「おまえ気に入ったぜ!」 酒場で意気投合した冒険者からアーティファクト(付け耳)を貰ったので獣人の村へ行こうと思う 作:Rオウ
第20話 旅路 〜その1〜
短く刈り上げられた白髪の頭がゆっくりと横に振られた。
「……推薦状は頂けない、と」
「そうだ。期待に応えられなくて済まないとは思う」
この村の村長であるエイダン様がボクに軽く頭を下げた。
ボクより頭一つ以上は大きいエイダン様に頭を下げられるとかなり居心地が悪い。
◇◇◇◇◇◇
歩いていればおそらく半月以上かかる道のりをぴょんぴょん跳ね続けて一週間かからずに踏破してしまった。
なぜボクのこの足でウサ耳族のように跳ねられるのか、正直理屈はボクには分からないけど原因は分かる。
付け耳だ。
まあA級、S級とも言われるくらいのアーティファクトなんだ。
こんな力があってもおかしくはないのかも。
とにかく凄いのは確かだ。
そして行き交う者のいない街道を独りぴょんぴょん跳ねている間に跳ねるコツのようなものが分かってきた。
歩き方にだってコツはあるんだ。
荷物を背負った時の歩き方は何も持ってない時と当然違うし、歩く際に違う部位の筋肉を使いまわして持続力を上げる方法なんかもある。
跳ね方だって工夫次第で疲れにくい方法があるんじゃないかって曲芸じみた跳ね方とかもいろいろ試した。
急がなければいけないのは確かだけど、一昼夜明かりもないまま跳ね続けられるわけじゃない。
そして疲れにくい方法が見つかれば後は徒歩での旅と同じだ。
半刻に一度は休憩して、朝と夜にはちゃんとした食事もしなければならない。
続けるうちに、跳ねることを移動手段にした旅にやがてボクも慣れ始めた。
……6日目の昼前にエイダルと呼ばれるウサ耳族の村にボクは辿り着いた。
村の入り口の門を守るウサ耳族の女戦士さんに白文字の刻まれた山刀を見せると、本当に簡単に村長のエイダン様に会うことができた。
丁重に村長宅の客間に案内されたが、そこで突きつけられたのは、このウサ耳族の村の女性は3日前に全員発情期が終わってしまったという事実だった。
つまりボクからこの村に差し出せる対価が何も無くなってしまったのだ。
呆然とするボクに向かってエイダン村長は話を続けた。
「アシュと私は確かに友人ではある。だがこの推薦状の意味をトロンペ殿はあまり理解していないようだ」
エイダン村長がボクを見る目が客人としてのものから、導き指導するべき若者を見る目へと変わったような気がする。
「これはね? 例えばトロンペ殿が何か人族全体と揉め事を起したとしても、切り捨てたりせずトロンペ殿の側に立って共に戦うという意思表示でもあるのだ。人族相手とは限らない。別の獣人族、別の村、その範囲は大きかったり小さかったりしようが全く関係はない。何があろうと君の側に立ち君の味方をするという決意を意味するんだよ」
「……」
アシュ村長から手渡された推薦状をもう一度見直した。
「そこまでの決意を示すアシュの友人として、個人的には推薦状にサインをしたくはある。だが同時に私はこの村の全住民の命を預かる責任者として、釣り合う対価も無い状態でサインはできないのだ」
ボクがアシュ村長から預かった推薦状を見続けているのに気づいたエイダン村長はボクに一転して優しい声で話しかけてきた。
「君は幸せものだ。アシュルムの村人全員から君の味方になると言われたのだ。どうやってそれだけの関係を築けたのか分からんが、村の女全員を妻に娶りでもしたのかね? まさかね、はははっ」
自分で言った冗談にウケたのか、笑いながらエイダン村長がボクの肩に手を置いた。
「……おそらくこの近辺のファウブ族の村の発情期はもう終わってしまっているだろう。だが、ここからかなり北の方にファウブ族の小さな村があるんだ。大昔の戦の名残でね。そこなら春の訪れが遅い分、発情期も後ろにズレてまだ始まっていないんじゃないかな。遠いが今から急げばあるいは間に合うかもしれん。行ってみるかい?」
ボクに否はない。
ありがたいことにチャンスはまだ残っていたのだ。
「はい!」
「そうか、では気を付けるといい。食料も持って行きたまえ。干し肉も用意させよう。それとトロンペ殿が北の村へ向かったことは私からアシュに知らせを出しておくよ」
「ありがとうございます」
優しい人たちばかりだ。
ボクは幸せものだ。
◇◇◇◇◇◇
草原の中の細い道をボクは跳ねながら北へ進む。遠くに霞んで見えるのはあの冒険者のおじさんたちが言っていた北ザイル山脈だろうか?
