花咲川商店街の街灯や店先に南瓜の飾りが並べられている。そこだけまるで異国のような雰囲気が包む、あこはそんなハロウィンの街並みをぶらついていた。街ではあちらこちらで商店街の子どもたちが簡単な仮装をして籠を持ってお菓子をねだり、歩き回っている。
「ふっふっふっ……狂乱の亡霊たちよ、我が魔力を以って……、うーん、何か違うなぁ」
例に漏れず、あこもお菓子を貰おうとこうして街を回っているのだが、どうやらあこの意識はお菓子を貰うことには向いておらず、いかにカッコよく、心躍るような言い回しで『Trick or Treat』を言うことに向いているらしい。
「うーん、こんなときりんりんが居てくれたらなぁ」
純粋に『Trick or Treat』と言うだけではやはりこの雰囲気を楽しむことにはならないらしく、どうしてもしっくりとくる表現を、とあこは考えあぐねていた。燐子にお菓子を貰いに行った際も、あこは考えに考えて臨んだのだ。
『りんりんよ……我に天の裁きを……、悪魔の導きを!』
『あこちゃん……それじゃダメじゃないかな……』
と、まぁ、こんな風に冷静なツッコミを入れられてしまった始末であった。それでも燐子はその慈悲でちゃんとお菓子を施して、あこはそれだけで満足して帰ってしまったのだが、後になってよくよく考えるとやはり考えた誘い文句は上手くいかずに、それでまた落ち込んでいたのだった。
「はぁ……、……よしっ、今食べちゃおー!」
燐子が渡したお菓子は巾着のようなものに包まれていて、中身がすぐには分からなかった。紐をゆっくり解くと、中からゴロゴロと数個の包み紙に包まれた塊が姿を現した。
「これは……チョコレート?」
チョコレート、と一口にいってもあまり見かけないような、細い線で造形のなされたチョコレート。その包み紙も何やらあこにとっては見慣れない記号の書かれた、まさに心をくすぐられるようなチョコレートだった。
「お、美味しそうっ! いただきまーす!」
道端に座り込んだあこは大きく口を開けてパクりと一口。舌触りがとても艶々として滑らかなチョコレートはミルク味で、蕩けるように甘さが口いっぱいに広がった。
「ん〜!」
声にならないような妙味を噛み締める。口の中で少し溶けて柔らかくなったチョコレートをあこが舌で押しつぶすと、チョコレートの中からはどろりとしたものが流れでる。最初はチョコに混じって甘みを含んでいたのだが、やがて味がはっきりしてくると、その味と匂いは今まで体感したことのないような高揚感と、ツンと鼻をつくような香りがした。
「んん〜?」
それでもどこかほんのり甘いミルクチョコレートの後味があこの舌には残り続ける。一度その上品な甘さは覚えてしまうと、また一つ、と食べたくなってしまうような、適度な甘さ。少し甘さが強く感じられても、その中の液体と混ざり合えばちょうど中和されて程よい甘さになっていた。
あこがその巾着に手を入れると、幸いにもまだチョコは中に一杯残っていた。
「えへへ、もうちょっと食べちゃお〜」
その手は止めようとしても止まらない。まるでその後に起こる出来事が、不可避であるとでも言うかのように。
「甘くておいしいけど、なんだったのかなぁ」
あこが座り込んでから少し経ったあと、気がつけば巾着の中に入れられていたチョコレートは全てあこの口の中へと消えていた。心赴くままにチョコレートを摘んでいると、残り一個になった時にようやく気が付いたのだが、そのまま残しても仕方がないと全部食べてしまったのだ。
だが、先ほどとは明確に違うことはチョコがないことだけではなく、あこの両頬はまるで熱を発するかのように紅潮していた。きっと、あこの体自体も幾分か熱くなっていたかもしれないが、それに気がつくことができるほどの余裕もなかったし、言うまでもなくその頬の火照りに気づくことなど到底できない。
「そろそろ、立とうかな、っとと」
あこは立ち上がろうと足に力を入れて踏ん張るが、どうにも力がうまく入らず、背中を預けていた壁に手をついて、ようやく立ち上がることができた。だが、立ち上がると先ほどよりももっと強い浮遊感があこを襲った。
「あれぇ、ふわふわする……」
