群れ 同志
「珍しいですね。アルト様が剣の鍛練をしたいなんて、何かあったのですか?」
「まあな。北部で史跡の発見があったらしいが、そこが魔物の生息地と重なっているんだ。調査に向かった先で魔物の討伐が必要になるかもしれないからな」
「お忙しいですね。収穫祭が終われば史跡巡り。国の為とは言え、心配になります」
「大丈夫だよ。俺だって潰れるためにやっているんじゃない。上手くやるさ」
右手に握った木剣を構える。
「さあ、やろう」
「手加減は?」
「ほどほどに頼むよ」
「お任せを」
相対するバロンも剣を手の中で数回放って、両手でその訓練用の模造品の武器に手を掛ける。
柔らかみを帯びていた表情にも火が灯り、視線からは身の引き締まる痺れるような圧が感じられる。
「其方からどうぞ?」
「冗談だろ。俺がお前を崩せるとで....もっ!?」
「だからこそ鍛練が必要なのでしょう?」
音もなく距離を詰めて来たバロンが横腹を目掛けて剣を振るう。咄嗟に魔術で体を補強するも、穴だらけの術式で編み上げた即席の薄皮で彼の攻撃を防ぐ事など不可能。
「ぃぐっ!?」
打ち込まれた剣の痛みは響くように広がっていく。大きくよろめいた体を足を踏ん張り支え、閉じ掛けた瞳でバロンを睨む。
「堪えましたか。また丈夫になられたようで」
「お陰様で」
「続けますよ」
「させるか!」
右手に蓄積した魔力を雷へと変化させ、地面に向けて横凪ぎに腕を振る。
青白い閃光が地を駆け、バロンが行く手を阻まれ足を止める。
その隙に魔力を足に流し、肉体を強化する。
放電が終わり、道が開けると同時に走り出すバロン。
身を屈め、地を這う程の低姿勢で疾走する。
バロンが剣を振り上げる音が耳に入る。
左前方に向けて加速し、転がりながら攻撃を避ける。
「やりますね」
「感心してる場合か!」
剣を持ち替え、振り向きながら剣をバロンの顔面に向けて振るうが、その攻撃は見事に防がれる。
「攻撃手段はそれだけですか?」
「は?」
「魔術と剣。それだけの攻撃に執着しては、いずれ通用しなくなりますよ。例えば、こんな風に」
防がれた剣を押され、その力に体勢が崩れる。
応戦するため腕を突き出すが、手首を掴まれそのまま地面に押し付けられる。
膝を地に着けたまま、反り返るように押し倒された形で拘束される。
鋭い牙の生え揃った口。漏れ出す呼吸は荒く生暖かい。血石を埋め込んだように深みのある赤い瞳は狩猟者のそれに相応しく、射殺さんばかりの重圧を発している。
「ただ防ぐだけが防御の役割ではない。攻撃を防御と言う言葉があるように、防御もまた攻撃となり得る。お分かり頂けましたか?」
「ああ......身に染みて」
抵抗して力を込める程に腕はギシギシと軋み、重なった剣を押し込む力に圧され、左の腕も地に沈められる。
「さあ、どうしますか?」
「手詰まり.....かな」
「なら今回も俺の勝ちで」
首を後ろに引き、勢い残された胴体をバネにしてバロンに向けて頭突きを見舞うが、バロンもそれを読んで頭突きを合わせてくる。
「あぐっ!?」
視界が明滅し、激しく揺らぐ。
正面から鎚で殴られたような衝撃で、意識が飛びそうになる。
「良い考えです。でも『考え』だけです」
「っ.......づぁ......っ!」
腕を握る手の力が緩む。その僅かな隙にバロンの腕を押し返し、手が地面から離れた瞬間に溜め込んでいた雷を放電させる。
「づっ.......ぐうぅ!」
腕が焼けるように痛むが、それはバロンも同じらしく掴まれていた手が自由になる。
止まっていた血が再び手に流れ出し、拘束されていた手首が血の熱を帯びて熱を持つ。
「っつぅ」
手を付いて立ち上がろうとするが、雷の影響で麻痺した腕はその命令を受け付けず、がくんと折れて再び地面に倒れる。