地図によるとすでに人族の領域を遠く離れ、このあたりは獣人族の各部族が治める土地だ。
国として明確な境界があるわけじゃないらしい。
そもそも国境を守る守備隊がいたりするわけでもない。
人族が通ろうとあまり気にしない。そもそも獣人族の間の物流も人族の行商人がやっていることが多いと聞いた。
土地に対する感覚が人族と獣人族でかなり違うんだ。
その感覚の違いが、土地に棲む魔獣の扱いにも表れている。
人族の国では、住民の安全とスムーズな交易のために、その障害となりうる危険な魔獣を組織的に間引いている。
どこの国でも騎士団が定期的に街道を巡回し、魔獣・猛獣のみならず盗賊の討伐、危険な植物の繁殖の阻害等を行う一方で、町や村、都市周辺では冒険者が対価を得て一部の治安維持活動を担っている。
フットワークの軽さの違いで棲み分けてうまく機能している──というのは都市部でだけの話だ。
村の大人たちの愚痴を聞かされ続ければ、それくらいボクだって理解してしまう。
街の周囲に潜む、もしくは近づいてくる魔獣の討伐報酬を冒険者に恒常的に支払えるのは都市部の商業ギルドくらいだ。
街から町、そして村へと集落の規模が小さくなればなるほど冒険者に対価を支払えなくなり、自警団で対応するしかなくなってくる。
自警団と言っても結局は村の農民だ。
槍や弓の訓練に大きく時間を割けるわけでもない。人手は限られている。
農家の次男三男だって一家の畑が小さければ人頭税を払えないので村から出ていってもらうしか無い、ボクのように。
結局……小さな村は誰も貧乏で暇がなく、そして危険なのだ。
騎士団は騎士団で魔獣退治だけが仕事じゃないし彼らも忙しすぎて小さな村に来るほどの余裕はほとんどない。
小さな村や町の方が魔獣被害は多いのにね。
一方で獣人族は……全部自分たちでやってる。
運用と運営の方針は人族の小さな村の自警団とほぼ同じだ。
規模は段違いだけど。
それができるのも……よっと。
前方へ3mほどの高さまで飛び上がってくるりと2回宙返りをする。
ちょっと前のボクには絶対にできなかったことだ。
そもそも田舎の村に住んでいた凡百の人族の少年が3mも飛び上がれるはずがない。
そのまま空中で山刀を抜き放ち、着地と同時に右上から左下に刀を振り下ろす。
「あっ!?」
当然のようにバランスを崩して肩からゴロンと前方に転がってしまう。
「……やっぱり無理かぁ」
起き上がって上着についた土をパンパンと手で払う。
できたらカッコいいかなという思いつきだけで少し前から練習してるけど、今まで一度も成功したことがない。
さっきの空中から着地する時の感覚を思い出しながら、アシュ村長から借り受けた山刀を上段右から左下へ振り下ろす。
刃先がブレて、ぶぉんっと変な音があたりに響く。
……やっぱりもっと基本的なところからか。
今のままじゃ、鉄の棍棒を振り回してるのと同じだ。
斬りつける方向にちゃんと刃を立てたまま振り切るのって難しいんだなぁ。
適当に振り回して刀の感覚を掴めば良いのかな?
