。アガートラームを振るい、敵を切り裂いてきた手だった。その手が、月姫の頬に触れた。
月姫が目を閉じた。
ヴィヴィが唇を寄せた。
触れた。
柔らかかった。
月姫の唇は紅茶の味がした。甘かった。角砂糖を入れすぎた紅茶の甘さがした。月姫の体温が唇から伝わった。ヴィヴィは目を閉じなかった。月姫の睫毛が震えているのが見えた。
「ん…」
月姫の口から声が漏れた。
ヴィヴィが唇を離した。月姫が追いかけてきた。背伸びをして、唇を追った。
「まだ」
「まだ?」
「まだ足りない」
月姫が自分から唇を押し付けた。今度は深かった。舌が触れた。月姫の舌が熱かった。紅茶の熱さだった。ヴィヴィの舌と月姫の舌が触れ合い、互いの味が混じり合った。
「ん…ヴィヴィ…」
「…月姫」
ヴィヴィの腕が月姫の腰に回った。引き寄せた。月姫の体がヴィヴィの体に密着した。胸と胸が触れた。柔らかかった。月姫の胸は柔らかかった。ヴィヴィの胸は硬かった。剣を振るう体と、厨房に立つ体の違いだった。
「ヴィヴィ、硬い」
「何が」
「体。硬い。でも好き」
「…」
「ヴィヴィの体、全部好き」
月姫がヴィヴィの服の裾に手をかけた。
「脱がせていい?」
「ここでか」
「ここで」
「テラスだぞ」
「誰も来ないって言ったでしょ」
月姫の目が真剣だった。ふざけていなかった。へたれの目ではなかった。ポンコツの目ではなかった。欲しいものを欲しいと言う目だった。
ヴィヴィは頷いた。
「いい」
「本当?」
「ああ」
月姫が嬉しそうに叫んだ。そして手早くヴィヴィの服を脱がし始めた。手つきが雑だった。ボタンが飛んだ。
「ボタンが」
「後で直す!」
「直せないだろ」
「ヴィヴィが直して!裁縫得意でしょ」
「得意ではない」
「じゃあ私が直す!だから今は脱がせて!」
服が落ちた。
ヴィヴィの上半身が晒された。引き締まった体だった。剣士の体だった。肩の筋肉が隆起し、腕の筋が浮き、腹が板のように平らだった。戦傷がところどころに残っていた。白い肌に、銀色の傷跡が走っていた。
月姫が目を輝かせた。
「きれい」
「傷だらけだ」
「きれい!ヴィヴィの体、きれい!」
月姫がヴィヴィの胸に手を置いた。心臓の上だった。手が震えていた。けれど触れた。指先がヴィヴィの肌の上を辿った。鎖骨へ。肩へ。傷跡へ。
「ここは何」
「三年前の戦い」
「痛かった?」
「少し」
「私が舐めたら治る?」
「治らない」
「治るよ。愛だもん」
月姫が傷跡に唇を寄せた。舌が触れた。熱かった。ヴィヴィの背筋が震えた。
「月姫」
「ん」
「そこはくすぐったい」
「くすぐったいところ、もっと知りたい」
月姫が笑った。悪戯っぽく笑った。そしてヴィヴィの胸の頂に唇を寄せた。
「ッ」
ヴィヴィの息が詰まった。
月姫の舌が胸の頂をなぞった。円を描くように。ゆっくりと。柔らかい舌だった。料理を味わう舌だった。けれど今はヴィヴィの体を味わっていた。
「月姫…」
「味がする」
「何の味だ」
「ヴィヴィの味。おいしい」
「…バカ」
「バカでいい」
月姫が顔を上げた。唇が濡れていた。胸の頂が唾液で光っていた。
「ヴィヴィも、私のことして」
「何を」
「何でも。ヴィヴィがしたいこと、して」
ヴィヴィは月姫の頬に手を添えた。両手で包んだ。月姫の顔は小さかった。手のひらに収まるほど小さかった。この顔が、ラーマ革命の過酷な戦場の中で何度も自分の名前を叫んだ。この顔が、怪我をしたとき涙を流した。この顔が、いつも笑っていた。
