「だから最後は一人になった(夫)たった一人の男の犠牲の上に成り立つ、皆の幸せは、ここから始まっ た」 作:木桜 春雨
「式を挙げなくていいのかい」
この歳で今更だと思うが、それは自分の意見だ、しかし、女性側からしたらどうなんだと思ってしまう、それ故に少しは負い目のようなものもあったのかもしれない。
以前の関係を考えると人を呼んで式を挙げるのは、やはりと思ってしまう、だが、籍を入れて人生を、そう決めたからには。
ドレスを着て写真だけでも撮ろうか、だが自分の提案に女は首を振り、旅行に行きたいと笑いながら呟いた。
ああ、いいですねと笑いながら、オザキは正幸の話に頷いた。
報告の為に会うのは久しぶりだ、相手の様子も以前とは違うと思ったのは気のせいだろうか。
「では、こちらで出しましょう、その費用」
「いや、それは」
「ただの旅行とは違います、新婚旅行です、受け取ってください、お祝いとしてね、遠慮されると困るんです、こちらとしては」
何かするのだろうかと思ったが、聞くつもりはなかった、切り捨て、協力すると決めたのだ。
考えているのは先のことだ、少し前なら、こんなことは考えもしなかっただろう、だが、一人ではないの、今は。
「見せてあげたいんです、失ったものをね」
オザキの言葉に返事はなかった。
嘘だと男は叫んだ、消してしまいたいと思ったが、映像から目が離せない、ただ、信じられなかった。
視線を感じて目を向けると隣にいる女が笑っていた、何故か、このとき、昔、見たドラマに出てくる女優の顔を思い出した。
(ああ、似ているんだ)
落ち着け、冷静になるんだと自分に言い聞かせる、何故、似ているなんて思ったんだろう。
「わかった、これは作り物だ、俺を騙そうとしているんだろう」
生身の人間とそっくりの映像など今では珍しくもない、以前、動画サイトで残酷な殺人現場、浮気の修羅場等が公開され、ニュースになったことを思い出した。
後日、映像技術の売り込みをしたいと思った人物の仕業だった、世間を騒がせたがったというのもあるのかもしれない、いや、こんなことができるんだという、技術の売り込みもあってのことか。
本来なら警察、世間をも騒がせたということで罰せられる筈だった、だが、犯人は外国人、日本の法律では処罰も難しい。
それだけではない、複数犯の仕業で海外のサーバーからのアクセス、しかも日本に住んでいない為、うやむやになってしまった。
「じゃあ、これ、聞いてみたら」
スマホから聞こえてくるのは男の遠慮がちな声だ、それに答える女の声は泣き出しそうだ、そして応える男の声、この声は。
(まさか、本当に)
泣いている女が呼ぶのは男の名前だ。
数日が過ぎた、車と飛行機で移動して、ようやく到着したと付き添いの男から声をかけられたときは、ぐったりと疲れていることに気づいた。
そして、今日、自分を案内してくれるのは友人だった男だ、どうしても自分の目が複雑、疑心暗鬼な視線になってしまうのは無理もない。
ここは日本だ、だが、帰って来たという気持ちにはなれない。
「会社、元の職場に行ってみるか、ツテがあるから」
頷きかけたが、首を振った、元の顔なら女の方から寄ってきた、だが、別人になってからは、それもない。
いや、何度か、相手から誘いをかけられて寝た事はあった、だが、全て仕組まれたものだと知ってからは。
現在の妻におもしろい映画があるから、一緒に見ましょうと誘われて自宅のテレビの前に座ると写されたのは自分の情事だ。
女から声をかけてきたところから、ホテルに入り、部屋でのこと、全てが映し出されていた。
「頼まれたから引き受けたの」
「あたしもよ、金を払うから、可哀想な男なんだって言われたの」
映像の終わりに相手をした女たちの顔が映し出されて男と寝てどうだったと言われて一言、二言、感想を口にするが、最後まで聞くことができたのは驚きだ。
日本人じゃないから正直なの、気にすることはないわと女から言われて思わず叫んだ。
馬鹿にされたという思いがあった、だが、女は笑いながら自分はあなたの妻、そして哀れんでいるのよと涙を浮かべながら、おかしくてたまらないといいたげに笑い出し
たのだ。
まるで、道化じゃないかと思ってしまった、同時に思い出した、隣にいる妻の顔をどこかで見たと、似ているんだということを。
車から降りて周りを見る、目の前には大きなショッピングモールがある、今日は平日、昼を過ぎたばかりだが、それでも休日なのかと思うくらいの人混みだ。
「ここはゲームセンター、映画館、アウトレットパーク、なんだってある、だから、平日だって人が多いんだ」
確かに、家族連れだけでなくカップルや制服姿の学生も多い。
ここで会えるという京介の言葉に男は何か言いたげな顔になったのも無理はない。
以前なら感じる事もなかった、だが、今はわかる、自分を見る目、わずかに開いた口元に浮かぶ笑みから表情全体から感じられる、それは以前、自分が他人に向けていた
ものだ。
ベンチに座っている女性に、美夜さんじゃないですかと声をかける、顔をあげた女性は驚いたように京介さんと立ち上がると頭を下げた。
「どうしたんです、こんなところで一人、じゃないですよね」
そのとき、一人の男が近づいてきた。
「京介君じゃないか」
「お久しぶりです、おじさん、そうか、デートですね」
「いや、映画を観に来たんだよ、昔のリメイクをやっているんだ」
「そうなんですか、でも、お洒落してるじゃないですか」
そう言って女の方に視線を向けながら、二人の男女をいってらっしゃい、楽しんでと見送ると振り返り、少し離れたところに立っている男に笑いかけた。
一階の広場ワゴンセールでは中古のDVDが売られていた、最近は動画配信も色々とあるので買う人はいないのでは思ったが、やはり好きな人は円盤を買うのだろう、カゴ一
杯に買い込んでいる客もいる。
映画を観た後に軽く食事をして帰ろうかと思ったときに、男が気づいて足を止めたのだ。
ワゴンの中のDVDを見ていたがしばらくすると、少し離れたところに立っている男が、こちらを見ていることに気づいた。
「――」
正幸は少し離れたところにいる妻に、そろそろ帰ろうかと声をかけ歩き出した、ゆっくりと。
視線を感じる、だが、振り返る事はしなかった。
こちらは、なろうにUpした最終話です。
今回、アルファ、pixivとは別になろうの話は少し変えてあります。
最終話だけ、Upしてみました。