下半身に残っている昨夜の甘美な過ちを思い返しながら、朝餉の準備を義母と共に進めるキッチンに立っているのは、風薫る皐月の佳き日に結婚した僅か3か月の新妻。
旧盆のお墓参りと親族一同に対しての挨拶のために、夫(邦彦)の実家に帰省していた涼音。
コト、コトッ
と鍋が噴き上がる音。
「ホラッ、涼音さんお鍋が沸騰していますよ」
義母から注意を受け我に返った涼音。
彼女は幼い時からの癖を思い返していた。
常に何かに頼って過ごしてきた幼少時代。涼音も例外ではなかった。
「ママ、イッテキマチュ」
と元気に涼音が、玄関で見送ってくれている母に挨拶をして向かうのは、家から見える保育園。
保育園で昼食を頂いた涼音は、個人の持ち物が入れてある棚から、使い古され汚れているようなバスタオルを取り出した。
右手に持ち、引きずるようにヨイショヨイショと、よちよち歩きで進む。
昼寝の為に敷かれている布団の傍まで苦労して運び終われば、布団の上にゴロン。
「せんせい。おやすみなさい」
涼音は苦労して運んできたバスタオルの角を紅葉のような愛らしい手で掴むと、スヤスヤと眠りにおちる。
これは涼音の癖で、バスタオルが傍になければ安心して眠りに就けなかった。
この癖は中学になっても続き、高校生になると電源が切られていても、携帯が無ければ不安で眠られなかった。
成人した涼音が邦彦と巡り合えば、いつも彼のカラダを後方から抱き締め眠りについていた。
幼少時代から成人しても、何かに手を委ねていなければ眠れない涼音だった。
そのことに気づいた母が、涼音を連れて心療内科を訪ねれば、よくあることだと診察をしてもらった医者から言われ、安堵して帰宅する有様だった。
このような癖は結婚後も治らなかったし、涼音は治す気もなかった。
旧盆の八月。邦彦が3連休の休暇を取ると、一日目の13日は涼音の実家に一泊すると次の日は邦彦の実家に向かった。
初日に涼音の実家に向かったのは、生活の拠点としているところから遠方にあったために、先に先祖の墓参りを済ませ、邦彦の実家を後回しにしたのだった。
予定では邦彦の実家に、14日と15日の連泊になる。
「ただいまー」
邦彦が玄関の扉を開ければ、奥から飛び出してきたのが義母。おっとり刀でやって来たのが義父。
ご無沙汰の挨拶を済ますまでは客人として奥の座敷に通された。
10畳の座敷には床の間と仏間がしつらえてある。
チ~ン
何はともあれ、邦彦と涼音は仏間に据えられている高さ1.5メートル幅が50センチほどのお仏壇に手を合わせ、お線香を焚き再び手を合わせるふたり。
床の間を背にした上座に座られている義父に向かい、邦彦と涼音がそろってご無沙汰の挨拶を済ませば一連の行事は終了した。
あとは夕餉の飲食を待つだけだが・・・
新妻の涼音はそうはいかない。
夫の邦彦は長男。跡取り息子なのである。
当然のように跡取り息子の嫁としては、尻を据えた客人面は出来ない。義母と共に台所に立ち夕餉の準備をしなければならない。
4人の食卓のはずなのだが、準備している夕餉における惣菜の量は半端ない。溢れそうになるくらいに盛られている大皿が3皿。
こんなに食べるのかなぁ・・・
と怪訝な顔をしている涼音に気づいた義母。
「お客さんが見えますからね・・・」
実家は本家株。跡取りの息子が帰省していると知れば、分家の者が押しかけてくるらしい。
「お~い。邦彦が帰って来ているらしいなぁ」
玄関がガラッと開いた音がすれば、義母の話が止まぬ間に押しかけて来た分家。
分家、邦彦、そして義父の楽しそうな笑い声のなかで義母と台所に立っていた涼音。
「奥さ~ん、お邪魔になりました。若奥さんも・・・失礼します」
訪ねてきた分家が重い腰を上げてから始まった家族の夕餉。
アルコールに強くない邦彦はすでに酩酊気味。
口元は妖しく呂律も危なっかしい。
「俺、風呂にいってくるわ」
立ち上がれば、義母が用意していたのは新品のパジャマ。
実家では初めての帰省となれば、下着からパジャマで新しいモノが用意されていた。
「さあさぁ、涼音さんもどうぞ・・・」
義母と義父から勧められ飲むビール。
邦彦は風呂から上がって来ると、涼音を置き去りにし用意されている寝間へと向かった。
義父と義母が仲良く日本酒の盃を酌み交わしている間に風呂へ向かった涼音。
「涼音さん、ここに置いておくからね」
涼音が湯につかっていると脱衣場から義母の声。
彼女にも真新しい寝間着が用意されているようだ。
何から何まで本家は大変ねぇ
と、涼音は豊かな乳房を湯から浮かし呟いていた。
「まっ!」
湯舟からあがった涼音は脱衣場の棚に置かれている寝間着をみて絶句した。
義母なりの心遣いだろうが、それにしては薄すぎる夜着の布地。
それでも袖を通してみた涼音は、傍にあった姿見で恰好を写した。
「あらっ、大丈夫みたいね」
布地は薄くても、照明さえあれば夜着は光を反射し、体の線は浮き上がらせないように工夫されていた。
せっかくに義母が用意してくれた夜着。
涼音は袖を通すと、義父たちが盃を酌み交わしている部屋へ戻った。
「お先に使わせてもらいました」
挨拶すれば、義父と義母は仲良く風呂へと向かった。
ここでも邦彦が言っていた夫婦仲の良さを観たのだった。
涼音は義父と義母が風呂から上がって来るまでの間に、用済みとなった食器の洗浄に取り掛かった。
「あ~、いい湯だった」
声が聞こえふり返れば、義母も色違いだが涼音と同じ夜着。
義父にも目をやれば邦彦と同じパジャマ。
「涼音さん、着てくれてありがとう」
義母の声。
「よく似合っとるぞ」
義父の声。
「ありがとうございます」
と涼音は返す。
それからまた風呂上がりのビールを勧められた涼音。
断れずに3人でビールを・・・。
「さあ・・・。寝ましょうかね」
重い腰を上げた3人はおぼつかない足元。
つづく
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