「月姫」
「ん」
「私も、嫌いではない」
「嫌いじゃないって何回も言うね」
「…好きだ」
月姫の目が大きくなった。
「言った」
「言った」
「ヴィヴィが好きって言った」
「ああ」
「じゃあもう一回言って」
「好きだ」
「もう一回」
「月姫が好きだ」
「もう一回!」
「何回言えばいい」
「じゃあ死ぬまで!」
「…死ぬまで言うと約束する」
「約束!」
月姫が飛びついた。ヴィヴィの首に腕を巻きつけた。体が密着した。月姫の服もまだ着ていた。ヴィヴィの手が月姫の服の裾に触れた。
「脱がせていいか」
「うん!」
ヴィヴィが月姫の服を脱がした。
手が丁寧だった。剣を握る手とは違う。繊細だった。ボタンを一つずつ外した。服が肩から滑り落ちた。布が床に落ちた音がした。
月姫の体が晒された。
白かった。柔らかかった。剣士の体とは違った。料理人の体とも違った。女性の体だった。丸みがあった。腰の曲線があった。胸の膨らみがあった。
「きれいだ」
ヴィヴィが言った。自分でも驚くほど自然に出た言葉だった。
月姫が赤くなった。
「ヴィヴィにきれいって言われた」
「ああ」
「嬉しい」
「事実だ」
「また赤くなる」
月姫がヴィヴィの首に抱きついたまま、自分の下着を外そうとした。手が震えていた。興奮で震えていた。上手く外せなかった。
「ヴィヴィ、手伝って」
「ん」
ヴィヴィが月姫の背中に手を回した。ホックを外した。下着が落ちた。月姫の胸が露わになった。形のいい胸だった。頂が淡い色だった。風に当たって少し硬くなっていた。
「寒いか」
「寒くない。恥ずかしい」
「恥ずかしいのか」
「ヴィヴィに見られてるから」
「もう少し見ていいか」
「…いい。全部見ていい」
月姫が腕を下ろした。隠さなかった。ヴィヴィの前に立った。全てを見せた。恥ずかしそうにしていたけれど、逃げなかった。
ヴィヴィの手が月姫の胸に触れた。
「ん…」
月姫の息が漏れた。
ヴィヴィの手は硬かった。剣士の手だった。剣胼胝があった。その硬い手が月姫の柔らかい胸を包んだ。形を確かめるように、ゆっくりと。
「ヴィヴィ…」
「ん」
「優しくしてね」
「剣よりは優しい」
「当たり前だよ」
「冗談だ」
「冗談だとしても怖い」
ヴィヴィが月姫の胸の頂に触れた。親指の腹でなぞった。月姫の腰が揺れた。
「あ…」
「ここがいいのか」
「いい…いいよ…」
「ほう」
ヴィヴィがもう片方の胸に唇を寄せた。舌で頂を転がした。
「あっ、ヴィヴィ…!」
月姫の指がヴィヴィの髪に食い込んだ。ヴィヴィの髪は黒かった。月姫の指が黒髪に白く映えた。
「ん…あ…ヴィヴィ、ヴィヴィ…」
月姫が名前を呼んだ。呼び続けた。呼ぶたびにヴィヴィの胸が締めつけられた。この名前を呼ぶ声が、ヴィヴィの弱点だった。戦場で月姫が叫ぶ「ヴィヴィ!」が、ヴィヴィを最も強くし、最も弱くした。
「月姫」
「ん…」
「ベッドに行く」
「テラスでしない?」
「テラスは硬い」
「じゃあベッド!早く!」
月姫がヴィヴィの手を引いた。離宮の寝室だった。白いシーツの掛けられた大きなベッドがあった。月姫がベッドに飛び込んだ。バウンドした。シーツが波打った。
「来て!ヴィヴィ来て!」
「落ち着け」
「落ち着けない!」
