※この作品はR-18です。

「おまえ気に入ったぜ!」 酒場で意気投合した冒険者からアーティファクト(付け耳)を貰ったので獣人の村へ行こうと思う   作:Rオウ

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第23話 嘆きの騎士団

「どこのバカだ! 吊るし上げろ!」

 

 報告を受けた姫様が激昂して執務机を蹴り飛ばした。

 魄霊(オーラ)で強化され常人をはるかに超える筋力で蹴り飛ばされた机がバラバラになりながら窓の外へ消えていった。

 

「まだ、特定できておりません。現在アッペルグレーン侯爵の指揮のもと警吏が内偵中とのことです」

 

 姫様の執務室は4年前に近衛騎士団本部棟最上階の3階からここ1階に移された。

 更には執務室の窓の向こうを立ち入り禁止区画に設定しているので運悪く直撃して死傷者が出るようなことにはならない。

 

 まことに重畳。

 

「遅いっ!」

 

「そう言われましても」

 

 タレこみ(妖狐族からの使者)があってまだ二日しか経っていないのだ。

 むしろ動きは早い方だろう。

 

「なら、捜査線上に上がっているバカどものリストを渡せ。私が直々に取り調べてくれる。なに、一発ぶん殴れば、秒で自白するだろう」

 

「無実の人間まで罪を自白してしまうので話になりません、姫様」

 

「むっ? ……それもそうか」

 

 少々不満そうに、姫様は椅子にどかっと座って足を組んだ。

 優雅さの欠片もない乱暴な動きに、うなじまで刈り上げられた金髪がパサリと顔の上で躍る。

 

 小顔で小柄、黙っていれば可愛らしい容姿で麗しの姫とでも呼ばれてたんだろうなと、残念な上司を見やる。

 

 シャルロット・クメール。

 クメール王国現国王の第二王女。

 

 曰く。

 

 英傑の再臨。

 武姫。

 クメール王国の懐刀 懐の大剣。

 

 愛され脳筋。

 政略結婚の打診の場で「いやーないわ」と相手に口を滑らさせた古兵者。

 ロイヤル嫁き遅れ。

 

 

 その嫁き遅れが控えの者に命じた。

 

「机」

 

「はっ」

 

 予備の机がすぐに運び込まれて姫様の前に設置される。

 近衛騎士団団長の執務机に似つかわしくない酷く安物の机だがどうせすぐに壊されるのだ。

 

「おまえ(ヘレナ)、今失礼なこと考えなかったか?」

 

「いいえ、ちっとも」

 

 勘もすごく良いのだ、この愛すべき上司でもある幼馴染は。

 

「まあいい。それで父上はなんと仰っている?」

 

「調査の上、事実であれば被疑者は王国法に則って処分。被害者には賠償することを約束していますね」

 

「ふーん……妖狐族の使者はどんなやつだ?」

 

「名前は確か杏珠と名乗ってましたかね。10代半ばくらいに見えましたが」

 

「バカ。妖狐族で大事なのは尾の数だ」

 

 ……確かに。

 記憶を掘り起こす。

 

「……三尾ですね」

 

「三尾か。ただの使者にしては大物過ぎるな」

 

 姫様は顎に指を当ててしばらく考えた後、決断した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「それで、お話とは?」

 

 来客用の椅子に座った妖狐族の杏珠様を前に姫様が切り出した。

 

「うむ、今回の件について犯人を捕まえたい」

 

「……? それは国王陛下にお願い済みではありますが?」

 

「貴族の方ではない。私は実行犯を捕まえたいのだ。それについて使者(杏珠)殿に是非協力をお願いしたい」

 

「……なぜ私に?」

 

「なぜってそちらで実行犯はもう見つけているのだろう?」

 

 少し吊り目っぽい大きな瞳が、姫様の言葉を受けてパチパチと瞬きする。

 縦に長い金色の瞳孔が更に細くなり、面白がってる表情に変わった。

 

