You must be happy.
転生してーなー、というのは多分世界で労働に勤しむ人なら誰もが持ったことがある願望だろう。要するにやりたくもないタスクを片付けて話したくもない上司同僚部下と言葉を交わすような精神的によろしくない生活からの開放を望むわけだ。
転生。
『肉体が生物学的な死を迎えた後に、非物質的な中核部──いわゆる「魂」だけが違った形態、あるいは肉体を得ることで新しい生活を送る』という、哲学的、宗教的な概念。
特に重い設定も代償もなく……やや訂正、今世の命と引き換えとして上位存在などから恵まれた容姿や才能をもらうことができるため、その手の小説や漫画などでは非常に重宝されている。
……しかしまぁ、実際に自分で体験するとなると話はだいぶ変わってくるわけで。
「……とりあえず、誰でもいいから趣旨を説明してほしいんだけどな……」
日常的に耳にしているよりも数段甲高い声が私の口から放たれる。
目を覚ますと、寝る前とはありとあらゆる状況が一変していた。
なんか体は女になってるし、なんか周りは廃墟だらけだし、なんかさっきから悲鳴と怒号と時々銃声のアンサンブルが聞こえてくるし。
余りにもツッコミどころが多すぎる。
そして何よりも……
「てかこれ夢? 夢じゃないの? 誰か夢だと言っておくれよ……もう最悪お前らが喋ってくれてもいいからさぁ……どっからどう見ても意思疎通できそうにないのはわかってるけど……」
私が死んだ目で見つめる先には同じように死んだ魚みたいに濁った眼をギョロギョロとせわしなく動かし、凄まじい腐敗臭を放ちながら一挙手一投足にぐじゅりぐちゃりと湿っぽい音を伴わせる、なんか大量の腐ったお歴々。CP脳がどうこうを通り越して物理的な方面で腐り始めちゃってるあたり、腐女子腐男子としては末期もいいところだろう。
そんな方々がこっちを見たかと思うと、うーとかヴぁーとか呻きながらご丁寧に両腕を前に突き出した状態でふらふらとこっちに歩み寄ってくるとなれば、私としても認めざるを得ない。
──私は今、なんかバイオハザードとかそんな感じの世界にいる。
なんだこれ地獄か?
「いや待て待て待てこっちくんな! おい! ふざけんな!」
目の前まで近づいてきたゾンビが両腕を振りかぶったのを見て、我に返って脱兎のごとく逃げ出す。
が、ここで大きな問題点が一つ、二つ……あー、実質たくさん。
まずこの体、嫌がらせかと言いたくなるくらいスタイルがいい。っていうか線の細さに対して明らかに胸がでかい。バストサイスの判定法とか知らんが、概算でも3桁は堅いだろう。実はこの体アズールレーンとかラストオリジンに出てくるキャラのものなんですと言われても違和感がないスタイルだ。おかげで走るときに胸が暴れまくってバランスが安定しないし、何より足元が見えないから小石とかで頻繫にけつまずく。スタミナに関してはわからないが、姿勢制御にめちゃくちゃ体力を使っているので体感元の体と大差ない。
それから、武器がない。せめてナイフの一つでもあれば抵抗はできただろうが、残念ながら今の私は着の身着のまま。つまり選択肢は逃げる一択。というか、あっても多分物量で押し切られる。一人じゃ三人にだって勝てないのに十人二十人も相手にできる訳がないし。
冗談抜きに夢であってほしい、一体私が何をしたっていうんだ? これでも健康優良文武両道友人皆無のド陰キャで通ってるんだぞ……あれ、なんか自分で言ってて悲しくなってきたな。
大通りに出たがこっちはこっちでひどい有様で、あちこちで車や家が燃えて居たり車両が事故を起こしている。っていうか目の前でゾンビに群がられた車が盛大にクラッシュして爆発した。
わー炎がきれいだなー、と思わず現実逃避に走りかけるが、後ろから呻き声が聞こえてきたのと目の前でクラッシュに巻き込まれて吹っ飛んだゾンビがふらふらと立ち上がったのを見て、こうしちゃいられないともう一度足を動かし始めた。
途中、遠目に見覚えのある建物が視界に入る。
それを見た私は思わず立ち止まり、そのできればお目にかかりたくなかった超巨大高層ビルの名前を呆然と呟いた。
「ご、ゴールドマンビル……?」
──お前ここHoD世界かよぉ!?
