長らくお待たせしました。
またゆっくり更新していく予定ですので、どうぞよしなに。
ドスン、ドスン、ドスン……と重厚な足音が車のエンジン音に紛れて辺りの窓ガラスを震わせる。
あの後めでたく"審判"の片割れのクソデカ鎧を拿捕することに成功した私は、体にまとわりつく触手のうちの何本かを雑にひっ掴んでガッチョンガッチョンやりながら公道を駆けていた。
ガタイがデカいだけあってただ走らせているだけでもそれなりに速度は出て、ゾンビをはねた時の不意の事故対策か比較的ゆっくり目に車を回しているジェームズさんといい感じに並走できている。あっ、今一人踏みつぶした。
「ぼーぎゃっくの~くもひっかりーをおーい、てーきのあらしはあれくるう~♪」
「ホド、ホド?」
「ひーるまーずすーすめわーれらーがとーもよっ──はいなんでしょうかジェームズさん?」
「……仮にも世界滅亡の危機なんだから、もっとこう……真剣にとは言わないが、せめて歌はやめてくれないか。どうにも気が抜けて仕方ない……あとゾンビが引き寄せられて私の事故率が上がる」
「多分後者が本音ですよねそれ」
そんな話をしている間にもジェームズさんの駆るスポーツカーは景気よく腐れ野郎どもを跳ね飛ばしていた。理性が吹っ飛んでいる分リスクマネジメントやヒヤリハットの概念もどこかに消え去ったのか、無謀にも車の前に立ちふさがろうとしては鈍い音とともに明後日の方向にかっ飛ばされている。……理性はなくても知性は残ってるんじゃなかったっけ……。
それにしても、と私は今一度自分たちの状況を振り返ってみる。バンパーをベッコベコにしながら突き進むスポーツカーといかつい大鎧の並走……うーん、これにはあの世のDr.キュリアンもドン引きだろう。
「ジェームズさん、あとどれくらいですかね?」
「邪魔が入らなければそう時間はかからんはずだ。そら、ビルの前の大橋にもう少しで着くぞ」
「よくよく考えなくてもアクセス糞過ぎません? どこに本社立ててんだよあのハゲ」
「やめんか口汚い。あと奴はフサフサだぞ」
違うそうじゃない。
そんな軽口をたたきながらもズンズンと進んでいく。触手に母乳とか愛液とか諸々の栄養を提供しながら悠然と歩みを進める私の目の前で、ついに車を駆ったゾンビがジェームズさんとカーチェイスを始めやがった。
──ってまさか!?
「ジェームズさん、ブレーキっっっ!!!」
「何!?」
次の瞬間、橋の中央辺りが轟音とともに吹っ飛んだ。大量の瓦礫があたりに撒き散らされ、そのうちのいくつかが下に落下して派手な水しぶきを上げる。ってかおいここ吊り橋だぞ大丈夫なのか!?
そして、橋に空いた大穴から這い上がってきたのは見覚えのある面構えをした魚人野郎。奴は道路に這い上がって完全に立ち上がると、あの時と同じように胸板を開閉させて胸腔内の脈動する心臓を露出させながら咆哮をあげた。──そして、その視線は完全に私をロックオンしている。
「くそっ、薄々そんな気はしていたがコイツもか!」
「やっばい目が合った! 人外の元カレとか需要ねぇってんですよすっこんでろクソワニィ!!」
開幕一番大ジャンプ、トライデントを携えたまま模範的なルパンダイブをかましてくるサカナ野郎に全力で右拳を振りかぶる。
直撃はしたが、帰ってきたのはぬるりとしたなんとも手ごたえのない感覚。見れば、びっしり体に生えたウロコと体表全面を覆う粘液によってインパクトをずらされ、明後日の方向に拳を振りぬいている。
しかしこちらとてその程度は想定の範囲内。盛大に拳を空振りした勢いに任せて鎧をそのまま一回転し、二の矢の左拳で裏拳をその顔面に叩き込む。ぐるんぐるんと目まぐるしく大鎧が動き回るが、私は触手をわんさか詰め込まれている影響で常に体が浮いているのでいくら鎧をぶん回してもそこまで影響はないという寸法だ。これぞまさしくドスケベ免震構造!
