「だから最後は一人になった(夫)たった一人の男の犠牲の上に成り立つ、皆の幸せは、ここから始まっ た」 作:木桜 春雨
日本に帰る必要はないと言われて、その言葉が現実のものとは思えなくて孝史は相手を見つめた。
説明だけすると、見知らぬ相手は部屋を出ていった。
鍵をかけられて閉じこめられたのではと、そんな事を考えたのは一瞬だった。
しばらくして我に返り、状況を理解しようとしたが、何故、自分がこんな目に遭うのか理由がわからなかった。
ここがどこなのかもわからない、部屋、家の外に出ると見慣れない外観と景色で住人らしき人間は最初人間だと思った
が、言葉が通じない、上海ではないのか、住人たちは最初、日本人に見えたが違うようだ。
京介に会いたいと思った、しかし、あの日以来、一度も会えずにいた、だが、彼なら事情を知っている筈だ。
食事は三度デリバリーで届けられるが、配達人と言葉を交わす事ができず困ってしまった、しかし、相手が日本語をわからない、理解できないのでは仕方ない。
「久しぶりだな」
その日、訪ねてきた友人の姿を見て孝史は驚くというよりも腹を立てて怒鳴りつけた。
理由を説明しろと大声で叫んだが、返ってきたのは復讐という簡単な一言だった。
「大学にいたときから色々とやっていただろう、女を騙して、だけど、男にも恨まれていたんだな、びっくりだよ」
恋人を寝取られた男もいたんだ、その言葉に無言になってしまった。
「世間では、おまえは死んだことになっているんだ」
「まさか、俺はこうして、顔こそ」
言いかけて黙りこんでしまったのは相手の顔を見たから、だがそれだけではない。
どうやって証明するんだと言われて、言葉を失った。
「これから先、あの女と一緒に生きていくんだ、いや、飼われるといったほうがいいかな」
何か言おうとして黙りこんでしまったのは、ここ数日の生活を思い出したからだ。
「美人と一緒だ、いいだろ」
「俺は結婚している、帰りも待っている筈だ、妻も」
すると、話を聞いていなかったのかと真面目な顔で友人は言った。
死亡届は役所で受理されている、そして人生を新しくやり直そうとしているんだ、おまえの奥さんは。
「結婚するって、先週、食事に呼ばれたんだよ、勿論、相手も」
冗談だろう、そう言いかけたが、相手の顔を見て黙ってしまった。
それというのも淡々と話す口調が、冗談、嘘を言っている感じではなかったからだ。
おまえが死んで半年はたっているんだ十分だろうと言われて混乱した。
目が覚めてから、ここで過ごしていたが、そんなにもたっているとは思わなかったからだ。
「嘘だ、いや、相手は、今更、他の男なんかに俺に惚れて」
「おまえ、自意識過剰だよ、昔ならともかく、今は少し自惚れがすぎると思わないか」
鏡を見ろよ、その言葉に返事はなかった。
事故に遭って半年がすぎている、世間で自分は死んだことになっている、信じられなかった。
だが、しばらくして訪ねてきた女に、そうよと頷かれてやっと分かったのと言われて事実だと認めざる得なくなった。
「ついでにいうと、父はあなたのせいで自殺に追い込まれたの」
「なんだ、俺のせいだというのか、そんなのは自分の」
「父が亡くなって、あたしの生活は一変したわ、自由と贅沢、ううん、欲しかったものをすべて手放したの」
それは逆恨みじゃないか、だが、その言葉に女は笑うだけだ、そうねと頷いた顔に男も同意した。
「仕方ない、だろう、俺を恨んでもどうしようもない」
自分の事を愛しているんだろうと言われ、女は頷いた。
「だからよ、これから先」
意味がわからなかった、女は笑うだけで答えない。
好きな相手が苦しむ様子を見ていて快感を得るような性癖でもあるのだろうかと思ってしまった。
「結婚している、妻がいるんだ」
だが、知っているわと即答されて、返事の行き場がなくなってしまった。
「写真だけでいいのかい、ドレスぐらい」
男の言葉に女は笑った。
「大事なのは、これからの生活よ」
確かにと男は頷いた、だが、多少の心残りはあるので旅行に行こうと提案した。
女が嬉しそうに笑っている。
あれが自分の妻だった女性なのかと、平凡で、どこにでもいるような女は映像の中で嬉しそうに笑っている。
だが、気になるのは男の存在だ、妻だった彼女と一緒になる男は一体誰なんだ。
知りたい、隣にいた女が耳元で囁いた。
「嘘、だよ、これは偽の映像、作り物だ、美夜は待っている」
「信じられないのね」
可哀想、哀れむような声に含まれている笑いに男は気づかないのは怒りの為かもしれなかった。
「それじゃあ、これを見て、そうしたらあなたもわかるわ」
女はテレビのスイッチを切ると、男を見ながらくすくすと笑った。
今年初の投稿です。
あと少しで終わらせるつもりです。