「だから最後は一人になった(夫)たった一人の男の犠牲の上に成り立つ、皆の幸せは、ここから始まっ た」 作:木桜 春雨
嘘だ、叫びたくなるのを堪えながらも男は目の前の映像から目が離せずにいた。
視線を感じて目を向けると隣にいる女が笑っていた、まるで、昔、見たドラマに出てくる女優のような笑顔だ。
落ち着け、冷静になるんだと自分に言い聞かせる。
「わかった、これは作り物だ、俺を騙そうとしているんだろう」
生身の人間とそっくりの映像など今では珍しくもない、以前、動画サイトで残酷な殺人現場、浮気の修羅場等が公開され、ニュースになったことを思い出した。
だが、それは作られた映像だったことが後日、わかった、映像技術の売り込みをしたいと思った人物の仕業だ。
本来なら警察だけでなく世間をも騒がせたということで罰せられる筈だった、だが、犯人は外国人、日本の法律では処罰も難しい。
しかも複数犯の仕業で海外のサーバーからのアクセス、しかも日本に住んでいない為、うやむやになってしまった。
「嘘だというの、じゃあ、直接、見たらどうかしら」
映像ではなく、自分の目で、ここから出て直接、男の言葉に女は笑いながら頷いた。
「見物させてもらうわ、だって、そっちのほうが楽しいと思うもの」
数日が過ぎた、車と飛行機で移動して、ようやく到着したと付き添いの男から声をかけられたときは、ぐったりと疲れていることに気づいた。
そして、今日、自分を案内してくれるのは友人だった男だ、どうしても自分の目が複雑、疑心暗鬼な視線になってしまうのは無理もない。
ここは日本だ、だが、帰って来たという気持ちにはなれない。
「会社、元の職場に行ってみるか、ツテがあるから」
そう言われて頷きかけたが、首を振った、あれからどれくらいの時間がたっている、数ヶ月、いや、半年、手術で顔は別人だ。
ここに来るまで、怠惰な時間、日々を過ごしていた。
元の顔なら女の方から寄ってきた、だが、別人になってからは、それもない。
いや、何度か、相手から誘いをかけられて、寝た事はあった。
だが、それは全て仕組まれたものだった。
自分の現在の妻におもしろい映画があるから、一緒に見ましょうと誘われて自宅のテレビの前に座ると、そこに移されたのは自分の情事だ。
「女が、こんなことで満足すると思っているのかしら、ねえっ、笑えるでしょう」
「どういうことだ、まさか」
当然じゃない、女はしごく真面目な顔になる。
そこには女から声をかけてきたところから、ホテルに入り、部屋で、全てが映し出されていた。
「頼まれたから引き受けたの」
「あたしもよ、金を払うから、可哀想な男なんだって言われたの」
映像の終わりに相手をした女たちの顔が映し出されて男と寝てどうだったと言われて一言、二言、女達は感想を口にする。
だが、それは期待したものとは大きく違っていた、自分は道化のようだと思わずにはいられなかった。
日本人じゃないから正直なの、気にすることはないわと女から言われて
思わず叫んだ。
「馬鹿にしているのか、俺を」
すると、女は首を振った、自分はあなたの妻なのよと、そして哀れんでいるのよと涙を浮かべた。
そして目を擦り、おかしくてたまらないといいたげに笑い出したのだ。
車から降りて周りを見る、目の前には大きなショッピングモールがある、家族連れやカップルが多いのは色々な施設が並んでいるせいだろう。
「人気があるんだぜ、ここはゲームセンター、大きな映画館もあるから平日の今日だって、結構、人が多いだろ」
「そうだな、それで、ここで会えるってことなのか」
「まあ、中に入ってからだ」
ここで会える、京介の言葉に男は何か言いたげな顔になったのも無理はない、そんな思いが顔に出ていたのだろう、京介は笑った。
以前なら感じる事もなかっただろう、だが、今はわかる、自分を見る目、わずかに開いた口元に浮かぶ笑み、自分を見ている表情全体から感じ
られるもの、それは以前、自分が他人に向けていたものだ。
「ここに来る前に言われた、約束を忘れるな」
「あれっ、もしかして、あのー」
ベンチに座っている女性に、美夜さんと声をかける、顔をあげた女性は驚いたように京介さんと立ち上がると頭を下げた。
そのとき、一人の男が近づいてきた。
「京介君じゃないか」
「お久しぶりです、おじさん、もしかしてデート、ですか」
「デ、デートって、いや、映画を観に来たんだよ」
「だって、お洒落してるじゃないですか」
そう言って女の方に視線を向けながら、羨ましいなあと笑い、二人の男女をいってらっしゃい、楽しんでと見送ると振り返った。
そして、少し離れたところに立っている男に笑いかけた、しっかりと現実を見るんだよと。
一階の広場ワゴンセールでは中古のDVDが売られていた、最近は動画配信も色々とあるので買う人はいないのでは思ったが、やはり好きな人は円盤を買うのだろう、カゴ一杯に買い込んでいる客もいる。
映画を観た後に軽く食事をして、帰ろうかと思ったときにふと気づいて、足を止めたのだ。
「映画館の大きなスクリーンもいいが、自宅だと、時間を気にせず、ゆっくり観ることができる」
「おつまみ、買いましょうか、何がいいです、正幸さん」
男は少し考え、小さく声を漏らした。
「名前を呼ばれるのは、その」
いや、夫婦だからね、男がわずかに伏せていた顔を上げ、行こうかと女に声をかけた、だが、このとき、ある方向に向けた、知らない男が、こちらを、自分達を見ていた事に気づいたからだ。
「――」
「行こうか」
正幸は自分の妻に声をかけ歩き出した、だが、視線を感じながらも振り返る事はしなかった。
書きたい(足りない部分は)あるのですが、次回に書く男性キャラとイメージがだぶってしまうので、ここで一端、締めます。
なろうの方ではこちらとは少し加筆したりしているので、残り2話ぐらいで締めると思います。