どこまでも広がる図書館。魔術で本棚を動かしては、その中から現れる次の本棚を探る。
「これでもない.......これでも......あれでも」
宙で手を泳がせ、本棚を指揮する。
「おっと......」
動き回る本棚。その中から一冊の本が落ちる。
魔術を使う手を止め、本を拾い上げる。
「あ.........」
赤ずきんと優しい狼。随分と懐かしい本がそこにはあった。
しかし不思議だ。この本は本来ここにあるべき物ではないはずだ。フランが大切にしていた物がどうしてここにあるのだろう。
「これも持っていかないとな」
いくつかの本棚を探り、目的であった史跡の調査資料を取り出して図書館を後にする。
「これを置いたら、届けにいこうか」
図書館を出てすぐに、騒がしい声に迎えられる。
「あ、兄様!」
声に振り向くと、フランが廊下の曲がり角で手を振っていた。
「フラン。ちょうど良かった。これ、図書館で見つけたんだが」
「え?.......ああ!?。どうしてそれが」
「棚に挟まってたみたいだ。何か覚えは?」
「特に無いですね」
「ずっと前になくしたのか?」
「かもしれないです。大切にしてたはずなんですけど」
「まあ、見つかったなら良かった」
駆け寄ってきたフランに本を渡し、自分の部屋へ向かう。
「兄様も何か御用が?」
「ああ、調査資料の読み返しをしたくて」
「読み返し?そんなのつまらないじゃないですかー。一緒に読書しましょう?」
「次回の調査報告に向けて整理しておきたいんだ。それが終わったらな」
「それは明日もできますよ。私と読書出来るのは今だけですよ」
「今日出来ないなら明日も誘うだろ」
「むー」
「はいはい怒るなって」
「分かりました。読書は諦めます」
そう言いながらフランは俺の腕を握る。
「へ?」
「私の部屋でも出来ますよね?。手伝います
よ」
「はぁ!?」
「善は急げですよ。ほら速く」
「ちょっと待っ。いででで!」
走るフランに腕を引かれる。流石は獣人。足の速さは男1人掴んでいても健在なようだ。
「は、走るなよ。痛いって」
「少しくらい我慢してくださいよ」
犬の散歩でもされている気分だ。
まあ、俺も狼の獣人なのだからイヌ科ではあるのだが。
そんなことをぼんやりと考えて走ること暫く、フランの部屋の前に到着する。
「さあ、資料整理。やりますよ」
「フラン.....出来るのか?」
「出来ますよ。多分」
「多分って」
床に資料を広げてページを捲るフラン。
俺も隣で別の資料を読みながら整理を進めるが、フランはただ唸るばかりだ。
「兄様」
「ん?」
「次はいつ出掛けられるんですか?」
「む。どうだろうな。執務も溜まっているし。ヴァロンが不在では国の守りが薄くなる。暫く調査はお預けかもしれない」
「そうですか.......。あの、兄様」
「どうした」
「調査。私も連れていってもらえませんか」
「珍しいな。前まで汚れるから嫌だって言ってたのに」
「興味が出たんです。兄様、調査の事をとても楽しそうに話されるので」
「俺は構わないが、取り敢えず担当に話はしてみる。通るかは別だぞ」
「やった。楽しみにしてますね」
座ったまま両手を上げてはしゃぐフラン。
笑顔を浮かべて喜ぶ彼女の姿は眩しく、幸せそうだった。
「ね、兄様。これは何ですか?」
「ああ、剣の断片だよ。確か300年前の戦場から持ち帰られた戦利品。近くで瓦や加工された板材も見つかってる。おそらく村が襲われたんだろう」
「すごい!そんな事まで分かるんですね」
「何度も調査を重ねて、やっと見つけた情報だからね。どこの調査も一度じゃ完成しない。間違いだっていくつもあるから、その度組み直して積み上げるんだ」
「うーん。何か面倒なんですね」
「まあね。仮に完成した事だって、1つ情報が加われば簡単に崩れる。間違い探しも楽しくなるんだ」
「楽しい。ですか」
「初めは俺だって苦手だった。調査は嫌いだったし。新しい発見なんて無い方が良いとさえ思っていたんだ」
「ふーん.......じゃあこっちの資料は何ですか?」
「兜だよ。錆びていて分からないかもしれないけど、川底に埋もれていたのを発見された。近隣の地域で起きた地震が発見の引き金になったんだと思う。」
「所有者とかは?」
「錆び取りに出したきり、今も帰って来ていない。ここに纏めるのはもう少し先になりそうかも」
「そうなんですね。あれ、ってことはここに置いてあるのはもしかして」
「ああ、まだ分類出来ていない物だ」
「え!?。こんなに沢山あるんですか!?」
「各地から集めているからね」
「こんな数を.....」
「全て重要な資料だし、エルラドの未来の為には必要なものだから」
「エルラドって。国の為にですか?」
「ああ、戦争にしても生活にしても、こういう過去の人々が残した遺物から見つけられるものはある」
資料のページを捲り、以前完成させた戦争の略図を開いて見せる。
「戦争の.....計画ですか?」
「ここに壊れた弓の残骸があって、そこから降りた先で同じ物が見つかった。そしてここには馬を飼育していた痕跡があった」
狭い渓谷を背にした野営地と、そこに近い丘とを指でつなぐ。