「あら? あらあら?」

 

「脳筋貧乳嫁き遅れと聞いていたけれど意外に頭がいいのかしら?」

 

「ぶん殴るぞ、ヘレナ」

 

 姫様の肘打ちが容赦なくお腹に飛んできて、予想してたよりも苦しすぎて体を二つに折って蹲(うずく)まる。

 

「げほっげほっ……腹話術失敗」

 

 だってほんとなら繊細な駆け引きが必要な話なのに、姫様何もかもすっ飛ばして直球投げつけちゃうし。

 手順てものがあるんですよ。

 

 うぷっ……

 

 雰囲気和ませようとしただけなのに、姫様素で肘打ち入れてくるんだもん。辛い。

 蹲りながらちらりと上目で杏珠殿の様子を窺う。

 

 ……だめか。私の印象操作の意図も全部見抜かれてるわ。

 

「直截的なのがお好みなのね。ふむふむ………………では実行犯に妖狐族がいても見て見ぬ振りをして頂けるならご案内しますよ」

 

「了解した。ではすぐにでもと言いたいが、出立は明朝にしよう。案内を頼む」

 

 殴られ損だったか。

 いや、実行犯の中に妖狐族がいると言質が取れたのだ、良しとしよう。

 

「急ですのね」

 

 蹲っている私の方を意味ありげに杏珠殿が見ている。

 そりゃ、そちらに証拠隠滅されてはかなわないからな。

 

 だけど建前用の説明が必要か。

 

「うぷっ……」

 

 立ち上がると、胃の中が撹拌されるようで気持ちが悪い。

 ほんときつい。

 

「演技じゃなかったんですのね……」

 

 そうなんですよ、姫様脳筋なので。

 

「ご存知でしょうが、春のこの時期に北ザイル山脈から飛竜が巣離れして王国と獣人族の境界を南北に走る街道に飛来して来ます」

 

「飛竜街道(ワイバーンロード)ですわね」

 

「正式名称は東クメール街道のはずなんですがね。この時期だけは一般の行商人や獣人族にとって危険極まりない街道になるので、周辺国が持ち回りで飛竜を退治しているのは当然ご承知でしょう。それで今年は我がクメール王国が飛竜退治の持ち回りの順番にあたりますので、近衛騎士団がその駆除の準備を進めていて元々明日の朝出立予定だったのです」

 

「そうでしたわね。去年は黒狼族が嬉々として退治に当たってましたわ」

 

「人族と獣人族がそれぞれ持ち回りで役目を担っておりますからな。春に一通り駆除すれば1年間は安全ですし。飛竜退治名目で騎士団を出立させますので、飛竜を一通り退治し終えたらそのまま犯人の拠点まで案内をお願いしたい」

 

 杏珠殿は小首を傾げて考える振りをする。

 答えなど決まっているだろうに。

 

「なるほど、悪くありませんね。でもよろしいのですか? クメール王国が条約上の失点を回復するチャンスがありませんが?」

 

「こちらは既に失点している。それが拡大するのを防ぐ方が大事だと思わないか?」

 

「ふふ、そうですわね」

 

 杏珠殿がちらりと私の方を見て肩を竦めた。

 ゲームはここまで、と合意してもらえたようだ。

 ほんと妖狐族はタチが悪い。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜明けと同時に王城を出発し、東へ向けて進む。

 近衛騎士団の最精鋭20名及び荷馬車を随行させている。

 

 近衛騎士団は総数70名を超えるが、まさか全員を引きつれて移動するわけにもいかない。

 王城の警備の問題もある。

 

「意外と少人数ですのね」

 

 荷馬車の御者席の横に座り、常歩で横を進む騎上の私に案内人(杏珠)殿が話しかけてきた。

 

「巣立ったばかりの飛竜など初歩の竜闕門(ドラゴン・マジック)も使えない個体がほとんどですからね。余程の事でもない限り、近づかず遠方から術式を叩き込めば危なげなく退治できます。妖狐族のやり方もそうでしょう?」