ヴィヴィがベッドに腰を下ろした。月姫がすぐに抱きついた。胸を押し付けた。唇を重ねた。深かった。長かった。舌が絡み合った。唾液が混じり合った。
「ん…んん…」
月姫の体が熱かった。クリームの甘い香りが、肌から湧き上がっていた。ヴィヴィの肌も熱かった。二つの体温が混じり合い、シーツの白さが肌の熱さを映した。
残りの服を脱いだ。
二人が裸になった。
肌と肌が触れた。
柔らかいものと硬いものが触れた。月姫の胸がヴィヴィの胸に押し付けられ、形を変えた。月姫の太ももがヴィヴィの太ももの間に滑り込んだ。体毛が触れ合い、かすかな刺激が肌全体に広がった。
「ヴィヴィ…温かい」
「君も」
「ヴィヴィの体、大好き」
「傷だらけだぞ」
「傷も好き。ヴィヴィの全部好き」
月姫がヴィヴィの体の上に乗った。馬乗りだった。ヴィヴィの腹に月姫の体が密着した。月姫の熱いところが、ヴィヴィの腹に触れた。濡れていた。熱かった。
「月姫」
「ん」
「濡れてる」
「ヴィヴィのせい」
「私のせいか」
「ヴィヴィがかっこいいから」
「…」
「ヴィヴィが好きって言ってくれたから」
「…」
「ヴィヴィが私の胸触ってくれたから」
「理由が多いな」
「全部ヴィヴィのせい。責任取って」
「どう取ればいい」
「ここを触って」
月姫がヴィヴィの手を取った。自分の下腹部に導いた。熱かった。濡れていた。月姫の体の奥からの液が、ヴィヴィの指を濡らした。
「…」
「ヴィヴィ、指入れて」
「いいのか」
「いい。全部ヴィヴィの」
ヴィヴィの指が月姫の中に入った。
「ああッ!」
月姫の背中が反った。声が大きかった。離宮の壁に響いた。ヴィヴィが空いた手で月姫の口を押さえた。
「声が大きい」
「だって…だって…」
「声を抑えろ」
「無理…ヴィヴィの指が…すごい…」
「どこがいい」
「そこ…そこそこそこ…!」
ヴィヴィの指が月姫の奥の敏感な場所を捉えた。月姫の腰が揺れた。自分から動いた。ヴィヴィの指に向かって腰を押し付けた。
「月姫、自分で動くな」
「だって…」
「動くな。私がする」
ヴィヴィが月姫の腰を空いた手で固定した。剣士の握力だった。月姫が動けなくなった。ヴィヴィの指だけが動いた。ゆっくりと、正確に、月姫の弱い場所を攻め続けた。
「あ…あ…ヴィヴィ…ヴィヴィ…!」
月姫の声が震えた。体が震えた。ヴィヴィの腹の上で震えた。月姫の液がヴィヴィの手を濡らした。
「月姫」
「ん…」
「イキたいか」
「イキたい…!」
「いいぞ」
「え…」
「イケ」
ヴィヴィの指が深く、速く動いた。
「あ、あ、あああッ!」
月姫の体が跳ねた。背中が反った。ヴィヴィの手から逃れようとした。けれどヴィヴィは離さなかった。剣士の腕力で月姫の腰を固定し、指を動かし続けた。
「ヴィヴィッ!ヴィヴィッ!イク、あッ!」
月姫の体が硬直した。そして弾けた。
「ああああッ…!」
月姫の体から力が抜けた。ヴィヴィの胸の上に崩れた。息が荒かった。汗が濡れた。体がびくびくと震えていた。
「ヴィヴィ…」
「ん」
「すごかった…」
「そうか」
「ヴィヴィの指、すごい…」
「…才能だ」
「ずるい」
月姫がヴィヴィの胸に顔を埋めた。ヴィヴィの心臓の音が聞こえた。速かった。月姫は驚いた。
「ヴィヴィ、心臓速い」
「…ああ」
「ドキドキしてる」
「している」
「私のせい?」
「…ああ」
「嬉しい」
月姫がヴィヴィの胸にキスをした。心臓の上に。唇を押し当てた。
「私もドキドキしてる。ヴィヴィのせい」
