「俺死ぬのか」
「死なせないけど」
「待て。戦うつもりか」
「兄様こそ戦うつもりなの」
「同盟国の危機だぞ」
「兄様の危機の方が私にな大問題」
殺気の込められた声のフラン。どうやら戦闘準備は万全らしい。
「狙いは俺だろう......な」
魔術で強化した脚で跳躍し、空中から魔物の眉間に向けて雷の弾丸を放つ。
空気を震わせ、雷はバリバリと音を立てながら駆け抜けるが、魔物に直撃した瞬間に破裂して消滅する。
「効果無し......何でこんな所にグレートオーガが」
宙を蹴って鍛冶屋の屋根に着陸し、低姿勢のまま屋根伝いに家々を越えていく。
邸宅から門までの距離二十キロ程、人通りの無い屋根上を走れば、獣人の肉体であれば時間はかからない。加えてそれが魔術で強化したものならば、数十秒で到達出来る。
魔術で生成した剣を携え、駆け抜ける速度のまま剣を振り抜く。
すれ違い様に斬りつけたオーガの皮膚からは激しい鋼の激突音が発される。剣の一撃が意味を成していない。
「流石に上位種。伊達に長命じゃないな」
土煙を上げ地面を滑りながら着地する。
「
続けて地に雷を放ち、剣先を地に這わせたまま走る。
雷は海蛇が水面で尺を取る様に、地を跳ねながら進んでいく。
雷の横を並走し、剣にその魔力を流していく。
「
オーガの足元で剣を振り上げる。
剣を追走するように地面から幾つもの雷の柱が突き出す。
オーガの肉を捉えた何本かの雷の槍がその巨体に穿孔を残して消えていく。
「オオオオオオオオオオ!!」
痛みにオーガが怒りの咆哮を上げ、凄まじい風圧が発生する。
剣を地に突き刺して磁場を展開し、足にはそれに引き合う磁力を纏わせる事で反撃を凌ぐ。
オーガが巨体を動かすよりも先に雷を剣に纏わせる。
「
裁定の雷。エルラドの獣人に与えられた神々の恩恵で、悪を討つ為神々が振るった力だ。
振り向きながら繰り出されるオーガの拳を外套に身を任せて回避し、無防備な腕に向けて剣を突き刺す。激しい放電と共にオーガの傷口が焦げ付き、肉の燻る臭いが脂ぎった魔物の血の悪臭に混じって放たれる。
「浅い!?」
咄嗟に剣を引き抜こうと力を入れるが、筋肉質のオーガの肉に嵌まりピクリとも動かない。
オーガが乱暴に腕を振り上げ、反応が遅れた体が剣と共に宙を舞う。引き抜けた剣の重みに引かれ、肩が外れる程の力が襲う。
「っヅぁあ!」
オーガの姿が遥か下に見える。
落ちたらただでは済まされないだろう。
いや、間違いなく死ぬ。獣人の肉体とは言え万能ではない。高所から落ちた猫が見事着地して見せる様な器用な芸当は不可能。
幾つにも分裂した世界の映る視界。痛みの残る腕で地面に狙いを付ける。
「
オーガの頭部付近までの距離を一瞬で縮め、地に背を向けて詠唱を続行する。
「
背後に展開された電気の網が落下の衝撃を吸収し、大きくしなる。
網に触れ、張り巡らせた魔力を体に流しながら再び跳躍する。
オーガの首程の高さまで飛び上がり、網から取り込み練り上げた魔力を変形させる。
矢じり型に固めた三つの魔力塊を右手に納め、皮膚の薄い耳の後ろに向けて投擲する。
雷。その魔術の特性は速度にあり「貫く」技において圧倒的な力を誇る。音をも抜き去る速さから繰り出される一撃は鋼鉄を容易く射通す。
狙い通り肉に突き刺さった魔力はオーガの耳元で炸裂し爆音を鳴らす。
大きく身を揺らして耳を塞ぐオーガ。
空を蹴って切迫し、首に剣を突き立てるが決定打とするには甘すぎる。
ハエを払うかのごとくオーガが首をはたく。
転移魔術で腕をすり抜けて距離を取り着地する。
「いくらなんでも堅すぎる。呪付も届かないなんて」
体勢を立て直したオーガが怒りに満ちた目で俺を睨み付ける。燃え上がらんばかりの視線に怯むが、芽生えかけた恐怖を振り払い剣を握り直す。
「兄様どいて!」
「フラ.....何で」
「邪魔!」
肩に誰かの手の感触が触れたかと思うと、直後に背に軽い物が着地する。