 

「まあそうですけど。でもシャルロット様がお噂通りなら独りでも十分なのではありませんか? 魄霊(オーラ)を自由自在に扱えると評判ですが?」

 

「それはまあご想像にお任せします」

 

 杏珠殿が隊列を形成して進む騎士団を興味深げに眺めている。

 

「意外でしたけど、近衛騎士団は全員女性で構成されているのですか?」

 

「ええまぁ」

 

「ですけど近衛騎士団の団長が王家の一員って変わってますわね?」

 

「それはシャルロット様が望まれましたので」

 

 移動している間は確かに暇ではある。

 それに妖狐族の使者を接待しないわけにはいかない。

 必然的にお喋りにお付き合いして世間話的なものから団員の生活や、騎士団の仕事とか隠す必要のないものは話題を膨らませつつ杏珠殿の耳を楽しませていく。

 

 だけど話題的に敏感で繊細な部分にやたら触れてくる。

 乙女にきつい質問や話題は避けてほしいんだけどわざとなのか? 

 それとも政治ゲームを無理やり終わらせた姫様への意趣返しなのか? 

 

 

 

「貴国の近衛騎士団が嘆きの騎士団って呼ばれているのは団員全員が嫁き遅れだからですか?」

 

「知ってるんじゃん! やっぱり煽ってんのか! ……っ! 失礼しました」

 

 チクチクと嫌味っぽく刺してきていたのが、唐突にぶすりと急所を一突きしてきたので思わず激昂しかけた。

 危ない。

 

 姫様を嫁き遅れと言ったが、幼馴染である私もまた嫁き遅れ(未婚)なのだ。

 姫様が1歳年上の20歳で、私がま(・)だ(・)19歳なので私の方がまだ若干マシだが、女は15歳で嫁に行く我らが王国では五十歩百歩の違いでしか無い。

 我らは嫁の貰い手がない悲しい存在なのだ。

 

 伯爵家の四女として生まれた私など元々結婚できる可能性はほとんどなかったが、魄霊(オーラ)の才能まで発現してはもう結婚は不可能だ。

 

 騎士団に入って武の道を歩むしか無い。

 血なまぐさいことが性格的にどうしてもだめだと言うなら修道院という手(人生)もあるにはある。

 他の騎士団員も男爵や子爵の子女の立場で魄霊(オーラ)の才能に目覚めてしまい、騎士団で才能を活かすしか道がなかった者がほとんどだ。

 

 一応、修道院に籠もって神に仕えるよりはマシな人生を送れていると思ってはいるが夫が欲しい。

 

 結婚したい。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「いました! 飛竜(ワイバーン)です!」

 

 荷馬車の上にいた遠見番が叫んだ。

 手にしていた遠眼鏡を下ろして、南方を指さしている。

 

 その方向に目を凝らせば、たしかに急降下と上昇を繰り返している飛竜がいた。

 かなり遠いな。

 

 しかし、なぜ何度も降下と上昇を繰り返してるんだ? 

 

 獲物を見つけて襲ってるんだろうが、飛竜が襲撃を何度も失敗するなんて聞いたことがない。

 

「人が襲われているのではないか?」

 

 姫様が隣にやってきて私に話しかけてきた。

 

「まさか? 春の駆除が行われるまで街道を通るような命知らずはいないはずですが……」

 

 王国の人間はもちろん、ほとんどの獣人族もこの街道をこの時期に通るなんて無謀なことはしない。

 それこそ、独りで飛竜を倒せる姫様のような英雄クラスでないとただの自殺行為だからだ。

 

 襲われたら大抵は初撃の体当たりで吹き飛ばされて即死するか、半死半生のところを鷲掴みにされて生きたまま喰われてあの世行きだ。

 

 飛竜街道のことを何も知らない人物が遠方地からたまたま通りがかったか? 