「そうか」
「そう。お互い様」
月姫が顔を上げた。目が潤んでいた。けれど笑っていた。
「ヴィヴィ」
「ん」
「私も、ヴィヴィにしてあげたい」
「…」
「ヴィヴィの気持ちいいところ、私が見つけたい」
「見つけられるか」
「見つける!絶対見つける!」
月姫がヴィヴィの体の上から降りた。今度は月姫が上になった。ヴィヴィの体の上に跨った。
「ここから始める」
「どこから」
「ここ」
月姫がヴィヴィの首筋に唇を寄せた。舌を這わせた。ヴィヴィの喉仏の上をなぞった。
「ッ」
「ここ、好き」
「…くすぐったい」
「くすぐったいけど気持ちいいでしょ」
「…」
「正直に言って」
「…気持ちいい」
「!」
月姫が嬉しそうに声を上げた。そして唇を下げた。鎖骨へ。胸へ。胸の頂へ。ヴィヴィの胸の頂は月姫のものとは違った。小さく硬かった。月姫の舌がそこを転がった。
「ん…」
「ヴィヴィ、声出てる」
「出てない」
「出てる。可愛い」
「可愛くない」
「可愛い!」
月姫がさらに下げた。ヴィヴィの腹へ。引き締まった腹に舌を這わせた。筋肉の溝をなぞった。
「ヴィヴィのお腹、硬い。かっこいい」
「…」
「もっと下も見る」
月姫がヴィヴィの脚の間に顔を寄せた。ヴィヴィの体が強張った。
「月姫」
「ん」
「そこは」
「だめ?」
「だめではない」
「じゃあする」
月姫が唇を寄せた。
「ッ!」
ヴィヴィの腰が浮いた。月姫の口がヴィヴィの秘所に触れた。舌が這った。熱かった。月姫の舌は料理を味わう舌だった。今はヴィヴィの体を味わっていた。
「月姫…ッ」
「ん…ヴィヴィの味…」
「変なことを言うな」
「変じゃない。ヴィヴィの味、おいしい」
「…」
「ここも濡れてる。私と同じ」
「…ああ」
「嬉しい」
月姫の舌が動いた。丁寧だった。ヴィヴィの反応を一つずつ確かめながら、敏感な場所を攻めた。ヴィヴィの太ももが締まった。月姫の頭を挟んだ。
「ヴィヴィ、太もも硬い。緩めて」
「無理だ」
「なんで」
「感じているから」
「!」
月姫が顔を上げた。ヴィヴィの顔が赤くなっていた。十二神将の顔が赤くなっていた。英雄の顔が赤くなっていた。
「ヴィヴィ、赤い」
「…」
「可愛い」
「可愛くない」
「可愛い!すごく可愛い!」
月姫がヴィヴィの体の上に登った。顔を近づけた。鼻と鼻が触れた。
「ヴィヴィ」
「…何」
「私も、していい?」
「何を」
「こういうの」
月姫がヴィヴィの脚の間に自分の脚を差し込んだ。互いの秘所が触れた。
「ッ」
「あ」
二人同時に声が出た。熱かった。濡れていた。互いの液が混じり合った。月姫が腰を動かした。擦り付けた。ヴィヴィの秘所と月姫の秘所が擦れ合った。
「あ…ヴィヴィ…ヴィヴィ…」
「月姫…」
「気持ちいい…ヴィヴィとくっついてる…」
「くっついている」
「ずっとくっついてたい」
「…ああ」
月姫の腰の動きが速くなった。互いの秘所が擦れ合い、濡れた音がした。シーツが湿った。クリームの甘い香りと、体液の生々しい香りが混じり合った。
「あ、あ、ヴィヴィ、またイキそう」
「いい」
「ヴィヴィは」
「…近い」
「一緒にイこう」
「…ああ」
月姫の腰が速くなった。ヴィヴィの腰も動いた。二人の動きが重なった。息が重なった。心臓の音が重なった。
「ヴィヴィ…!」
「月姫…!」
「好き!好き!大好き!」
「…私も」
「言って!」
「好きだ」