「惜しかったですね。しかしここまで。まだ足りない。まだ敵いませんね」
剣が胸に触れ、鍛練が終わりを告げる。
緊張の糸が切れ、詰まっていた息が楽になる。
大口を開けて空気を吸い込み、感覚の鈍くなった全身を酸素で満たしていく。
「......ふぅ。アルト様アアアア!!」
こちらもスイッチが切れたようで、いつもの調子に戻る。
「お怪我は、お怪我は!?」
「うぅ。全身痺れてる。あと腕が痛い」
「オオオオオオ!!」
鍛練後の風景。
バロンはスイッチが切り替われば一人の戦士として一騎当千の力を発揮するが、それが終われば感激屋で世話焼きな彼に戻ってしまうのだ。
「よしよし。大丈夫だから心配するな」
「アルト様......申し訳.....ありません」
「俺が頼んでることなんだ。別に怒ってないし、バロンが気負う事じゃない」
確かに体は痛むが、遺跡調査に出た時には罠に肩を射抜かれたり手が瓦礫に潰されることもしばしばあった。
それに比べれば、バロンとの鍛練はまだ加減があるのだ。
「さて、バロン。治療を頼めるか」
「直ぐに!」
バロンが金の装飾が施された小さな宝石を取り出し、俺の手に添える。
「
内側から突き上げるような痛みがゆっくりと引いていき、肌に浮き上がっていた鬱血の後も自然に消えていく。
「......これでよし」
二度、三度手を払い木剣を鞘に納める。
致命傷でもなければ魔術はどんな傷をも癒す。魔法薬の即効性には劣るが、中毒症状に比べれば魔力を割く方が安全だ。
そもそも魔法薬という物自体が、エルラドでは危険視され流通しない。
あの薬は確かに強力な道具だが、信仰の外で生まれた物故に、その代償が余りにも大きすぎる。
神々への信仰を以て可能としてきた奇跡の医術を、その信仰をもたず行使できる。そんな力を何の対価も払わず扱うことが出来るはずもなく魔法薬は使用者の精神を蝕む毒が含まれる。
「魔法薬......
「人間の事など気にしなくても良いのですよ。信仰を捨てて神に背いた愚か者には相応な報いでしょう。魔法薬も奴らが望んで作り出した産物。それで苦しむ者に手を差しのべる理由などありません」
「だが、捕虜に国で絶叫されても気味が悪いだろう?」
「構いませんよ。哭き止まないなら処刑すれば良いだけのこと」
「それはやりすぎなんじゃ」
「人間にかける慈悲などありません。アルト様が甘すぎるだけです」
眉をひそめて不満そうに愚痴るバロンを諌め、息を吐く。
「そう言えば、アルト様。ウルガンドのドワーフ王から文書が届いているようですよ」
「ドワーフ王から?」
「ええ、何でも鍛冶設備の事で問題が起きたそうだとか」
「修理技師が必要ってことか」
「ええ。しかしウルガンドの鍛冶場は建設時最高峰の技師達の手で完成した物。現在の技術者では......」
「なら俺が行ってみる。俺の能力なら多少の無理も利く」
「アルト様が!?。そんな危険です!」
「そうは言っても頼まれたなら誰かが行かなきゃならない。初めから修理に向いていない術者を向かわせて怪我でもされたら、エルラドの危機に動いてもらえなくなるだろう?」
「だからと言って.......他に術者を探せばいくらでも」
「ならその術者を同行させてくれれば良い。大丈夫、無理はしないさ。まあ、させてもらえないだろうけどな」
「......ぐぬ」
「それに、ウルガンドには久しく行っていないし、フランの顔も見せておきたい。あいつもエルラドの皇族なんだから」
「ぐぬぬ......」
「俺が出向く理由ならちゃんとある。それに暫くは地下渓谷の採掘が忙しくなるんだ。依頼もいくつか受けてくる。これならバティも納得するだろう」
「自分も行くと言い出しそうですが」
「言わないさ。外交担当が居なくなれば国の守りが薄くなる。そこのところをバティはよく分かっているから」