「喰らえデカブツ!」
背に乗った物が俺を蹴って離れる。
頭上から銃を構える音が聞こえ、影が地面を横切る。
ガラスの割れる音と乾いた発砲音が響く。
視線を上げれば、堅固な皮膚に守られたオーガの足が血を吹いていた。
「兄様だけじゃ無理。私がやる」
「待て!先走ーー」
新たな敵に苛立ったか、オーガの矛先がフランに向けられる。
オーガが身を屈め、弾丸を装填しながら走るフランを腕で凪払う。
「あの馬鹿!」
オーガの腕に向かって走り、フランの手を掴んで射程外まで投げ飛ばす。
眼前まで迫った巨木の様な腕を魔術の膜を展開して咄嗟に防ぐが、勢いを殺せるはずもなく派手に吹き飛び家に突っ込む。
「っづ....」
跳ね起きて破壊された家を飛び出し、オーガの足元に向けて魔術の弾丸を立て続けに放つ。
呼吸の限界まで魔力を吸い込み、一切の無駄を削ぎ落とした閃光にも似た雷の槍を矢の如く発射していく。
フランの投げた瓶は、彼女お得意の秘薬だろう。肉の溶ける臭いから、その内容物が酸か腐食物であることは容易に想像出来る。
皮膚が再生される前に、可能な限り傷を与えなければならない。
「フラン。生きてるか!?」
「何で投げた!」
「悪かった!」
吸い込んだ魔力の途絶と同時に距離を開け、続けて剣に魔力を纏わせる。
「膝。外さないからちゃんと狙ってよ!」
「了解」
短い打ち合わせの後、背後から弾丸が発射されオーガの膝に命中する。
皮膚が蒸気を上げながら爛れ、オーガが呻き声を漏らす。
踏み込みと同時に剣に纏わせた魔力を解放する。眩い光を発し、肌に痛いほどの雷がバリバリと音を立てて暴れ喰らう。
「破ッ!」
渾身の一撃を叩き込むも、その刃はやはり肉を断つ事は出来ない。
「っつ。腕が.....」
骨に衝突した衝撃に剣を握る手が痺れ、僅かに後退する。
やはり無闇に斬り込むだけでは足りない。一撃で仕留める他に、俺の腕であの魔物を打ち倒す手段はない。
「フラン。奴の体勢を崩したい。何とか出来るか!」
「分からない。秘薬は今ので終わり」
「他に何か!」
「多分私はこれ以上無理」
「なら住人の避難を!。少し手荒くやらせてもらう」
「死なないでよ!」
「誰が死ぬか。さっきの攻撃で目も覚めた」
右の手を突き出し、親指を立てて不敵に笑って見せる。
「怪しい」
「格好付けさせろおい」
「......」
じっとりとしたで俺を見た後、渋々と言った様子で離れていくフラン。その姿を見送り、オーガに向き直る。
咆哮と共に地面を拳で叩き付ける。
転移魔術でその腕の上に乗り、首に向けて走る。
邪魔者を潰さんとオーガの腕が振り下ろされる。
一度は攻撃を避けてその体から離れるが、すぐに転移魔術で肩の上に戻り剣を振り上げる。
剣を突き立て、横凪ぎに振るえば刃はあっさりと肉を切り開く。
オーガの絶叫に顔をしかめつつも、攻撃の手は決して止めない。
好機を逃すまいと呼吸の続く限り剣を振り抜く。
「ーーーフ!ハッーーアア!」
赤黒い血に濡れながら肉を刻んでいく剣。
一際大きく発される咆哮に吹き飛ばされる。
受け身を取って着地した俺を追撃せんと休む間もなくオーガの腕が振り下ろされる。
横っ飛びに回避し、地を転がって起き上がりと同時に走る。
怒りに支配されたオーガは力任せに腕を振り回しては地面を殴り付け、次々とクレーターの様な大穴を作り出していく。
ーーー呪付 形状変化 槍より刃へ
薄く鋭利な雷の膜が剣に宿り、青白く輝く。
俺を狙い迫る腕に向けて剣を振り上げる。
刃の形に細工された雷は剣の切れ味を引き上げ、オーガの手に深く食い込む。
手応えありだ。
空に向けて大きく剣を振るうと、それはオーガの肉を破って骨に到達し、ギチリと音を立てて軋み出す。
魔力を腕に収束させ、一息に剣を振り下ろすと強い手応えと共にオーガの骨が砕け、その指が音を立てて落ちる。