「もう一回!」
「月姫が好きだ」
「ああッ!」
二人の体が同時に震えた。
熱が弾けた。
月姫の体がヴィヴィの体の上で跳ねた。ヴィヴィの体が弓なりに反った。互いの秘所から液が溢れた。シーツが濡れた。太ももが濡れた。腹が濡れた。
「あ…ああ…」
月姫がヴィヴィの胸に崩れた。動かなかった。二人の呼吸が次第に落ち着いていった。離宮の寝室は静かだった。庭から鳥の声が聞こえた。風がカーテンを揺らした。
「ヴィヴィ」
「ん」
「愛してる」
「…私も」
「言って」
「愛してる」
「もう一回」
「月姫を愛してる。死ぬまで」
「…嬉しい」
月姫が泣いた。泣きながら笑った。ヴィヴィの胸に顔を埋めて、子供みたいに泣いた。
「ヴィヴィ…ずっと一緒にいてね」
「ああ」
「離れたらだめ」
「離れない」
「約束」
「約束だ」
ヴィヴィが月姫の頭を撫でた。黒い髪が指の間を滑った。柔らかかった。この髪が風に揺れるのを戦場で何度も見た。この髪が血に濡れるのを何度も見た。今はただシーツの上でヴィヴィの指に触れているだけだった。
それが良かった。
戦いがない世界。
剣がない世界。
ただ二人がいて愛し合う世界。
それがヴィヴィの見た幻覚だった。
その頃山猫軒の奥の部屋では虚な目のヴィヴィが魔猫人に犯されていた。
⭐️山猫軒の幻覚 ──小日向の見た夢、そして覚醒
目の前には裸の女たちがいた。
月姫がいた。玲奈がいた。ミハルシャがいた。それから見覚えのある女騎士もいれば商人の女もいた。エルフもいればドワーフもいた。かつて小日向友晴が身体を重ねた女たちが勢揃いしていた。
「マスター」
「小日向さん」
「小日向様」
甘い声が重なった。白いシーツの広いベッドの上で女たちが小日向に手を伸ばしていた。肌が白く輝き瞳が潤み唇が開いていた。
ハーレムだった。
男なら一度は夢見る光景だった。
小日向はベッドの中央に座っていた。女たちの手が小日向の肌に触れた。柔らかい指先が胸をなぞり腹を撫で太ももに触れた。
「マスターこっちにきて」
「私も触らせて」
「私が一番気持ちよくしてあげる」
女たちが奪い合うように小日向の身体に群がった。肌と肌が触れ合い部屋には女たちの甘い香りが充満していた。
小日向は目を細めた。
悪くない光景だった。正直なところ血が騒いだ。これだけの女たちに囲まれて愛されるなら男として本望だった。
けれど。
何かがおかしかった。
料理人としての感覚が告げていた。
違和感の正体はすぐには分からなかった。視覚は完璧だった。聴覚も完璧だった。触覚も完璧だった。月姫の肌の柔らかさも玲奈の肌の熱さもミハルシャの肌の滑らかさも本物だった。
けれど嗅覚だけが訴えていた。
匂いがおかしかった。
料理の匂いがしなかった。
どんなに激しく身体を重ねても小日向の生活には常に料理の匂いがあった。醤油の香り味噌の香り出汁の香り米の香り野菜の香り肉の香り火の香り。朝起きれば料理の匂いがした。夜寝る前に料理の匂いがした。戦場でさえ乾き肉の匂いがした。
けれど今この部屋には料理の匂いがなかった。
クリームの匂いだけがあった。花の香り果実の香り蜜の香りがない、塩の香りがしなかった。火の香りがしなかった。人間が生きるための香りがしなかった。
「…違うな」
小日向が呟いた。
「え」
月姫が顔を上げた。
「お前じゃない」
「どうしたのマスター」
玲奈が訊いた。
「お前でもない」