「信頼というやつですか?」
「そんなところかな」
皇であった父の代わりに、彼の背を見て育った俺は彼を付いて回り、その生き方に多くを学んできた。
彼に言わせれば元奴隷の流れ者の生き様に皇になる俺が学べる事などないらしいが、俺はそう思わない。
「バティのどこが良いんだか。口うるさいだけでしょう?」
「悪いところばかり見ようとするからだよ。仕事も家事もこなせるし、バロンも鍛練の相手をしてもらうだろう」
「そうですね」
「悪い方向に見ているうちは何もかも悪く見える。逆もおなじだよ。なんだかんだ言って、二人とも仲は良いんだ。変にいがみ合おうとしない。いいな?」
「何が仲が良いですか。誰があんな奴と」
「まあまあ。見方を変えれば悪くないと思うようになるから」
バロンは不満そうに口を尖らせるが、彼ならきっとバティとも良くやっていける。
自由な騎士と堅苦しい詩人。
本来なら真逆の在り方であろう二人だからこそ、互いを知り手を取り合う事が出来ると信じている。
「少しバティの話でもするか?」
「バティの?」
「ああ、バロンの知らない事も多いだろうし、怒られない程度にな」
「面白そうですね」
ニヤリと薄く笑うバロンの目には不安になるが、一度口にした手前止めるのも悪いだろう。
「バティが元は奴隷だったのは知ってるか?」
「ええ」
「ある日突然両親が消えて、変わりに現れた商人に連れられて世界を見て回ったらしいが、それは今のような旅ではなくて、自分の買い手を見つけるだけのモノだった」
馬車に押し込まれ、録な食事もなく自力で生きる道を見つけなければ命も長くはない。
彼は商人の目を盗んでは生きる術を学び、ある町でその馬車から逃げ出して放浪の旅を始めた。
父と出会ったのもその旅の途中であり、エルラドに立ち寄り、王城に招かれた場で俺とも出会った。
人間から逃げ延びた獣人が多く暮らすエルラドは「流れ者の黄金郷」として繁栄しているが、外部とは隔離された国交の政策を執っているため、彼のように外交の才に優れた者は重宝される。
「何故バティが俺の世話役まで引き受けてくれたのかは分からないけど、きっと理由があるんだろうな」
「俺とはまた違った理由が」
「似てると思わないか?。奴隷から旅人。旅人から外交官。バロンは盗賊から傭兵になって、今は騎士団長だ。シンデレラストーリーと言うんだろうか」
「まあ、そうでしょうね」
「それに普段は口うるさいかもしれないが、俺の前だとバロンの事も良く話してくれるんだぞ?」
「俺の事を?」
バロンが不思議そうに首を傾ける。
「旅先での狩りの話だとか、鍛練の事も。凄く楽しそうに話すんだ。羨ましいよ。俺はそこまでバロンと一緒にいられるわけじゃないし、バティしか知らないお前がいるんだと思うと」
悔しげに笑って見せると、バロンは慌てた様子で謝る。
「別に怒ってないさ。ただ羨ましかっただけ......やっぱり仲が良いんだな」
またバロンが騒ぎ出しそうなので、さっと立ち上がって後ろ手に手を振りながら庭を後にする。
「せっかくならいい話のまま終わらせよう。じゃあな、バロン」
「あっ!ちょっとアルト様!」
制止するバロンを他所に城内へと向かう。次はフランにウルガンド訪問の話をしないといけない。
広間の階段を登り、暫く歩いてフランの部屋の前に到着する。
「フラーー」
ノックをして呼び掛ける。彼女の名を言い終わるより早く扉が開き、思い切り顔面に扉が激突する。
「兄様!.....あれ」
「っーーー!」
「兄様?......何で倒れてるの?」
「フラ.....ン。お前ぇ」
きょとんとした表情で小首を傾げるフラン。鼻を押さえて床で悶える兄を見て察して欲しいものだが、そうも行かないだろう。
「兄様、起きて」
フランが手を差し出す。
その手を握ると、彼女が俺を引き起こす。
