「いつからだったかな」
いよいよ冬は厳しくなって、陽が沈むのも早くなってきた頃だった。Afterglowの5人でいつも眺めた夕陽は変わらず蘭の遠く向こうにいつも通りに佇んでいる。けれど今日の夕陽ももうすぐ沈む、毎日変わらずに昇って沈んでを繰り返すのが太陽だから。きっと今日沈んだこの夕陽も明日になったらまた同じように昇って沈もうとするのだろう。
しかし、こうやって夕陽が昇って沈む、ということは時がまた刻一刻と経っているということを意味することに相違なかった。前まではこうやって太陽の沈むような時間までこうやって大好きな屋上にいても肌寒さを感じることなど、蘭には無かったはずなのに。もう今年度も終わりに入ろうとしているこの時期には、とても寒くて長居しようとは思えないほどだった。
そして何よりも、この屋上は時間が経ってしまったという現実を嫌と言うほどに蘭に突きつけてきたのだ。
「……はぁ」
最近はというものの、蘭はため息ばかりつくようになっていた。それはふとした疲れか、それとも臆病で素直になれない自分への失望か。
ライブハウスで舞台袖からあの歌姫の歌声を聴いて以来、無意識のうちに蘭は彼女を越えようとしていた。越えようとしても越え方すら分からないような高く反り立つ壁。
そんな越えるべき目標だった青薔薇の歌姫への想い。そんな密かに抱いた憧れはいつしか明かすことの出来ない情念に変わっていた。けれども、そんな自分をどこか認めることが出来なくて、そんなわけないと、ただツンケンとして接してしまうことになっていたのだが、そんな葛藤もいよいよ無駄になろうとしていた。
「なんでだろ」
幾ら考えても、どうしようもないとまたため息をこぼす蘭に一陣の風が戦ぐ。冷たさを含んだ冬のさすらい。蘭は、そんな風に煽り立てられるように、もう二度と戻ってこない過去を嘆きながら帰宅の途につくのだった。
時を同じくして、そんな華の少女が恋患う先、青薔薇の歌姫は暗がりの道を歩いていた。細い路地を吹き抜けてゆく風は痛みを感じるほどの冷たさで熱を奪って去ってゆく。こんな時期にもなってしまえば、3年生となった友希那はもう既に自由登校になっていて、基本的にはこうやって羽丘を訪れることも用事がなければないはずだった。
しかし、今日の友希那は別段用事があって学校に行ったわけでも無かった。別に先生たちから呼び出されたなんてこともないし、リサに誘われたわけでもない。ただ、気がつけば足が向いていた、それだけのことだった。偶然と、己の心に淡い期待を持って、今日も学校に向かったのだ。
「……馬鹿みたい」
自分を嘲笑するように空を見上げた。先程までは赤みを帯びていた空は既に黒ずみ始めていて、もう夜になってしまうのかという寂寥感を抱かせた。
あくまでも高校3年生が自由登校となるだけで1年生と2年生は通常通り授業を受けて、お昼ご飯を食べて、放課後で各々の青春を謳歌する。だからきっと……。そんな儚い期待だけを胸に、友希那は学校に向かって、そして、あえなくそんな期待を抱いたことに後悔していたのだった。
「……美竹蘭」
最初は、出会った頃は突っかかってくる可愛げのない後輩。せいぜいそんな程度の認識だった。だが、そんな張り合いがいつのまにか友希那の闘争心に火をつけていて、それは時間をかけて、もっとぐちゃぐちゃとしていった。こんなにも意識してしまうのはライバルだと思い込んでいるからなのか、はたまた別の感情なのか、それは私にも断言することは出来なかった。……いや、断言することが、怖かった。
ひゅるりと、またもや風が吹き抜けていく。こんな感情に悩みを持ったって仕方がないのに、なんて嘲りを繰り返しながら、力なく今日も家へと帰る。ただ無常に時間だけが過ぎてゆき、それは友希那の心の傷を無意識に抉るだけなのだった。
チャイムの音が学校中に響き渡る。友希那のいる屋上にも、そんな轟音は届いていて、友希那はフェンスへともたれかかった。
「……この音を聞くのも、あと数回、かしら」
これまで思い思いに生きてきたこの学舎との別れともすぐそこだった。といっても友希那にも別にこれといってこの校舎に思い入れがあるわけではなかった。もしも学舎が生徒それぞれの青春の舞台だとすれば、この歌姫に似つかわしい場所はもっと大きな舞台であったに違いない。それがこの歌姫にとっての青春であった。
「青春……」
音楽というものに囚われ続けて、けれど、仲間と出会って音楽と向き合えるようになった。きっとこれからも友希那は音楽というものと付き合い続けるのだろう。それは本人もそのつもりでいたし、何よりも周りもきっとそれを望んでいるだろう。