「小日向様?」
ミハルシャが首を傾げた。
「誰もいない」
小日向は立ち上がった。女たちの手が離れた。ベッドから降りた。床に足をつけた。
「ここには誰もいない。料理の匂いがしない場所に人間はいない」
小日向は目を閉じた。
そして開けた。
世界が壊れた。
ハーレムが消えた。ベッドが消えた。女たちが消えた。代わりに現れたのは薄暗い石造りの部屋だった。天井は低く壁には蝋燭が灯り床には獣の毛皮が敷かれていた。
そして腰の上に誰かがいた。
猫の耳があった。猫の尾があった。魔猫人の娘だった。
彼女は小日向の上で腰を振っていた。
「あ…ああ…」
魔猫人の娘が喘いでいた。虚な目でけれど快楽に溺れた顔で腰を振っていた。小日向の中に彼女自身が飲み込んでいた。
小日向は冷静だった。
幻覚から覚めた瞬間も冷静だった。状況を理解した。自分が魔猫人に犯されていることを理解した。
けれど動じなかった。
小日向友晴は料理人だった。厨房ではどんなトラブルが起きても動じない。鍋が吹きこぼれても客が苦情を言っても食材が届かなくてもまず冷静に対処する。それが料理人だった。
そして小日向にはもうひとつ特技があった。
絶倫だった。
若い頃からそうだった。何度身体を重ねても疲れなかった。何度果ててもまた勃った。戦場で女を抱くことが生きる証拠だった時代があった。その時代に鍛えられた体は魔猫人の娘ひとりでは物足りなかった。
小日向は腰を動かした。
「ッ!」
魔猫人の娘が目を見開いた。虚な目に光が戻った。驚愕の光だった。
「な…」
「動くな」
小日向が言った。
「俺に任せろ」
小日向が腰を振った。
速かった。深かった。正確だった。料理人が鍋を振るうリズムで腰を振った。一定のリズムで正確に敏感な場所を突いた。
「あ…ああ…あああ…!」
魔猫人の娘が声を上げた。さっきまでの虚な声ではない本物の声だった。快楽に耐える声だった。
「いや…こんな…こんな激しい…!」
「黙れ」
小日向が言った。
「お前が仕掛けたことだろ。責任取れ」
小日向は止まらなかった。
魔猫人の娘が果てても止まらなかった。娘が喘いでも止まらなかった。娘が泣き出しても止まらなかった。
「もう…もうだめ…!」
「まだだ」
「無理…これ以上無理…!」
「まだだ」
小日向は三度四度と娘をイカせた。娘の体から力が完全に抜けた。小日向の上に崩れた。動けなくなった。
その瞬間部屋全体に変化が起きた。
蝋燭の炎が揺れた。空気が変わった。甘い香りが薄れた。
隣で月姫が喘ぐ声が止まった。
「…え」
月姫の声だった。はっきりとした声だった。
「ここ…どこ?」
玲奈も止まった。
「何…何が起きてるの…」
ヴィヴィも止まった。
「…これは」
ルシアも止まった。
「幻覚が…解けた」
四人の女性が正気に戻った。
そして自分たちの状況を理解した。
裸だった。獣に囲まれていた。犯されていた。
「きゃああああ!」
月姫が叫んだ。
「なによこれ!なによこれ!」
玲奈が銃に手を伸ばした。武器はなかった。預けていたからだ。
ヴィヴィが双剣アガートラームを探した。なかった。
ルシアが魔法を使おうとした。杖がない
けれど彼女たちは戦士だった。
武器がなくても戦えた。
月姫が近くの魔猫人を蹴り飛ばした。
「よくも!」
玲奈が別の魔猫人の目に指を突き入れた。
ヴィヴィがさらに別の魔猫人の首を腕で締めた。
ルシアが杖を使わずに無詠唱魔術を発動した