 無くはないだろうが。

 

「行くぞ。どのみち退治せねばならぬのだ」

 

「はっ! では5名は荷馬車の護衛に残れ。後から来い。15名で行くぞ。姫様に続け! 駈足!!」

 

 私が指示を出している間に、姫様が駆けていく。

 速い。

 

「遅い!! 見殺しにするつもりか! 襲歩(ギャロップ)で行くぞ!」

 

 ええっ!? 

 

 改めて急降下を繰り返している飛竜を見る。

 遠すぎるよ? 

 それに人とは限らないのに。

 

 だけど姫様は駈足から襲歩に移りどんどん加速し離れていく。

 ああ、もう仕方がない! 

 

「姫様に続け! 総員全速力(ギャロップ)だ!!」

 

 

 

 

 

 草原の景色が後方へぶっ飛んでいく。

 通常、馬の全速力は5分も続けば良いほうだ。

 距離にして5km〜6km。

 馬はそれで力を使い果たしてしまう。

 

 そして飛竜がどんどん近づいてくる。

 我々が駆ける速度以上の、それこそ驚異的な速度で近づいてきている。

 

 間違いない。

 襲われている何かが信じ難い疾さでこちらに向かって逃げてきているのだ。

 

 絶対に人ではありえない。

 だけど足が早いだけのバッカル鹿程度ならばとっくに飛竜が仕留めているはずだ。

 

 ならば獣人族か? 

 

 いや、もう考える必要はない。

 そろそろ見える距離だ。

 

 

 

 見えたっ! 

 

 街道の中央にフラフラしながら立っている人物がいる。

 背が小さい。まさか人族の子どもなのか? 

 

 だめだ、子どもの向こうから飛竜が突っ込んできている! 

 

 最悪だ! 

 間に合わない! 

 

「間に合えっ!!」

 

 先頭を突っ走る姫様が叫び、全速力の馬上で投擲魔槍(ジャベリン)の術式を展開し始めた。 

 曲芸もいいところだ、無謀過ぎる! 

 

「うおぉおおお!?」

 

 姫様を追い、共に全速力で駆ける団員たちからどよめきの声が上がる。

 先頭の姫様も思わず感嘆の声を漏らしていた。

 

 フラフラだったその子どもが黒い剣を抜き放つや否や空に向かって見事な跳躍を見せたからだ。

 黒い剣が弧を描いて飛竜の首に振り下ろされていく。

 

 完全に飛竜の不意を突いたその芸術的とも言える動きに私は目を奪われた。

 

「あっ!!」

 

 まずいっ! 

 あれは死んだ! 

 

 鋼鉄に匹敵する飛竜の外皮で殴られ空中を吹き飛んでいく子どもを追いかける。

 

「庇え!」

 

 姫様が叫んでいる。

 

 無理だ、届かない! 

 そもそもまだ生きてるのか? 

 大きな鉄のハンマーで半身を殴りとばされたのに等しいのだ。

 肉が骨ごと潰れていてもおかしくない。

 

 だが、地面に落ちる前に子どもが剣をわざと手放したのが見えた。

 生きてる! しかもまだ意識があるのか。

 

 その後地面へ墜落し、手足が千切れ飛ぶかのように転がっていく子ども。

 思わず目を背けたくなる。

 

 すぐに駆けつけたい。

 だけど先に飛竜をなんとかしなければそれは叶わないのだ。

 

 すまない、もう少しだけ待っていてくれ。

 いくぞ、飛竜! 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「すごいわ、この子生きてる」

 

「副団長(ヘレナ)っ! 早く治療を!」

 

 飛竜の死を見届けた後、倒れていた子どもの周りに団員たちが駆け寄っていく。

 もちろん姫様も、私も同じように駆けつけた。

 

「下手に動かさないで! 骨折して内臓を傷つけてるかもしれない!」

 

 生きていてよかった。

 

 生きてさえいれば魄霊(オーラ)で賦活すればなんとかなる。

 頭部に獣人特有の耳を確認する。種族までは分からないが人族でなければ問題ない。

 両手の籠手(ガントレット)を外して投げ捨てる。

 

 急げ。

 

 この子の上着をはだけて、心臓に手を当てる。

 

 胸の膨らみがないな? 