そんな違和感を覚えつつも、このまま座り込んでいるわけにもいかないのであこはゆっくりと帰る方角へと目を向けた。ちょうどその時だった。
「あれ〜! あこちゃん! ハッピーハロウィン!」
少し遠くの方から現れたのはひまりだった。現れたといってもそこまで人通りもなかったせいか、あこのほうからでもその姿は容易に見つけることができた。ひまりは駆け寄ってきたが、あまりあこからの反応は芳しくなかった。
「あれ? あこちゃん大丈夫?」
ひまりからはむしろ普段のあこの元気さがなくなったのかと、心配してあこの顔を覗き込む。だが、たまたまあこの顔が暗がりになっていたせいか、その顔の紅潮には気づくことができなかった。あこの鼻腔をついたのは、ほのかに残ったアルコールの匂いと、ひまりからほんの少しだけ漂う匂いだった。
「あれ、ひーちゃん? あっ!」
辛うじて視界にはっきりと見えた茶色のバスケット。まるで条件反射のようにあこはその言葉を口にする。
「トリックオアトリート! ひーちゃん!」
「あっ……ごめんねあこちゃん、ついさっき全部お菓子あげちゃって……」
罰の悪そうに視線を逸らすひまり。けれど、ないものはないので、どうしようかと彼女なりには悩んでいるらしかった。
「え〜あこかなしいです〜」
「えぇ、そのごめんね?」
まるで限界が来たかのようにふらつくあこ。それは少しだけ離れて立っていたひまりに寄り掛かるようであった。
「お菓子くれないと〜わかりますよね?」
「えっ、その、えっ?」
突然のことに驚くひまり。それもそのはず、ひまりの方を見上げるあこの顔は夕陽に照らされたせいか、さらに赤く、赤く、染まって見えた。
「えっ、きゃっ」
あこの手に強く引かれる。先程まであこが座り込んでいたすぐ横の路地に、ひまりは連れ込まれた。それはさながらその路地の裏に潜む魔物が2人を誘っているようであった。
「どうなるか、わかりますかぁ〜?」
「えっ、あ、あこちゃん?!」
急に雰囲気を変えたあこに驚いて壁によりかかったひまり。そのひまりにしなだれかかるようにあこが壁に手をついた。あこの身長が低かろうと、ひまりの身長もそれほど高くなく、さらに倒れかかるようにして寄りかかっているせいか、ひまりの顔のすぐ触れられるほどの距離には、その顔に似つかわしくない艶美なオーラを纏ったあこがいた。
「い・た・ず・ら♡」
「えっ……んんっ?!」
あこはお菓子をくれなかったひまりへの、ほんのちょっとの意地悪な心でそんな悪戯をしようとしたのかもしれないが、路地裏の悪魔に導かれるように、あこの火照りと衝動はそんなほんのちょっと悪戯では抑えられないほどに大きなものになっていた。
人通りが引き始めて静かになり始めた街並み、それのさらに奥の路地裏の静かな空間に、2人の少女が織りなすとは思えない水音が響く。
片や色恋に身をおとした、乙女にならんとする少女の喘ぎの声、片や禁忌の果実を口にして、小悪魔にならんとする少女の幼き声。だが、それらが絡みあって生まれる音は淫靡で恍惚な音楽を奏でていた。
「んっ……んちゅ……ぷはっ、あこちゃん……?」
「えへへ、おかしくれないんですもんねぇ」
恋焦がれる少女はその小悪魔の発する毒のような匂いにあてられて、その力を失い始めていた。足がガクガクと、舌と舌を絡め合う情熱の快楽の味を知って、体が崩れ落ちていく。気がつけば腰は既に地についていて、それを追うように、一時はその絡まりを解いたあこも、獲物を捕まえたとばかりにひまりの上に乗り上げた。あこの年相応の細く、それでいてしっかりとした指がひまりの首筋を這って、ひまりの僅かに幼さを残す頬を包んだ。
「どんないたずらしようかなぁ?」
「ま、まってあこちゃん、んんっ?!」
ひまりがすんでのところで抵抗を試みるも、馬乗りになった小悪魔の暴走を止めるリードはなく、無防備になった唇も、舌も、口の中全てを飲み込まれる。
押し倒されて乱れた服に気がついたあこは、またもや何かを思いついたように、ひまりの耳たぶを少し舐めて、そのまま口を近づけて囁いた。
「ひーちゃんのここって大きいよねぇ」
「えっ、だめっ」