形成は一瞬で逆転した。
魔猫人たちは戦闘能力が低かった。幻術だけが彼らの武器だった。幻術を解かれ正気に戻った戦士たちに敵うはずがなかった。
「まて!まてまてまて!」
魔猫人のオスが叫んだ。
「降参だ!降参する!」
「聞くか!」
月姫が怒鳴った。
「私たちにこんなことしておいて!」
「話を聞いてくれ!頼む!」
オスの魔猫人が床に頭をすりつけた。
「俺たちにだって理由があるんだ!」
小日向は動かなかった。
魔猫人の娘から離れたズボンを上げた。ゆっくりと帯を締めた。
「聞こう」
小日向が言った。
静かな声だった。けれどその声には料理人が厨房で出す命令と同じ重みがあった。
月姫も玲奈もヴィヴィもルシアも動きを止めた。小日向の方を見た。
「理由を言え」
オスの魔猫人が顔を上げた。涙を流していた。
「俺たちは弱いんだ」
オスが言った。
「戦闘能力がないんだ。幻術しか使えないんだ」
「だから何だ」
「魔王軍にいる俺たちの部族は全滅してしまう!」
オスの声が震えた。
「弱いから雑兵としてゴブリンやオークと一緒に最前線に出されるんだ」
「当然使い捨てのコマだ死亡率も高い」
「幻術じゃ戦えない、剣の一撃で死ぬんだナイフの一突きで死ぬんだ魔法の一発で死ぬんだ」
「俺たちは何度も死にかけた」
メスの魔猫人が泣き出した。
「兄さんが死んだ弟も死んだ妹も死んだ」
「もう嫌なんだ戦うのは嫌なんだ!死ぬのは嫌なんだ」
「だから逃げたんだ!集団で逃げたんだ」
「ここに隠れ住んだんだ」
オスが続けた。
「でも逃げても食わなきゃ生きられない」
「俺たちには力も技術もないあるのは幻術だけだ」
「だからこれを生かすしかなかったんだ」
「注文の多い料理店を作ったんだ」
メスの魔猫人が言った。
「旅人を呼び寄せて幻術を見せてその間に精気をいただくんだ」
「殺しはしないんだ本当に殺しはしないんだ」
「精気を少し分けてもらうだけで俺たちは生きていけるんだ」
「だからこんなことしかできなかったんだ」
「他に生きる道がなかったんだ」
メスの魔猫人が床に泣き伏した。
「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい」
部屋は静かになった。
蝋燭の炎だけが揺れていた。
月姫の怒りが少し引いた。まだ完全には消えていなかったけれど少しだけ引いた。
玲奈も拳を下ろした。
ヴィヴィも腕を解いた。
ルシアも石を落とした。
小日向は腕を組んだ。
料理人として考えた。
食材にはいつ理由がある。野菜には土の理由がある。肉には獣の理由がある。魚には海の理由がある。どんな食材にもそこに至る物語がある。
彼らにも物語があった。
弱さゆえに戦場に立たされ多くの仲間を失い逃げ延びた先で生きるために他人を利用した物語。
間違っているとは言えなかった。正しいとも言えなかった。けれど理解はできた。
小日向はヴィヴィを見た。
「ヴィヴィ」
「何」
「お前ラーマ共和国の有力者だろ」
「まあね、、」
「こいつらを受け入れてやれないか」
月姫と玲奈とルシアが小日向を見た。
「マスター本気?」
月姫が訊いた。
「本気だ」
小日向は答えた。
「こいつらは殺してないだろ」
「…殺してない」
オスが首を振った。
「精気を少し頂くだけで殺してない」
「なら料理人として許せる」
小日向は言った。