なんか変な癖が付きそうだな。でも別に達人を目指してるわけでもないしな。
……うーん。
真っ直ぐ立ったまま、ゆっくりと山刀を振りかぶり……ゆっくりと振り下ろしていく。
腕の位置がゆっくりと変わっていくと腕の骨の向きが変わり……筋肉が引っ張られて手首の関節が微妙にブレていく。
右足を一歩前に踏み出して同じ動きをすると、肩の位置でまた骨と筋も結びつきが変わり、手首の向きが変わる。
腰を少し捻るだけで、剣を握る手首の向きに影響が出る。
「うえぇ」
頭が痛くなる。
こんなに難しいのか。
速く振ったら振ったで動かす筋肉の場所が変わるし、しなりとかで更に変わるんだろうな。
ゆっくり動かして自分の筋肉と骨、そして筋の動きを自覚する……のは良い方法かと思ったんだけど違うな、これは。
ゆっくり動かす場合と速く動かす場合で使う筋肉が違う。
これを突き詰めてもダメな気がする。
次は街道の真ん中でしばらく山刀を無心で振り回し続ける。
剣の重心とか手に馴染ませて感触で理解するしようとしてみる。
……悪くはないけど時間がかかりそうかな。
ボクは剣を振り回すのが上手くなりたいわけじゃなくて、旅が……移動が最優先なんだよな。
そして危険を排除するのに剣が役に立つかも?って状態なのだ。
◇◇◇◇◇◇
街道を往く人族の商人もそんなに多くなく、ウサ耳族や他の獣人族もそれほど頻繁に行き来しない土地らしい。
つまり魔獣や猛獣の間引きが十分に行われていないんだ。
ウサ耳族だって自分の村の周囲や、自分の村につながる主要街道沿いなら定期的に巡回し魔獣を狩っていく。
だけど人族の国の騎士団みたいに遠く離れたところまでわざわざ出向いて魔獣狩りをしたりなんかしない。
だから本来ならボクみたいなのがこんな場所を独りで旅なんかしないらしい。
まあボクの場合は掟だから仕方がないんだけど。
でもさすがに魔獣猛獣に襲われたらそこでお仕舞、ジ・エンドなんで諦めましょうみたいな運任せは御免被るので、最低限自衛できるくらいには剣を振り回せるようにしておきたい。
旅に出てから剣の練習って順序が違うんじゃないかって?
ボクもそう思うよ。泥縄って言うんだよね、これ。
ちなみに剣の練習で山刀を適当に振り回すのはもう止めにした。
十分手に馴染んだのでやはりちゃんとした練習をすべきだと思ったのだ。
というわけで、夜寝る前に剣をゆっくりと振り上げ、ゆっくりと振り下ろすのを繰り返してる。
コレが正しいと思ってるわけじゃないけど、コレ以外の始め方をボクは思いつかなかった。
昨日よりは今日、今日よりは明日。
振り上げて振り下ろす速さをほんの少しだけあげていく。
達人を目指してるわけじゃないから刃先がブレない筋肉の動かし方だけ手っ取り早く覚えたいんだけど、その方法を思いつかないので、振り回す速さをゆっくりとあげていけばそのうち身につくだろうという素人考えだよ。
だってそれ以外に思いつかない。
だけど、すごい疲れるんだよな、これ。
今まで意識してなかったけど押す筋肉と引く筋肉両方使わないとゆっくり動かせないんだ。
効率的な練習方法じゃないとは自分でも思うけど、他の練習方法を思いつかない。
それに全くダメでもない。剣の振り方が様になってきてる自覚はある。
動かす筋肉をできるだけ意識しながら剣先の動きと合わせて体に覚え込ませていく。
遅く速く……どちらでも刃先がブレないように振り上げて、そして振り下ろす。
ブレたら、ブレた原因の筋肉を意識し直してやり直しだ。
「さむっ」
早朝、日が昇り始めたら、昨日の夜に作った豆のスープの残りを口にする。
冷えてるとあんまり美味しくないな。ボクの舌も随分贅沢になっちゃったな。
やっぱり温め直そう。
ついでに暖かい白湯も。
朝の冷え込みが大分厳しくなってきたので暖かいものが欲しい。
そうだ、今夜は芋のスープにしようかな。
肉も欲しいから、途中で草原ネズミを見つけたら積極的に狩っていこう。
両足でぴょんと跳ねると、感覚的には籠めた力以上の力で弾かれたように前方へ跳んでいくような感じがする。
もう慣れたけど、絶対筋肉以外の力が働いてるよな?