言葉を紡ぐ間すら与えられず、ひまりの息をする自由は全てその小悪魔に奪われる。だが、その小悪魔の持つ魔力は、抵抗虚しくもひまりの理性を刈り取っていた。
「あっ……そこっ」
偶然胸元を開いた服を着ていたのは幸か不幸か、大きく乱れて露わになった下着をずらし、あこは欲望のままにそのたわわに実った果実を揉みしだく。たまに指が掠める敏感な部分が、さらにひまりを狂わせた。
「ここぉ〜?」
あこが力を入れて下着をずらした。勢いよく飛び出たその果実は全て晒されて、ピンと張った乳房の先が現れた。発情の味を覚えた小悪魔はそれを。
「ひぁあっ?!」
「えへへ、ひーちゃんここ弱いのぉ〜?」
ただ指先で突くのみならず、その危険な舌で舐め始めた。かつて経験したことのない劣情の高まりに、ひまりはもはや喘ぎをあげることしかできない。それがさらにこの小悪魔を喜ばせることになるとは知らずに。
「あひぃ……あっあっ……ひゃぁああ?!」
あまりに刺激を加え続けられたせいか、何度目かもわからぬ口付けでひまりは大きく体を飛び跳ねさせた。ひまりの両足はだらしなく広げられて、ひまりのもう一つの聖域が小悪魔の前に献上される。
「ふっふっふっ、我にここも支配されたいのだなぁ?」
「へ……? ひっひあっ、ああ?!」
それは供物そのものだった。ひまりの段違いの反応の良さに、その小悪魔はさらに味を占めてしまったのだ。
「あ、あこちゃ……だ、め……」
「……とりっく、おあ?」
「とりー……ひゃぁあああ?!?!」
下着の上からでもわかる、その割れたすじを、あこは残酷にも擦り上げた。そのような知識が薄いあこだったからこそ、ひまりは悪魔に見出されたのかもしれない。すでに十分すぎるほどの湿り気を得ていたそのひまりの守る最後の聖域は、そんな残酷な仕打ちで、堕ちた。
「んんっ……んあっ、んっんっ……」
あこによって塞がれた口から漏れる喘ぎはその色香を失ってはいない。それどころか、ひまりが自由に動かせたはずの右手も。
「んあっ、あっ、あひっ」
自らの、使い物にならなくなったショーツに差し入れて、堕落の味を貪っていた。すでに口元より響く水音よりも、ひまりが下から響かせるさらに卑猥な水音の方が大きいかもしれない。あこが舌と乳房を犯すだけでは飽き足らず、ひまりは最早自分でも快楽を得ないと満足できなくなってしまったのだった。
悪魔に魅入られた少女は、自らその身を色欲に落とす。
悪魔に魅入られた小悪魔は、人々に情欲の呪いをかけた。
「あっ、ひっ、いくぅぅっっ?!」
小悪魔たちの織りなす狂宴は欲望の調べを魔界へと派手に轟かせた。
「……はぁ、はぁ」
次にひまりが気がついたのは、すでに陽が沈んだ後だった。自分の膝に倒れ込んでいるあこの乱れた姿は、先程までの宴が現実であったことを否応なくひまりに突きつけてきた。
「……はぁ、なんで私……」
ひまりは、つい先程までの自分の姿を思い出す。
『あこちゃんっ、すきっ、すきぃっ』
『えへへ……あこもひーちゃん大好きだよっ』
目の前でひまりに愛を囁くあこが、小悪魔などには、ひまりにはとても思えなかった。その小悪魔が自分に微笑みかけたのだとも。
「……ひーちゃん……すき……」
「わっ……、……えへへ」
急に聞こえてきた声の主は、膝の上で眠りこける悪魔の使い。そんな小悪魔の微かな温もり。唐突にできた小悪魔の恋人も悪くないと思うひまりなのであった。
「おーい、あこちゃーーーん!」
「あれぇ、ひーちゃん、おはよう!」
明くる日、宇田川家の前ではひまりが待ち構えていた。勿論待っているのは巴ではなかった。
「あこちゃん! ぎゅーーー!」
「わわっ、えっ、えっ?」
困惑するあこをよそにひまりはその抱擁を緩めようとはしない。
「えっ、ひーちゃんどうしたのっ?」
「えっ、だって恋人だからー、おはようのハグだなんて……きゃー!!」
恋人なのだから、と言われるあこだが、当のあこにはそんな記憶、微かにしか残っておらず、そういえばお菓子もらって、告白をしたような、そんな気がする、程度の記憶しかなかった。まるで幻。妖に化かされた、そんなふうに思っても仕方がなかった。しかし。
「うーん、……まぁいっか!」
路地裏の悪魔は、小悪魔を導くのだ。天の裁きに従って。