「っづづ。ありがとう」
「どうしたの兄様?」
「扉に。顔をぶつけたんだよ」
「へ?」
自覚は無いようだ。
その呑気さにほんの少し苛ついたが、それよりも今は彼女に用がある。
「フラン。ウルガンドは知ってるか?」
「ウルガンド....バルネア山の?」
「ああ。ドワーフの王から鍛冶場の修理を頼まれてな。ウルガンドのドワーフとは長い付き合いだ。これからも世話になることになるし、お前の紹介もしたいんだ。お前もエルラドの家族だからな」
「それって....私も一緒に出掛けるってこと!。私も行っていいの!?」
「ああ。フランの用なんだぞ?」
「ーーーーっ!やったやった!」
「おお。喜ぶのは良いがもう少し声を」
「兄様と....兄様と!」
噛み締めるよう呟いては跳ね回る、小動物のようなフランに微笑ましさを感じながら見守る。
「その反応は付いてきてくれるって事で良いのか?」
「行く!行きたい!」
「分かった。なら他の術者を召集してから出発するから、フランも準備しておいてくれ」
「ウルガンドは火山も近い。こことは環境が違うから入念にな。灰で肌を痛めないようにな。暑さでやられないように、後は......」
「分かった分かった。兄様は心配症だなあ」
呆れた口調とは裏腹に、その表情は緩み切っている。彼女も楽しみにしてくれているようで安心する。
「じゃあ。俺も色々と用意してくるよ。残ってる資料の整理も済ませないとだし」
「兄様。ありがとう。大好き!」
フランが背中に抱き付いてくる。
「約束とは違うけど、これで満足してくれるなら良かったよ.......で、部屋に戻りたいんだが」
「えー。せっかく来てくれたのにもう行っちゃうの?」
「ああ。だから離してくれると」
「嫌って言ったらどうする?」
「.......分かって言ってるよな」
「なら聞くよ。何て言って欲しい?」
「それは.........」
「ふふ。冗談だよ。ごめんなさい」
こうして昼間からくっ付けれるのは恥ずかしいのだが、それを嬉しく思う自分がいるのが情けない。
兄としての尊厳が無い。
「じゃあね。兄様」
腕を離し、フランが俺の背中を押す。
「さあさあ、早く準備してきて。待ってるからね」
「張り切りすぎるなよ」
嵐のような時間だった。
部屋に戻り、ベッドに腰掛けると深呼吸をする。
心臓が煩い。小さな爆弾が爆発するように、体の内側から重々しい音が響く。
開いた窓から吹き込む風がやけに冷たく、それだけでいかに自分が緊張していたかが分かる。
「忘れよう。受かれていられない」
机に並んだ資料に目を通し、一つ一つ片付けていく。
戦争の記録や研究者から受け取った遺跡の出土品、その他にも棚に納めていない書面がいくつも重ねられており、今後の予定は山積みなのだと悟る。
引き出しから白紙の書簡を取り出し、鍛冶場の修理に適任な魔術師に向けた召喚状をしたためる。
書簡を紐で結ぶと、魔術で鳥の使い魔を産み出して窓から放つ。
「さて、この山どうしたものか......」
暫く国を空ける事になるのだろうが、その間にも文書の山は数を増して行くことだろう。
他人に任せれば作業自体は進むが、研究に携われないというのは面白くない。
少し資料を持って行こうかと考えるが、それではフランとの約束は果たせなくなる。
「まあ......邪魔されるよな」
手にした分厚い文書の束を机に仕舞い、部屋を出る。整理は帰ってから終わらせようと決意し、父の下へ相談に向かう。
「鍛冶場が......何故」
ドワーフ達が手入れを怠るはずもなく、仮に故障するとしても余りにも早すぎる時期だ。
どことなく不安感を覚えながら歩く。
この予感が当たらない事を祈りながら。
何故あんな期間空いた後に2日で仕上げたのがこうなるか.....コレガワカラナイ