 思った以上に若いのだろうか? 

 

 気にはなったが、まず賦活が先だ。

 

「ふんっ!」

 

 心臓を核にしてこの子の魄霊(オーラ)を外から強制的に熾(おこ)す。

 私自身の魄霊(オーラ)も同時に熾してこの子の心臓に流し込んでいく。

 

 この魄霊(オーラ)の同調技術を会得しているのは騎士団でもほとんどいない。

 水の詰まった革袋に穴が空けばそこから水が溢れていくように、外傷があれば負傷箇所から魄霊(オーラ)が漏れていく。

 

 ただ、同時に魄霊(オーラ)は命を活性化する源でもある。

 

 命そのものと同義である魄霊(オーラ)が肉体の外へ際限なく漏れていけば生命の危機ではあるが、流れ出る魄霊(オーラ)が負傷個所に接触すると治癒の効果があるのだ。

 ただ、その大量の魄霊(オーラ)が都合よくどこにでもあるわけではない。

 負傷個所から流れ出る魄霊(オーラ)を抑制し、尚且つ魄霊(オーラ)を肉体内で循環させれば、致命傷の状態から重症へもち直させることは十分に可能だ。

 

 少なくとも私にはそれができる。

 

 

「んん?」

 

 注ぎ込んだ魄霊(オーラ)が漏れていく様子がない。

 想像以上にこの子の内包する魄霊(オーラ)の容量(キャパ)が大きかったけど、それにしても変だ。

 

 破れた血管から血が零れ落ちるように、魄霊(オーラ)が負傷箇所から溢れ落ちていく感触が全くない。

 

「……おかしい。これではまるで無傷ではないか?」

 

 あっ! 

 急に魄霊(オーラ)がどこかへ流れ込んでいく感覚が。

 

 そ、そうよね。

 半身を鉄の塊で殴り飛ばされて地面に落ちて、更に転がって無傷なんてありえないし。

 

 

 もこっ♥

 

 ……なにかしら、これ? 

 この子の股間が急に盛り上がってズボンを押し上げている。

 ズボンの縫製を見るとそういう作りになっているっぽいけど、私の腕の肘から先くらいの大きさの何かが内側から押し上げている。

 

 尻尾かしら? 

 

「あっ!?」

 

 私の斜め後ろで覗き込むように立っていたメルヴィが悲鳴を上げて飛び退いた。

 普段あまり冗談も言わないような彼女がなぜか激しく動揺している。

 気になったのか、姫様も彼女を見ている。

 

「どうしたの、メルヴィ? そんな顔を赤くして?」

 

 メルヴィは顔を背けたまま、この子の股間をチラチラ横目で見続けている。

 なに? 

 挙動不審すぎる。

 

「あぁっ!!」

 

 今度はマチルダが同じように悲鳴を上げて後ずさった。

 

 一体、なんなの? 

 団員たちの奇妙な行動に姫様と顔を見合わせる。

 

「って!」

「アレって!」

「きゃっ!」

 

 次々と団員たちが顔を赤く染めて挙動不審になっていく。

 

 私と姫様は顔を見合わせた。

 挙動不審でないのはもう私たちしか残ってないからだ。

 

 団員たちが挙動不審になった理由がさっぱりわからない。

 姫様も同じで見当がつかないようだ。

 

「おまえたち、今はフザケていい時ではないんだぞ?」

 

 釘を刺したが効果がない。

 何名かは内ももを擦り合わせて、まるで何かに全力で耐えているような姿勢をしている。

 

 メルヴィが地面にへたり込んで顔を赤く染めながら言葉を搾り出した。

 

「だ、団長! えっと、その子女の子じゃないです! 男の子です!!」

 

 男の子!? 

