庭園には芝が青々と茂り、その上で兵士達が熱心に鍛練に励んでいる。
回廊からその様子を眺め、彼らの剣捌きを観察していると、教官らしき人物がこちらを見る。
「諸君。本日は皇太子殿下がいらしておられる。無様な姿を晒さぬよう!」
庭園中に響く程の大声で、息の合った返事がされる。
彼らの鍛練は目を見張るもので、それが戦いの稽古であることを忘れてしまう程に美しかった。
「そこまで!休息の後、各自装備の整備に戻れ。解散」
教官の言葉に兵士が敬礼を返し、それぞれが庭園に散っていく。
「......凄いな」
感嘆の声を溢し、庭に背を向けて歩く。
「皇太子様!」
声の方を見ると、女性の兵士が駆け寄ってくるのが見えた。
少し息を切らし、額には汗が浮かんでいる。
「ご苦労様。休憩はしなくていいのか」
「はい。せっかく皇太子様がいらっしゃっていましたので、お話がしたく」
「そうか、では何の話をしようか」
「はい!。で、では」
そこまで言って、兵士は言葉に詰まる。
「何を、話せばいいのでしょうか」
「考えていなかったのか?」
「も、申し訳ありません。皇太子様のご満足なさるような話題が考えつかず」
「そういうことか。それなら心配しなくても良い。貴君の思い付く事なら何だって構わない」
「しかしそれでは」
「わざわざ自由な時間を俺の為に割いてくれているのだ。君のやりやすいように話してくれて構わない。少しでも気が休まるようにしてくれ」
「は、はい!」
兵士は明るく頷く。その頬が僅かに染まっているように見えた。
「では、城下の事を少し」
「ああ、願いしよう」
暫く談笑をしていると、周りに人が集まって来る。
皆が彼女の話に便乗し、次は自分の話をと手を上げる。
「何をしているのだ。休息は終了だ。すぐに兵舎に戻れ!」
通り掛かった教官の声が響き、慌てた様子で兵士が走っていく。
「では、皇太子様。失礼いたします」
「ああ、体には気を付けて。この国の為に身を捧げる大義に感謝する。貴君の未来が光に照らされん事を」
軽く手を振って兵士を見送ると、城内に向けて歩き出す。
「なかなか有意義な時間だった。また話せると良いな」
兵士と話した城下町の様子を思う。新しい装飾店や外食店が出来たり、新しい家族が出来たりと、町は新しく変わっているようだ。
「久々に出掛けてみようかな。よーー」
肩を叩かれ振り向くと、頬を細い物に突かれる。
「兄様ぁ?」
「フ、フラン」
不機嫌さの滲み出る顔で、フランが俺を覗き込んでいる。なるほど、指でつつかれたわけだ。
「楽しそうでしたね?」
「え」
「お相手の女性も兄様と話せて嬉しそうでしたし」
「え」
「私の時はいつも少ししか笑わないのに」
頬を膨らませるフラン。
「そんなに行きたいなら、すぐに行きましょう。今。すぐに」
「え」
「行きましょう。城下町に」
「あ、でもこの後用事が」
「はい?」
「む、むぅ........」
有無を言わせない圧が籠った声に、風船のように頬を膨らませて俺を睨む顔。
その子どもっぽい表情の可愛いこと。
「........」
「兄様」
「行こうか」
どうも俺はフランのこう言うところに弱い。
全くズルい妹だ。
_____
結局仕事なのかと文句を言われたが、あれだけ兵士の鍛練を見せられた後では、何もしないで遊び呆けるのも気が引けた。
「私は喫茶店が良かったです」
「それはまたの機会に」
「いつですかそれ」
「時間が出来たらかな」
「今日くらい暇な日なんて滅多に無いじゃないですか」
「確かに」
「なら今日遊びましょうよ。せっかく2人で出掛けてるんですから」
「博物館にまで来て何するって言うんだ」
「博物館を出ればいいんですよ」
「まだ来たばかりじゃないか」
「つまんないですー」
「俺は楽しいけどな」
「それは兄様だけです。私も楽しみたいです」
「楽しもうとすればいいんだよ」
「そうじゃないですよ。もう、せっかくデートのチャンスだと思ったのに。これじゃお勉強会ですよ」