それっ!
今度はもう少し高く跳ぼう。
跳び上がったところで左右をぐるっと見渡す。
見つけたっ!
草原ネズミだ。
街道の右側の草むらに草原ネズミが顔を出していた。
距離にして70m程。
着地して
街道に転がっている小石を掴み、
ちょっと遠いからもう少し回転を高めて……んん? ちょっと違和感が?
ぐんっと腕をしならせ、いつものタイミングで指に絡んだ紐をリリース。
あっ!?
草原ネズミの頭部から2mくらい離れた草むらに小石が突き刺さった。
その音に驚いて、草原ネズミは草むらの中にすぐ姿を消してしまった。
「外したかぁ……」
的から2mも外すなんて今まで無かったよなぁ。
今更、村で一番なんて肩書に意味はないと思うけど、
「うーん……もう一度試してみるか」
獲物はもう逃げちゃったけど、さっき草原ネズミがいた場所を狙って
「それっ!」
空気を切り裂く音と共に小石がさっきの草むらと同じ場所へ突き刺さった。
「……やっぱり?」
そうじゃないかな、とは思ってたけど客観的な結果が目の前にある。
腕の筋肉だけじゃないな、肩周りや背筋もそうだな。
剣を振る度に意識していた部位の筋肉の力が強くなってるんだ。
それで繊細なコントロールが必要な
何日かに一回は草原ネズミを狩れるつもりでいたから、これは困ったことになったぞ。
立ったまま思案しているとガサっと背後で音がしたので振り返ると街道の左側の草むらに今度はイタチっぽいのを見つけた。
15m程離れている。
……なら。
腰の鞘からナイフを抜いて静かにそして高くジャンプする。
今までの練習の成果が出せた。ほとんど音がしなかったはずだ。
本気の跳躍による高く長い滞空時間の間、上から獲物を観察する。
よし気づかれてない。
斜め上空からの着地で獲物の頸部を踏み抜くと「ぐぎゅ」っと啼いたけど、ナイフを突き立てるとすぐに動かくなった。
……なるほど、こういう狩りの仕方もアリか。
でも
太陽が西に沈み、辺りが暗くなり始めている。
昼の狩りで確保したイタチの肉を鍋に投入すると、なんともいえない獣臭い匂いが辺りに広がった。
「……やっぱりイタチの肉は臭いな」
次に皮を剥いて小さく切った芋を鍋に入れてしばらく煮込む。
表面に浮いてきたアクをヘラで掬って捨てて、街道沿いに生えていた香草をちょっと多めに鍋に放り込む。
最後に塩を少し入れて味付けすると、獣臭さはかなり薄れて食欲をそそる匂いに変わった。
鍋から椀に肉と芋のスープをよそって、口に入れる。
「んー、そこそこイケる、かな。肉は堅いけどまぁまぁ?」
半分は残して明日の朝に食べよう。
暖かいスープを飲みながら夕焼けの微かな光に照らされた北ザイル山脈に目を向ける。
ここから北西に行くと人族の王国がある。
多分そのせいだろうけど、これまでの草原に埋もれかけていたような細い街道だったのが、少し広くなってる。
多分、人族や獣人族の行き来が多い場所に近づいているんだ。
ということはこの先しばらく街道は比較的安全になるはずだ。
そして地図によると北の村はこの街道沿いに進んで北北東の山の麓あたりにある。
大昔にあった人族と獣人族の大戦に幸いにも巻き込まれずに済んだ幸運な村だって言ってたっけ?
その北の村まで……道は半分くらいまで来たか。
「……間に合えば良いんだけど」
焚き火に砂を掛けて火勢を落として、ボクはマントにくるまって横になった。
明日も一杯跳ねないとなぁ……
まあその一応、【原作 ファンタジー / 冒険・バトル】の区分なので、普通のファンタジー冒険活劇みたいな話を入れております。
もちろんすぐに化けの皮が剥がれて次回は純度100%もふもふ回なんですよ。
苦手な人がいるでしょうし読み飛ばして大丈夫な構成にしますが。