 え、獣人の? 

 

 なるほど、だから胸が膨らんでなかったのか。

 顔立ちも中性っぽくて可愛らしいけどよく見れば確かに男の子の顔だ。

 

「獣人の男の子……たしかに珍しい。初めて見たわ」

 

「でも獣人の男の子が一人でいるってありえるの? 周りに何十人も護衛がいてもおかしくないのに?」

 

「何か、特別な事情があるのかも」

 

「あら、これは?」

 

「首飾りの護符(アミュレット)……ですね」

 

 黄金のプレートに竜が彫刻された小さな護符が少年の首にかかっていた。

 

「竜、竜か。……竜神の護符、だな。生では初めて見る」

 

「竜神の護符って……じゃあこの子は巡礼者ってことですか?」

 

「そうなるな。護衛も付けずに一人の理由はそれか」

 

 姫様と話しつつ魄霊(オーラ)を注ぎ込みのを止める。

 少しだけ魄霊(オーラ)が抜けていく感触があったがそれもすぐに収まってしまった。

 これ以上注ぎ込んでも無駄だ。

 

 事実を認めるべきだ……信じ難いけど、この子は無傷だ。

 よく見れば土で汚れてはいるけど擦り傷すら無い。

 

 意識を失っているのは多分極度の疲労で寝ているのだ。

 

「すごい、団長と副団長が全然動じてない」

「私なんか生まれてはじめてアレを見たのに」

「だ、男性のってあんな風に大きくなるんだ……ね」

「正直、見ることなんか一生ないと思ってた」

 

 団員たちは揃いも揃って何をぶつくさ言ってるのか。

 

「姫様、この男の子は魄霊(オーラ)で診るかぎり怪我をしていないようなのです。どうしましょうか?」

 

 私の言葉に姫様が怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「いや、そんなはずないだろ? 見てたよな? 即死しててもおかしくないくらいだ」

 

 私もそう思う。

 死んでるか、運よく生きてても瀕死の状態になってないとおかしい。

 

「……では念の為、服を脱がせて触診しますが」

 

 この子が竜の巡礼者なら下手に干渉すると、人族と獣人間の国家・部族間条約に抵触しかねない。

 獣人族の男性なのでただでさえ気を遣わねばならない人物なのに、さらに巡礼者でもあるのだ。紛れもなくどこかの獣人部族の重要人物だ。

 大昔の人獣戦争終結時に交わされた条約は現在でもまだ有効で、庶民ならばともかく我らの立場では知らなかったでは済まされない。

 

「やってくれ。治療できたのに致命傷を見逃してしまった、なんて方がもっとまずい」

 

 まあ確かにそうかも。

 だけど今我々がやろうとしてることは、獣人族視点だと高い地位にある令嬢を10人以上の男性兵士が取り囲んで裸に剥こうとしてるようなものだからな。

 下手に拗れたら姫様でも責任を取りきれるかどうか分からない。

 

 かと言って姫様の言うように治療できたはずの怪我を見逃すのはもっとまずい。

 仕方ないと覚悟を決めて男の子の上着をもっとはだけていく。

 

 体つきを見るとまだ幼さが残っているが成人になる一歩手前くらいだろうか。

 獣人族は成長に関して種族差が極端に出るので実年齢は分かりようがないが、上半身のむき出しになった部分を見る限りその種族のオスとして完成直前のような印象を受ける。

 

 男の子の首筋から腹部まで私たちの前に曝け出された。

 

 なんだか妙に艶っぽいな、この男の子。

 いや違うか。

 こんな子供に男を感じている私の方が変なのだ。 

 

 首を振って意識を切り替える。負傷者対応なのだ、真剣にやらねば。

 そういえば魄霊(オーラ)に頼らない負傷診断は久しぶりだな。

 