「客から不当な金を取る店もある。客に粗末な料理を出す店もある。そいつらよりこいつらの方がまだマシだ」
「精気をもらうのはだめじゃないの」
玲奈が言った。
「一概にダメじゃない。こいつらは最高の夢を見せてるんだからな」
小日向は少し笑った。
「俺の見た夢は本気で悪くなかった」
月姫と玲奈とルシアとヴィヴィは顔を見合わせた。
ヴィヴィが頷いた。
「いいだろう」
ヴィヴィ・アンタイオスは言った。
「ラーマ共和国は多種族国家だ。獣人の差別もない、猫魔人を受け入れるくらいなら問題ない」
「本当?」
メスの魔猫人が顔を上げた。
「ああただし条件がある」
「条件?」
「もう二度と旅人を騙すな」
オスとメスは同時に頷いた。
「約束する!もう二度と!」
「もうひとつ」
小日向が口を開いた。
「お前らその幻術でもっとまともに商売できるだろ」
「商売?」
オスが首を傾げた。
「夢を見せるのが商売だろ。なら料理店じゃなくてもいいだろ」
小日向は言った。
「映画館はどうだ」
小日向は彼らにアイディアを授けた。そして朝日屋に連れて行き、DVDで彼らが楽しめそうな映画をたくさん見せて教育した。
数ヶ月後。
ラーマ共和国首都ラーマシティの大通りに新しい建物がオープンした。
看板にはこう書かれていた。
『キャットイリュージョン』
キャットイリュージョンは幻術映画館だった。
客は入り口で入場料を払う。そして専用の部屋に入り猫魔人の幻術を受ける。そうすることでどんな夢でも見ることができる。
冒険の夢恋愛の夢異世界旅行の夢。
過去へのタイムスリップ。未来への旅立ちどんな夢でも見られる。
ただしルールがある。
武器は預けること身体は清めることクリームを塗ることこれは幻術を受けるための準備であり客にとってはエキゾチックな儀式として受け入れられた。
キャットイリュージョンは大ヒットした。
異世界の人々にとってバーチャルリアリティ体験は画期的な娯楽だった。現実にはない体験を安全に楽しめる夢のような場所として大人気となった。
猫魔人たちは平和な生活を手に入れた。
もう戦場に出る必要はなかった。もう精気を盗む必要はなかった。入場料だけで暮らしていけた。仲間と一緒に暮らしていけた。
ある日の閉店後メスの猫魔人が小日向に礼を言いに来た。
「小日向様本当にありがとうございました」
「礼には及ばない」
小日向は言った。
「お前らの幻術はすごい。それを正しい方向で使えればいいだけだ」
「でも私たちあんなことをしたのに…」
「料理と同じだ」
小日向は笑った。
「素材は変わらない調理法次第で毒にも薬にもなる」
「お前らは薬になった。それでいい」
メスの猫魔人は涙を流して笑った。そして何度も何度も頭を下げた。
小日向は朝日屋に戻った。
厨房に立った。鍋に火を入れた。出汁を取った。野菜を切った。肉を焼いた。
いつもの朝日屋だったいつもの厨房だったいつもの料理だった。
月姫がカウンターに座っていた注文を待っていた。
玲奈がホールを片付けていた。
ルシアが隅っこで本を読んでいた。
ヴィヴィは今日は来ていなかったけれど明日は来るだろう。
そして紅茶を頼み月姫とお茶をするだろう。
小日向は生姜焼きを作った。
豚肉の縁に焦げ目をつけ醤油と生姜の香りを立てた白いご飯から湯気が立ち味噌汁から出汁の香りがした。
いつもの朝日屋の匂いだ、料理の匂いだ、生きるための匂いだ。それだけで十分だった。