「デッ!?」
「どうしました?兄様」
思わぬ言葉におかしな声が出た。
デート。ただの兄妹の散歩感覚だった俺には想像もしなかったモノだ。
「デート......なのか、これ」
「顔赤いですよ。熱でも......あ」
フランが分かりやすくにやける。物凄く嫌な予感がした。
「兵士さんとお出掛けしたいんでしたよね?その為にプランを立てに来たんじゃないですか。嫌ですねぇ兄様」
「あ、ちょっと待てって」
「さあ、行きますよ兄様!時間は待ってくれませんから」
フランに手を引かれ、町を走る。
露店で菓子を買い、広場で噴水を眺め、出会う国民と話す。
気付けば太陽も頂点を過ぎて時間が経っていた。
「兄様。何か買われるのですか?」
「ああ、せっかく来たのだから土産でもと」
「へぇ?誰に買われるんですか?」
「あの兵士に。何が喜ぶだろうか......」
「......っ」
「なあフラン。何が良いだろう」
「そうですね。砥石とかで良いんじゃないですか?」
「いや、流石に相手は女の子だぞ?。傭兵でもないんだから、もっと気の利いたものでも」
「なら自分で考えればいいじゃないですか」
「え、丸投げなのか」
「知りません。何だって喜びますよ。憧れの皇太子様からの贈り物なんですから」
「そんな、頼むよ」
「知りません。馬鹿兄様」
「えぇ」
怒ったり笑ったりと忙しいフランに困惑しつつも、兵士に贈る土産物を探す。
「むー」
「う、むぅ」
不満そうな顔でついて回られるとどうもやりにくい。
「フラン.....付いてくるなら」
「知りません!」
「そう言わず」
結局それからもフランが手を貸してくれることはなく、無い知恵を絞って考え付いた置き物を買い王城に戻ることとなった。
「鉱石像ですか....悪くないんじゃないですか」
「どうしてそんなに機嫌が悪いんだ」
「そんなことないですけど」
「......そんなことあると思うんだけど」
「鈍感」
「え」
「何でもないです」
ずんずんと前を進んでいたフランが振り向く。
「兄様.....本当に兵士さんと出掛ける予定があるんですか」
「え、と」
「ですから、朝お話しされていた兵士の方と出掛ける予定は.....」
「いや、ないけど。そもそもそれはフランが言い出したんじゃないか。あー、デートプラン?....が何とかって」
「あ、そういえば」
「その様子だと何か勘違いしてたな」
呆けた顔をするフランにあきれる。
「全く。何を焦ったか知らないが、これも情報のお礼に渡したいだけだ。特別な意味なんて無いよ」
「あ、っははは」
「ご心配せずとも、当分はフランシア様の兄様ですよ」
「っ......そうですかぁ?ならいいんですけど」
言葉とは裏腹に、その表情は嬉しそうだった。
「また行きましょうね。兄様」
「.......ああ、余裕ができたらな」
「ぶー。それいつになるんですか」
「いつだろうな」
「またうやむやにするんですかー」
「分からない事をどう言ったって仕方ないだろう。嘘ついたら怒るのは誰だ」
「嘘をついてその嘘の通り実行してください」
「無茶言わないでくれよ。というかどう言うことだよ」
「無茶かどうかはやってからです。まあ、兄様とはいつでも会えますから」
フランが俺の腕を掴んで走り出す。
「ちょっ、いだだだ!待ってくれよフラン」
「帰りましょう。夕食、楽しみにしてますね」
次はいつ。
いつになるだろうか。
いつ戦いが起こるのかも、事件が起こるのかも分からず、フランとの約束を守ってあげられることは少ない。
「......にしても」
国民から聞いた話を思い出す。
誘拐犯が出る。女性を狙う集団が。
「せっかく平和になったのに、嫌な話だな」
この日常を守る為にも、俺が出来ることを探さないとならない。
「兄様!速く速く」
「っだだだ!待って待って」
城に戻ってから暫く腕が痛かったが、フランは気にしていないようだった。
ヤキモチ焼いてくれる妹(二次)が欲しかった人生