……HoD、正式名称『The House of The Dead』。
いわゆるガンシューティングゲームであり、本編の5作と前日譚のオーバーキル、PC版のタイピングと外伝として愛されるより愛シタイの計8作が世に出ている。
極限までストーリーを要約するとDr.キュリアンという研究者が末期の難病を患った息子を助けるための研究が悪用された結果世界が滅ぶという、なんとも大人の腹黒さを感じる話だ。まあそのDr.キュリアンも研究過程で心を病んで自宅兼職場の研究所でバイオテロかましたので、こいつはこいつで悪いっちゃ悪いのだが。
そのため、出てくるゾンビも正確にはミュータントというべきもの。バイオハザードのそれのような特殊なウィルスに感染した末路ではなくて、特殊な遺伝子を埋め込むことで作成できる生物兵器のなりそこないみたいな感じだったはずだ。だから、基本的に本能のままに活動するけど道具を使う知能は残っている。バイオで例えるなら6のジュアヴォが近い感じかも。
で、その研究を悪用したっていうのがそのDr.キュリアンの上司のゴールドマン。あのビルはそいつがトップに立つ一大企業の本社にして、ゲーム上では2と4のラスダンなのだ。
私の記憶が正しければこのビルどっかのタイミングでエントランス周辺がメチャクチャになっているから、入り口前の大橋とかを確認できればおそらく大体の時間軸は確認できるはず。……まあ、どのみち今まさに滅びに向かっている道中なのはわかりきってるし、把握できる時間軸も2の前か後かくらいなんだけど……。
……正直な話めちゃくちゃ行きたくないしどこか適当な住処を確保してふて寝したいけど、複数シリーズにわたって物語の鍵があそこに眠ってる以上はどうしても行かなきゃならない。
「……いや無理では?」
武器も何もないのにどうやって突破しろっていうんだ。記憶にある限りでも大量のゾンビに加えてボスとして"力"に"教皇"に"審判"に"星"に……とにかく複数体ボスとかち合うんだぞ。徒手空拳じゃどうにもならない。
……とりあえずあれだ、どこか屋内に隠れよう。あのビルがあるってことは確かここは……ベネチアだっけか。今の時系列がどのあたりかは知らないが、万が一HoD2の時期だとすると建物の外にいたらボスに見つかる可能性が出てくる。
ひとまずといった感覚で近くの開いていた建物に駆け込み、窓と扉を閉めて鍵をかける。どうやらここはガンショップみたいで、さんざん荒らされた後ではあるけどその名残がある。なんで水の都にこんなゴリゴリの銃砲店があるのかに関してはこの際気にしない。もしかしたら私が知らないだけで割と当たり前な事なのかもしれないし。
ハンガーラックにかけられた迷彩スーツの横に試着スペースがあるのを見つけて、中に入り込む。予想通り全身が確認できるほどの鏡が壁にセットされている……騒ぎの余波か、あちこちひび割れていたり銃痕があったりするが、とりあえずこれで自分の姿は確認できそうだ。
そうして視界に飛び込んできた『私』は……
「……うそでしょ……」
──すらっとした長身。
──後ろを三つ編みポニーにまとめた、顔の左に白のメッシュが混ざった黒髪。
──右が琥珀で左が橙のオッドアイと、それを覆う黒いハーフリムの眼鏡。
──首に巻かれた黒いチョーカー。
──ベージュのノースリーブカーディガン。
──カーキ色をした若干袖が余り気味なフード付きの前開きジャケット。
──それらを内側からゆさっと持ち上げる大きな胸。
「──お前これ私が書いてたSSのキャラじゃねぇかよ! 何の嫌がらせだええコラあぁん!?」
──そして、そんな見た目の自分を見て、瞬間沸騰して全力で咆哮する私。
思わず叫んでから、慌てて口をふさぐ。静かに窓のところに歩み寄って外を覗き見るが、どうやら近くにゾンビがいないタイミングだったようで幸運にも居場所がばれることはなかった。
しかしまぁ、と鏡越しに自分の体をまじまじと観察する。RO635……もとい、CM901。ラストオリジンもアズールレーンも関係ない、ドールズがフロントライン張ってるソシャゲに出てくる短機関銃をモチーフとしたキャラクター……を原案としてさらに私が想像・創造し、昔書いていたSSに出していたキャラクターだ。容姿はほぼROのそれだが、区別がつくように細部に変更を加えている。主にメンタル方面での相違点を作っていたが、何の因果かそのメンタルが私のものになってしまった。
まさかこんな所でこのキャラを見ることになるとは……この上なく嬉しくないサプライズだ。シリーズがモチベーション吹っ飛んで書くの諦めた奴だからなおさらに。そういえば君も設定上はTS転生だったね、なんていやな共通点なんでしょうか。
何も言えずに天を仰いでいると、ふと思い至る。
「……これ生身かな? もし人形義体だったら一転攻勢で無双ワンチャン……?」