 首筋に指をあてて、血流と脈拍を確認する。異常なし。

 自分の指先を舐めて湿らせ、男の子の唇と鼻に近づけて呼吸を確認する。異常なし。

 

 少なくとも緊急を要する致死性の負傷はしていない、はずだ。

 体の状態が致死に至るほど悪ければ、血流か呼吸に異常が出るからだ。

 

 耳の穴と鼻孔も確認する。

 頭部も相当な衝撃を受けていたはずだ。うん、出血はないな。

 

 次は内臓を守る肋骨と腹部の触診だ。

 鎖骨からゆっくりと指を這わせて骨折してないか確認していく。

 胸骨に人差し指を滑らせて、骨折してないか、軽く押したりして順番に一本ずつ確認する。

 

 

 よく考えたら相手が子供とは言え、訓練以外でこんな風に男性の肌に直接指で触れるのって生まれて初めてかも。

 

 擦る指を増やす。

 そうしなければいけないような気がした。

 

 この男の子の右脇から胸に向かって肋骨に沿って人差し指と中指を滑らせていく。

 意外と鍛えられている胸筋の凹凸が押し込む指先を跳ね返し心地よい弾力が伝わってくる。

 

 これが男性の胸の感触……

 

 乳首の側を通りかけたのでうっかり薬指で男の子の乳首に触れてしまった。

 いや、男の子なのだ。触れても別に何か問題があるわけじゃない。

 あれ? 獣人族の男の子の場合は不味いんだっけ? 

 いやいや、医療行為なんだから不味いわけがない。

 

 不味いわけがないということは逆に触ってもいいはずだ。そのはずだ。

 この子の右の乳首をコリコリと人差し指で転がしてみる。

 

 ……女の乳首とは全然違うんだね。

 まあそりゃそうだよね。

 

 なんとなく身を乗り出す。

 

 よく考えたら確認のためには両手で擦った方が効率がいい。

 男の子の脇を両手で抱えると、ちょうど親指がこの子の乳首のところにあるので、そのまま流れるように親指で自然に乳首を転がして怪我がないか確認する。

 

 念入りに確認している間に喉が乾いてきてしまった。

 唾をゴクリと飲み込んで喉を湿らせる。

 

 

 気がつけば肋骨は全て調べ終わってしまった。

 いつの間に終わったんだっけ? 

 夢中になりすぎたかもしれない。

 

 残念。

 

 いつの間にか周囲が静まり返っている。

 

「っんふ」

 

 変な声を出した姫様の顔を見る。

 

「どうかなさいましたか、姫様?」

 

「いや、なんでもない」

 

 姫様自身が驚いた顔をしていた。

 なんなのだ、いったい? 

 

 いつの間にか荒くなっていた息を深呼吸して整える。

 

 はだけていた上着を完全に脱がして男の子に上半身裸になってもらう。

 服で覆われて見えないところを怪我していたら大変だからだ。

 

 落ち着くためにゆっくりと息を吐いて、鼻からゆっくりと息を吸う。

 ああ、やっぱりだ。なにかすごく良い匂いがする。

 

 近くに花でも咲いているのだろうか? 

 

 姫様も目を見開いてゆっくりと深呼吸している。

 この素敵な香りのせいかお腹の奥がポカポカしてきた。

 それに手のひらが敏感になったような気がする。

 

 男の子の首の後ろに手を当てる。

 その姿勢で鳩尾から腹部にかけて手のひら全体を使って内臓が裂傷していないか確認する。

 

 触診で分かるのは限られた臓器だけだが、魄霊(オーラ)の状況からしてあまり心配していない。

 あくまで念の為だ。

 縦に割れて少しだけ浮き出た腹筋にそって下腹部にまで手のひらで撫で回す。

 

 今度は指先を揃えて軽く押す。

 男の子の表情を見る。

 

 意識がなくとも表情に出るかもしれない。

 腹部の押す位置が下腹部に近づいていく。

 

 ズボンの端に指先が触れた。

 姫様が私の指先を凝視しているし、団員達も鼻息を荒くしてもう一度周囲に集まっている。

 