「他にも離れた場所でこの弓と同じ刻印のされた木材があった。だとすると」
「弓兵の部隊が移動した.....あ、それでこの地図の矢印が!」
「そう、たったこれだけの断片でも、戦術の1つを見つけられる」
「なら、ここの矢印は」
「砦の跡地。樽に毒草のエキスが混じった水が染み込んでいた」
「つまりここは毒によって全滅した?」
「しかし、全焼した見張り小屋の跡があった」
「それだと理由は分からなくなりますね」
「戦闘の痕跡があったことから、ここでは襲撃が壊滅の原因だと考えている」
「何だかクイズみたいで楽しいですね」
「少し不謹慎ではあるけどね。でもその気持ちは分かるよ。一部だけ埋められたパズルを見たとき、それが完成した時の姿を見てみたいと思うし、完成させていくのも楽しいものだ」
「確かに。でも国の役に立つっていうのは?」
目を輝かせながら、フランは質問を続ける
「過去の戦争で使われた戦術を取り入れる。それは、その戦術がどう使われたのかを熟知していなければ実行できない。その戦術の弱点を知れば、更に改善を加えてより強い戦術に変えられる」
「それで?」
「多くの戦術を持っていれば、戦争でも有利に事を運ぶ事ができる。そのために、過去の戦争の記録から学ぶんだ」
略図に乗った資料を1つに纏める。
「それが俺達の戦い。武器や魔術。それだけで守れないモノを、1つでも多く守るために選んだやり方」
「過去の力を現在に繋いで戦う。形も声もなくても、過去は必ずこの背中を押してくれるんだ」
「......繋ぐ。その言葉、兄様は好きですよね」
「ああ、俺に生きる理由をくれた言葉なんだ。ただ落ちていくだけだった俺を繋いでくれた言葉。旅立って行った彼らと、俺を繋いでくれる言葉なんだ」
「なら私にとっても、兄様と私を繋いでくれた言葉ですね。あの絶望だらけの屋敷から救って、私にやり直すチャンスをくれた」
「そうだね。繋がっている。俺も、フランも」
「はい!」
2人で同時に笑う。
そのフランの大人びた笑顔に少しだけ胸が高鳴る。
「この本も、兄様との繋がりを作ってくれたんでしたね」
「そうだったね。初めてフランが笑ってくれたのもこの本を見せた時だった」
フランが城にやってきた時、彼女は誰とも関わろうとせず、俺からも距離を取っていた。
そんな中、図書館で1人悩んでいた時に見つけたのが彼女の大切にしている本「赤ずきんと優しい狼」なのだ。
恐ろしい猟師の娘に生まれ、動物からも人間からも恐れられていた少女が、森の人気者の優しい狼と出会い、その手助けで動物や人間との交流を深め、最後には猟師を退治するという物語だ。
これを見たフランは、自身と赤ずきんを。狼を俺と重ね、俺にこう言った。
「私も......この赤ずきんのようになれますか?」
「勿論。優しい狼が叶えて見せるよ」
俺の答えを聞いた彼女は、暗かった表情をほんの少し和らげて笑い。
お願いします。とだけ答えた。
「兄様を兄様と呼ぶようになったのもあの時なんです。この人なら信じて良いんだって。この目を知っても、私を受け入れてくれる人なんだって」
「当たり前だよ。俺はフランの兄様なんだから。その目がどんな恐ろしいものだって構わない。フランが赤ずきんになるなら、俺は狼のようにその味方になる。そう決めたんだ」
彼女の目は人を殺す。
いとも容易く。見つめるだけで力と命を奪い取る。
その目の翡翠に射抜かれた者は、時間を掛けて命を吸い上げられ、形1つも崩さず骸となるのだ。
その力を知られた彼女は、表面上の敬意の裏で、人殺しの悪魔として疎まれて来た。
「こんな力欲しくなかった。こんな力があるから、周りから避けられるばかりの人生に....どうして私が」
「そうして生まれてしまった以上。フランの目も、それで積み重ねた過去も変えられない。仮にそれを抉ったとして、フランはもっと苦しむことになる」
「っ!」
上手く慰める言葉を知らない。
「でも、変えられないのは全てじゃない。これから作っていく未来は、フランの生き方次第で変えられる物もある。だからその辛さも乗り越えて、変えていこう」
彼女の苦しみは分からない。この言葉は、何も知らない俺の無責任なモノかもしれない。それでも彼女の事を思う心だけは伝わって欲しいと願った。
「私も.....変われますか?」
「ああ、俺が居る。変わろう。一緒に」
フランの顔が明るくなる。
「兄様となら、出来そうです」
「ああ、フランなら大丈夫。俺の妹なんだから」
フランの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに笑う。
「ね、兄様。久々に読んでくれませんか。狼と赤ずきんの本」
「もう子どもじゃないんだから、自分で読み直せば良いだろう」
「むう。そういう事じゃないんですよ!兄様に読んで欲しいんです!」
「わ、分かったよ。あまり怒らないで」
「はい。ほら早く早く」
フランから本を受け取り、そのページを開く。
彼女の未来も、これから変わっていくことだろう。
その行く先が幸せであるよう、彼女を守ろうと、改めてこの胸に決意を抱く。
出たよ歴史バカの悪い所が