思い立ったが吉日、物は試しと近くに転がっていた壊れた金庫に手をかける。こじ開けられて中身を根こそぎ持っていかれているそれは、見るからに重厚そうだ。
腕に力を込めて1秒で悟った。
「ダメだ生身だこれ」
淡い希望がはかなく散った瞬間だった。夢も希望もありゃしない、神は果たして死んだのか。
……いやまあそんなことはどうでもよろしい、とにかく武装がないと間違いなくこの先生き残れない。最悪スクラップを束ねて鈍器にしたものでもいいから、とにかく何か道具が必要だ。
この時の私は目先のショックに気を取られてすっかり忘れていた。
──何も、この手のゲームで警戒すべき対象は人型のエネミーだけではないということを。
レジカウンターの裏に回り、四つん這いでゴソゴソと棚の奥を漁る。コンビニでバイトしていた身で言わせてもらうと、案外こういうところに大事なものがあったりするものだ。
あれでもないこれでもないと書類の束や空き箱を引っ張り出していると、ふと足元に冷たく湿った感触を覚える。
「ひやっ! なに!? なんや!?」
何事かと足元を見ると……そこには、年季の入った木の床の上を大群ではい回る、全身白くてぬらぬらした粘膜で覆われたヒルのようなヘビのような何か。
気付いた時には時すでに遅し、いつのまにやら私は大量のヒルゾンビに囲まれていた。
「……いやさ、それは流石にさ、ちょっとこう……違いますやんか、うん」
冷や汗が全身からあふれ出る感覚を覚えながら、私は決死の思いで和解を試みる。
が、人型ならまだしも相手はヒルの大群。人語が通じる訳もなく、あっという間に私の体はヒルと粘液に覆われた。
「おまっ、ちょっまさか──いや待ってください違うんですよ! 違うんですって! ちがっ──オイ服の中に潜り込むな! ちょっ、待っ、ヤメロー! ヤメロー!」
慌てて逃げようとするが床にこれでもかと塗りたくられた粘液で足を滑らせ、立ち上がった矢先に盛大にひっくり返る。
これ幸いとばかりに服の中に入り込もうとするヒルどもを片っ端から掴んで遠くに放り投げるが、なにせまあヌルヌルして掴みにくいうえに数がやたら多い。
多勢に無勢で押し切られ、服の中に入り込んだヒルに素肌の上を好き放題に這い回られる。それでも必死に嫌悪感を押し殺しながら抵抗を続けていたとき、その時がやってきた。
「離れろこらっ、うあっ!?」
体のあちこちから一斉に、何かが刺さるような痛みが伝わってくる。続いて、何か冷たいものを注入されるような感覚も。
変化は劇的だった。
「なんだ、体が熱い……!」
体全体がジンジンと熱を帯びているような感覚に包まれる。特にその感覚が強いのが胸と腹で、服の中を見てみると両の乳首と下腹部に嚙みついているのが見えた。
大急ぎでひっつかんで放り捨てるが、ヒルが引っ付いていた後には噛み跡がくっきりと残っている。
その嚙み跡とそれらを起点として私の体を襲う尋常ではない火照りから、私は何をされたのかを悟った。
──やられた、この世界
「異種姦は確かに性癖ではあるけどさぁ! 実際に自分で体験するもんじゃないってのっ!」
掴み取りが意味をなさないならと、上体を起こした状態から思い切って足を振り上げ、目につくヒルを片っ端からだんっだんっと踏みつぶす。
幸い耐久力は見た目通り貧弱なようで、4,5回足を振り下ろせばヒル共はあっさりと全滅した。うわぁ血が赤い。
荒い息を吐きながら、私は必死に頭を回転させる。そうでもしなければ、未だかつて感じたことのない体の熱によっておかしくなってしまいそうだから。
……これ、バイオハザードだったら一発アウトだったな。ここが例外っぽい描写こそあれど基本的に感染のリスクがないHoD世界でよかったというか、なんというか……こういうのを怪我の功名っていうのだろうか? 嬉しくない。
粘液でくまなくヌメヌメになった服と体に嫌悪感を覚えながら、しかしこんなごつい銃砲店にシャワーなんぞあるわけもないので諦めて物資探しを再開する……こんどは背後にもしっかり気を配りながら。途中、ヒルどもが入ってきたと思しき粘液まみれのダクトを発見したので、レジ中にあった紙束やタオルを詰め込んでふたをしておいた。これで第二波が入ってくることはないだろう。
……さっきのヒルの挙動を見るに、私の知っている本来の内容よりも変な方向におかしくなっている可能性の高いこの世界。全部が全部色香の方にとち狂っていると仮定すると、おそらく女性に限って言えば自衛のための装備の必要性は元の世界より数段高い。これを怠ったが最後、待っているのはたぶん人型ゾンビに捕らえられて肉便器オチか人外系ゾンビにつかまって苗床エンドだろう。切実に勘弁願いたい。
「クソッ!」
ガサゴソと目につくところを片っ端から漁りながら吐き捨てる。
覚えてろ、誰が犯人かは知らないが地を這い泥水啜ってでも元の世界に帰ってやる……!