だから、そんな礎を築けたことで、友希那にとってこの青春には後悔はなかった。たった一つのことを除いては。
「……美竹さん」
「……えっ」
「……えっ?」
友希那が菱形に区切られた空を見上げて呟いたすぐ後に、その背後から声が響いた。低い声に驚いた友希那はすぐに振り返った。その声の主は、まさに今呟き、まさに今思い浮かべていた人物そのものだった。
「えっと……お疲れ様です。こんなところで何してるんですか?」
「……あら、美竹さんこそ、どうして屋上なんかに来ているのかしら」
よくよく考えてみると、先程授業開始のチャイムが響いたと言うことは、今は授業時間であるに違いなかった。友希那はまだしも、蘭がここにいると言うことは授業に蘭が出ていないことを意味していた。
「それは……その」
蘭にとっては授業を抜け出すことなどままあることなので、ある意味ではいつも通りなのだが、思いがけずに友希那と会ってしまったことで、蘭の頭の中は一気に真っ白になってしまったのだった。
そんな何も答えられない蘭を見た友希那は視線をフェンスの外へと戻す。友希那も表向きこそ平常を装っているように見えるが、実際はそんなことなく、突如姿を現した蘭に困惑していた。ずっと今まで彼女なりのイメージトレーニングはしていたはずだが、それでも突然出会うと話そうとしていたことも全て頭から抜け落ちてしまっていた。
「えっと……、そういえば、明日、ですね」
「……明日?」
「その、……卒業式」
「……そうね」
時が経つのはやはり早いもので、それは2人とも痛いほどに承知していた。残された時間が僅かだということも十分に理解していた。だが、今まで2人が築き上げてきたものが、2人の間を阻んでいた。
「……まぁ、その、おめでとうございます」
「えぇ、どうもありがとう……」
2人の間を飛び交う言葉は少ない。感謝の言葉以外に友希那も返す言葉は思い付かないようで、やはり視線は蘭の方へは向けられなかった。
「……用事は、それだけかしら」
友希那が辛うじて絞り出した言葉も、蘭は口を開くことができなかった。
「……そう」
友希那も、また、臆病だった。音楽にかける想いはきっと誰にも負けることはないだろう。しかし、思いの丈を振り絞れるほどの心の強さが、何故か友希那にはなかった。
寒空の下の屋上は静寂だけに支配された。もはや一つの音を鳴らすことすらも憚られるほどの静けさだった。
また明日がある、そう自分に言い聞かせるようにして、友希那はフェンスにもたれるのをやめた。
こつ、こつ、という足音だけが徐々に太陽の沈みつつある空へと消えていく。やがて、友希那は蘭の横を通り過ぎて、下り階段の方へと歩こうとしていた。
「待って」
「……え?」
そんな友希那を呼び止めたのは、蘭だった。僅かにうわずった、震え声。けど、静寂の間には十分すぎるほどの、力強い声だった。
「……その」
蘭も、言わなければいけないことは分かっていた。分かっていたけれど、それを言葉にする勇気がなかった。
……だが、蘭の心の中で大きくなった感情は、抑えられることは出来なかった。
「……美竹さん? 何か……、っ?!」
「ん……」
静寂を破る音が響く。されど、静かに、静かに、その契りは交わされた。時が止まったように、静かな契りであった。
「んっ……はぁ、……美竹さん?」
静寂を打ち破った不意打ちの契りによって、蘭は枷から解き放たれた。もはや、彼女が想いを打ち明けることを止めるものはなかった。
「湊さん、私……ずっと、湊さんのことが好きでした。音楽に直向きに打ち込み、妥協を許さず頂点を目指し続ける……、そんな姿が、憧れでした」
「……美竹さん」
蘭は、ようやく伝えることができた安堵と、そして伝えてしまったことの不安で揺れていた。もしも拒絶されたら、そんな悪い予感が蘭の頭をよぎった。けれど、もはやこの2人が惹かれ合うことは運命であった。
「……私も、あなたの仲間と共に自分たちの音楽を作り上げるところ、素晴らしいと思うわ。Roseliaにはない魅力を生み出すあなたこそ、私にとってライバルだったわ」
「湊さん……」
「私にとってのあなたはいつしかライバルから気になる存在に変わったわ。……この気持ちを、言葉にするなら……」
屋上に吹く風の流れが止まる。
「……好きよ、美竹さん。あなたのことが、……好き」
先程は離れようとしていた友希那の腕が伸びる。伸びた指先は蘭の頬を捕らえた。今度は突然の接吻ではなく、互いが望み合った接吻であった。……いや、これらはきっと、ずっと本心では願っていたのに意地を張ってしまって得ることのできなかった互いの望みなのだ。