……うっぷ、腹の中シェイクされて気持ち悪い。
ばっしゃーん、とのけぞった姿勢のまま水中に叩き落される魚人をよそに、私は俯いて鎧の中に胃の中をぶちまける。異臭を放つドロドロに白濁した粘液の中で蠢く触手の幼体を死んだ目で眺めながら、私は態勢を立て直して橋に空いた大穴をねめつけた。
「人の体さんざん弄びやがって、あの恨みはらさで置くべきか!」
その声を聞きつけてかそうでもないのか、再び水面を割って"教皇"が姿を現す。
あの時は生身だったから手も足も出なかった──母乳と卵子はいっぱい出た──が、今の私にはさっきぶんどってきたデカい鎧がある。遺伝子上のつながりを死ぬほど認めたくない触手を使ってコイツを自在に操れる今、攻撃も防御もお手の物だ。
流石に未来のボスをラスダンに配置するほどイカレた世界観ではないのかそれとも生産が間に合ってないだけなのかは知らないが、"女教皇"の姿は幸いにも見えない。つまり私たちは二人がかりでコイツに集中できるという訳だ。
「私が前に出ます、ジェームズさんは援護を!」
「分かった、だが油断はするなよ! 既知の相手とは言え何を隠し持っているかわからないからな!」
「言われなくとも!」
ズシン、とアスファルトを一層力強く踏みしめる。吊り橋特有のわずかに足元が揺らぐような不気味な感覚を覚えるが、そこは無理やり封殺した。
身の丈2mはあろうかという巨体をさらに上から睥睨する、首なしでも4mはある大鎧──指をバキバキ鳴らしながら迫る金属モリモリマッチョマンの変態はさすがに看過できないか、その特徴的なワニ顔を冷や汗とも川の水ともつかない雫がたらりと伝う。
しかしそこは腐っても生物兵器、身の内に沸き立つ恐怖を押し殺してトライデントを片手に咆哮一発。こちらめがけて一気呵成に駆けだした。
ウカツ! クソワニめ、ヤバレカバレの一撃がこのボテメスアーマーに通ると思うてか!
「ドーモ、ハイエロファント=サン。ホドです──という訳でブッ殺す!!!」
負けじとこちらもダッシュで対抗する。目には目を、歯には歯を、そして突撃には突撃だ。オスチンポを出されるとこちらにはメス穴しかないので無様敗北は必至だがそこはそれ。
凄まじい速さで距離が縮まっていく――目算で交錯するまであと10秒、いや5秒?
走りながら体を半身にし、肩を突き出す……タックルだ。この状態では私も触手を使った制御に集中するしかないから小手先の技術はほぼ使えない。正面から行くしか能がないのでな、力ずくで潰させてもらうよ。
槍を構えた"教皇"と会敵するまさにその瞬間。
「かかったなアホが! パージング・GO!!」
なーんてな!
すぐ横で触手に絡めとられていたCM901を手に取り、ずるり、と鎧の中を埋め尽くす肉塊から体を引っこ抜く。首から下の穴という穴から触手が抜け落ちる違和感と快楽を感じるのと同時、私の体は正面からの風をもろに受けて完全に宙に浮いた。
正気の沙汰とは思えない自殺行為だが、だからこそ馬鹿正直に突撃してくると思っていた相手にとってはこの上ない有効打となりうる。
呆気にとられたかのように宙を舞う私に視線をよこしたクソワニは、直後に私という頭脳を失ってもなお愚直に直進し続けていた大鎧による渾身のタックルの直撃を貰う。
魚人一匹を巻き込んでもその勢いは収まることなく、そのまま大鎧は魚人を巻き込んだまま端に空いた大穴に落下していった。
拳銃を構えたまま呆気にとられた表情を浮かべるジェームズさんを尻目に、私は空中で姿勢を整えてしゅたっと着地する。あー、体が軽い。腹の中にあった余計なもの全部吐き出したから、物理的に。
派だけさせられてほとんど着ていないも同然だったレースクイーン衣装を改めて整えていると、
「……あー、ホド、今のは?」
「あの鎧は分捕って運用してるだけだしそりゃ有効活用するでしょう。私が脱出してからも特定の動作を繰り返すように命令を飛ばしただけですよ」
「そんな軽く言われても困るのだがな…」
「そんな事よりも。周り気を付けた方がいいですよ、多分アイツまだ生きてますし」
「承知の上だが……なぜわかるんだ?」
「古今東西、元カノに執着する男ってのは往生際が悪いんですよ」
私がそう言うと同時、足元から水を割る音。
