「だから最後は一人になった(夫)たった一人の男の犠牲の上に成り立つ、皆の幸せは、ここから始まっ た」 作:木桜 春雨
ねえっ、孝史、感謝しなさいよ、その言葉を口にするにするときの顔は母親ではなく、女の少し傲慢な顔だと気づいたのは後になってからだ。
だが、感謝しているのは事実だ、子供の頃からずっと周りには大勢の人が自分の周りにはいた。
それはとても心地よくて、自分にとっては必要だった、女性はいつも自分と付き合いたがっていた。
余程の事がない限りは来る者は拒まずという感じで付き合ったりしたが、飽きてしまうのも早かった。
別れるという言葉を口にせずに他の女性と付き合ったりするので、たまにややこしい事になったりするが。
だが、しばらくすると要領よく立ち回れるようになった。
向こうから近づいてくるのだ、浮気しているという自覚はなかった。
ただ、自分はモテるから仕方ない、その程度だった。
背が高く、容姿が他の男たちより少しばかりいいというだけで、人生はこんなにも変わるのだということを自覚しながら感謝した。
自分は母親の血を濃くひいているからだと亡くなった母に感謝していた女なら美貌が衰えたら相手を繋ぎ止める為に必死になるだろう。
だが、自分は男だ、その為に何をすればいいと考えて出した答えが結婚だ。
歳をとり、腹が出た中年男などは見向きもされなくのは目に見えている、生活の基盤を整えることは大事だと思ったのだ。
それには妻が必要だ、選んだのが妻の美夜、平凡などこにでもいる普通の女だ。
「ねぇっ、これよかったら使って、プレゼント」
会社の同僚からプレゼントされたのは時計だった、高いんじゃないのかと思いつつ、受け取らないという選択はなかった。
自分が受け取ったことに気をよくしたのか、それ以後も女は気前よくくれるようになった。
妻には自分の好みがある、家計には響かないようにしていると最もらしい言い訳で誤魔化した。
不自由ない生活をさせているのだから、浮気ぐらい大丈夫だ、それに昇進もした、文句ないはずだと思っていた。
父親のアパートが火事になったときは驚いたが、妻が率先して面倒、色々とやってくれるので自分は安心して仕事に恋愛に集中できる。
本当に助かっている、自分は妻を愛していると孝史は思い、いや、自負していた。
「あんたが愛されて、モテるのは誰のお陰」
この生活は変わらない、自分の浮気がばれない限り、ずっと続くのだと男は思っていた。
人生を、いや、結婚したことをなかった事にしたいと思ったが今更、それは無理と言うものだ、遅すぎる。
後悔先に立たずなんていうが、それでもやり直した人間はいるだろう、ただ、自分はその中には入らなかっただけだ。
友人から聞かれても答える事ができなかった、無言になってしまったが、否定も肯定もない、というかできない。
「本当に、おまえの子供なのか」
妊娠して子供ができたと言われてすがりつくような目で見られて結婚しようと言ったのは自分からだ、いや、あのときはどうかしていたのかもしれない。
自分という存在は都合のいい男だったのだ、後になってごめんなさいと言われても随分と殊勝な事を、しかも、こんな場所で、真っ白な部屋、未来がない場所で。
自分はいなくなるから後の事は頼むなんて身勝手な女、いや、人間だと思つた、憎むのをやめようと思ったのは自分が悪人にも善人にもなれない人間だと歳とともに実感したからだ。
だが、それも過去のことだ。
「お土産、買いましょうね、お饅頭に、それから」
「慌てなくてもいいから、ゆっくり見なさい」
ホテルの土産売場に並ぶ品を見ている女の背中は楽しそうだ。
今、こうして温泉地のホテルにきている事が他者、オザキの差し金だとしても彼女には関係ない、そして自分にもだ。
旅行に来て家を離れたことによって、自分は息子から、彼女は夫から離れてしまった。
「仲がよろしいんですね、羨ましいですよ」
振り返ると店員、若い女性が声をかけてきた。
戸惑いながら頷いたが、ああ、そうかと正幸は気づいた、自分たちを夫婦と思ったのだと。
一昔前なら芸能人でもだが、最近では歳の離れた夫婦などは珍しくもないのだろう。
息子の浮気を知らない彼女がし本当の事を知ったら、どうなる、別れるのか、そのときは自分は味方に、いや、なれるのか。
彼女は自分の事も憎むかもしれない、黙っていたと、もしそうなったら自分は弁解の言葉もない。
(自業自得だ)
今更、悔やんでどうなる、過去のことだ。
「協力、あなたが」
相手の顔を見ながらオザキは結構と首を振った、これは自分でやると決めたことで、自分には信頼のできる人間がいるから必要ないと言い放った。
「裏切らないとも限らない、友達でしょう、親友じゃなかった」
沈黙の後、男は首を振った。
「得する事なんてないわよ」
「いいんだ、それより君は」
「その質問は、あまりに馬鹿げている、自分に利益、利益があるから、でなければ復讐なんてあまりにも馬鹿げている、でしょう」
そう言ってオザキは笑った。
過去と現在を混ぜてみました、夫は妻に似ているので死ぬまで変わらないでしょうという感じです。
義父は結婚したことを現在も後悔しつつ、非常になりきれない、普通の人です。
友人は、尾崎さんの事を好きだから協力、というか微妙です。