 触診のためにズボンの中に指を入れても問題はないはずだ。

 それにここには私たちしかいない。

 

 違う、これは医療行為だ。

 後ろめたいことは何もない。

 

 周囲を見渡す。

 

 姫様と団員たちが何かを期待しているような雰囲気を醸し出している。

 

 落着け私。

 もう一度深呼吸する。

 うん、お腹の奥の方がズンっとして落ち着いた。

 

 下半身を調べる前に上半身の診断を終わらせなければ。

 

 脇腹から両手を差しいれて男の子の背骨を触診する。

 背骨の状況を確認するにはこの男の子に抱き着くような姿勢にならざるを得ない。

 

「あ、しまった。これでは鎧が当たるな」

 

 姫様と団員たちに仕方なく胸部の鎧を外すことを宣言しておく。

 誤解があってはたまらないからな。

 

 震える指先を急かして革ベルトを外し、取り外した胸部鎧を後ろに投げ捨てる。

 

 よし。

 

 上半身裸のこの子に下から抱きつくように手を回す。背骨に沿って指先を這わせて異常がないか確認していく。

 鎧下の服越しだけど、自分の大きな胸を男の子に押し付けるとなんとも言えない多幸感が自分の裡に広がっていく。

 この子の胸に顔を埋(うず)めた姿勢のまま静止する。

 心を落ち着けるために深呼吸する。

 

「…………」

 

「…………ヘレナ?」

 

「何でしょう、姫様」

 

 男の子の胸に顔を埋(うず)めたまま返事する。

 

「疲れたのであれば、続きは私がやってもいいぞ?」

 

「姫様にさせるなどとんでもありません」

 

 喋る際にうっかり舌先が男の子の胸に触れて舐めてしまった。

 不可抗力なので仕方がない。

 

「そもそも姫様も他の団員にも診断などできないでしょう。私がやるしか無いんです、ご理解ください。別に独り占めしているつもりはありません」

 

 何度も何度も舌先がこの子の肌に触れるうちに舌の形状が変わっていく。

 ぴちゃ……ざりっと濡れた音したが私が喋ってるから誰も気づいていないはず。

 

「どけっ!」

 

 姫様にぶん殴られて、草原を転がった。痛い。

 

「────っ!?」

 

 姫様がなにか言いかけたが、その時ちょうど馬車の音が聞こえてきた。

 えらい勢いで近づいてきている。

 

 その馬車の御者席で案内人(杏珠)殿が左手に遠眼鏡をもって振り回しながら大声でなにか喚いていた。

 どうやら急げと言ってるらしい。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「獣人・人族間の条約により、獣人族男性の保護義務は種族を問わず居合わせた獣人側にあることはご存知ですよね?」

 

「もちろん承知している」

 

 姫様がしかめっ面で答える。

 

「では只今よりこの男性は私の保護下に入ります。そしてやむを得ない場合を除きそちらとの接触を禁じます」

 

「……どうも誤解があるようだが」

 

「どのような?」

 

 私の男の子が案内人に抱きしめられてしまっている。

 

「だから、さっき説明したようにこの飛竜に追われていたのがその男の子なのだ。それで飛竜の体当たりを受けたその子が深刻な怪我をしていないか診ていただけだ」

 

「裸に剥いて?」

 

「必要なことだ」

 

「抱きついて?」

 

「……ひ、必要なことだ」

 

 姫様が吃りながら私を睨みつけている。

 

 案内人が男の子の胸についた私の唾液の跡を指ですくい取った。

 

「舐め回して?」

 

「それは不可抗力です」

 

 思わず横から口を出してしまった。だって仕方がなかったのだ。

 だけど言った瞬間、姫様にぶん殴られてもう一度草原を転がる羽目になった。

 

「すいませんでした」

 

 姫様が頭を下げてしまった。不可抗力なのに。

 

 

 

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