案の定というかなんというか、水しぶきを上げながら"教皇"は三度地陸上へと躍り出た。しかし不意打ち悪質タックルは予想以上に効果を上げていたようで、少なからずその体には傷を負っている。特に重篤なのは腹で、もつれ合って落ちた時に踏み抜かれでもしたのか大きな風穴があいている。ポタポタと緑色の気味が悪い体液を全身いたるところから零しながらも、その双眸でしっかりとこちらを捉えていた。
「……ほら、生きてたでしょう?」
「大人しく死んでくれていた方がよかったのだがな。来るぞ!」
ジェームズさんの声に合わせて、私もCM901を構える。対する"教皇"はトライデントを構え、再び突撃の構え。いくら手負いとはいえそこらの一般ゾンビと違ってガチの戦闘用ミュータント、直撃を貰えばジェームズさんはおろか私も普通に危ういだろう。
胸板を全開にし、火事場の馬鹿力とでも言わんばかりに激しく鼓動する心臓をむき出しにしながら咆哮を上げる。
そして、滅多矢鱈にトライデントをぶん回しながらこちらへ向けて駆け始めた。
「撃て、撃て!」
「言われなくとも打ちますよ!」
とはいえ相手は猛スピードでこちらに迫ってきている訳でして。セミオートでチマチマ撃っていてはいくら弾があっても仕留める前にこちらが二重の意味で貫かれそうなので、セレクターをフルオートに回して全力で応戦にかかる。
さしもの強化ミュータントと言えども手負いの状態での9mmパラと5.56mm弾の雨あられは堪えたか、やがてその歩みを止める。
そして、そのまま膝をついてうつぶせに崩れ落ちた。
「よし、これで……何?」
一度は倒れ伏した魚人はか細い鳴き声を上げながら顔を上げ、私の方へと腕を伸ばす。
しかし伸ばされた手は空を切り――再び崩れ落ちた"教皇"は、今度こそ緑色の水たまりへとぐずぐずに蕩けていった。
「……そういう死に方が一番困るんだよなぁ……」
眉根を寄せる。
こう、恨み言を吐かれながら死なれる分には「ハイハイよかったね、はよ死ね!」で済むんだけど、そんな風に縋るような真似をされると私としてもどうにもこう、感情のやり場に困る。
実際コイツのせいでおまんこどころか子宮まで堕とされたのは事実だし、今でも根に持ってるのは事実だけど……あいつのチンポ気持ちよかったしなぁ。
「……っていかんいかん、何考えてるんだ私」
頭を振って明後日の方向に飛びかけた思考をもとに戻す。
今の目標はゴールドマンの野郎をぶん殴って元の世界に戻る方法を聞き出すこと! 間違ってもこんなクソみたいな世界でバケモノどものママになることじゃないっての!
快楽に流されそうになる思考を強制しつつ、急ブレーキと急ハンドルの影響で明後日の方向を向いて停止した車を立て直そうとしているジェームズさんのところへ歩み寄る。やはり結構な無茶をしたせいか、エンジンのかかりが悪いようだ。
「死亡確認とれましたよ」
「まああそこまで原形を残さずに溶けていればな……。あそこから急に復活されたらいよいよ私もお手上げだ」
「しかし、どうしてこいつらって揃いも揃って体液が緑なんですかね。体の中に何入れたらあんなふうになるんだ」
「青汁か何かじゃないか?」
「うわっ想像させないでくださいよ気持ち悪い! しかも体中の血が置き換わるくらいに青汁飲んでるのにめっちゃ不健康じゃないですかあいつら!」
「はっはっは、ホドもああなりたくなかったら過度な偏食は避けるんだな」
「言われなくともバランスよく食ってやりますとも! 全部片付いたらステーキでも奢ってもらいますからね!」
「覚えておこう、ふっ!」
バコン、とボンネットにカカト落としをかますジェームズさん。すると、先ほどまでの不調が嘘だったかのように元気なエンジン音が鳴り響き始めた。おいおい……。
昭和のテレビさながらな暴挙だが、上手くいってしまったものは仕方がない。後部座席に乗り込むと、そのまま車は恙なく発進する。
さて、次は……このエリアのボスか。確かこの章のボスは……あー、アイツだったっけか。
今までの経験からすると、未来からの刺客やまさかの2Pプレイといった細かな変化点こそあれど、各エリアボスに犯されるのがすっかりお約束となっている。このまま順当にいけば、今回も漏れなくあの野郎の凶刃……というか強チンに倒れることになるだろう。
やだなぁ。
私は中身を吐き出してすっかり元通りになった自らの腹を撫でながら、すぐそこにある未来を憂かった。