攻撃を避けて距離を取り、剣を地に突き立てて魔力を吸い上げる。
ーーー呪付解除 形状復帰
神格付与 北の戦神 閉じた山嶺に座す柱の環邸の神々よ 黄金郷の獣より請う 今一度其の力を我が身に授け賜え。
古く門を閉ざした北方の山嶺。その頂上に座す神々の力を卸す。仮初の神格を宿した技は神代の力に限りなく近い魔術となる。
其は神々の裁定 獣の血に宿されし神格を以て その罪に終止符を打つ。
「
天に掲げた手に雷が落ち、一本の槍の形を成す。
伝承に語られる其は槌であるが、俺の手に握モノは間違いなく蒼白の雷を纏う黄金の槍だ。「擬性」変質によって生じる特異点をそう呼び、本来あるべきでない形として生まれる力がその名を持つ。
槍の柄を地に突き立てると、穂先から無数の雷が放たれる。
オーガに向かい飛来する雷は堅固な皮膚を次々と斬り付けて彼方へと消える。
「奇妙な奴だな。オーガにしては余りにも皮膚が固い。ただの魔物ではないのだろうが、研究の暇はない。ここで倒させてもらうぞ」
どれほど堅固な魔物の皮膚であれ、神々の力の前には無力だ。
槍を構え、オーガの足下を潜り腱に向けて横凪に振り抜く。
穂先は容易く皮膚を切り裂き、下に隠された肉を真二つに切り裂く。
体勢を崩して膝をついたオーガの背を駆け登り、背に槍を突き立てる。
オーガの首から血が吹き出し、野太い苦悶の声が身を震わせる。
腕に力を込め、槍で肉を切り開きながら脳天に向けて走る。
にちゃにちゃと不快な音を立てて開かれた肉。頭部を蹴って宙に飛び上がり、分厚い頭部から覗く頭蓋に狙いを定める。
「長く苦しめて悪いな。だがこれで終わりだ」
雷を纏わせた槍を脳天に突き下ろすと、その穂先は頭蓋を貫き生々しい肉の感触に至る。
一際大きな断末魔が空気を震わせ、オーガが糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちる。
槍を引き抜くと髄液混じりの血に濡れた穂先が姿を現し、魔力を解いて柄を手放すと黄金の霧となって消えていく。
「.......ふぅ」
骸の上から飛び降りると、ドワーフ達がぞろぞろと通りに戻って来る。
興奮気味に感謝の言葉を口にする彼らに囲まれ、ドワーフ王の邸宅まで通される。
「ご苦労だったな皇太子様!」
「いえ、なんとかなって良かったです」
邸宅では先に避難誘導のために戻っていたフランがドワーフ達と談笑していた。あの人見知りのフランの心を開くとは流石ドワーフだ。
「鍛治場の修理だけでなく魔物の退治までしてもらうことになるとは.....これは盛大に祝わないとな!」
「はは、ありがたいお言葉ですが、まずはお休みを頂いても良いでしょうか。昨日から寝ていないので一度休息を取りたいのです」
「そうか!なら宴は明日だな!今宵は旅館を手配しよう。そこでゆっくりと休んでくれ。妹君にも民の為に動いてくれた礼をせねば」
「お気遣いありがとう御座います。でしたら私も宿をお願いしても良いですか。部屋は兄様と同じ部屋で休ませていただきますので、どうぞお気遣いなく」
「欲のない娘さんだな。獣人ってのは皆こうなのか」
「いえ、兄様に似ただけですよ。それに、昨日も魔物の襲撃がありましたので、兄様の手伝いをしたいだけですよ」
「はっ!そうかい。皇太子様も良い妹を持ったもんだ。それならワシが文句を付ける理由もない。明日に備えてしっかり休んでくれ。炉の修理を任せている魔術師たちの部屋も用意しておく」
「ありがとうございます。それでは俺はこの辺りで」
「おう!祭も期待しておいてくれて構わんからな!」
ドワーフ王の豪快な笑い声を背に宿への道を歩く。
その日は旅館に付くや血に汚れた体を洗い流し眠ってしまい、晩餐には参加しないまま翌日を迎えることとなった。
最も、問題は翌日の祭にもあったわけだが。
魔術師っぽいことしてないからと付けたゴリ押し魔術羅列。
情報量多いな今回