「んんっ……んはぁ」
「……ごめんなさい、もう我慢できないわ」
「……へ」
待ち望んでいたキスの雨で蕩けてしまった蘭は、そんな惚けた様子のまま友希那へ視線を向けた。屋上のフェンスに背中を向けるように設置されているベンチに座らせられて、蘭のあどけなさの残る唇はまた食べられることになった。
「んんっ?! んんっ、んあっ……」
いつもの澄ましたような蘭からは想像もつかないような甘く蕩ける声に、友希那の興奮は最高潮に高まっていた。友希那の白く細い指は、スカートを捲り上げて、蘭の発情を示す花園にまで到達した。
「んあっ……ダメっ、です……」
「美竹さんの反応が可愛すぎるのが悪いのよ」
口では抵抗の言葉を嘯きつつも、蘭はその体を全て友希那に委ねて、抱擁でその幸せを享受しようとしていた。しかし、蘭にとっては、それでもまだ足りなかったのだ。
「……ふふ、美竹さん、……そんなに色っぽい声を出せるのね」
「あぁっ……だって」
弄ばれた結果、もはや使い物にならなくなったショーツからは色情の匂いが立ち込め、2人の間に漂っていた。
「……湊さん」
「……蘭」
「え?」
「蘭って……んっ、呼んでください……」
そんな微かな儚さを含んだおねだりは友希那の心をさらに鷲掴みにした。
「ふふ、……可愛いのね、蘭」
「んあっ……湊、さんっ……」
「……あら、湊?」
「んんっ、あっ、友希那っ、しぇんぱい……」
「よく言えました……」
まるで赤子をあやすように蘭を手玉に取っていく友希那。すでに蘭の口の奥から、膣の奥まで、全て友希那のものへと、染められていた。
「ひあっ、ゆきなっ、あっ、せんぱっひぃ」
「蘭、もっとおかしく、狂いなさいっ」
「あっあっ、きすっ」
キスを強請る蘭の瑞々しい唇を奪って、友希那はトドメを刺した。
「んんっ、んあっ、んんっっ?!」
びくり、びくりと、跳ね上がって脱力した蘭の体を友希那は慈愛で包んだ。先程まで鬼畜なほどに蘭の秘所を責め立てていたはずの指は、優しく蘭のメッシュの入った髪を撫でていた。
「ゆきな……しぇんぱい……」
「……ふふっ、蘭……」
今度は貪るような激しいキスではなく、温もりに満ちた静かなキスだった。とろけるような音が2人の間をこだました。
……しかし、そんな穏やかなキスをしていた蘭は、急にその舌を友希那の口腔へと忍び込ませた。
「んんっ?!」
「……ふふっ、友希那先輩も、……一緒におかしくなりませんか?」
「なんのこ……んんっ、んはぁ」
暴れる舌が友希那の口の中を犯し続ける。それどころか、優雅に座られるべきベンチの上へと、友希那は押し倒されていた。蘭は友希那の脱力して開かれた股の間へと指を這わせた。
「ひぅっ、まって、らんっ」
「先輩も、とても可愛いですよ」
「んあっ、そんにゃらんっ、んんっ……」
もはや見なくとも、興奮していることが丸わかりだった。まるで先ほどまでのお返しと言わんばかりに、蘭の指は、挟んで、擦って、揉み解すように、友希那のクリトリスを責め立てた。口から漏れ出る嬌声も、蘭の口によって行き場を失った。
「んんっ、んあっあっあっ、んあぁぁ……」
「んちゅっ、……先輩も、そんなエッチな声、出せるんですね」
「だってっ」
「ますます好きになりました」
「蘭? んああっ、あんっ、あぁっ?!」
クリトリスのみならず、膣内まで、友希那の性感帯という性感帯を悉く責め立てる。すでに友希那の声からは普段の凛としたRoseliaの声色は失われていた。それはただの1人の発情したオンナの愛の産声だった。
「んひっ、りゃん、だめぇ」
「ふふっ、一緒におかしくなりましょう、……友希那」
「あっ、んひっ、んあぁぁっ?!」
耳元で囁かれる愛の声。そんな愛の声に狂わされたのは紛れもない青薔薇の歌姫だった。そんな2人の奏でる狂想曲は赤らんだ空へと響き続ける。
フェンスの向こう側では、いつも通りの夕陽が沈んでゆく。
翌日、式典が終わり、蘭は屋上のベンチで空を見上げていた。ガチャリ、という鈍い音が向こうから聞こえてくる。
「……あら、奇遇ね」
「ええ、本当に、奇遇ですね」
やはり2人の間に交わされる言葉数は少ない。けれど、互いの目線はしっかりと重なっていた。
「……卒業、おめでとうございます」
「……ふふ、えぇ……ありがとう」
2人の少女は、惜別の涙を流しつつも、僅かながらに笑みを浮かべる。送り出す者は溢れんばかりの涙をこぼし、送り出される者はなんとか堪え、笑顔に努めていた。それらは、まるでこれまで素直になれなかった過去を清算するように。
狂い咲く青薔薇の歌姫に、紅く染まった情熱の薔薇が添えられた。熱く燃える口づけと共に。